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テオロッド戦記—異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第二章

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第二十五話 死線と、元気百倍と。

檻が上がる。

歓声は、もう慣れたはずだった。

だが今日は、空気が違う。


ざわめきが、どこか期待に満ちている。


「第三戦──リッパーリンクス!」


鉄門が跳ね上がると同時に、黒い影が舞台に現れる。

今回の相手はガレオンの予告通り、手強そうである。


リッパーリンクス。


大型の山猫とのことだったが、見た目は豹に似ている。

完全に俺を獲物として見ている。

リッパーリンクスは低く身構えている。


黒灰色の体が、今にも飛びかかってきそうだ。

鉤爪は獲物を一撃で仕留めるように、異様に長い。


まずは防御を固めるか——。

「アースウォール!」


そう言って、土の壁を作っていると、

魔獣はそれを交わしながら一瞬で距離を詰めてくる。


──速い。


動きを捉えた瞬間、右肩に衝撃が走った。


遅れて、熱。さらに遅れて、痛み。

血が、砂の上に落ちる。


観客がどよめいた。


「っ……!」

距離を取るために後退する。


完全に、油断していた。

ここまでの速さとは……。


黒い影はすでに視界から消えている。

魔獣は、すでに横に回り込んでいた。


振り向いた瞬間、また爪が飛んでくる。


今度は脇腹。


服が裂ける音。焼けるような痛み。


──これはマズい。速すぎる。


とにかく、防御壁を作らなければ。

「アースウォール!」


砂が盛り上がる。

だが次の瞬間、壁の上から影が飛び越えてきた。


……嘘だろ?越えるか、この高さを。


壁を足場に跳躍し、襲いかかってくる。

今度は背後から、爪。


俺はぎりぎりで転がる。


砂が口に入る。

観客の歓声が遠くなる。


──これは本格的にヤバい。


考える時間を与えてくれない。

紫の術を発動するが、霧を張る前に突き抜けてくる。

正面から、低い唸りが聞こえる。


リンクスは、獲物を弄ぶ目をしていた。


これ、普通に死ぬぞ。ガレオン、話が違う。


冷静に、そう思った。呼吸を整える。

このまま逃げていても、消耗させられるだけだ。


肩と脇腹の傷も、事前に仕込んだオートヒールの回復が追い付いていない。


──にわか式術の限界か……。


このままじゃ、ジリ貧だ。

俺は、ヴァルドの戦いを思い出す。


自分よりはるかに大きなサヴァンレオに、近接戦で押し切ったあの戦い。


退かない強さ。


……賭けるしかないな。

俺は覚悟を決める。


俺はわざと大きく体勢を崩し、隙を見せる。

リンクスが動く。地面を蹴り、跳ぶ。


黒い影が空中を裂く。


その瞬間。

俺は地面に手をついた。


「アースホールッ!!」


着地地点の砂が崩れる。

リンクスの前脚が沈む。


完全に落ちはしないが、バランスが狂う。

ほんの、刹那。


俺は飛び込んだ。爪が腹を掠める。血が噴く。

でも構わない。


距離はゼロ。これなら、〝揺らせる〟。


「レゾナンスブレイク!」

内部へ振動を叩き込む。

黒い身体がよろめく。リンクスが咆哮する。


