エピソード・オブ・レイン
あの夜のことを、今でも夢に見る。
暑さの厳しい寝苦しい夜は、特に。
——最初は、遠くの赤い光だった。
静かな夜に、誰かが叫ぶ声が響いた。
声は段々と大きくなり——やがて悲鳴に変わる。
次の瞬間、空を覆う影。
巨大な翼が夜を遮る。
ドラゴン。
レインはそれを、屋敷の窓から見上げていた。
喉が凍りつく。
咆哮が空気を震わせ、
次の瞬間——炎が街を飲み込んだ。
「私は行ってくる、レインを頼む!」
父が叫ぶ声が聞こえる。
主人がいなくなった屋敷の中には、混乱と混沌が訪れる。
ドラゴンの咆哮が、近づいてくる。
直後、熱風が押し寄せ、
——屋敷の一角が爆ぜた。
侍女の悲鳴。
崩れる梁。部屋に、煙が流れ込む。
「レイン様、こちらへ!」
侍女の呼ぶ声。
手を引かれて、崩れていく屋敷を出る。
燃えていく街。空が、赤く染まる。
ドォォオオン、と大きな地響きがする。
そちらを振り向くと、そこには、ドラゴンが立っていた。
——死ぬ。
十歳の少年は、初めて事態を理解した。
その時。
背後から、静かな足音がした。
レインは、振り向いた。
そこには、金の髪の女性が立っていた。
燃え盛る夜の中で、
その姿だけが不思議と穏やかだった。
「もう大丈夫よ」
優しい声。
レインの前にしゃがみ込み、そっと抱き寄せる。
「怖かったわね」
女性が、囁いた。
レインは、初めて声を上げて泣いた。
その腕の中で。
しかし、抱擁はすぐに解かれる。
彼女は立ち上がり、空を見上げた。
そして、手を掲げた。
——空気が震える。
空を覆い尽くした、雲が割れる。
次の瞬間——
空を裂く一閃。
雷が夜を白く染め上げる。
耳をつんざく轟音。
すべてを塗り替える、光。
雷はドラゴンの鱗を貫き、
その巨体を骸に変えた。
一撃。
ただの一撃だった。
咆哮が途切れ、炎が揺らぐ。
街は静まり返る。
レインは立ち尽くした。
夜の残光の中で、
女性は静かに立っていた。
風に金の髪が揺れる。
神話を見ているようだった。
後にレインは知ることになる。
その女性の名は、
セレフィア=テオロッド。
王妹にして、王国の至宝。
黄の零式だということを。
そして、レインを、国を救ったその雷は
——命を削る一撃だったことを。
だがこの夜のレインは、それを知るよしもない。
胸に刻まれたのは、
雷の偉大さと、抱擁の温もり。
十歳のレインは、焦げた大地の上で誓った。
いつか。あの光のように。
誰かを守れる力を。
目が覚めると、そこは寮の自室だった。
汗が酷い。
レインは、その汗を拭くと、水を飲む。
——また、あの夢だ。
死の絶望と、救いの光。
それは、レインの人生に大きな影を落としたとともに、生きる目的となっていた。
——明日は、模擬戦か。
式術学校に入ってから、初めての実戦形式だ。
楽しみではあるが、不安もある。
俺の式術は、誰かを守れるんだろうか。
アルヴァス家は、青の高位者が多く出る家系だった。
いわゆる貴族の家柄だが、テオロッドは貴族も市民も仕事をする。
テオロッド王国内では、水にまつわる仕事に就くことが多い。
父、ザイン=アルヴァスは、王国の中で治水監督官の任に就いていた。農業の支援から、災害時の消火まで、幅広い。
俺は、父の仕事に誇りを持っていた。
多くの農民に慕われ、多くの命を救っている。
レインは、父の後を次いで治水監督官——その先にある、国政を担う執政官を目指していた。
そのためには、式術学校を良い成績で卒業しなければならない。当然、首席を目指して準備していた。
入学が十九歳と遅れたのは、理由があった。
あの夜以来、主式の青だけでなく、様々な式を扱えるように訓練を積んできた。
あの雷は、俺には撃てない。
でも、支えになることはできる。
王族にできない仕事をやれるようになろう。
そう思っていた。
十五の成人で、一度は式術学校を受けようとした。
青は五式に届いていたはずだ。
そんな時、サイレス=テオロッドの存在を知った。
