ナイト・オブ・マルカドール
今日から、ユイトの闘技場潜入が始まった。
闘技場周辺では、デビュー戦が噂になっていた。
闘技場の周りには、興行用のポスターが貼ってある。
期待の新人〝奇術師〟ユイト
Aランクデビューから五連戦!
第一戦 大蛇コイルサーペント
それを見ながら、タツオは言った。
「ユイト、今日いきなりデビューみたいだね。
さすが噂のやり手商人。仕事が早いね」
「私たちも、やれることをやりましょう」
イエナが答える。
「まずは、奴隷売買ルートの確認ですね。
ブレイヴェン側の元締め、ベラムという貴族は逮捕されましたが……
マルカドール側にも元締めがいるはずです。
あるいは、ガレオン本人かもしれませんが」
「ユイトの話だと、そんなに悪人じゃないって言ってたから、
ガレオンが騙されている可能性もあるね」
タツオが言った。
「耳にするガレオンの人物像的には、違法行為に手を染めるタイプではないでしょうね。
恐らく、仲介人がいるはずです」
「じゃあ、そいつを探すべ。とはいえ、手がかりもないしな……聞き込みでもするべか?」
ミサキが言う。
「聞き込みをしても、なかなか情報は出てこないでしょう。
恐らく、裏の人間ですし。
なので……奴隷を買いに行きましょう」
イエナが言った。
「え?イエナ、奴隷が欲しいの?」
タツオが聞く。
「違います。奴隷を買いに来た商人を装って、情報を集めるんです」
「なんだか楽しくなってきたべ」
ミサキは、テンションが上がっている。
「なるほど。まずはどこから聞き込みに行く?」
タツオが聞いた。
「富裕層がいる場所……カジノはどうでしょう?」
闘技場から、大通りを挟んだ向かい側は、カジノの入り口である。
城のような派手な外観。
身なりのいい服装の貴族や商人たちが出入りしている。
「カジノって……年齢制限とかないの?」
タツオは聞いた。
「年齢制限?この国もテオロッド同様、十五歳で成人ですよ。
偽装の身分証明書も、年齢は実年齢になっているので、全員問題ないはずです」
イエナが答える。
「何を気にしているんだべ」
ミサキはそう言って笑った。
だが。入り口でどう見ても子どもだろう、と問い詰められ、
身分証明書の提示を求められたのはミサキだった。
ミサキは憤慨しながら身分証明書を突き付けた。
「失礼な奴らだべ!」
ミサキはまだぷんぷんしている。
タツオは、カジノフロアの全体を見渡した。
ルーレット、バカラ、ポーカー。
どの卓からも熱狂を感じる。
が、階層が分かれている。
奥に行けば行くほどレートが上がり、
いわゆる富裕層はそこに向かっていく。
そして、一番奥はVIP専用として、部屋が分かれていた。
黒服が、入り口に立っている。
「イエナ、今僕らの軍資金っていくら残っているの?」
タツオは、イエナに聞いた。
「かなりの金額を預かってきていますが……残りは百万ソルくらいですね」
「なるほど。あそこに入るには、足りなそうだね」
タツオは、VIPルームと思しき最奥の部屋を見る。
「ちょっと、聞いてくるべ」
ミサキが一番奥に向かっていく。
奥で黒服と何やら話しこんだ後、
またプンプンしながら帰ってきた。
「あの黒服、お父さんかお母さんを探しているの?とか聞いてきた。
完全に私を子供だと思っているべ!」
「……で、どうだったの?」
イエナが聞く。少し、笑いをこらえている。
「最低でも一千万ソル。それだけあれば、入れるみたいだべ」
ミサキは答える。
「一千万……今の十倍か。現実的じゃないですね」
イエナは落胆する。
しかし、タツオは言った。
「イエナ、十万ソル貸して」
「百万ソル、ではなくてですか?」
「それは、リスクが高すぎる。
まずはこの十万ソルをどこまで増やせるかやってみるよ。
大丈夫。確率は──専門分野だ」
タツオは言った。
選ぶなら、ポーカーだ。
確率のゲーム。長期で見れば、必ず数字に強いものが勝つ。
ルールは、テキサスホールデム。
タツオは、本物はもちろん経験がないが、
ゲームで何度もやったことがあった。
参加者は六人。目標はシンプルだ。
