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惑星降下猟兵3192~獣亜人と恋に落ちた少年の物語  作者: きぬごしさむえ
第二章 "Liberal Of The Mars" fighters
21/26

2-9 罪と罰

「集まったな。始めよう」


 階下のメインホールで鳴り響くくぐもったR&Bミュージックが分厚い防音窓を揺らしている。それでも防音窓の性能は必要十分で、エグゼクティブフロアのVIPルームには厳かな静けさが漂っていた。


「それにしてもドイル。あの一晩で随分と有名人になったじゃないか。タルシス中がお前のブロマイドポスターだらけだ。〝ゲリラの首領! アーノルド・フランクリン・ドイル! マリネリス大密林に潜み、善良なる火星市民と気高き防衛軍兵士を無差別に虐殺!〟」


 青白い血色で長身の男が頬を指で撫でながら期待していた何かを待ちかねていたような笑みを浮かべる。男は死人か、骸骨のように細く、頬が黒く窪み落ちているが、古めかしいキャプテンコートの内側には筋肉質でしっかりとした体幹が伺えた。一国の王の如くVIPルームの椅子に深く腰掛け、長い足を組んでいる。


「ああ。お前と仲良く肩を並べてな、カミンスキー。まったくなんとも虫唾の走る話だ」

「そうか? 俺はけっこう気に入ってるんだがな。あんたと俺、並べてみると意外とサマになる。今度、デュエット組んで犯行声明コンサートでも開くか? 俺とあんたの隠れファンが押し寄せること間違いないぞ?」

「ぬかせ、エゴイストめ。今更、犯行声明も何も無いわ」


 ドイルが鼻で軽く笑いながら呆れたように吐き捨てる。男は満足そうに頬を膨らませてフスフスと笑い、やがて骨と血管の浮き出た両手の指を組んで裏返しになった甲虫の足のように指を動かした。


「つまり──言うまでも無く、確実に情報が漏れている。内輪はともかく、マリネリスを取り仕切ってるゲリラの幹部としてあんたは表向きそんな有名人じゃ無かった。火星(ガバメント)の諜報部は無能だ。連合の中央情報総局(CIA)あたりが噛んでいるに違いない」

「いいや、カミンスキー。そうとも限らない。最近の内務省は意外と鼻が利く。新設された火星国家安全保障局(MNSS)の影響もあるだろう。……誰かが、泳がせておくべきだった人間を面白半分になぶり殺しにしたせいで、情報が不足しているんだがな」

「ふぅん……知らんな。まぁ優秀すぎてこっちが気付く間もなく、ジャングルの肥やしにしてくれた奴らの中に混じっていたのかもしれんが?」


 今度は子供のように呆けた顔でわざとらしく視線を逸らすこの男は、アルバート・カミンスキー。火星自由主義統一戦線で『カミンスキー派』と呼ばれるのは、彼の『火星完全無法自由主義(マーズ・アナーキズム)』理念に賛同する者たちの総称だ。


「カミンスキー、貴様ッ! やはり件の爆破誘拐事件に絡んでいたのはお前か⁉ また勝手な真似を‼」

「ハハ、落ち着けって、アフマード先生。誰がそう言った? 俺はただ、獲物欲しさにこっちの縄張りを嗅ぎ回ってる犬コロどもを土に還してやったっていう話をしただけだ。自然にも優しくて一石二鳥だろう?」


 額にくっきりと青筋を浮かべ、カミンスキーを睨み付けながら怒りで震える手でパイプを吸う白髪の男はマハド・イネル・アフマード。『アフマード派』は火星のみならず、いずれは聖戦により太陽系を独裁者たる宇宙連合の支配から解放せしめんと渇望している好戦的な派閥だ。


「それが、あんただったらどうした? 正面玄関から第一港区にそびえ立つ中央合同庁舎ビルに突っ込んで、声高々に『自由万歳!』なんて叫びながらマシンガンで乱射したか? 残念、内務省は44階だぞ?? おっと──」