全ての式術が高位。
そして、王族でありながら式術学校を指揮し、事実上の執政官を担う男。
今のままでは、支えにすらならない。
そう思ったレインは、更に訓練を積むことにした。
四年間の訓練。
テオロッドの霊峰、ライゼル山での修行。
滝に打たれ、火を歩き、木々とととに夜を過ごした。
それだけに、満を辞して受けたこの試験で、首席を取れなかった事実は、レインに衝撃を与えた。
結果は次点。
首席は、オウシュウから来た留学生。十七歳。
歳下だ。
それに加えて、防火壁を火力で破壊するという入学者も現れた。赤の二式だという。
その隣には、主式さえ分からない白髪の男もいた。
なんというタイミングで入学してしまったのか。
レインは自身の間の悪さを呪いながらも、
楽しみも感じていた。
同期は、レベルが高い方が面白い。
それに、大事なのは卒業時の成績だ。
式術学校首席卒業者は、官僚試験で優遇される。
レインは気持ちを切り替え、訓練に打ち込むことにした。
それから、白の髪の男は青の式の訓練で度々一緒になった。
名前は、ユイト=カタギリという。
話したことはなかったし、青の式も大した式位ではなかったが、日に日に成長していく。
レインは焦りと、刺激を感じながら日々の鍛錬に励んだ。
入学して一月が経った頃。
模擬戦の告知が行われた。
全科合同で行われるという。
班を組むように、という指示に、レインは最初あの首席の少女を思い浮かべた。
しかし、少女はユイト=カタギリと赤い髪の少年と組むようだった。
正直、かなり強い。
——面白い。強敵を倒してこそ、自分の力の証明になる。
そう思っていると、緑の髪をした少年がレインの元に近づいてくる。
「あの……レイン=アルヴァスさんですよね。
僕、フィルって言います。緑の式者です。
よければ……組んでもらえますか?」
その少年は言った。
「緑か。式位は?」
レインは聞いた。
「……入学時は、七式でした。
で、でも、最近どんどん力が上がっているのを感じるんです!」
フィルは食らいつく。
緑の七式。決して高くはない。
——レインが、六年前に通った場所である。
しかし、なぜかその少年が気になった。
どこかで会ったことがあるような……。
「フィル……俺と会ったことあるか?」
レインが聞くと、フィルは目を輝かせる。
「覚えててくれたんですね!はい、五年前、ザイン様……お父様と一緒に、うちの実家の農家の水路を整備してくださいました!おかげさまで、まだ農家としてやれています」
レインは、思い出す。
確かに、あの頃。もう青が六式になっていた俺は、
父の仕事を手伝っていた。
あの時の少年か。
「式術が発動したのは、あの後です。
今は、十六歳になりました。
ザイン様やレイン様の力になるために、この学校に入りました」
フィルは続けた。
「そうか……。
だが、レイン様はやめてくれ。
レインと呼んでくれ」
「え?……でも、そんな」
フィルは動揺する。
「俺たちは、チームだろう?」
レインはそう言って笑った。
あと一人、班に入れてくれと教官に言われた。
どうやら他の班はメンバーが決定したらしい。
教官が連れてきたのは、黄色い髪のおかっぱ頭。
そばかすが特徴的な少年だった。
「お前らの班に入ってやるよ」
そのおかっぱ頭は、腕を組んで偉そうにしている。
教官は、頭を軽くはたく。
「そんなんだから、一人余るんだぞ。
すまないが、レイン。こいつを頼んだ」
教官はそう言って本部テントに向かった。
少年は、ノエル=エルロッドと名乗った。
「エルロッド……?」
レインは呟いた。
エルロッド家は、テオロッド家の分家にあたる。
それならば、その黄の髪も頷ける。
だが。
「エルロッド家は、ドラゴン襲来で滅びてしまったのでは……?」
レインは言った。
そう。あの夜、テオロッド中心部に領地を持つエルロッドは、ドラゴンの炎の直撃を受け、全滅したと聞いていた。
