第三十三話 温泉掘削と、家探しと。
久しぶりの自分のベッドの快適さは、人を自堕落にする。
気が付けば昼近くまで俺は眠っていた。
横では、すっかりいびきのなくなったタツオがすやすや眠っている。
恐らく、夕方くらいまでは起きないだろう。
途中ブレイヴェン、ミドルリッジを経由しているものの、
マルカドールを出発してから十日間の旅続きだ。
疲れがたまるのも無理はない。
俺は、タツオを起こさないようにそっと寮を出た。
向かうのは、式術研究所。
昨日に続き、サイレスに用がある。
例の作戦についてである。
俺は、ブレイヴェンでの出来事から、ある説に確信を持っていた。
それは、〝温泉で裸の付き合いをすれば本音で喋って仲良くなる説〟だ。
ラグナとアルヴァルドの意見が同じ方向を向いていたという前提があったものの、恐らく温泉での会合がなければあそこまでスムーズに進まなかっただろう。
というわけで、ガルフ篭絡作戦のプログラムに温泉会合は入れるべきだ。
レオニスの話によると、ガルフが討伐遠征から戻ってくるのは数日後。
それまでにできる限りのことはしておきたい。
そのために、〝万能の式術者〟の力は不可欠である。
研究所に着くと、サイレスは式位測定器の修理をしていた。
「どうした、連日。サウナの誘いか?」
サイレスは測定器の修理に悪戦苦闘している様子だ。
研究者に似合わず、汗だくである。
確かに、サウナに誘ってあげた方がいいかもしれない。
「まあ、遠からずと言ったところなんですが。
温泉とサウナを、さらに進化させようと思っていまして」
俺はそう言った。
「ほう……?それは興味深いな。君たちが不在の間、一応整備はしておいたぞ」
サイレスが言っているのは、式術学校の敷地内に俺が作った
通称スパ、温泉とサウナのことだろう。
「あ、ありがとうございます。でも、今回はもっと大がかりにしたくて。
複合型温泉施設を作ろうと思います。川の水を温めるのではなく、
温泉施設を作りたいなと」
「どういうことだ?温泉とはなんだ?」
そうか。この世界では文化的に入浴がなかったんだ。
まずは温泉から説明しなくてはいけない。
「地下の深くには熱があり、そこで熱せられたお湯は、様々な成分を含んでいます。硫黄や鉄分、塩分。そのお湯に入ると、色んな効能があります」
「なるほど。それは興味深い。で、どうやって作るんだ?」
「俺も詳しくは知らないんですが……とにかく掘ります。
なので、サイレスさんにお願いしたいことが二つ」
「言ってみろ」
「一つは、温泉を掘る許可を国からもらってきてほしいです。
国有地で、ここから近い山の中がいいですね。
見つかるかは分かりませんが。
二つ目は、その手伝いをやってほしいんです。
温泉を探す探知と、温泉を掘る掘削」
「報酬はあるのか?」
「施設の中には大きいサウナも作ります。完成したら、有料化して市民からも入浴料を徴収する予定ですが……。
手伝っていただけたら、永久無料にします」
俺がそう言うと、サイレスは修理の作業を止めて眼鏡を上げた。
「乗った。ここでしばらく待っていてくれ」
サイレスはそういうと早速上着を羽織り、王宮へ向かった。
心なしか足取りが軽い。
いつのまにかすっかり温泉愛好家だ。
しばらく待つと、サイレスが帰ってきた。
早い。
二十分くらいしか経っていないぞ。
「ここから歩いて十分くらいのところに、国が保有する丘陵地がある。
そこは自由に使っていいとのことだ」
さすが王族。仕事が早い。
というか早すぎる。
ふらっと言ってすぐ面会できるのは、王の弟という特権だろう。
すると、サイレスはまた着替えをはじめた。
「え?なにしているんですか?」
俺は聞いた。
「今から行くんだろう?作業着に着替えている」
即断即決即行動。
ガレオンも行っていたが、国のトップに立つにはこのバイタリティが必要なのかもしれない。
「さて、まず探知だな」
目的の土地につくと、サイレスが言った。
丘陵地は、ほぼ草原と林になっている。
立地的には、完璧だ。
王宮からも近く、城下町からも歩いてこられる。
ここに温泉施設ができたら、繁盛するに違いない。
平たい顔族としての誇りをかけて、温泉を完成させなければ。
「地下深くに水脈が見つかれば、可能性が高いです。
細い水脈の可能性もありますが、そればっかりは掘ってみないと分からないので。水の探知、いけますか?」
俺は言った。
「任せておけ。紫、緑、青。切り替えながらやってみよう」
