第二十六話 巻き込まれがちな男と、Aランク最終戦と。
第四戦の熱狂が、まだ闘技場に残っている。
控室から闘士寮に戻る前、俺は係員に呼び止められた。
「ガレオン議長がお呼びです」
……来たか。
闘技場最上階。俺のAランク階層より、一つ上。
ガレオンの私室は、豪奢というより“商談の部屋”という印象だった。
重厚な机。分厚い帳簿。
壁には魔獣の角や牙が、装飾品のように飾られている。
……あまり趣味がいいとは言えないな。
応接用のソファには、すでに先客が座っていた。
「やあ」
ヴァルドだ。
「……なんですか、この並びは」
俺が言うと、ガレオンは愉快そうに笑った。
「第四戦、見事だったな。無傷とは恐れ入った」
「ありがとうございます。できれば、痛いのは嫌ですからね」
「はは。とはいえ、物足りなさもあるだろう?第五戦は、派手にいこうと思ってな」
ガレオンが言った。
——嫌な予感しかしない。
「五戦目の相手は、ブラッドガルムにしようと思ってな」
……は?
「いや、待ってください。それ、Sランクの魔獣じゃ……?」
俺は、シャインが戦った凶悪な魔獣を思い出す。
「そうだ。現在闘技場で出せる単体魔獣の最高ランクだ」
「……俺、あと一勝でいいんですよね?」
「まあまあ。一旦話を聞け」
ガレオンは指を組み、身を乗り出す。
「今回は一人じゃない」
その視線が、ヴァルドに向く。
「Aランク二人の共闘だ」
俺はヴァルドを見る。
ヴァルドは、静かに頷いた。
「面白そうだろう?」
なるほど……。
先ほど見かけた二人のやりとりは、これだったか。
しかしこの人、本当に戦うのが好きだな。
ガレオンが続ける。
「ブラックガルムは本来Sランク指定魔獣ということで、
今回これに勝てば、Aランク二勝分に換算してやる」
いや、要らないんですけどそんなボーナス。
「……俺、あと一勝でいいんですよね?」
大事なことなので、二度言いましたよ。
「まぁまぁ。これも興行だ」
ガレオンは笑っている。
こっちは命がけなんだぞ……。
「五連戦の最後だ。観客も期待している。
Aランクの二人が命を賭けてS級魔獣を討つ。
これ以上の見世物があるか?」
むしろ、本人が一番楽しそうだ。
この人……純粋に闘技場が好きなんじゃないか?
「ブラッドガルムは知っているか?」
ヴァルドが俺に聞く。
「いえ。〝不殺〟のシャインが戦っているのを観ただけです」
「群れを持たない孤狼。
俊敏かつ獰猛。そして、執念深い性質を持っている。
一度狙った獲物は、逃がさない」
……嫌な説明だな。
ヴァルドが腰の剣を握って言った。
「ようやく、本気で死ねる相手だ」
「……いや、死んだらだめでしょ」
俺は突っ込む。
「それくらいの覚悟ってことさ。
君と僕なら……やれるさ」
「……何か策があるんですか?」
「ないよ」
即答だった。
ただの戦闘ジャンキーなんじゃないか、この人。
「君が式で崩し、僕は斬る。役割は明確だ」
ヴァルドは言った。
ガレオンが立ち上がる。
「よし、決まりだな。明日は一旦準備時間として、試合は明後日だ」
いや、決まってないって。
「……ちなみに拒否権は?」
一応俺は聞いてみる。
「あるわけなかろう」
ガレオンは即答する。
「お前が望んだ五連戦だ。最後までやり遂げろ」
……はい、そうですね。
お前が始めた物語だろ、ってやつだ。
俺が始めましたよ。
シャイン=カムイに辿り着くために。
俺は息を吐いた。
「分かりましたよ。やります。
その代わり、今度なんかわがまま聞いてくださいね」
「ははっ。金で何とかなるものなら聞いてやる。
さて、宣伝しなければな。
明後日はシャイン戦並みに人が来そうだな」
ヴァルドが立ち上がる。
「よろしく頼むよ、奇術師」
差し出された手を、俺は握った。
悪気はないけど、無自覚に人を巻き込むタイプの人だ、この人。
ん?どこかでそんなやつがいたような……。
部屋を出る前、ガレオンが言った。
「楽しみにしているぞ。Aランクの本気を、見せてくれ」
扉が閉まる。
廊下を歩きながら、俺は呟いた。
「ブラッドガルムか……」
ヴァルドが横で言う。
「怖いかい?」
「いや……作戦考えてました」
俺は正直に答える。
「君も、すっかり闘士だね」ヴァルドは笑った。
翌日。来るべきブラッドガルム戦に備え、俺は体を休めていた。
というか、寮から出られない闘士は何しているんだろう。
訓練場とかあるんだろうか。
ヴァルドに聞いておけばよかった。
そんなことを考えていると、急に体が何かに繋がった気がした。
同時に、頭に声が響いた。
『ユイト、聞こえる?通信の式術に成功したから、今から情報を伝えるね。
トランシーバーみたいに片方ずつしかできないから、次はユイトから話して』
タツオの声だ。通信式術?なんだそれは……。
トランシーバー。
昔、ボーイスカウトで使った気がするな……。
俺はやり方を思い出す。
とりあえず、やってみるか。
『こちらユイト。俺は明日第五戦目だ。これをクリアすればSランク。Sランクになり次第、すぐにシャインと接触する予定。どうぞ』
しばらくすると、再び繋がった感覚がする。
今度は、力が取られるように感じる。
『こちらタツオ。通信式術はあんまり回数できないから、まとめて喋るね。魔獣の生産工場に潜入した。闘技場の裏手。地下で繋がっている。闘技場の魔物は、そこで生産、育成され、出荷されている。魔獣の焼却炉もあった。
オルディアとのつながりは現状不明。どうぞ』
──なるほど。やはりそうだったか。
不明だった、闘技場の魔獣の供給源。
野生の魔獣だけであれだけの試合をこなせない、と思っていたが、やはり生産していたか。
再びこちらからの通信。
『こちらユイト。了解した。こっちでもタイミングみてガレオンを探ってみる。そちらは、ガレオンの身辺を探ってほしい。現状、悪人かどうか判断がつかない。どうぞ』
『こちら、タツオ。りょーかい。そろそろイエナの式力が切れそうだから、これで最後にするね。第五戦頑張ってね』
ぷつり、と途切れた。
イエナ……?
