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テオロッド戦記—異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第二章

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エピソード・オブ・アレクシオ ブルーオーダー

目が覚めた瞬間、身体が自分のものではないように重かった。

腕を上げるだけで、関節が軋む。

喉は乾き、頭は鈍く痛む。


「……最悪だ」


呟く声も掠れている。

昨日のことを思い出す。

原理の間。力を奪われ、何もできずに倒れた自分。

布団に沈み込んだまま、天井を見つめる。


行きたくないな……。

それが本音だった。


イエナが帰りたいと泣いた理由がよくわかる。

……というか、よく三日も耐えたな。


あの空間に入ると、自分が空っぽになる。

生まれた時から当たり前にあった式力が、消える。

王族としての誇りも、才能も、全部剥がされる。

だが、同時に思い出す。

三千段の石段、原理の道でのテリーズの言葉。


“守りたいものはなんだ?”


「……仕方ねえな」


アレクシオは、ゆっくりと起き上がった。

体が重いのは、昨日の失神のせいだ。

心は、折れていない。

扉を開けると、冷たい空気が流れ込む。


廊下の先に、テリーズが立っていた。


「今日はやめておくか?」

試すような声。


アレクシオは、少しだけ睨む。

「行くに決まってるだろ」




原理の間に着くと、中央の黒い石が、昨日と同じように淡く光る。

瞬間、身体の芯から何かが抜け落ちる。

ずしり、と重い。

肺が浅くなる。膝が、わずかに震える。


「くっ……」

昨日より、衝撃は小さく感じる。


慣れたのか、それとも覚悟の問題か。

アレクシオは、その場に立ったまま、目を閉じた。

昨日は、いきなり全力を出そうとした。

今日は違う。


小さく、意識を集中する。

指先に、ほんのわずかな感覚。

パチッ。

細い電流が、空気を裂いた。

弱い。だが、昨日より形になっている。


「……出た」

息を整える。

もう一度。

パチッ。


今度は、さっきよりも少しだけ長く続く。

体力は、確実に削られていく。

額から汗が落ちる。

足が、重い。

だが、昨日のような焦りはない。

「大きくしなくていい……。消えなければいい」

三度目。

パチ、パチ、と不安定な光が指先に灯る。

消えない。揺れながらも、保っている。

腕が震える。

呼吸が荒くなる。

視界が揺らぐ。

だが、昨日より長く立っている。

時間の感覚が曖昧になる。

何度も、小さな雷を生みだす。

何度も、崩れそうになる。

それでも、止めない。

やがて、膝が折れた。


床に手をつく。

荒い呼吸。

全身が熱い。

アレクシオは自分の指先を見た。

微弱な電流が、まだ消えていない。

ゆらり、と揺れながらも、そこにあった。


「……昨日よりは、ましだろ」

途端、吐き気に襲われる。

原理の間を飛び出し、嘔吐する。

そこで、テリーズは待っていた。

「昨日の倍は持ったな」

そう言って、肩を差し出した。


俺は、それに掴まる。

「……今日は失神しなかったぞ」


「いつでも失神していいぞ。運んでやる」

テリーズはそう言って笑った。


「……子ども扱いするなってば」


三日目。段々とこの空気の薄い土地にも慣れてきた。

身体は昨日より動く。

〝原理の間〟で式力を削られ、

ほとんど無式に近い状態から雷を絞り出す。

限界が来ると外へ出る。回復すると、また入る。

単純な反復。

それでも——確実に、芯が太くなっている感覚があった。


「今日は少し顔色がマシだな」

テリーズが言う。


「若者の順応力をなめるなよ」

言い返せる余裕がある。それだけで違う。


「若者、か。そうだな」

テリーズは含みを持たせる。子供、とでも言いたいのだろう。

いつも冷静なこの騎兵団長は、時折こうやって人をからかってくる。

……いつか言い返してやる。

アレクシオはそう誓った。

その時だった。