めちゃくちゃ器用な話である。
式術の切り替えって、そんな簡単なもんじゃないぞ。
色んな色の式術を使ってみて初めて分かったが、
イメージは使う脳の切り替えだ。
左脳を使えば右手から、右脳を使えば左手から式が出る。
想像力が必要な式術は右脳型なので、左手が相性がいい。
俺の式でいくと、土の式術とかがそうだ。
使いすぎると、頭痛の要因になる。
思考、計算が必要な式術は左脳型。
素材をそのまま使う式、トニトルス、フレアバーストがそうだ。
それを切り替えながら、同時並行で処理する。
改めて思うが、やはりサイレスは天才式術者なんだと感じる。
両手からこの世の終わりみたいな炎を創り出すタツオも
相当バケモンだと思うが。
俺がそんなことを考えていると、サイレスが叫んだ。
「あったぞ!かなりの水の量だ!温泉か?」
「まず、掘ってみましょう。いきなり水が噴き出すかもしれないので、
少しずつ行きましょう。ここから、持久戦です」
それから、俺たちはできるだけ式の出力を凝縮し、
小径の穴をひたすらに掘り続けた。
集中力がいる。しかし、何メートル掘ればいいのかも検討もつかない。
作業は難航を極める。
ブレイヴェンみたいに自然に温泉が湧いていれば楽なのに……。
しかしここは辛抱である。
すべては作戦の成功のため。
しかし、初日で温泉を掘り当てることはできなかった。
日が暮れると同時に、俺たちは作業を止め、翌日以降にすることにした。
「で、明日は何時に集合だ」
サイレスが言った。
「え?明日大丈夫なんですか?仕事とか」
俺は聞いた。所長の仕事もあるだろう。
「万障繰り合わせるに決まっている。最優先事項だ」
サイレスは力強くそう言った。
まあ、こちらとしては助かるが。
会いに行ける王様レオニスといい、
この国の王族は暇なんだろうか……?
サイレスの提案で、日の出とともに作業開始となった。
早いよ。
寮に帰ると、タツオが部屋でなにやら作業をしていた。
木箱やら藁、布やらが散乱している。
「……なにしているんだ?」
俺が声をかけると、タツオは作業をしながら返事をした。
「ああ。おかえり。みればわかるでしょ?冷蔵庫作ってる」
なに……?冷蔵庫だと……?
そんな文明の利器を?
タツオは続けた。
「ユイトがブレイヴェンで〝冷たい飲み物が飲みたい〟って言ってたじゃん。だから、作ってみようかなって」
なんと。俺のぼやきを記憶し、さらにそれを実現しようと動いてくれているのか。
俺は感動した。
あの引きこもり空気読めない天然数学野郎が、
こんな気の利いたアクションをとれるなんて……。
お母さん嬉しいわ。
「そういえば、レオニスから連絡があったよ。
家の候補を見繕ったから、実際に見て決めろって」
タツオが話題を変える。
そういえば。寮からの退去を理由に、家の供給を依頼していた。
もう一つの作戦のためにも、間違えない回答をしなければ。
「ああ。じゃあ、タツオに任せるわ。
今温泉掘っているからさ。ミサキと一緒に俺の分も探してきてくれ」
正直、もはや部屋にこだわりはない。
寝るところとそれなりの広ささえあれば、特に要望はなかった。
タツオに任せてしまっても問題ないだろう。
目的はあくまでミサキの恋愛大作戦の成功である。
「分かった。じゃあ、明日見に行ってくるね」
タツオが答える。
どうやら、ミサキの決戦日は明日に決定したようである。
俺は心の中でミサキの検討を祈った。
翌日。
俺とサイレスは、再び丘陵地に集合した。
昨日に続き、コツコツと「アースホール」を連発する。
交代しながら、少しずつ掘り進めるため、
必然的にサイレスとの会話が増える。
「サイレスさん、霊峰ライゼルってどんなところなんですか?」
俺がそれを聞いた時、サイレスはイエナと同じようなしかめつらをした。
「アレクシオの件か。うむ。少なくとも私はもう二度と行きたくないな」
イエナと同じ感想。
ここまで言われると逆に興味が湧いてくる。
「三年くらい行ってたって聞きましたけど……そんなに大変なんですか?」
「私の場合は、白の式や、テオロッドの呪いを研究するという目的があったから耐えられた。が、普通の人間では一か月もいたら発狂するだろうな」
「そんなに……?何があるんですか」
「あそこは、〝原理の聖地〟と呼ばれている通り、これまでの式術の歴史が全部残されている。どこの国家にも属さない〝編纂者〟と呼ばれる民が、書物と口伝で歴史を紡いでいる。アウレオ=テオロッドの誕生以来、三百年間ずっとだ」