一体どんな式術なんだ。合流したら聞いてみよう。
俺は天井を見上げた。
魔獣は、生産されていた。
戦うために、生まれる命。
闘技場では、日々それが〝消費〟され、その裏では、新たな命が〝生産〟されていく。
ガレオンは、当然それを把握している。
一体、どう考えているのだろう。
興行として割り切っているのか、あるいは心を痛めているのか。
──直接、確認してみるしかない。
明日は、命のやり取りだ。
油断すれば、狩られるのは自分。
──余計なことは、考えないようにしよう。
俺はベッドに入り、無理やり目を閉じた。
日に日に観客が増えてきているのは感じていたが、
この日は凄まじい人の数だった。
ガレオンの宣伝が上手なのか、まるでこの島中の人が集まったかのような歓声だった。
歓声の質で、俺かヴァルド、どっちを応援してるかもなんとなく分かる。
血を望む声と、戦術を望む声。
ガレオンによると、ほとんどが俺たちの勝利に賭けているらしい。オッズはほぼ元金返し。
まあ観客が損しようが俺には関係ないのだが、
その情報はプレッシャーにはなる。
舞台を囲むように、緊急退避用の係員が控えている。
いつもより数が多い。
それだけ危険ということだ。
舞台に、ヴァルドと並んで入る。
あれから、特に作戦は浮かんでいない。
ヴァルドからは後方支援を頼まれているので、
一旦はその役割に徹しよう。
対面の檻が開き、咆哮と共に魔獣が現れる。
十メートル近い巨大狼。
ブラッドガルム。
殺傷力、機動力、共に災害レベル。
本来南方の山奥にしか生息しない希少種が……
俺たちの眼前に現れた。
ブラックガルムはすぐにこちらに向かって駆けてくる。
前衛のヴァルドが標的だ。
次の瞬間にはヴァルドの真正面に到達し、爪が振り下ろされる。
――ギィン!!
剣で受け止めるが、衝撃で石床が割れる。
「ははっ!やっぱり重いな……!」
ヴァルドが歯を食いしばりながら笑っている。
ヤバい人だな……。
俺は即座に横から土の式を展開する。
「アースホール!」
魔獣の後部地面が沈み、穴ができあがっていく。
ガレオンからは利用を控えるように言われたが、
今日は許してもらえるだろう。
ブラックガルムの後脚がとられる。
その一瞬。
ヴァルドが踏み込む。
斬撃。
だが、浅い。
傷は入るが、固い毛皮に守られている。
「かすり傷か……!」
ヴァルドが言った。
手ごたえがなかったのだろう。
穴から脱出したブラックガルムが、
振り向きざまに尾を薙ぎ、
──ヴァルドの胴を直撃する。
剣士は大きく飛ばされる。
「ヴァルドさん!」
黒い影は今度は俺の方へ向かってくる。
鋭い爪が、迫る。
回避するが避けきれず、肩を裂かれる。
「……っ!」
仕込んでおいたオートヒールが発動する。
肩の傷は塞がったが、そもそも……。
あんなのまともに食らったら、即死じゃないか……?
距離を取る。
ブラックガルムは唸る。
完全に俺たちを“獲物”として動いている。
まず前衛を削り、次に術者。
理にかなっている。
「ユイトくん、すまない!」
ヴァルドが立ち上がる。
肋骨がやられているようだ。
「大丈夫ですか」
俺は聞いた。
「ああ、問題ない!」
絶対、問題あるだろ。
俺は緑の式を発動する。
「ヒーリング」
緑の光がヴァルドを包む。
「……助かる!」
ヴァルドが小さく言う。
ブラックガルムが突進してくる。
今度は俺の方に向かってくる。
ターゲット変更か……?
