ファーム・オブ・マルカドール
闘技場の裏手にその施設は存在する。
魔獣の育成場。
タツオたちは、改めてそこの調査に来ていた。
中に人が少ない深夜を狙い、潜入する。
深夜の育成場は静かだった。
闘技場の熱狂が、嘘のようだ。
「……さて、どこから調べようか」
タツオは低く呟いた。
石造りの壁。重い鉄扉。
「地下へ続いています」
イエナが静かに言う。
「行くべ」
ミサキは迷いなく進む。
夜の育成場は警備が少ないが、見つける度にミサキの紫の式で眠らせていく。
階段を下るにつれ、空気は湿り、重くなっていった。
やがて、低い唸り声が聞こえてくる。
広大な地下に並んでいたのは——無数の檻。
巨大な檻の中に、自然環境が再現されている。
草原や木々、岩。そして、川。
そこにいたのは——魔獣たちだった。
グラスハウンド。サヴァンレオ。巨大な蛙や蛇。
そして——
「……ブラッドガルム」
巨大な黒い狼。南方にしか生息しないはずの魔獣。
その横には……小型の個体がいた。
二匹の成体と、複数の幼体。
「繁殖してますね……」
イエナが呟いた。
「ここで増やしてるんだべか」
ミサキは言った。
檻の奥には、交配用に分けられた区画。餌の搬入口。
番号で管理された札。
完全に——これは生産牧場だ。
「魔獣ファーム、だね」
タツオが言った。
闘技場は消費。ここは供給。
その隣に——焼却炉。
巨大な炉。鉄の扉。黒い煤。
炉の奥から、まだ焦げた肉の匂いが微かに漂っていた。
それは観客席では決して感じることのない匂いだった。
「……これ」
ミサキの声が低くなる。
「焼却炉、ですね……。
闘技場で死んだ魔獣の処理用、ですかね」
イエナが言う。
「死体は腐敗します。放っておくわけにもいかないし、
埋めるにも限界があるから……。焼却するしかない」
炉の横には山積みの鱗。牙。角。
利用できる部位だけ分別されている。
「……ある意味合理的だね」
タツオは、冷静に観察する。
「生産、育成、闘技、死体処理まで、全部つながっている。
完全に体系化されている」
ここの魔獣は闘わせるために生まれ、
──闘士に殺されるために育てられている。
その時。小さな声が聞こえた。
幼体のグラスハウンド。
タツオたちの存在に気が付き、檻の隅で震えている。
幼体のグラスハウンドは、まだ牙も揃っていない。
それでも檻の外を睨み、必死に威嚇していた
ミサキが足を止める。
「……こいつら、別に戦いたくて生まれたわけじゃないべな」
合理か、倫理か。
闘技場は、育成施設は悪なんだろうか?
それとも——。
タツオは、オーレンの言葉を思い出す。
需要と供給。
闘技場も、観るものがいるからこそ、成立する興行。
彼らは、何を思い、魔獣たちが殺されるのを観ているのだろう。
不意に、シャインの戦いを思い出す。
〝不殺〟のシャイン。
もしかしすると、彼は魔獣がどこからきて、死んだあとどうなっていくのか、すべてを知っているのではないだろうか。
タツオはそんなことを考えていた。
「……タツオさん」
イエナが小声で言う。
「奥に、さらに部屋があります」
部屋の入口には、錠で鍵がかかっている。
超高熱の火力で錠を溶かす。
部屋を開けるとそこは研究室といった様相だった。
書類が散乱している。
それを、いくつか物色してみる。
交配表。生存率。攻撃性。
様々な項目でデータが蓄積されている。
——生産の記録だ。
「……研究してるね。ここで」
イエナが言う。
「闘技用の魔獣に改良しているんでしょうね。
だからブラッドガルムも、この寒い土地で生きていける」
「これ……ユイトに伝えるべきだべな」
ミサキが言う。
「うん……そうだね」
僕は最後に焼却炉を見る。
そこには、まだ煙が残っていた。
今日も、闘技場で何かが死んだのだろう。
タツオは、静かに言った。
「ここがなくなれば、闘技場もなくなるのかな」
正解は、単純じゃない。
だからこそ、答えは簡単には出せない。
三人は地上へ戻った。
「で、どうやってユイトに報告するべ?
またイエナが治療に行くか?」
ミサキが言った。
「それは、あまり望ましい状況じゃないですね……。
あれ、やってみましょうか。通信式術」
イエナが答える。
「エーテルリンクだね」
タツオが言った。
「……また名前つけてるべ」
「名前あった方がいいじゃん。ユイトの式術も名前あるよ」
「嘘だべ!?私の式にも名前つけるべか」
「……なんかユイトが付けてた気がするよ」
「私は聞いていないべ!」
二人のやりとりを聞きながら、イエナは笑った。