「俺が、その生き残りだよ。孤児ってやつだ。八歳だったから、大した覚えてねえけどな」
こうして、レインたちの班はできあがった。
まず、難航したのは、班の名前である、
フィルは早々にレインに任せると言ったが、
ノエルが自分に決めさせろと譲らない。
レインは頭を抱える。
その時間があれば、模擬戦の策を練る時間にしたい。
なんとか納得させる方法はないか。
「ノエル、君の武器は雷だろう?」
「ああ。そうだ。まぁ、この髪を見ればすぐ分かるけどな」
「恐らく、君の雷は、このチームの切り札になるだろう。
その時まで、君の力を隠しておきたい。
そのためには……チーム名には入れない方が良い。
青が主力のチームと錯覚させた方が良い」
「……ふん。まぁいいか。確かに俺の雷が活躍しそうだしな」
「頼むぞ、ノエル。
じゃあチーム名は、俺の案のブルーオーダーで行こう。
続いて、陣地を決めよう」
無事ノエルを説得すると、レインは次の行動に移った。
この模擬戦は、式の勝負ではない。戦略勝負だ。
地形を生かし、式を生かし、連携の良いチームが勝つ。
レインはそれを直感していた。
「ノエル、フィル。主式と副式の式位を教えてくれ。
作戦を考える。俺は、主式は青の四式、副式は緑の六式だ。今は五式くらいあるとは思う」
レインが言うと、ノエルは少し目を見開いた。
普通であれば、卒業要件を満たしている式位である。
「僕は、主式は緑の六式で、副式は茶の八式です!」
フィルが答える。
「主式は黄の六式……。副式は、紫の八式。
……お前、なんで学校にいるんだよ」
ノエルが続いた。
レインは頷くと、質問には答えず指示を続けた。
「チームの戦略を考えると、役割分担はこれがいいだろう。
フィルは、倒木で砦を作り、守る役目。
余裕があれば土の式術で援護してくれ。
俺とノエルは相手に応じて攻撃役を変えよう。
ノエルが雷を流せば、大抵の敵は近づけないだろう。
相手によっては、俺が青の式で迎撃し、攻め込む」
明確な指示と、適切な役割分担。
レインは、霊峰ライゼルでの修行で、兵法や人事の基本を学んでいた。
フィルとノエルは、レインのその的確な動きに圧倒されていた。
模擬戦が始まった。
まずは様子見。各社から、旗を奪い合う声が聞こえてくる。
ブルーオーダーは、倒木で作った砦に閉じこもり、敵の襲来を待った。
すると早速、一人やってくる。
青の髪だ。訓練で見たことがある。
恐らく、式位は八式程度だろう。
レインの相手ではない。
相手は、川の水を利用して倒木砦に水をかけようとしてくる。
レインはそれをさらに上回る水量で押し返し、
——水の渦で相手を飲み込んだ。
溺れないように、手加減をする。
なにしろ、怪我をさせてはいけない。
「ノエル!今のうちにこのチームの旗を取ってきてくれ!
恐らく川沿いだ。雷で制圧できる!」
レインが言うと、ノエルは駆け出した。
川に飲み込まれた相手がもう勘弁してくれ、と泣きつく頃。
ノエルが旗を持って帰ってきた。
まず、一つ。
再度襲来に備え、体制を整える。
すると、向こうから二人の人影が見えた。
赤い髪と、紫の髪。
——彼らだ。確かチーム名は……フォーリナー。
それにしても、二人攻撃とは。
我々とは真逆のスタンスだ。
攻撃特化。
まず、紫の少女が霧を作り出す。
その隙に、赤い髪が突っ込んでくる。
レインは、霧を打ち消す水蒸気を作り出した。
幻惑対策なら、修行済みだ。
「!?消された…?」
相手は動揺している。
チャンスだ。
「ノエル!雷を、川に放て!」
レインが叫ぶ。
「うるせえ!今やるよ!」
ノエルが雷を放つと、レインは水を操り、
レインは川の水と敵の体をつなげた。
直接攻撃はしていない。
だが。
二人は痺れて、その場で座り込んだ。
よし効いている。
しかし、直後赤い髪の男が戻っていく。
……速い。
紫の少女は、再び幻惑を放ってくる。
レインはそれを打ち消していると、
赤い髪は、なんと、ユイト=カタギリを連れて戻ってきた。
全員攻撃……!?