勝率が五十五%を超える場面でしか、戦わない。
それ以外は全部降りる。
♠A ♦A
いきなり、最強の初期手が来た。
勝率約八十五%。
タツオはレイズする。相手がコール。
フロップ。
♣7 ♠K ♥2
まだ優勢。
相手がベット。
ポット 二万
相手のベット 一万
必要勝率は 一万 ÷ 三万 = 三十三%
こちらの勝率は約八十二%。
「コール」
ターン。リバー。ショーダウン。
相手はKヒット。
──タツオのポケットエース勝ち。
チップが積み上がる。
タツオは、淡々とゲームをこなしていく。
三十分が経った。
イエナとミサキは、ルールもよく分からないまま、
それを見守っていた。
「タツオ、ほとんど勝負してないんじゃ……?」
ミサキは、イエナに耳打ちする。
そう。タツオは、ほとんど勝負に参加していない。
降りている。
しかし、参加した手は全部勝っている。
チップは 十万から二十八万に増えていた。
イエナが言う。
「でも……増えているよ」
タツオは、その声を聞きながらポーカーを続ける。
♠Q ♠J
フロップ。
♠9 ♠2 ♦K
フラッシュドロー。
アウト九枚。
残り、四十七枚。
当たる確率は……約十九%。
ポット 五万
相手のベット 一万
必要勝率 = 一万 ÷ 六万 = 約十六.六%
こちらの実際勝率は十九%。
ここは……
「コール」
ターン。
♠4
ほら、完成。
相手は、オールインを宣言する。
タツオは、即答した。
「コール」
歓声が上がり、チップが爆発的に増える。
テーブルには、百万ソル近いチップが並んでいた。
タツオは、チップのうち十万ソル分をイエナに返す。
「これで、負けはなくなったね。後は残ったこのチップを増やすだけだ。
ちょっと、攻め気味にいくね」
そう言うと、タツオはレートの高い奥の台へ歩いて行った。
その背中を見つめるミサキの目が輝いているのを、
イエナは見逃さなかった。
それから、タツオが一千万ソルを手に入れるまで、二時間くらいだった。
後半は、明らかにツキにも恵まれていた。
だが、三時間足らずで元金を百倍にできたのは、
確実にタツオの数学の力だった。
暇を持て余したイエナとミサキは、
一番低レートのルーレットに興じていた。
ビギナーズラックが爆発し──こちらも五十万ソル勝っていた。
「これだけあったら……好きな服が全部買えるべ!」
ミサキは興奮している。
「ミサキ、はまりそうだね……身を滅ぼすよ」
イエナは冷静に突っ込みを入れる。
「さて、入場用の金も貯まったので、行ってくるね」
タツオは、二人に一言告げると、一番奥の部屋に向かった。
チップの確認を終えると、黒服から入場を許可される。
中に入ると、同じようなテーブルが並んでいるが、室内の雰囲気は薄暗い。
確実に一般人ではないだろう雰囲気をまとったものたちが、静かにゲームに興じている。
タツオは、部屋の端にあるバーのカウンターに座り、飲み物を注文する。
そして、ひとりごとを呟く。
「まったく……死んじまうとは。計画が狂うぜ……」
あえて、カウンターの店員に聞こえるように伝える。
場所の雰囲気に合わせて、ハードボイルド風である。
店員はドリンクを持ってくると、タツオに聞いた。
「なにかお困りなんですか?」
よし、釣れた。
「ついてきた従者が、死んじまったんだ。
おかげで、せっかくマルカドールに来たのに、人手が足りないんだ」
「そういうことでしたら……あちらの方に相談してみては?」
店員は、カウンターの端に座っている商人らしき男を指す。
タツオは、その言葉に従ってその男に話しかける。
怪しまれないように、丁寧に。
「人手に困っているんだが……あんたなら何とかしてくれるって聞いた。そうなのか?」
他に聞こえないように、小さい声でタツオは聞いた。
「ああ。内容によるがな。金はあるのか?」
男は、酒を飲みながら答える。
年は四十くらいだろうか。あまり、この場に似合わない険しい顔をしている。
「ああ。今の手持ちは一千万ソルだが……どうにかなるか?」
タツオがそういうと、男は笑った。
「それだけあれば、だいたい買えるさ。お望みは?
