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惑星降下猟兵3192~獣亜人と恋に落ちた少年の物語  作者: きぬごしさむえ
第二章 "Liberal Of The Mars" fighters
22/26

2-10 惑星降下猟兵

「よう。見たか、少尉?」

「はい? 何の話でしょうか」


 黒髪を短く整えた真面目そうな女性士官が作業用ジャンプスーツの裾で額の汗を拭う。シューティングスター級軽空母のハンガーにて、帰投後のステラファルコンを次の出撃に備えて急ぎ整備するのは整備兵だけでなく、パイロット自身の役目でもあった。


「例のお客様方だよ。身内(マリーン)にあんな部隊は()ぇ。ほんで海軍でもないとくれば、陸軍の航宙空挺コマンドあたりかと思っていたが、違うみてぇだ。連中、俺たちがタルシスからマス・グライダーで戻って来た少し後に見たことの無い型の武装降下艇(ドロップシップ)で乗り付けたかと思えば、クソデカい巨人みたいな顔無し(フェイス・レス)がヌッと降りて来やがった。それから後ろからは子供みたく細くてちびっこいお仲間が降りて来て、あとはいつの間にか音も無く俺の後ろを通り過ぎていった奴だとか、女物の外骨格(スーツ)なのに並みの男よりデカい奴だとか──。兎に角、得体の知れなくて気味の悪い連中だった……」

「はあ」

「マーカス! 遊んでないで手伝えよ! お前の機体だぞ!」

「わーってるよ、今行く! ……ありゃきっとエイリアンだ。次に帰ってきたら、艦が乗っ取られているかも……!」

「マーカス!!」

「あいあい!! うるせぇなあ!? ママがいねぇと、何にも出来ねぇのかテメェらは!!」


 ヤマキ少尉は『想像力が豊かだな』と、少しだけデイビス中尉に感心した。やがて、キャノピーの開閉装置と熱管理システムの点検を終え、工具ワゴンに置いていたスポーツドリンクのストローに口をつけて一息を入れていると背後から急に、透き通るような機械音声で呼びかけられた。


「すみません」

「はい?」

「よろしければ、ユーナイトエレクトロニクス規格コンピューター用の精密ドライバーを貸して頂けませんか。機材のトラブルで必要なのですが……隊員が持ち合わせを壊してしまって」


 彼女の姿を見て、ヤマキは確信した。デイビス中尉が見たという『音も無く俺の後ろを通り過ぎた』顔無しというのは、目の前にいる特殊部隊の兵士に違いない、と。見たことの無い戦闘用外骨格スーツのデザインだ。軽装甲で、どちらかといえば機動性を重視しているようだが、熱・化学・放射線防護に優れた素材とデバイスを多用している。また、背部には酸素タンクとバッテリーだけでは飽き足らず、ジェネレーターか何かのパックが装着されているようで、さらによく見るとスーツの各所には船外活動用のスラスターが装着されており無重力空間での行動にも対応しているようだった。妙に足回りが重厚な構造になっている。ひょっとしてこのスーツ、重力制御フィールドやシールド発生装置が────


「あの?」

「あっ、はい。すみません。ドライバー、あります」


 ヤマキは少し慌てて私物の工具箱からドライバーキットを取り出し、兵士に手渡した。分厚いスーツに包まれた彼女の手指は、声や態度から覚えた印象よりもずっと力強くて驚いたが、所作からは優しさが感じられた。


「……これ。軍の備品じゃないですね。グレードが全然違う」

「はい。私物です。祖父がユーナイトの技師で、引退するときに貰いました」

「大切なもの……ありがとう。必ずお返しします」


 兵士はドライバーキットをさも大事そうに胸に両手で抱え、少尉へ敬礼では無く丁寧なお辞儀をすると音も無く立ち去った。

 暫く、ぼうっと何かの虜になっていた少尉だったが、ハッとした瞬間気付いたことがあった。素性の知れぬ彼女の声が信じられないくらい透き通っていたのは、周囲の仲間たちが一切喋らず、こちらの様子を皆一心に注視していたという要因も大きく作用していた可能性が高いということだ。


「……な? エイリアンだろ」

「……そういう言い方は失礼かと」


 やがて、出撃待機命令が下った。メテオーラ隊各員は航宙パイロットスーツを着装し、各々乗機のコックピットにて、口笛を吹きながらヒップホップを聴いたり、必要十分以上に機体の点検を行ったり、静かに目を閉じて瞑想したりしていた。


