2-11 サンタ・ムエルテ
「一階は危険だ! 完全に押さえられてる!」
相変わらずスピーカーから流れ続ける騒々しいダンスミュージック。それを掻き消す銃声や手榴弾の爆発音がクラブ内のあちこちで鳴り響く。吹き抜けの近くにある柱に身を隠し、階下の様子を伺うゲリラメンバーの頬を複数発の銃弾と建材の破片が掠めた。
「敵はいったい何人いやがる!? 連合の奴ら、こんな場所に一個中隊くらい送り込んできやがったのか!? 一体どうやって!?」
ゲリラが身を隠したまま柱に片手で保持したマシンピストルを密着させて射撃し、階下を牽制する。ただ、十発も撃たないうちに一階のどこかからおびただしい量の銃弾が叩き込まれ、砕け散った柱の粉塵が煙のように辺りを包み込んだ。
「ゲホッ!? 畜生が!!」
「何やってんの!! こっちだよ、早く!」
「ダメだ、ここを守らないとラウンジの奴らとVIPルームの退路が──!」
「ラウンジはもうダメ! みんな死んでる!! ドイルは裏切ったのよ!?」
「だって上の階にはまだレンのクソボウズもいるんだろ!?」
「他にも階段はある! いいから、早く──」
柱に張り付いたまま呆然とする男性ゲリラの目の前で、彼を退避させようと諭していた女性ゲリラの頭の片側が弾け飛ぶ。同時に、吹き抜けの天窓が指向性爆薬でぶち破られ、立て続けに投げ込まれた閃光手榴弾の爆音閃光とともに黒いアサルトスーツに身を包んだ特殊部隊が降下突入を敢行する。男性ゲリラは怯みもせず、獣のような怒りの形相を浮かべ銃弾を放ったが、ロープ降下中の特殊部隊兵士二人が極めて正確な拳銃射撃にて彼の脳幹を破壊し、無力化した。これで、ダンスホールとキャットウォークのゲリラは死体だけになった。
《敵性戦闘員無力化》
《死神A班、こちらC班。吹き抜けを確保。移動を援護する》
〈了解。A班、ダンスホールを横断する。移動中〉
《A班、こちらB班。裏側バルコニーにて戦闘員多数と交戦中。応援不要。ただし流れ弾に注意されたい》
〈了解。建物内北側から迂回する。D班、クロークは押さえたか?〉
〈…………D班、応答せよ〉
《──こちらD班! 殺害目標〝壱の首〟と交戦! バルコニーへの移動を阻止中──[激しい銃撃音]》
〈B班へ。A班、前言撤回だ。A班は迂回を中止して東側通路をバルコニーへ直行する。航空支援が到着するまで、背後を任せた。D班、挟撃準備せよ。間もなく到着〉
《B班了解。建物内敵再侵入阻止》
《D班了解! 全員、誤射注意!》
〈A班からC班へ。D班が合流出来なくなったが、問題無いか?〉
《問題ない。C班にあっては上層階の制圧及び殺害目標〝弐の首〟並びに〝参の首〟の捜索を続行する》
「………………パメラっ? パメラ……!」
バーカウンターの裏側。周囲から連合の特殊部隊の気配が消えたところで、レンは自分の腕の中で力無く事切れたパメラへ呼びかけながら強く彼女の身体を揺さぶる。すでに手遅れだった。みんなでどこかへ遊びに行くとき、彼女がよく着ていた紫色のミニドレスは、穴だらけになってしまって黒く血が滲んでいた。少し前まで温もりを感じたパメラの身体からどんどん体温が失われていくのが分かった。レンはニナが死んだときのフラッシュバックに苛まれ言葉を失った。
「パム……? ねぇ……起きてよ……。パムったら……。ねぇ。おい。起きろって。起きろよ!! この糞女!! 起きろってばあああああ────!!!!」
レンとクリスは、慌ててメリッサを押さえ付け、彼女の口を掌で塞いだ。メリッサは猛犬のようにクリスの腕に噛み付き肉を引きちぎろうとしたが、我に返ったレンがすぐ強烈な頭突きを喰らわせてなんとか防いだ。メリッサとレンの鼻から濃い色の静脈血がツーと流れ出た。