ありえない。他のチームからすれば、旗は取り放題だ。
彼がここに来たということは……。
「ノエル、フィル。どうやら……。
最終決戦みたいだぞ」
レインは、血がたぎるのを感じた。
フォーリナーの戦略は、実に即座に、的確に実行された。
役割が一瞬で切り替わり、息を合わせた動きが展開される。
俺たちが打ち手を考える間もなく——
紫の霧の向こうで、赤が駆けた。
次に見えたのは——こちらの旗が、揺れている光景だった。
負けた。
旗を奪われた瞬間、悔しさが一瞬芽生えたが、頭は妙に冷静だった。
むしろ熱かったのは、胸の奥のほうだ。
「完全にやられたよ。こちらは攻め手に欠けていた。
——次の実地訓練でまた会おう」
試験が終えると、思わず敵の元へ出向き、自己紹介をし、
——握手を求めていた。
変なやつと思われただろうか。
貴族として育てられたレインは、かしこまると変な言葉使いになるクセがある。
案の定、ノエルから「なんだよあのスカシ方」と指摘された。
それにしても……
フォーリナーは強かった。
白髪の男、ユイト=カタギリは、
最初から最後まで“全体”を見ていた。
赤のタツオは、連携の崩れを一瞬で駆け抜けた。
そして紫の留学生は、的確な状況判断だった。
こちらは、防戦一方のまま、何もできなかった。
連携、個々の力、そして統率力。
すべてが上回っていた。
「……くそっ」
隣でノエルが舌打ちをした。
フィルは、申し訳なさそうに肩を落としていた。
緑の式者は、実直で、すぐに自分を責める。
「ごめん。僕が……砦、維持しきれなかった」
「違うな」
ノエルが吐き捨てる。
「お前は仕事をちゃんとやってた。俺がさっさと撃てなかっただけだ」
「撃てなかった、じゃない」
レインは、なるべく平坦な声で言った。
「撃てない状況を作ったのは、俺の責任だ」
二人が同時にこちらを見る。
レインは言葉を選びながら、敗因を口にした。
「フォーリナーは、こちらが守りに寄っていることをすぐに把握した。砦を燃やされ、幻惑を陽動に、旗まで一直線に抜かれた。
つまり、こちらの思惑がいいように利用された。
純粋に……戦略ミスだ」
ノエルが眉を寄せる。
「俺が撃てば状況は変えられた」
「いや……結果は同じだっただろう」
レインは言い切った。
「個々の力は、すぐには上げられない。
しかし、連携は強化できる」
「……どうやって?俺たち、部屋も学科もバラバラだぞ」
ノエルが言った。
レインは答える。
「知らなかったか?寮には会議室がある。
これから、そこで会議をしよう。
それぞれのことを、もっと知ろう」
ノエルはふん、と鼻を鳴らし、先に歩き出した。
背中が、やけに小さく見える。
フィルがその後ろを追いかける。
「ノエル、待って——」
はじめは、仕方ない。
チームというのは、性格を揃えるものじゃない。
噛み合うまで、ぶつけ合うだけだ。
会議室は静かだった。
窓の外では風が鳴っている。
俺たち三人以外の生徒は、もうほとんど残っていない。
ノエルが椅子を乱暴に引き、座った。
「で?反省会か?」
「いや、その前に俺たちはもっと互いを知るべきだ」
レインが答える。
フィルが緊張した顔で座る。
「まず、フィル。改めてだが、敬語を使うな。
呼び名もレインでいい。連携の邪魔になる」
「え、いや、でも……」
フィルは何度か口を開閉し、やっと小さく言った。
「分かったよ……レイン」
ノエルが笑った。
「なんか、ぎこちねぇな」
フィルがむっとする。
「うるさい、ノエル」
一瞬、空気が和らぐ。
「それから、ノエル。お前の力は、多分出しきれていない。
エルロッドの血が、六式で終わるわけがない。
真面目に訓練を受けていないな?」
レインは、あえて厳しくそう言った。
「……受けてないわけじゃねえよ。ただ、ぬるいっていうかさ。強くなってる気がしねえんだ」
ノエルは答えた。
「戦いなら、俺たちは今日死んでいる。
それくらいの戦術、戦力差だった」
レインが言い切り、場は沈黙する。
「なぜ、強さにこだわる?」
レインが聞くと、ノエルの目が鋭くなる。
「誰かを守れるようになりたいんだよ」
唐突だった。
だが、それがノエルの本音なのだろう。
「勝ちたいとか、目立ちたいとか、そんなんよりも。
大事な時に……守れなきゃ意味ねぇ」