値段次第でみつくろってやる」
うん——。ビンゴな気がする。
タツオは演技を続ける。
「できれば、若い男。健康で力のあるやつがいい」
「肉体労働だけでいいなら、いいのがいっぱいいるぜ。
そうだな。一人五百万ソルでどうだ。手数料は十パーセントの五十万ソル。それでよければ案内してやる」
男は、名前をヨゼフと名乗った。
偽名だ、とも同時に言った。
タツオは、男に連れられカジノを出た。
カジノを出る時、一瞬ミサキと目が合った。
それだけで、ミサキは何か察してくれたように思う。
——恐らく、探知をしてくれているはずだ。
ヨゼフは入り組んだ裏路地をどんどん進んでいき、
一軒の家に入っていく。
「カジノは、お前みたいなのがいっぱいくるからな。
あそこは、客を見つける場所だ。
そのために、店員に金を払っているんだ。
おい、着いたぞ。入れ」
店に入ると、地下の部屋に案内される。
そこには、小さい牢に閉じ込められた奴隷たちが並んでいた。大人もいるが、子供も何人かいる。
これは……恐らくブレイヴェンの貧民たちだ。
「これがすべて犯罪者?子供もいるけど」
タツオは、口調が元に戻っている。
「犯罪者?そりゃ正規ルートの話だろ。そっちは、全部ガレオンが握っている。ここにいるのは、裏ルートで仕入れた貧民だ」
完全にビンゴ。
ここにいるのは──ブレイヴェンの悪徳貴族、ベラムによって輸出された貧民たちだろう。
さて、どうするか。
「ヨゼフ、だっけ。奴隷はここ以外も売っているの?」
「いや、全部うちのボスの系列だな。奴隷の倉庫は他にも二つあるが……気に入らなかったか?」
「せっかくだから、全部見てみたいと思って。安心しろ。必ず一人は買うよ」
そういうと、ヨゼフは商売っ気を出し、手を揉んだ。
「へへっ。毎度。じゃあ、残りの倉庫にいくぜ」
全体を把握しなければ、意味がない。
——ごめんね、奴隷の人たち。
後で必ず助けるから。
タツオは、ヨゼフに連れられ、残り二か所を周ることにした。
最後の一か所は、大きな建物だった。
奴隷も、全部で三十人くらいはいた。
老人から子供まで、値段がつけられている。
──皆、うつろな目をしている。
タツオは、すぐにでも檻を破壊したいのをこらえて、言った。
「ねえ、もしかして、ヨゼフのボスってここにいたりする?」
「は?なんでだ?」
「一番大きい倉庫だし。少し、ヨゼフが緊張しているような気がしたから」
ヨゼフは、この倉庫に入る時や、中にいる護衛と話す度に、
少し様子がおかしかった。
「よく見てるな……ああ。上にいると思う。恐れ多くて俺なんかじゃ会えないけどな」
「ふーん。ありがとう」
タツオはそう言うと、階段を上がり上に向かっていった。
ヨゼフは焦り、おい、待て!と止める。
一番奥の部屋に向かうと、部屋の前に立っていた何人かが
タツオを止めに向かってくる。
タツオは、両手から火球を出す。
「近寄ったら、撃つよ。当たったら──死ぬよ」
声を低く抑える。
護衛の男たちはそれを見ると後ずさりする。
タツオは、それを保ちながら、言った。
「部屋を開けて。ボスは、その中にいるね?」
護衛は、震えながらその指示にしたがった。
部屋の中にはソファがあり、そこに座る長髪の男がいた。
髭も髪の毛のように伸びている。大きな体躯。
年齢は、三十代くらいだろうか。