「落ち着け。頼むから。落ち着けよ。パメラだけじゃない。連合に見つかったら死ぬんだぞ。俺たちも……!」
メリッサは血だまりにへたり込んで、嗚咽を上げた。彼女の服や素肌、頬から髪の毛に至るまで──全身が、レンよりも酷くパメラの血で染まっていた。
「ずっと一緒だった……! 親に捨てられて、タルシスで落ちぶれて……! ゲリラに連れてこられた時からずっと親友だった……ッ! アンタがいなくなったら、アタシ……どうすれば……っ!」
クリスは腕の咬傷を苦悶の表情で押さえていた。しかし、ある程度圧迫止血が済むと、おそるおそるメリッサに近づき、彼女を優しく胸に抱いた。メリッサが暴れることはなかった。
「アンタ……誰……? ねぇ、何にも分かんない。分かんないってば。ねぇ、レン。何があったの? ちゃんと、バカにも納得出来るように説明してよ。ドイルが裏切ったって、本当なの……?」
レンは難しい顔をしながら微かに頷いた。ドイルのせいでパメラや多くの仲間が死んだことは確かだったが、少なくとも、レンの理解する限りではドイルは連合側に寝返ったわけでは無い。ただ、レンにとっては〝そういうこと〟にしておいた方が都合が良かった。
「詳しい話は後だ。今はまずここから逃げ出そう」
「ダメ。パムを置いていけない」
「俺が連れてく。援護は頼んだ」
レンはパメラのメッセンジャーバッグを拾い上げて肩に掛け、今一度腕の中の彼女の面を見つめた。彼女はもう死んでいて、レンにとっては今までただの知り合いでしかなかった筈なのに、何故かとても魅力的で、たまらなく愛おしくて。胸が張り裂けそうな気持ちになった。
レンはやがてパメラの遺体を両手で抱え、自分の腰のホルスターからピストルを取り出すようクリスに促した。クリスは拳銃を受け取ると安全装置を解除して薬室を確認した。メリッサも、めそめそと涙を拭いながらホットパンツの裾に手を差し入れて小型の護身用ピストルを取り出した。
「クロークとバルコニーで撃ち合ってるみたいだ。正面玄関が手薄ならそっちから出られるかも。行ってみよう」
「リサは、裏に行ったはず……。アイツも置いていけない……」
「メリッサ……」
レンは言葉に詰まった。正直いうと、レンはメリッサがここまで仲間思いで情に厚い性格だとは微塵も思っていなかった。それでも、今はこれ以上彼女の気持ちに寄り添っている余裕はなかった。
「悪いけど、リサを助けに行くって言うのなら、俺は付き合えねえよ。止めもしない」
「いいよ。あたし一人で行く」
「本気か? そんな拳銃一丁で勝てる相手じゃないだろ。なぁ──」
「止めないんでしょ? じゃあ、止めないでよ。いくじなし……」
メリッサはレンには目もくれず、唐突にクリスの顎へ拳銃を突きつけた。クリスも咄嗟に拳銃を向けようとしたが、反応速度が遅かった。
「アンタ、見ない顔ね? 結局何? 新入り? 先輩と仲良くなってセックスでもヤッてたの?」
クリスは訳が分からなかったが、恐怖以上にとにかく恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながら首を横に振った。
「そう。じゃあ、今後もセックス禁止ね。その男、アタシらのだから」
メリッサはそれだけ言い残してバルコニーへ向かおうと踵を返した。その瞬間──パンという破裂音とともに何かがヒュッと彼女の背中に飛び込み、メリッサはそのまま背を仰け反らせるように硬直して床に倒れ込んだ。
「メリッサ──!!」
「動くな! 死体を床に置いて両手を上げろ!!」
バックヤードのドアから次々と迷彩服姿の軽歩兵が雪崩れ込んで来る。連合の部隊とは装備が全く違う兵士たちだ。