フィルがそっと息を飲む。
ノエルは視線を逸らし、ぼそりと言った。
「寝てたなんて、嘘さ。屋敷が燃える中、俺は地下で震えてた。家族が叫ぶ声がする中、ドラゴンがいなくなることだけ祈ってたんだ。
最後に生き残ったエルロッドの血は、一番の臆病者だ」
「……あの夜、俺はセレフィア=テオロッドに命を救われた」
レインは言った。
「セレフィア……?英雄セレフィアか?」
ノエルが聞いた。
「俺の目の前に、ドラゴンはいた。息を吸い込み、今にも炎を吐きそうだった。そこに、セレフィアは現れ、あの雷を放った。俺は——彼女に救われた。
彼女の命と引き換えに。
あの力を……誰かを守る力を手に入れるために。
俺はここにいる」
フィルがゆっくり頷く。
「……僕の家は、アルヴァス家のおかげで畑が守られている。だから俺も、誰かを守れるようになりたい」
「だとすれば、俺たちブルーオーダーの目的は同じだな」
レインが、笑った。
「まず、お互いに守り合おう。それができなきゃ、何も始まらない」
森の湿った匂いが、肺の奥に落ちていく。
実地訓練当日。
俺は、フィルとノエルと並んで校舎前に立っていた。
「さぁ、リベンジだな」
ノエルがぼそりと言う。
「敵はフォーリナーじゃないぞ。自分たちだ」
レインは言った。
模擬戦で負けたあの日から、一ヶ月。
俺たちは、ほぼ毎晩集まった。
会議室で話し合い、戦略を練った。
訓練場で、式の連携を試した。
——互いの弱さを晒し合った。
気合いを入れ、集合場所に向かうと。
——レインの憧れが、並んで立っていた。
王族であり、式術研究所所長。
万能の式者、サイレス=テオロッド。
セレフィアの娘であり、テオロッド特使。
イエナ=テオロッド。
レインは、まるで子どもに戻ったように、憧れをただ見つめていた。
「おいおい、王族様が講師かよ」
ノエルが呟く。
「王族直々なんてすごいね……」
フィルが答える。
二人は、大した気にしている様子もない。
そうだ。誰が講師だろうが、
やるべきことは変わらない。
レインは試験に集中し直した。
森へ向かう道中。
俺は前を歩くフォーリナーを見た。
紫の少女、ミサキ。
赤のタツオ。
そして白のユイト。
あの三人は、自然にまとまっている。
言葉が少なくても、噛み合っている。
正直に言えば——羨ましくもあった。
だが。
「おい。いくぞレイン、フィル。
ブルーオーダーの力を見せるぞ」
ノエルがそう言って森に向かって行く。
大丈夫。俺たちも負けてはいない。
緑の実地訓練。
森の奥で、サイレスが紫の光を放った。
全身が重くなり——呼吸が浅い。
弱毒が、体を巡る。
フィルがすぐに木に触れた。
「ここは、僕の出番だね。任せて。
レインは、後のために力を残しておいて」
——以前までなら、レインの指示を待っていたはずだ。
決断と動きが早い。
レインとノエルはフィルのヒーリングに身を委ねた。
レインの方が、緑の式力は上だ。
ただ、フィルのヒーリングは心地よい。
まるで自然と一体化しているような感覚。
森で育ち、大地を育んだものにしか身に付けられない力なのかもしれない。
レインは、フィルに緑の式位が抜かれるのももうすぐだな、と感じた。
次は、森を抜ける試験。
魔獣への攻撃は禁止だという。
「さあ、腕の見せ所だな」
ノエルは紫の式を使い、幻惑をかける。
魔獣の巣窟を、素通りする作戦だ。
これまでだったら、ノエルは雷を使いたがっただろう。
しかし、チームの動きを優先し、支援に徹している。
——順調だ。
レインは、ブルーオーダーがまとまりつつあることに、喜びを感じていた。
しかし。好事魔多し、とはよく言ったものだ。
ノエルの幻惑はそこまで強くない。
大型魔獣がしんがりを務めるレインの後ろに迫っていたのを、ブルーオーダーは気づいていなかった。
突然の咆哮とともに、容赦なく爪が振り上げられる。
サヴァンレオ。
レインの背中は、爪痕でえぐられる。
血が飛び散る。
「レイン!」
ノエルは叫びながら、式を切り替える。
紫から、黄へ。
雷が、ノエルの両手に溜まっていく。
「撃つな!ノエル!」
レインが叫ぶ。
ノエルは、ギリギリで撃つのを止める。
フィルが、咄嗟にサヴァンレオの足元の土を崩す。
その間に、レインが青の式で水溜りを作る。
「オーケーだ、ノエル」