「アル、その辺にしておけ。無駄口が過ぎるぞ。………マハド、銃を仕舞え。こう言っちゃなんだが……無意味だ」


 レンはVIPルームの端っこでガチガチに緊張しながら、固唾を飲んで味方同士の小競り合いの行方を見守っていた。当然だ。これから何を言われたものか知れたものでは無い。最悪、裏切り者として処刑されるまであった。そんなレンの隣には、さらに酷く硬直して置物のように佇むクリス。作品名としては〝絶望して石になる女〟。この場に呼び出された三人の若人の中では、シウだけが冷静だった。


「マハド。貴男がいらっしゃるとは。大変ご無沙汰しております」

「…………ああ、シウか。元気そうで、何より」


 たいそう不服そうにカミンスキーから目を逸らし、やがて震えるように息を吐き、古めかしい拳銃を懐へ仕舞い込んだアフマードが淡泊な口調でシウの呼びかけに応える。レンは、シウがドイル以外の重要人物相手に親しげに話しかける様子が信じられなかった様子で、目をまん丸くしてシウの横顔とアフマードを代わる代わるに凝視する。


「紹介が遅れたな、レン。そちらはマハド・イネル・アフマード。タルシスより遙か南西──ダエダリア地方一帯を取り仕切ってる指導者(リーダー)だ。三年ほど前になるか、シウに戦い方を仕込んだのはアフマード指導者の部隊でな」


 レンが恐る恐るアフマードを一瞥する。アフマードは金細工のパイプで静かに煙の出ない何かを吸っていた。レンに対して殆ど興味が無いように見えるが、こちらの会話へ明らかに聞き耳を立てていた。


「で、俺はカミンスキーだ。カミンスキー船長を知ってるか、ボウズ」


 呼びかけられたレンがギクリと怯む。ゆっくりと向き直った先では、カミンスキーがテーブル越しにスンとこちらを見据えていた。レンは何度か小刻みに頷いて「名前だけは」と答えた。それを聞いて、カミンスキーは満足げに薄ら笑みを浮かべながらフゥンと優雅に鼻で笑った。


 ──キャプテン・カミンスキー。太陽系の誰もがその名を知っていると言っても過言では無い有名な宇宙海賊(パイレーツ)。レンの感覚ではカリブ海の黒髭だとか、キャプテン・キッドだとか、それくらい聞き覚えのある存在だった。カミンスキーが有名な理由を一言で語ることは出来ないが、少なくとも、彼の残虐非道な歴史的犯罪行為の数々と、宇宙連合軍の正規艦隊相手に真っ向からの砲雷撃戦で完全勝利を刻むような精強さと必然性(センス)が主な理由であることは明白だった。


「本題に入ろう。聞いての通りだが、近頃こちら側の行動や作戦情報の一部が事前に敵に察知されている兆候が非常に強くなりつつある。カミンスキーの言うように、機密情報が漏洩している可能性が高い。これには様々な原因が考えられるが……」

内通者(スパイ)だ。それも、我らの特に身近な存在として潜んでいる。想像に難くない。理想と秩序を重んじない軽率な雑兵(ファイター)ばかり集め、甘やかすからこうなるのだ」

「おおっと、それは俺の可愛い手下どものことを言っているんじゃあないだろうな、アフマード? もしもそうなら、仲裁役のドイルには悪いが聞き捨てならんぞ」

「無論、お前の部下にも怪しき者は多かろう。ただ、残念なことに今儂が言うておるのは、広く門戸を開き過ぎたマリネリスの有志たちのことだ」


 なんともいえぬ表情でアフマードがドイルを見つめながら腕を組む。ドイルは口を閉ざしたまま、同じように腕組みをしてアフマードと視線を交わし、少し困ったように視線を逸らして唸る。何かを察して気遣うようにシウがアフマードに尋ねる。


「つまり、レンのような我々の新兵が怪しいとおっしゃるのですか? マハド」


「そうとも言えるが、そうではないぞ、シウ。儂はまさにその子供が内通者だとは思わない。ただ、後にそうなるおそれが多分にあるという話だ。少なくとも、〝お前と比べれば〟という話に過ぎんがな」


 話の途中から何となく嫌な感じに気付いて、いつ『俺はスパイじゃない!』と言うべきか見計らっていたレンは、アフマードの言葉にほっと胸をなで下ろした。この場にいる全員がそれに気付いていたが、鼻で笑ったのはカミンスキーだけだった。