「銃を捨てて!! ランカスター候補生、銃を下ろせ! 今すぐ!」
「MDF……!? 部隊名は!?」
「火星防衛陸軍第一特殊作戦群だ! ランカスター少将が心配している! さあ、武器を捨てるんだ!」
クリスはゆっくりとレンのピストルを下ろし、静かに床へ置いた。そしてレンとメリッサを庇うようにレッドベレーの射線を塞ごうとした。しかし、屈強な兵士が彼女に飛びかかり、素早く手錠をかける方が先だった。
レンも床に組み伏せられて手錠をかけられた。パメラの遺体が乱暴に床へ転がった。レンは絶句した。
「失礼。安全のためだ」
「アアアアア!!!? ふざけんな真性糞女!! テメェ、MDFかよ!! クソクソクソ!! 騙しやがったな!!!! ブッ殺してやる!!!!」
「その女を黙らせろ!」
「やめて!! この二人は敵ではありません!」
背中でバチバチと電流を放つテイザーガンの電極が刺さったままメリッサが悪態をつきながら痙攣する。
やがて電流は止められたが、メリッサがまだ動けなくなっているうちに彼女の両手両足に手錠がかけられ、彼女の小型のピストルは遠くに蹴り飛ばされた。
「ねえ、やめて! 彼は私の恩人なの!」
「名前は?」
「……レン」
「お前か。話は後で聞かせてもらう」
「なあ。アンタさ。そんなことより、頼むからその子を綺麗に寝かせてやってくれよ。俺の……俺たちの大事な友達なんだ」
床で蛆虫のように這いつくばりながらパメラの遺体に頬を寄せて大泣きするメリッサ。その光景を目の当たりにしたレンは、とてつもない罪悪感に苛まれていた。気が付くと、レン自身もメリッサと同じくらい大粒の涙を流して鼻を啜っていた。
やがて、見かねたMDFの兵士数人がパメラからメリッサを引き剥がして遺体の姿勢を整えようとしたが、メリッサが身の毛もよだつような絶叫をして暴れ続けたため、匙を投げた。
「パムに触るなァァゴミクズ野郎ッッ!! 説明しろよ゛っ!! レンッ!! なんでアンタまでMDFのインポ野郎どもと仲良くお喋りしてんのよ!?」
「ちがう……。俺は──」
「もういい。引き上げだ。例の〝死刑執行部隊〟と出くわす前に脱出するぞ。これ以上の厄介事はご免だ」
《突入部隊聞こえるか? タルシスワットにゲリラの戦闘部隊が集結している。すごい数だ。やはり、そこら中に潜んでいたらしい》
「了解。出来れば交戦は避けたいが……回避できそうか?」
《いや、それが……。同じく急に現れた連合軍の戦闘機が奴らを空爆してるんだ。本部からはまだ何も情報が来ていないし、まるで状況が把握できていない。ひとまず俺たちが手を出す必要はなさそうだ。計画通りにやろう》
爆撃の地鳴りと揺れがナイトクラブの中にも伝わる。先ほどまではバルコニー側の銃撃音やフロアミュージックの存在感に掻き消されるほどのレベルだったものが、どんどん近づいてきている証拠のようだ。
「立て。レン」
「おい、待て! そこの〝糞女〟も一緒に連れて行けよ? 置いていったら連合に殺されるかもしれねーだろ」
「我々の任務には関係が無い」
「じゃあせめて手錠を外してやってくれよ!」
「危険だ。出来ない」
「わ、私からもお願いします! 彼女、まだ更生できると思うの──」
「悪いがこれ以上議論の余地と時間は無い。歩け」
レンは襟首を掴まれ、無理矢理歩かされた。クリスもレンほど強制的ではないが、MDFの特殊部隊員に移動を促され仕方なくその場を去った。最後まで、メリッサの絶叫が聞こえていた──
「嘘付きッ!!! !裏切り者ォォォッッ!!!! テメーら二人まとめて、いつかアタシがブッ殺すッッッ!!!! 絶対コロスッ!!!」