洞窟の入り口に向かって、近づく足音が聞こえてきた。

アレクシオは振り向く。

石段の向こうに、小さい影が見える。

やがてそれは、はっきりとした輪郭を持った。

青髪の青年。緑髪の少年。黄髪のおかっぱ頭。


「……あれが、ブルーオーダーか?」

アレクシオが呟いた。

「そうだろうな」

テリーズが頷く。


三人は先ほど〝原理の道〟を登ってきたのだろうか。

息を切らし、疲労困憊である。

青髪の青年が眼前に立つ。

男は、膝に手をつきながら、それでも背筋を伸ばした。

「テオロッド王子、アレクシオ殿下」

声は整っている。

息は荒いが、崩れない。

「王宮式術師、レイン=アルヴァスです。

こちらがフィル=グラン。

そしてノエル=エルロッド。

我々ブルーオーダー三人、

本日より、殿下の護衛任務に就きます」


フィルがぺこりと頭を下げる。

ノエルは腕を組んだまま、こちらをじっと見ている。


アレクシオは、一瞬だけ戸惑った。

「……護衛なんていらねえよ」

思わず言ってしまった。

三人の空気が、わずかに張る。

「俺は修行中だし、世話を焼かれるつもりはない」

続けて言葉が出てくる。


ノエルの眉がぴくりと動く。

だが、何も言わない。

代わりにレインが一歩前に出た。


「世話を焼くためではありません」

まっすぐな目だった。

「殿下とともに鍛えるために来ました」

アレクシオは、言葉に詰まった。


テリーズが横で腕を組んだまま、黙っている。

——試している。

「……ともに鍛える?」


レインは頷く。

「殿下が原理の間で鍛えていらっしゃるとお聞きしましたので。我々も明日から入ります」

フィルが、少し緊張しながらも続ける。

「式力を削った状態での訓練……すごそうですね」

ノエルが鼻を鳴らした。

「同じ雷だからな、王子には負けないぜ」

軽い言い方だが、目は本気だ。


アレクシオは三人を見つめる。

自分より年上。

だが、どこか不器用で、

それでも真っ直ぐ立っている。

「……俺だって負けない」

アレクシオがそう言うと、

レインはほんの一瞬だけ微笑んだ。

「では、一緒に頑張りましょう」

風が吹き抜ける。


アレクシオの胸の奥に、何かが込み上がった。

今、自分と同じ空気を吸い、

同じ地獄を登ってきた三人がいる。

なんだか、少し心が軽くなる。

「……原理の間はきついぞ」

アレクシオが言う。

ノエルがにやりと笑った。

「望むところだ」

フィルは少し青ざめている。

だが、頷いた。

レインは、静かに言った。

「明日が楽しみです、殿下」

その呼び方に、アレクシオは眉をひそめる。

「アレクシオでいい。殿下はやめてくれ。

俺はみんなより年下だし」

一瞬、三人が目を見開く。

テリーズが、わずかに笑った。

レインは、言い直す。

「分かりました。……アレクシオ。

共に強くなりましょう」

レインがそう言うと、アレクシオは、

ほんの少しだけ口元を上げた。

「後悔するなよ。泣き言言っても、帰さないからな」

ノエルが即座に返す。

「それ、自分が言われてたりして?」

一瞬、沈黙。

アレクシオは、顔を赤くしている。

——テリーズが吹き出した。

つられて、皆笑い出す。

山頂に、はじめて笑い声が響いた。





「いくぞ!」

原理の間で、ノエルが両手を前に突き出した。

削られた式力の中から、無理やり引きずり出すように。


「——トニトルス!」

雷が出ない。


「本当だな……これは……きついぜ」

ノエルは両手を膝についた。


「な?きついだろ?ていうか何だよそのトニトルスって」

アレクシオは言った。

四日目にして、呼吸も落ち着いている。


「……雷の式の技名だよ。ユイトがつけた」

ノエルは答えた。


アレクシオは、少しだけむっとした。

なんだよ、それ。

俺の時にはそんなのなかったじゃないか。


アレクシオは一歩前に出る。

意識を一点に集中させる。


雷を、まとめる。

拡散させるな。

一点に、圧縮。


「——トニトルス!」

放った。


空間を切り裂く雷が一閃。

岩に轟く。


ノエルが、目を見開く。

「すげえな。子どものくせに」


「うるさいノエル。俺のはスーパートニトルスだ!