速い。
だが、そう何度も好きにさせるか。
「ヴァルドさん、左!」
俺が叫ぶ。
ヴァルドは迷わず左へ踏み込む。
剣閃。
ブラックガルムの側腹を斬る。
俺は右へ飛ぶと同時に地面へ手をつく。
「アースバインド!」
魔獣の足元の土を盛り上げ……固める。
土がまとわりつき、ブラックガルムが吠える。
暴れ、土を砕こうとする。
だがその間にヴァルドが三撃、四撃と叩き込む。血が飛ぶ。
すさまじい連撃。
だが、致命傷にはならない。
俺は、支援に徹する。
「トニトルス!」
雷が走り、ブラッドガルムに直撃する。
「今です!」
俺の合図と共に、ヴァルドが踏み込む。
だが──ブラックガルムは何事もなかったかのように反転する。
──雷が効かない!?
反転しながら放った一撃が、ヴァルドの脇腹を抉る。
ヴァルドが片膝をつく。
俺は即座に間に入る。
「ミラージュヴェール!」
紫の霧が視界を奪う。
俺はヴァルドに肩を貸し、距離を取る。
黒狼が咆哮をあげながら、空を噛む。
その隙に、緑の式を発動する。
ヴァルドの脚が塞がっていく。
「……なかなか頑丈だね」
ヴァルドが呟く。
「さすが、Sランク…。何か、弱点はないんですかね」
「額が弱点、と聞いているが……簡単にはいかなそうだな」
話をしているうちに、ブラックガルムが幻惑を爪で切り裂いた。
──そんなんありかよ。
だが、足さえ止めればなんとかなる。
俺は再び穴を作る。
もう、舞台は穴だらけだ。
後でガレオンに何か言われそうだが、知らん。
その隙にヴァルドが斬撃を繰り返す。
「跳んでくる!避けて!」
俺が叫ぶ。
ヴァルドがその言葉を受けて身をかわす。
ブラックガルムが穴を飛び出し、跳躍する。
再び地面に降り立ち唸るブラッドガルム。
体から流れる血が止まり、傷がみるみるうちに塞がっていく。その体には、傷ひとつなくなった。
「……再生してません?」
俺は聞く。
「してるね。斬撃でつけた傷が、さっぱりない」
ヴァルドが答える。
「これも、ブラッドガルムの特徴ですか…?」
俺が聞くと、魔獣がこちらに向かってくる。
ヤバい、回避しないと。
「いや、そんな特徴……」
ヴァルドは答える。
「聞いたことないな」
二人は、左右に分かれて飛んだ。
装甲のような毛皮に加え、再生力。
まさに災害級だ。
倒す手段が思いつかない。
弱点だという額を狙うにも、
なかなか隙が作りだせない。
雷も効かないとなると……
中から破壊するしかないか。
俺はふと、ヴァルドの腰にある短剣が目に入った。
短剣。雷。
——あれ、やってみるか。
アレクシオ、使わせてもらうぞ。
「ヴァルドさん!その短剣貸してください!」
俺は叫ぶ。
ヴァルドは頷く。
「これかい!?どうするんだい?」
俺はヴァルドが差し出した短剣を受け取る。
人生初の剣だが……一か八かだ。
俺は魔獣の背中に短剣を突き立てた。
ほんの少しだけ、毛皮を貫き、剣はそこに立つ。
ダメージはほぼないが──それでいい。
俺は、短剣に向かって雷を放つ。
「トニトルス!!」
雷は剣を伝い、内部から電流が走った。
ブラッドガルムは痙攣する。
——追撃だ。
俺は、その隙に魔獣に近づき、両手をあてる。
「レゾナンスブレイク!」
電流+内部振動。
魔獣は咆哮を上げながら、倒れこむ。
しかし、立ち上がろうと動いている。
回復が早い。
──ここで決めなければ。
「ヴァルドさん!額を!」
俺の合図と共に、ヴァルドは跳んだ。
着地と共に、剣がブラッドガルムの額に突き刺さる。
——断末魔。
闘技場に響き渡る咆哮の後、魔獣は息絶えた。
俺は、その場に座り込んだ。
爆発的な歓声が、浴びせられる。
「勝者──〝奇術師〟ユイト!〝不退〟のヴァルド!!」
ヴァルドがやってくる。
「いい戦いだったね。ありがとう」
ヴァルドが伸ばした手を取り、俺は立ち上がった。
ブラッドガルムの亡骸を処理するため、係員が集まってくる。
俺はそれを見つめる。
タツオから聞いた話を思い出す。
闘技場の魔獣の、運命。
生産され、育てられ、闘わされ、殺される命。
胸が、少しだけ重くなる。
シャインの不殺の意味が、少しだけ分かったように感じた。
無邪気ともいえる歓声の中で、俺は立ち尽くしていた。