〈二番機から隊長〉

〈…………何だ〉

〈整備の後、どこへ行ってたんです。食堂でも会わなかったけど、ちゃんとメシ食ったの?〉

〈ああ。少し、古い友人と話をしていた。通信室でな〉

〈任務で?〉

〈いや。個人的な話だ〉

〈かーっ。職権乱用だよ、本当に。流石は大尉様ともなると、衛星通信も使い放題だ〉

〈船内電話だと言ったら?〉

〈イカレてるね。直接会って話せばいいだけだろ、戦闘配備中じゃあるまいし。でなきゃ、まさかのイマジナリーフレンドってやつですかい〉

〈……フンッ。少し洒落を言っただけで酷い言われようだ〉


 ヤマキ少尉はついにやることが無くなった。どうしようかと軽く俯いて考えたがすでに思い付くことはやり尽くしたので、シートに深くかけ直してキャノピー越しに艦の天井配管を眺めていた。


〈二番機から三番機〉

「……どうぞ」

〈今『次はアタシの番かようるせぇな』って思ったか、どうぞ〉

「少し。どうぞ」

〈[誰かが軽く笑った後、咽せて咳をする様子 ]〉

〈言うようになったじゃねぇか。どうぞ?〉

「はい」

〈はいじゃないが──〉

《ペルセウスコントロールから、メテオーラ隊へ告ぐ。通信チャネルをイレヴン・スリー・アルファから変更せよ。これより、こちらの回線は他の部隊が使用する》

〈メテオーラ・ワン了解。各機、チャネルを──ナイン・スリーアルファへ変更されたい〉

〈二番機了解〉

「三番機了解──っ?」

〈──テストです〉

〈全員聞こえてるか〉

〈聞こえませんどうぞ〉

〈黙れ。喉笛食いちぎられたいか〉

〈おお、こわいこわい。レーム隊長がお怒りだ〉

〈隊長。まだスクランブルがかかっていません。海兵隊の回線です〉

〈何? しまった……。おい、今すぐ全員黙れ──!!〉


 一瞬の出来事だった。ヤマキは、本当につい最近聞いたばかりの声に気を取られ、通信チャネルを切り替え損ねていた。やがて、機体の通信装置から安っぽいブザーで叱責され、慌ててチャネルを9-3Aへ変更した。


〈メテオーラ・スリー、報告せよ〉

「すみません、不注意で切り替え操作が遅れました。三番機、感度良好」

〈へぇ。少尉が不注意だなんて、らしくねぇこともあるもんだ。大丈夫か?〉

「はい。問題ありません」

〈ヤマキ少尉〉

「はい」

〈動物は好きか?〉

「はい? 動物、ですか?」

〈そうだ〉


 ヤマキは珍しく隊長の意図が全く理解出来なかった。ただ、質問そのものの意味は理解出来たので、素直に答えた。


「実家が猫を飼っていました。猫は好きです」

〈ネコだって!? ロボじゃなくて、本物の?〉

「はい。イエネコです。確か……血統書が付いたはず」

〈[口笛] 流石はお嬢様って感じがするぜ〉

〈猫か。猫は良い。犬はどうだ?〉


 隊長の声色がいつになく明るく聞こえた。少尉は不思議がったが、それよりも素直な気持ちで会話を続けることに夢中だった。


「犬は……少しだけ怖いです。でも嫌いではありません」

〈なるほど、怖いか……。そう言う奴は多い〉

〈ああ、俺も犬はこええよ……。四つ足で歩く犬は見たことが無ぇけど、昔鎖につながれて連行されるイヌ型の獣亜人を見たんだ。そん時、ダチとバス停で駄弁ってて目が合っちまったんだが、牙を剥き出しにした奴の目からは明らかな敵意とか、殺意とか。そういうのを感じたよ──〉

〈犬も猫も人間も。元を辿れば遙か古代の地球で同じ単細胞生物から別のかたちに進化したに過ぎん。感情の源は変わらん。敵意を抱けば相手は恐怖を感じ。やがて恐怖は、自らに向けられた敵意へ立ち向かうための新たな敵意へと変化する。獣亜人だからといって──。あー、いや。獣亜人が同じ進化の過程を踏んだかどうかは知らんが。結局は皆違うようでよく似たところのある生き物だ〉


 隊長の言葉に対し、誰も言葉を返さなかった。デイビスは意図せず議論となったこの複雑な問題に、どう返答するのが正解かと考え込んでいた。ヤマキも考え込んだが、少し中尉とは違った考え方をして、先に結論に至った。