二式をなめるなよ!」


「はいはい、王子様。まあ、そのうち追いついてやるよ」

ノエルは両手を広げ、首をすくめる。


レインは、その二人のやり取りを見ていたが、

笑っていられる余裕はなかった。


フィルは、ひたすら自分にヒーリングをかけ続ける。

しかし回復するどころか、どんどん体力が削られていく。


結局、ブルーオーダーは倒れることはなかったものの、

終わる頃に疲労困憊だった。

外に出て、フィルが全員にヒーリングをかける。


アレクシオは、四日目にして体が慣れたのか、

もう吐き気もなくなっていた。


「しっかりしろ、ブルーオーダー」

腕を組みながら、煽る余裕さえあった。


その夜。一行は、宿から近い広場で、

焚き火を囲んでいた。


山頂の気温は低い。

炎の温かさが、疲れを癒してくれた。


「……アレクシオ、よくこんな修行続けてんな」

ノエルが、焚き火の前でうなだれながら言った。

失神はしなかったものの、かなりの疲労をしているようだ。

他の二人も口数が少ない。


「三日も続ければ慣れる。辛いのは最初だけだ」

アレクシオは少し鼻を高くして言った。

それを聞いて、テリーズはまた少し口角をあげる。


「殿下…アレクシオは、ユイトたちとともにドラゴン討伐したんですよね?」

レインが聞いた。


「レイン、敬語もやめてくれ。そうだよ。とどめを刺したのはタツオの炎だったけど。俺の雷で注意を引いたんだ」


「ドラゴンを……すごいです、コホン。

すごいな、アレクシオ。

俺は……あの時ただ茫然と見ていただけだった」

レインは言った。


「あの時?」

アレクシオは聞いた。


「セレフィア様がドラゴンを退治したあの夜。

俺は、今のアレクシオと同じくらいの年だった」

レインの目には、焚き火の炎が映っている。

「その年でドラゴンと戦って、しかも討伐するなんて。

アレクシオはもう、立派な戦士だよ」

その言葉に、アレクシオは少しだけ照れくさそうにする。


「なに、なんか熱い話?」

不意に、女の声が飛んでくる。

一同がそちらを見ると、

焚き火を囲む輪の中に、一人の女が混じっている。

白い衣を羽織り、頭にはフードを被っている。

髪色は見えない。


瞬間、テリーズが立ち上がり剣を抜く。

「誰だ──」

女に剣を向け、凄む。


「えー、こわ。いきなり人に剣を向けるなんて、どこの国の人たち?」


「名乗れ。どこのものだ」

テリーズは続ける。


「私?私エルデネ=ツォグ。オルディアから来たよ」


──!!オルディア。

その名前が出た瞬間、一同に緊張が走った。


「……オルディアの者が、この地になんの用だ?」

テリーズが問う。剣はまだ、女に突き付けられている。


「えー。霊峰ライゼルって、どの国家にも開かれているって聞いたけど。君たち、テオロッドの人たち?せっかくだから話混ぜてよ」

エルデネと名乗った女は、身じろぎもせず続ける。


「とりあえず、おねーさん、剣、しまってよ。

それとも、ここで政治の続きやるつもり?

聖地で交戦なんて、まずいんじゃないの?」

余裕がある。テリーズが、言い負かされる。


テリーズは何も言わず、剣をしまった。

「オルディアと話すことなどない。何しに来た。目的を言え」


「つれないなあ。まあそのうち分かるよ」

エルデネは笑って言った。


「ノクスの部下なのか?」

アレクシオは、少し声を震わせながら言った。


「部下?うーん、ちょっと違うかな。パートナー?