タツオは、火球を保ちながら男に近寄っていく。
「あんた、奴隷貿易の元締め?」
男は、タツオを見ると、身じろぎもせず煙草に火をつける。
「いかにも。オーレン=ダバスだ」
そのたたずまいは、余裕すら感じる。
一体、その余裕はどこから来るのか。
タツオは、気押されそうになる。
「今すぐ、奴隷を解放しろ」
タツオは言った。
「この火球、受けたくないでしょ?」
そう言うと、オーレンは笑った。そして、タツオの後ろを指した。
タツオは一瞬振り向くと、後ろには、
──縄で縛られたミサキがいた。口をふさがれている。
「ミサキ……!?」
「お仲間だろう?赤と紫の髪で、派手に動いてくれたもんだ。そんな派手な髪の色の商人なんていない。お前ら、偽商人だな。式術者よ」
うかつだった。タツオの髪は、真紅の色だ。
見る人が見れば式術者だとすぐに分かる。
上手くやっていると思っていたが……。
「タツオ…!探知してたら、いきなり後ろから袋かぶせられたべ!
逃げろ!」
「さて、まずはその式術を解いてもらおう。危険だからな。
解かないと、その女の首を斬るぞ」
オーレンと名乗った男は、護衛の男に目配せをする。
ミサキののど元に、ナイフが当てられる。
タツオは、式術を解く。
……今は言うことを聞くしかない。
「よしよし。……さて、ここからはビジネスの話だ。
まず、お前らの目的を聞こうか?何をしにマルカドールへ来た」
オーレンは、再び煙草に火をつける。
修羅場をくぐってきているのだろう。ここまで、一切の動揺を見せない。
「……ミサキを解放しろ。話はそれからだ」
「ふむ。つれないな。じゃあ、当ててみよう。
——見たところ憲兵ではないな。
どこぞのお坊ちゃんか?
奴隷を助けようなんて、珍しいやつはそういない。
そうだな、見るところ、高位式術者だ。
テオロッドあたりの貴族だ。そうだろう?」
オーレンは、一人でまくし立てる。
タツオは、それを黙って聞いている。
「図星だな。表情が少し変わったぞ。
さて、お前らが何者かは知らないが……。
——まだ金を持っているだろう?
そうだな……三千万ソルでいい。
持ってきたら、この女を解放してやる」
ミサキは、何かを叫んでいるが……口が塞がれている。
この状況で下手に手出しをしたら、ミサキがやられてしまう。
「……分かった。いつまでだ?」
「明日の日没までだ。それまでに用意しろ。
ここで待っててやる。
日が沈んだら……こいつを殺す」
オーレンは、あっさりと言った。
「約束しろ。それまで、ミサキに指一本触るな。
ミサキに何かしたら……全力で、燃やすぞ」
タツオは、凄む。
実際、全てを焼き切る力を持っている。
オーレンは、笑いながら言った。
「そう凄むな。これはビジネスだ。
俺たちは金がもらえりゃ、それでいい。
間違っても、憲兵なんて呼ぶなよ。
それが分かったら——同じく殺す。
とりあえず、手元の金は置いていけ」
タツオは、ゆっくりと部屋を出る。
カジノで稼いだ一千万ソルが入ったカバンを、そっと下に置く。
最後に、ミサキと目が合う。
その目からは、強い意志を感じる。
「大丈夫、必ず助けにくる」
そう言うと、タツオは倉庫を出た。
約束はしたものの——金はない。
今からカジノに行ってのんびり稼いでいる余裕もない。
そして——イエナはどこだ?