「イエナにも聞きました。あまり想像がついていないですが」
「ライゼルには、〝図書館〟と呼ばれる書物庫がある。
ご丁寧に三階層に別れていて、情報を制御している。
下階にいけばいくほど、機密性の高い書物がある。
第一層は誰でも入れる。そもそも、あそこにたどり着くだけで相当ふるいがかけられるからな。
第二層は二式以上しか入れない。
私が三年もいたのは、そこに入るためだ。
第三層、最深部に入るには零式以上が必要だ」
「なにがそんなに大変なんですか?」
「まず、高度ゆえ酸素が薄い。生活するだけでも大変だ。
それに、〝編纂者〟は基本無感情、無表情で生きるように育てられている。
必要最低限の会話以外、ほぼ話をしない。精神的にも厳しい」
歴史を語るためだけに生まれ、そのために生きる。
そんな人生が、俺には想像もつかなかった。
「よく三年もいましたね……」
「王族の歴史の中でも最長とのことだ。
──私の場合は、図書館の下階層に入るという目的があったからな。
黙々と修行に打ち込めた。
本当は最下層に行きたかったのだがな。
今のタツオなら、入れるはずだ。行ってくれるか?」
この話を聞いて、行きたいというやつがいるのだろうか……。
しかし、第三層、最下層にある書物というのは気になる。
白の式術についての情報も得られるかもしれない。
現在この世界に存在する零式はタツオしかいない。
いつか行くことになるのかもしれない。
三千段の階段は上りたくないが……。
話をしていると、突然、その時はやってきた。
地面の奥から、微かな振動。
──ドン、と小さな衝撃。
その後、空けた穴の奥から、白い蒸気が噴きあがった。
シューっという鋭い音とともに、熱い息が地上に放たれる。
次の瞬間。
──ドオンッ!!
地面が弾けた。
湯が、空へと吹きあがる。
熱水は太い柱となって天へ伸び、
陽光を浴びて、虹色の飛沫を散らした。
俺はとっさに土の式術で周囲の地盤を固める。
ここまで来て崩落させては意味がない。
湯柱は次第に落ち着き、勢いはやや穏やかになっていく。
俺は続いて、地面に円形の窪地を作った。
そこに、ゆっくりと湯が満ちていく。
やがて、そこに〝温泉〟が生まれた。
「……やりましたね」
俺はサイレスにこぶしを突き出す。
「やったな」
サイレスは、俺のこぶしにコツン、とこぶしを当てる。
こうして俺たちは二日がかりの温泉掘削を成功させた。
俺は、温泉の温度を確かめる。
恐る恐る手を入れてみる。
うん、ちょうどいい。ちょっと熱いが、温度調節の必要がなさそうだ。
完璧である。湯量も問題なさそうだ。
後は、諸々施設を整えるだけである。
「で、これからどうするんだ?」
できたばかりの温泉につかりながら、サイレスが言った。
「そうですね。色々建築したいのですが、さすがに式術だけじゃ厳しいですね。サイレスさん、もう一つお願いなんですが。
──職人の手配をお願いできますか?」
俺は源泉を手ですくいながら、言った。
「職人?なんの職人だ」
「取り急ぎ、建築、土木、設備あたりの職人です。
せっかくなんで、テオロッドの名物施設にしましょう」
ここから先は素人仕事では無理だ。
うまくすればここも観光地にできる。
俺たちはひとしきり生まれたての温泉を堪能した後、王都に戻った。
寮に帰ると、タツオが昨日の作業の続きをしていた。
また、作業をしながら「おかえりー」とだけ言った。
「早いな、タツオ。家はどうなったんだ?」
そう。今日はミサキの恋愛大作戦決行日である。
果たして首尾はどうだったのだろうか。
「あー。家ね。決まったよ」
「そうか、よかった。で、俺の家とお前の家は近いのか?」
唯一の転移者仲間であり、
なんやかんやこの世界に来てからの腐れ縁である。
できれば近いほうが何かと便利だ。
「え?近い?っていうか同じ家だよ」
タツオはこちらを向いて言った。
「……え?また同じ家?」
「ああ。安心して、部屋はちゃんと五部屋あるから」
なるほど、ルームシェア的なやつか。
それならプライベートも維持されるし都合がよいかもしれない。
「それと、ミサキも一緒に住むことになった」
タツオはなんでもないように言った。
「そうか。それはよかった……ん?なんて?」
「だから、ミサキも一緒の家。三人でルームシェアみたいな感じだね」
……どうしてそうなった。
ミサキさん、あんた一体どんな作戦を実行したのさ。
タイミングを見て聞かなければ。