チャンスだ。


だが──視界が揺れる。


血が、止まらない。足が震える。

しかし、ここで決めるしかない。

俺は意識を必死に保ち、黄の式を発動する。


「トニトルス!」


今度は直接リッパーリンクスの身体に雷を打ち込む。

魔獣は痙攣し──崩れる。砂の上に、静かに倒れた。


一瞬の静寂からのアナウンス。


「勝者──〝奇術師〟ユイト!」


歓声が爆発する。

だが俺は、それに応える余裕はない。


全身から血が流れている。

俺は全式力を緑に全振りし、自己回復をしたが……

──その場で気を失った。






夢を見ていた。


元の世界の夢。


何もない、平凡な日常。


朝起きて、飯を食って、学校へ行く。

級友と話をして、授業を聞いて、生徒会の仕事をして。


生きるとか死ぬとか、意識しない日々。


夢の中で、俺は人生を歩んでいった。


大学生になって、卒業して、社会に出る。

恋をして、結婚して、子供ができて。

そんな平凡な人生を幸せそうに歩いていた。


そんな俺を、優しい、緑の光が包んでいく。

まるで、毛布に包まれているような、感覚。



——夢から覚めると、医務室の白い天井が見えた。


消毒の匂いが少し鼻につく。

すると、その視界に、一つの顔が現れた。


「大丈夫ですか?ユイトさん」


「……イエナ!?なんで」

俺は思わず起き上がる。


体を見ると、肩も、脇腹も──傷が塞がっている。


「イエナが治療してくれたのか。でも、どうやってここに」


「闘技場の周りで、〝奇術師ユイトが大怪我した〟と噂になっていたので。私、緑の式者ですよ、と言ったら入れてもらえました。人手不足みたいですね。

……あ、仲間ということは、内緒にしていますよ」

そういうと、イエナは指を口の前に立てた。


「無理しすぎですよ。私が来なかったら、どうするつもりだったんですか」


「……ごめん。ちょっと油断していたかもしれない」

頭をかきながら、俺は答える。


「危なくなったら逃げる、その約束ですからね。ユイトさんに何かあったら、困ります」


「……え?」


「あ、あの、いや、その。リーダーはユイトさんなんですから!いなくなったら大変です!」

イエナはなんだか慌てて、目を逸らした。


「……そうだな。自覚が足りなかった。これからはもっと気を付ける」


「あ、そう言えば、奴隷売買の組織……撲滅できましたよ」


「撲滅!?すごいな……どうやって?」


「あまり話していると怪しまれるかもしれないので、ユイトさんが戻ってきたら話します。楽しみにしててくださいね」


そういってイエナは笑った。治療が終わると、イエナは医務室を出て行った。

リッパーリンクスにつけられた傷は、完全に治っていた。


——さすが、緑の高位者。俺の緑の式とは別次元である。

残り二戦。なんだか、頑張れる気がしてきた。


元気百倍、である。


イエナ、心配してくれてたな……。

もしかして、イエナも俺のことを……?


などと一人で浮かれていると、医務室のドアが開いた。


ガレオンだ。


「今日は危なかったな」


「ガレオンさん。いや、ちょっと油断していまして」


「ちょうど、緑の高位者がいたから良かったが……そうでなかったら、一か月くらいは試合停止だったぞ。まあ治ってよかった。明日も頼むぞ」

ガレオンは、おつかいでも頼むように軽く言った。


「……え?」


この大怪我の翌日に、試合をしろと?