レインが言うと、意を組んだノエルが水溜りに雷を放つ。
——サヴァンレオの全身を電流が流れ、失神した。
フィルがレインに駆け寄り、回復をする。
が、傷が深い。
レインも自分で緑の式を発動する。
「なんで止めたんだよ……!」
ノエルがレインを問い詰める。
「試験のルール、だろ?」
レインは回復する。少しずつ呼吸が落ち着いてくる。
「そんなもん、誰も見てやしないだろうが。
命の方が大事だろ!」
ノエルは言った。
「そうだな……。それは、ノエルの言うとおりだ。
たが……ルールを守れず試験をクリアしたとしても……自分が許せない気がしてな。すまん」
レインは答える。
ノエルは、それ以上は言わなかった。
「いや……俺の幻惑が、弱かったせいだ。
俺の方こそ……ごめん」
「無事でよかった。大丈夫、僕らならやれるよ!」
フィルが二人の肩を叩いた。
レインが回復すると、チームは歩き出す。
なんとか森を抜ける頃、ブルーオーダーは消耗し切っていた。
対して、フォーリナーは随分前に到着していたようだ。
ユイト=カタギリが、レインに向かって親指を立てる。
レインは、無理やり笑顔を作り、それに応えた。
最後の試験は茶の式術。土の魔物、ゴーレムとの戦い。
サイレスが自ら作ったなど、本来光栄でしかない戦いも、今のブルーオーダーにとっては正直重かった。
「ごめん……回復は使いすぎて、厳しいかも」
フィルが言った。
「ダメージは受けられない、ってことだな。了解。
レイン、どうする?」
ノエルがレインに指示を仰ぐ。
「水と、雷で破壊しよう。シンプルだが、それしかない。
フィルは、守りだ。倒木を活かそう」
レインが言うと、ノエルが笑った。
「なんだよ、結局一ヶ月前と変わってねえじゃん」
「いや、変わっているさ」
レインが言った。
「信頼が違う」
「後ろは、僕に任せて!」
フィルが言った。
それに、レインが続く。
「俺は、水で通電性を上げる。決めるのは、ノエルの雷だ。
おいしいところ、頼むぞ」
それを聞くと、ノエルは腕をまくって言った。
「よーし。見せてやるか、俺様の本気を。
かかってきやがれ土人形!」
連携は、これまで以上だった。
ゴーレムにダメージは確実に蓄積し……
最後は崩れ落ちた。
隣を見ると、フォーリナーは何やら不思議な戦いをしている。
破壊するつもりがないようだ。
そして、最後には、ユイト=カタギリがゴーレムの形を変えるという荒技で決着を迎えた。
レインは思わず声を上げて笑っていた。
そんな選択肢もあるんだな。
俺たちは、ゴーレムを倒すことしか考えていなかった。
気がつくと、拍手をしていた。
「フォーリナー諸君。素晴らしい戦いだったな。共に試練を乗り越えたことを讃え合おうではないか」
ともに戦ったチームへ賛辞を贈りたい。
それだけだったのに、また堅苦しい話し方になってしまう。
ノエルから、「レイン、あれはちょっと痛いぞ」
と言われた。自分でも分かってはいる。
しかし、習慣とはそう簡単に抜けないのである。
結成から一ヶ月。
バラバラだったブルーオーダーは、一つにまとまった。
レインはこの三人で卒業したい、と心から思うようになっていた。入学前、首席で卒業しなければと思っていたことが嘘のようだ。
それだけに。
ノエルとフィルが測定試験で落ちたのは、心が痛かった。
自分の合格は、嬉しかった。
だが、それはあくまで通過点。
それよりも、二人の仲間の合格を祈っていた。
届いていると、思っていた。
二人とも、訓練に励んだ。
実戦でも、活かし方を覚えた。
二人とともに追試に残ることに、迷いはなかった。
「お前……ふざけんなよ!同情とかやめろよ!」
ノエルは、怒った。
「レイン、執政官を目指す人が追試なんて……ダメだよ」
フィルも言った。
「同情なんかじゃないさ。お前らと一緒に卒業したい、そう思ってるだけだ。ブルーオーダーは、卒業して終わりじゃないだろ?」
レインがそういうと、ノエルは唇を噛みながら、
フィルは目に涙を浮かべながら、
——それでも頷いた。
彼らとの出会い、フォーリナーとの出会いが、確実に自分を大きく、強くしている。
それをレインは感じていた。
いつか、大切な人を守れる強さを。
ブルーオーダーが目指す想いは、一つ。
彼らの物語は、始まったばかりだ。