まずは、彼女を探さないと。
タツオは、先ほどのカジノ付近に戻った。
すると、焦って走り回るイエナを見つけた。
「イエナ!!」
タツオはイエナを呼び止める。
それに気づき、イエナが駆け寄ってくる。
「タツオさん!ミサキが……いなくなっちゃって」
「うん。知ってる。ミサキは——拉致された」
「拉致!?一体、誰に……?」
「奴隷売買の組織。完全に僕のミスだ。
──身代金を要求されている」
「助けに行かないと……」
「うん。ただ、闇雲に行ってもミサキが危ないだけだ。
何か作戦を練らないと——」
タツオが言うと、イエナは唇を噛んだ。
「ミサキは、タツオさんの式を探知して追っていきました。私もそれについていきましたが……いつのまにか見失って。まさかこんなことになるなんて……ごめんなさい」
「いや、完全に僕が油断してた。
もう少し慎重に進めればよかった。
悔やんでも仕方ない。
——作戦を練ろう」
ユイトだったら、こんなことにはならないだろう。
自分のうかつさに、相手の卑劣さに腹が立つ。
タツオは、頭に血が昇るのを感じながら、
必死で冷静さを保つ。
タツオとイエナは、近くのベンチに腰掛け、作戦会議を始めた。
「まず、僕らの手持ちの武器を並べよう。
お金は——取られてしまった。
残金は、軍資金の百万ソルと、イエナたちが稼いだ五十万ソル。
合計百五十万ソル」
「要求されているのは、いくらなんですか?」
「三千万ソル。今からこれを二十倍に増やすのは……時間的に現実味がない。正攻法は無理だ」
タツオは言った。
「とすれば、僕らに武器は……式術しかない」
「私の緑と……タツオさんの赤。どちらも奪還向きじゃないですね」
「そう。ミサキかユイトがいれば選択肢も増えるんだけど……火力と回復で正面突破となると、ミサキの身に危険が及ぶ可能性がある」
タツオは考える。
何か、ミサキと通信できる手段があれば……。
何かないか。
ミサキとつながる方法……。
「あ……」
「何か思いつきましたか!?」
「イエナ、昨日オートヒールをユイトに教えてたよね。
あの感じで……僕とミサキを〝つなげ〟ないかな?」
オートヒール。木々の力と、回復対象をイエナが媒介となり、一定時間〝つなげる〟ことで成せる技。
タツオは、元の世界の通信概念を応用し、この仕組みを開発した。
木と人を媒介できるなら。
人と人もできるかもしれない。
ミサキの居場所は分かっている。
試してみる価値はある。
「そんなこと、できますかね……」
「前に、イエナが黄の式を使ったことがあったよね。
あの時、イエナはアレクシオと〝つながった〟んじゃない?他に思いつかないし……やってみるしかない」
タツオたちは、先ほどの倉庫の裏手に戻り、物陰に隠れた。
建物から、護衛らしき男たちが出入りしている。
まずは——ミサキをイエナが探知できるか、だ。
「……いました……!紫の式力を感じます。
ミサキだと思います。あの部屋の中です」
イエナが指さす部屋は、建物の二階。
──ラッキーだ。窓がある。
「オッケー……じゃあ、僕を木だと思って、ミサキに僕の力を分け与えるイメージをしてみて」
イエナが目を閉じる。
すると——自分の体が何かとつながった感覚がした。
体から、力が抜けていく。
長くは、持たなそうだ。
『ミサキ……聞こえたら、状況を教えて』
タツオは意識に言葉を乗せ、力と共に〝送る〟。
「イエナ、今度は、逆にして」
意識を送る対象を反対にする。
今度は、タツオに力が送られてくる。
『タツオだべか……?一体どうやってるんだべ。
今、部屋に監禁されている。護衛は三人。手足は縛られてる』
なるほど。状況は理解した。
タツオは、イエナに向かって頷く。
「通信成功だ。イエナ、大丈夫?」
イエナは、慣れない式の連続で、少し息が乱れている。
「大丈夫です。あと何回かはやれるはずです」
やはり、消耗しているようだ。
短い会話で、作戦の意図を伝えなければいけない。
タツオは、また送信を依頼した。
『ミサキの場所は特定している。窓から出られるかい?