うーん、それも違う気がする……」


何も隠す気がないようだ。

ノクスと何らかの繋がりがある。


「オルディアの目的は何だ」

テリーズが言った。


「そんなのはノクスに聞いてよ。来たばかりで疲れてるから、遊んでくれないならもう寝るよ」

そう言うとエルデネは立ち上がった。

「またどこかで会えそうだね。テオロッドの王子様」


そういうと、エルデネはアレクシオの方にウインクをして、去っていった。


「あの女……アレクシオを知っていた?」

レインは呟く。


「……警戒が必要だな。ブルーオーダー、明日は修行は中止だ」

テリーズが言った。


翌日。女についての情報を集めるため、

日が昇るとブルーオーダーは動き出した。

情報収集は、レインとノエルの役割になった。

警戒のため、アレクシオには攻撃、防御役のテリーズと回復役のフィルが付いている。


霊峰ライゼル内を聞き回っても、〝編纂者〟たちは、無機質な回答があるだけで、有意な情報は得られない。


確実にこの街に滞在しているはずだが……。


レインは途方に暮れていると、突如後ろから声をかけられる。


「テオロッドのおにーさんじゃん。なんか探し物?」


——エルデネと名乗った女、張本人だった。


「……!!いや、街を散策していて……」

レインは声が上ずる。


「この、何にもない街を?」


確かに。図書館と原理の間以外、観光すべきような場所は何もない。

レインは、自分の言い訳の苦しさに気付く。


「まぁいいや。おにーさんたち相手してくれないから、私は用を済ませたら帰るよ。またどっかでねー」

そう言うと、エルデネは歩いて行った。


帰る?

……用を済ませたら?


用とは、いったい何なのだろうか。


レインはテリーズたちの元へ戻り、状況を説明した。


「我々が目的ではなさそうです。もしそうであれば、接触などする必要がない。つまり」

レインは早口で言った。


「この霊峰ライゼルに用がある、ということか」

テリーズが口を挟んだ。

「ここに来るものの目的は、〝図書館〟の知識か、

〝原理の間〟での修行の二択しかない。

修行が目的でないとすると……」


図書館。そこでなんらかの情報を得ることが目的の可能性が高い。


「図書館へ向かおう」

テリーズに続くように、アレクシオが言った。



図書館に到着すると、ちょうどエルデネが出てくるところだった。

昨日と同じ、白い衣。頭をすっぽり包むフード。


こちらに気がつくと、エルデネは手を上げた。

「テオロッドの人たち。見送りに来てくれたの?」


「もうオルディアに帰るのかよ」

アレクシオは言った。


「うん。もうやることは終わったから。じゃあねー」


エルデネはそう言うと、手を振ってアレクシオたちの横を通り過ぎようとする。


「待てよ!」

アレクシオがそう言って、エルデネの肩を掴んだ時、

不意に衣が引っ張られ、被っていたフードが脱げる。

そこには——真っ赤な髪があった。


「……!式術者……!?」

アレクシオは手を離す。


「あーあー。見られちゃったか。

まぁいっか。見なかったことにしといて」

エルデネは、フードを被り直す。

「それとも……ここで()る?」


行った瞬間、目つきが変わる。


アレクシオは、唾を飲み込んだ。

あの、髪の色。


赤の高位者なら、一人知っている。

タツオ。

あいつも、目が覚めるように、赤い髪をしている。


しかし、今一瞬見えた髪は……。


それよりも赤かった。


アレクシオが固まっていると、エルデネはにこり、と笑い、

「ばいばーい」と言って〝原理の道〟を降りて行った。


「なんで……式者が、オルディアに……?」

アレクシオは、呟いた。





「目的は、やはり〝図書館〟だった。

恐らくあの女、エルデネは、何か情報を取りに来たと見ていいだろう」

テリーズは言った。


「〝図書館〟に、何かがあるんですね」

レインが聞いた。


「私は第一層しか入れないので分からないが……。

アレクシオ、下層には何がある?」

テリーズがアレクシオを見て言った。


「俺も第二層までしか入れなかった……。

〝編纂者〟は、零式しか第三層には入れないと言っていた。

そこに何があるかは、分からない」

アレクシオは答える。


「第二層には何があった?」


「石碑。古文が書かれていた。

白と——黒の式について」


「黒の式……?聞いたことがない」

レインが言った。


「それが、オルディアの欲しい情報か……?」

テリーズは、顎に手を当てる。


「いや……多分、あの女は、第三層に行っていると思う。

あの髪の色は……多分、零式だ」

アレクシオが言った。


「俺がここで零式になるには……悔しいけど、まだ時間がかかる。だけど、オルディアは何か動き出している。

早くテオロッドに情報を伝えた方がいい。

レイン、テオロッドに戻ってくれないか?」

アレクシオがそう言うと、レインは頷いた。


「分かった。レオニス王やユイトたちに、状況を伝えよう。

アレクシオ、次に会う時は……零式になっているということだな?」

レインが言った。


アレクシオは、こくり、と頷いた。

急がなければ。


アレクシオの目には、覚悟の火がともっていた。











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