「隊長は、獣亜人について何かお考えはありますか」


 デイビスは天を仰いだ。ヤマキがあまりに真っ正面から隊長へ走って突っ込んでいったので、焦りと呆れを隠せなかった。また、他意が無いとはいえまさか軽い気持ちで話した自身の体験が、隊長の心のどこか深い場所に触れることになってしまったことに後悔した。そして、最終的に隊長の回答に混乱してシートからずり落ちた。


〈なに、犬や猫と変わらん。特別考える必要も無いさ。近々、人手不足の穴埋めで規制も緩和されるらしいしな。仲良くやろうじゃないか〉

《メテオーラ・ワン、スリー。特にサイゴウ大尉。無駄口を慎め。帰投後、代表して所定の報告書を提出せよ》


 ヤマキは少し不愉快な気持ちになった。この時、彼女はまだ隊長が投げかけてきた質問の意味も、言葉の意図も理解出来なかった。そしてこの時、彼女は軍に入隊してから初めて腹いせに独断行動を取った。第一級連合軍航宙通信技師の資格を持つ彼女にとって、一般的な軍艦艇の無線のスクランブル解除など造作も無いことだった。


《グレイウルフ、ブリッジ聞こえるか? こちらパック・ワン。地上の工作員から追加の連絡があった。時間が無い。直ちにオペレーション・マーズの発動を要求する》

《……こちらグレイウルフ。了解だ。現時点、オペレーション・マーズを発動する。頼んだぞ、レーム》

《[獣のような唸り声]……気に食わん。こうもまたあの小僧の顔を見る羽目になるとは》

《そう言うな。見込みはあったのだから。……ん? 何だ? …………ホウ。分かった。やってくれ──》


 突然、予期せぬ通信の再暗号化により、ヤマキの盗聴が妨害された。少尉は冷静に暗号化の再解除を試みたが、連合軍の規格としては何もかも見たことの無い符牒でオーバーライドされていて、たとえ上級通信技師の資格保有者といえどこれには手も足も出なかった。ただ、ペルセウス側と例の特殊部隊との回線は開かれたままになっていた。


《…………こちらペルセウス・コントロール。惑星降下猟兵、降下スタンバイOKか?》

《…………兵員軌道降下ベイ。惑星降下猟兵、応答せよ。降下用意に入ってから暫く経つが状況は如何か?》

《……パック・スリー、他と通信中のパック・ワン代行。先ほどこちらの作戦が発動しました。降下スタンバイOK》

《了解。降下用意、カウント。5、4、3、2、1──降下(フォーレン)降下(フォーレン)降下(フォーレン)


 艦内のどこかでカタパルトのような動作音が聞こえた。ヤマキは好奇心に支配され、唾を飲み込んだ。コールサイン〝パック・スリー〟。間違いなく、あの子が火星に降りた。これから自分と彼女は、同じ作戦で共闘するのだ。少尉はいつになく胸がワクワクした。


《ペルセウス・コントロールよりメテオーラ隊へ告ぐ。現時点、貴隊の作戦名を通達する。作戦名オペレーション・ケルベロス・ハント。本作戦は連合軍特殊作戦コマンドが総括する重要任務である。現在、宇宙海軍所属の精鋭16名から成る特殊任務部隊──コールサイン〝ストームリーパー〟がマリネリス北部境界群落タルシスワットにて、火星ゲリラ高価値目標(ハイバリュー・ターゲット)との交戦を開始した。同地域は長らくゲリラの影響下にあり、相当の敵戦力の存在が予想される。貴隊にあっては、精密近接航空支援並びに近接航空警戒をもってストームリーパーの任務遂行を支援せよ──》


《なお、現地では間もなくMDFの陸軍特殊部隊による人質救出作戦も開始されるとの情報がある。そちらはケルベロス・ハントとは無関係の作戦で、連合軍の指揮下に無い。よって支援の必要も無いが、彼らの存在には留意されたい。以上──》


 ヤマキは外れた期待にいささか首を傾げながら、本来スクランブルのかかっている回線でサイゴウ隊長の復唱まで聞き終えた後、素早く元のチャネルに戻そうとした。しかし通信装置がブーブーと文句を言い始めるのが先だった。


〈メテオーラ・スリー。報告しろ〉

「メテオーラ・スリー、問題ありません。どうぞ」

〈……了解。全機、出るぞ。例に違わず、墜落も誤爆も許さん。実質的にはゲリラの支配圏だが、あくまで宇宙連合庇護下の市街地戦だ。くれぐれも慎重にな〉

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