赤の式で窓を壊したあと、部屋の外に土で階段をつなぐ。
そしたら窓から脱出——作戦は以上』
一息に伝達する。
それを終えると、ミサキから返事が来る。
『了解。ちょっと窓から離れておくべ』
通信が終わると、タツオ駆け出し、
火球を一気に練り上げる。
「フレアバースト!」
窓に火球があたり、ガラスが砕け散る。
すぐに、式の切り替え。
一気に土の式力で二階まで階段を繋げる。
何とか窓まで階段がつながるか、下から少しずつ崩れ始める。
「っ…!ヤバい、式力足りないかも……」
タツオの低位の茶の式では、限界がある。
直後、窓が空き、ミサキが顔を出した。
土の階段に向けて飛び出る。
ミサキは階段を駆け下りるが
──階段は途中で崩れ、途切れてしまっている。
頼む、持ってくれ。あと、三秒でいい……
ダメだ、持たない。
「ミサキ!飛べ!」
タツオが叫ぶ。
ミサキは、タツオに向かってジャンプする。
タツオはそれを受け止める。
勢いあまって二人は地面に転がるが──怪我はない。
「ミサキ、大丈夫だった?」
タツオが聞く。
「だ、大丈夫だべ。何もされてないべ」
タツオと抱き合う形になり、ミサキは顔が真っ赤になっている。
「逃げましょう!」
イエナが叫ぶ。
すると、ミサキが立ち上がり、言った。
「いや……やられたら、やりかえす、だべ」
指をポキポキ鳴らしている。
「そうだね。賛成」
タツオも、それに合わせて指を鳴らす。
三人は、倉庫の正面に向かっていった。
倉庫からは、騒ぎを聞きつけた追手が複数人出てきている。
「いたぞ!捕まえろ!」
と言って迫ってくるが、ミサキの幻惑にかかり、次々と倒れていく。
「雑魚は寝とけ!」
ミサキは、拉致された屈辱からか、怒り狂っている。
ツインテールが、逆立っているように見える。
倉庫に入ると、次から次へと中にいる男が倒れていく。
一階には、ヨゼフと名乗ったあの男もいた。
「お、おい、やめろ!殺さないでくれ!」
と命乞いしている。
「奴隷にされた人たちも、たぶんそんな気持ちだったと思うよ」
タツオはそう言うと、ヨゼフを無視して二階に上がった。
目的は、奴隷売買組織のボス、オーレンだ。
オーレンの部屋に行くと、先ほどと同様ソファーに座り煙草を吸っている。
タツオは、先ほどより大きな火球を両手に作り出す。
「おいおい。約束が違うじゃないか」
オーレンは言った。余裕がある。
「奴隷を解放して、組織を解散しろ」
タツオは言った。
「まあ、命は惜しいからな。そうするしかないんだろうが……
結局、俺たちが解散したところで状況は変わらんぞ」
「……どういう意味だ?」
「需要と供給、って知っているか?奴隷売買が成立するのは、買い手がいるからだ。
そして、奴隷が供給されるのは、家族を売って生きていく貧民がいるからだ。
俺たちは──それを仲介しているだけだ」
……確かにそうだ。
ここを潰しても、本質的な解決にはならないのかもしれない。
「悪いことをしていると思わないのか?」
「奴隷は商品だ。当然健康管理もしているし、食事も食わせている。
中には、前の暮らしより良くなったと言っているやつもいる。
奴らも、貧民暮らしより、貴族に買われた方が幸せだ」
タツオは、ブレイヴェンの貧民街を思い出した。
生きていくことすら厳しい環境。
オーレンが言っていることは……全部が間違っているわけではない。