「アフマードからは信用されていても、俺は違うぞウォン・シウ。むしろお前のような信頼の厚い有名人ほど、実は裏があるというパターンは多いものだ。世渡り上手な人間ほど怪しむべきだろう」

「私はもともと月の人間です。なので、カミンスキーさんのお言葉にも一理あると考えます。我々の志願兵は火星出身者が大半を占めていますが、マハドのクランとは異なり、全員がそうであるわけではありません。マリネリスの戦士に、火星への郷土愛を欠いている人間が多いのは事実でしょう」

「シウ……! 何言ってんだよ……。お前、ここで『自分が怪しいです』って言ってどうすんだよ……?」


 レンが慌ててシウの裾を引っ張る。隣で、この場においてはすっかり存在感を無くしてしまったクリスが小刻みに頷く。


「レンもそうです。彼は第三港区の浮浪孤児でしたが、出自は覚えていないそうです。親の名前も、顔すらも。彼は友人の命を奪った連合を憎んでおり、ゲリラとして戦うことで連合への復讐を誓いました。ですが、きっと火星(ここ)でゲリラとして戦うよりも手っ取り早く復讐する方法があるのならば、レンは簡単に我々の元を去ろうとすることでしょう──」


 レンがシウの胸ぐらに掴みかかって立ち上がり、壁際まで押しやる。シウは一切抵抗しなかった。


「ふざけんなよシウ!! てめぇ俺のことそんな風に思ってやがったのか!? 俺とお前でお互い命預けて一緒に戦って来たのに!!」

「違うか? レン。俺とお前は相棒(バディ)だ。出会って一年、組んで半年か。ここまで一緒にやってきて、ようやくお前のことが分かってきた。少なくとも、俺はそう思っている。俺は──お前の決意と望みがどうあろうと非難するつもりは無い。俺は相棒として、お前の気持ちには共感しているつもりだ。レン」


 レンは言葉を詰まらせた。薄暗いVIPルームで真っ直ぐに瞳を覗き込んでくるシウが眩しかった。同時に、ニナのことを思い出して胸が苦しかった。だからこそ、シウの言葉に救われた。レンは、苦し紛れにシウの言葉の誤りを指摘するくらいしか出来なかった。


「れ…………連合が殺したのは、俺にとってただの友人(ともだち)じゃなくて、俺の恋人(おんな)だ!! 間違えんな!!」」


 ここでカミンスキーがケラケラと笑いながらシウからレンを引き剥がして隣に座らせる──肩を叩いて、自らグラスに注いだ酒を勧めてくる。レンは、急にひっくり返されたウサギのように混乱し、震えた。


「ハハ! 気に入ったよ、レン! おめー、アツくて面白れぇ奴だなぁ? なぁ聞かせてくれよ、連合に殺されちまったっていうお前の愛しの女の話を──」


「やめないか、アル! レン、黙ってこっちに来い」


 レンはドイルに従い、何とか涙を堪えてドイルの隣に座った。既に頭の中は殆どニナのことで一杯だった。


「レンとシウに関しては、連合とガバメントのスパイではない。それは俺の立場をかけて保証してもいい。だからこそ、俺はこの機会をこやつら二人に賭けることにした」


 ドイルがレンの頭をわしわしと乱暴に撫で回す。ロクに手入れもせず、目元が半分隠れる位まで伸びっぱなしだったレンの髪が、もっとぼさぼさでみすぼらしいヘアスタイルに変わり果ててしまう。


「レン。さっき下ではああ言ったが、やはり俺はお前からいったん狙撃銃(ライフル)を取り上げることにした。さらに、今夜限りで火星自由主義戦士フリーダム・ファイターの称号も剥奪する」

「──────は?」


 一瞬、レンの頭の中が真っ白に染まる。以前、ジャングルの獣道で足の置き場所が2センチほどズレていたら跳躍対人地雷バウンディング・マインを踏んでいたかもしれないことに気が付いた瞬間と同じくらい血の気が引いて、一筋の涙を流した。