「〝奇術師〟ユイト。お前が望んだんだろう?五日間連続で触れ回ってしまっているんだ。怪我が治ったなら、責任を果たせ」


う、確かに。連戦は、俺が望んだことだ。


イエナのおかげで、怪我も完治した。

——出ない理由が、ない。


「安心しろ、明日はよく知った相手だ。サヴァンレオだ」

ガレオンが言った。


俺は安心する。サヴァンレオなら、レゾナンスも通用するし、そんなに苦戦しないだろう。


俺の安堵を察したのか、ガレオンは続ける。


「ただし、一匹じゃつまらん。他に、グラスハウンドを十匹ほど放つ。テーマは、野生の再現だ」


対多戦……。

これまた厄介なものを持ってくるな、この人は。


「分かりました。まあ今の俺なら大丈夫です。

死の淵から蘇ったら強くなると、相場が決まっています」


俺の発言にいぶかし気な顔をしたが、ガレオンは頼むぞ、と言って医務室を出て行った。




闘技場とつながる闘士寮に戻る。

部屋に入ろうとすると、〝不退〟のヴァルドが部屋の前で待っていた。


軽く手を挙げてくる。

「やあ。待っていたよ。入っていいかい?」

俺は黙って頷く。


部屋に入ると、お茶を入れてヴァルドに出した。


「かなり傷を負っていたけど……傷跡がないね」

ヴァルドは不思議そうに俺の体を見ている。


「あ、これは……緑の高位者がたまたまいて、治してくれました」


「それは、運がいいね。放っておくと、こうなる」


そういってヴァルドは服をめくり、自身の上半身の傷跡を見せた。


「試合、見てたんですか」


「Bランカー以上は闘技場の試合は自由に観られるよ。

まぁ、シャイン=カムイが観戦しているのは見たことがないけれど。僕は、他の人の戦い方を勉強したいから、極力観るようにしている。

しかし今日の試合はなんというか……君らしくなかったね」


「いや……敵が強かったです。というか、速かったです。

ヴァルドさんの試合を観てなかったら、いいようにやられてました」


ヴァルドは笑った。


「僕の試合なんか参考にしちゃだめだよ。でも、最後に腹をくくった感じがして、観ていて興奮したよ。

——君もあんな顔するんだね。

これで、君はあと二勝。もうすぐSランクだ」


「いえ、そんな。ヴァルドさんの試合はいつなんですか?」


「次はまだ決まっていないよ。君が異例なんだよ。

五連戦なんて、聞いたこともない。

ガレオンさんは、よほど君に夢中だね」


……そういうことなんだろうか。

楽しんでいるだけのようにも思えるが、

異例ともいえる連戦を組んでくれていることには感謝しよう。


「じゃあ、お邪魔したね。話せてよかった」

そう言うと、ヴァルドは部屋を出ていった。


物腰柔らかい人だ。

戦っているときと、普段のギャップが激しい。


今日の戦いで勝てたのは、ヴァルドのおかげだと思う。


あの覚悟と、踏み込む勇気を見ていなければ、俺は勝てなかっただろう。


Sランクまで、あと二つ。


できれば怪我をせずに乗り切りたいものだ。




翌日。ガレオンの予告通り、俺は闘技場に立っている。

聞いていた通り、周りにはグラスハウンドが十匹。

毎度おなじみ、サヴァンレオが一匹。


観客のざわめきが、いつもより大きい。


「〝奇術師〟ユイト、第四戦——!野生の戦い!」

アナウンスの声が響く。


グラスハウンド──単体だと問題ないが、

十匹が群れを組んで襲ってくると厄介だ。

連携を崩さないと。


サヴァンレオ──それだけなら何とかなるが、

今回はグラスハウンドも相手しながら戦わなければならない。しかも、餌であるグラスハウンドを見つけ、興奮している。


舞台の中央に立つ俺に向かって、

右からグラスハウンド、

左からサヴァンレオが近づいてくる。


完全に、包囲されている。


観客席から声が飛ぶ。


「いけー、奇術師!」


「さすがに無理か!?」

……そう思うよな。

俺は、ゆっくり息を吐いた。


だが、今日の俺は一味違うぜ。


まずは——右手から青。

グラスハウンドの群れの足元に、薄く水を張る。

見えるか見えないかの水膜。

グラスハウンドが一斉に飛び出す。


だが——

滑る、体勢を崩す、仲間に衝突する。


完全に連携が崩壊する。


ここで、一撃。

俺は、両手を上げた。


「雷の式——トニトルス」


薄く張った水面に、雷が走る。

青白い閃光。


数匹が同時に跳ね上がり、痙攣して倒れた。


広域麻痺。


そのグラスハウンドを捕食すべく、サヴァンレオが跳んでくる。相変わらず、巨体とは思えない跳躍だ。


俺は地面に触れる。


「アースウォール」


地面が隆起する。


土の壁が一瞬で立ち上がり、サヴァンレオはそこに顔面を打ち付け、悶絶する。


その隙に残ったグラスハウンドに雷を撃ち込んでいく。

一匹、二匹と倒れていく。


起き上がったサヴァンレオが壁を蹴り砕く。


その瞬間——


幻惑。紫の式を発動させる。


「ミラージュヴェール」


視界を遮る、紫の霧。俺を見失い、暴れるサヴァンレオ。

そこに駆け寄る。


踏み込む勇気だ。一撃で決める。


「レゾナンスブレイク!」


内臓を、脳を、思い切り揺らす。

見えない衝撃が、内部から走る。


サヴァンレオの動きが止まる。

——足が震え、膝が落ちる。


巨体が、崩れた。


残りのグラスハウンドは、完全に戦意喪失している。

俺は、最後にもう一度雷を流し、全員を戦闘不能にした。


よし。無傷だ。


パーフェクトゲーム。


数秒が経つと、客席がざわめきだす。


その後、爆発的な歓声。


「すげえぞ!」


「さすが奇術師!」


俺は、立ったまま。呼吸も乱れていない。


アナウンスが震えた声で叫ぶ。


「第四戦——勝者!〝奇術師〟ユイト!!」

呼応する歓声が、波のように押し寄せる。


俺はゆっくりと観客席を見上げた。


VIP席にガレオンがいる。そして、その横にはヴァルドがいた。


二人で何か話している。ヴァルドが頷くのが見えた。


えー……なんか、嫌な予感がする。


とにもかくにも、これで四勝。


ここまで来た。


あと一勝でSランク。

シャイン=カムイの所にたどり着く。

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