「かくいう俺も奴隷として、闘技場に来た身だ。
ブレイヴェンより、はるかに良い暮らしをさせてもらった。
商売の基本も、ガレオンを見て学んだ」
ガレオン、ユイトが会ったという、この街の議長。
「ものを売るのと、人を売る。本質的には同じだよ。
まあ、お前らは若いからな。青臭い正義感で生きているんだろうが。
──さて、俺は逃げる。捕まっちまったら、面倒くさいからな。
奴隷は置いていくから、好きにしろ」
そう言うと、オーレンは立ち上がり、一瞬で窓から飛び降りた。
「おい!……くそっ。二階だぞ、ここ」
タツオは呟く。
窓から外を見ると、下に荷台が積まれているのが見えた。
これを足場にしたのか。
オーレンはもう見えなくなっている。
状況の見極め、そして見切りの判断が早い。
「逃げ足の速いやつだべ……!」
ミサキは悔しそうに言う。
「タツオさん、奴隷の人たちを解放しましょう」
イエナが言った。
三人は、倉庫内にいる奴隷たちを解放していった。
──しかし、喜んでいる奴隷は少なかった。
中には帰る場所がない、という人もいた。
ブレイヴェンに戻っても、家もない。
家族もいない。
タツオは、ブレイヴェンの変化について説明した。
国王が変わったこと。新国王ラグナは奴隷出身だということ。
新たな産業が立ち上がったこと。そこで、働き口があるということ。
奴隷たちは、最初は無気力に聞いていたが、
少しずつ生きる希望を見出したように感じた。
翌日。タツオは、街の役所に行き、
全員がブレイヴェンに帰れるように許可証の手配を依頼した。
合わせて、憲兵たちに奴隷売買組織の倉庫を報告し、
残党の対応を依頼した。
オーレンと名乗ったボスは、本名だったようだ。
十年前、闘技場では名の知れた闘士だったと、初老の憲兵から聞かされた。
奴隷となり、解放を勝ち取った男は、奴隷売買に手を染めた。
そのきっかけがオーレンからだったのか、悪徳貴族ベラムからだったのか。
真相は分からない。
すべてを終えると、三人は宿に向かって歩いた。
「僕たちのやったことって、正しかったのかな」
タツオは、言った。
「人が商品として売買されるのは……許されることではありません。
でも、彼らの幸せは、彼らにしか分かりません」
イエナが答える。
「……結局、根本を変えるしかないべな。
ブレイヴェンでやったことが全部の国でやれたら……
いつか貧民はなくなるはずだべ」
ミサキが言う。
理想を語るのは、簡単だ。
でも、現実はひとつずつ解決していくしかない。
「ところでタツオ、思ったよりすぐ来てくれたな。
私のこと……心配だったべか?」
ミサキは聞く。
「あ、それはもちろん。ただ……」
「なんだべ?」
「なんで全員幻惑かけて眠らせなかったの?
手を拘束されてても、ミサキならできたんじゃないかと」
それを言われ、ミサキはドキリ、とする。
そう。実は、確信犯である。
ミサキは〝助けられるヒロイン〟を演じたかったのだ。
「そ、そんなことまで頭回らなかったべ!
でも……すぐ来てくれてうれしかったべ。
イエナも、ありがとう」
イエナは、何かに感づいているように笑っている。
「お腹空きましたね。何食べましょう。
ミサキ、決めていいよ」
「せっかくならマルカドール名物を探しに行くべ!」
そう言うと、ミサキは先頭を走りだした。