 レンはたった今、行き場も無く身を寄せた火星自由主義統一戦線から勘当されたのだ。


「シウ。お前もだ」

「はい。ボス」


 レンと同じようにシウが勘当される。すると、子供のお芝居でずっと自分の出番を待っていたようにクリスが歩み出て、一同へ上品なお辞儀を試みる。


「紹介しろよ、レン。お前が味方に銃口を向けてまでして救った女だ」


 カミンスキーが茶化すような口調で野次を飛ばす。すぐにドイルが咳払いをする。


「レン、覚えているな。お前がジャングルで逃がしたガバメントの兵士だ」

「……し、しらない。しらないよ、ドイル。お、俺は何も……! こんな女、知らない!」


 レンは今更嘘をついて誤魔化そうとした。そうしないと本当にドイルに見捨てられてしまうような気がして、必死に首を振った。ドイルは表情一つ変えず淡々と続けた。


「いい。お前の判断が完全に間違いだったとは俺は思わん。それよりも、彼女はクリスティーナ・ランカスター。火星防衛軍で有名なランカスター一族の末っ子だ。父親はロナルド・K・ランカスター陸軍少将。叩き上げの優秀な軍人で、今は火星防衛地上軍の参謀本部補佐官の一人だ」

「しらないって。しらないよ、ドイル……! お、俺っ……!」

「ハハァーーッ! おちつけって、レン! そう何度も笑わせんなよ。お前の背信行為がバレてないとでも思ったか? まぁ、今回はお前が間接的に殺した仲間も、逃がした相手も相手だったもんで。粛正だの懲罰だのと退屈な話にはならなかっただけだ。ドイルの気分次第じゃ、裏切り者として最前線に囮役として送り込まれるか、ここで脳みそぶちまけてたところ。首の皮一枚つながって良かったじゃねぇか?」

「黙れ!! アルバート!!」


 ドイルが地鳴りのような怒号を上げる。VIPルームが水を打ったように静まり返った。やがて、階下のR&Bのビートだけが、誰よりも先に戻ってきた。


「聞こう。ミス・ランカスター」


 既に平静を取り戻したドイルがそう促すと、クリスが重々しく口を開く。「声が小さい」と、カミンスキー、アフマード両名から同時に指摘されて怯えたが、必死に説明した。


「パ、パパパ……。ち……父は、防衛宇宙海軍の、第二港区……。ベース・タルシスにある防衛軍共同火星測量研究所で、火星テラフォーミング計画のとあるプロジェクトに関わっています……」


「第二港区……。ベース・タルシス……」


 レンは静かに呟いた。そして、拳を強く握りしめた。


「マリネリス大峡谷西端、ノクティス迷宮(ラビリントス)……。かつて、マリネリス・ゼロの爆心地となったマリネリス研究所の〝現在の所在地〟と予想される場所です。皆さん、ご存じかとは思いますが、ノクティス地域一帯に生じている重力特異現象と激しい局地的磁気嵐による〝乱れ〟により、我々が彼の地に立ち入ることは叶いません」

「〝ゾーン〟だ。果てしない宇宙での自由を愛する宇宙海賊が唯一憧れる地上の小宇宙──。千年も昔には、地球の海にそんな場所があったらしいが……」

「……バミューダ・トライアングル?」

「……レン。おまえ、本当に最高だ。思い出したよ、それだ」


 ドイルが咳払いをする。クリスは続けた。


「軍ではプロジェクトをノクティス迷宮並びにマリネリス研究所補足復興計画──通称〝ノクティス計画〟と呼んでいます。火星を生存可能惑星(ハビタブルゾーン)として維持しているのは、言うまでも無くマリネリス・ゼロが生み出した広大な密林と惑星コアへの干渉……。しかしながら、その仕組みも、理論も、私たちは何もまだ理解していない。誰も空想でしか説明が出来ない。だからこそ、火星の安全保障を担う防衛軍としては、ゾーンの戦略的価値と脅威を調査研究する必要があるのです」


 レンはとあることに気が付いた。クリスが怯えていない。先ほどまでガタガタと肩を抱きながら泣きそうな顔で喋っていた彼女が、今は熱意の籠もった口調で難しいことを語っている。レンは、クリスの言葉に聞き入っていた。


「ご立派なもんだ。MDFの兵卒ってのはもっと、明日の天気だとか、次の給料日のことしか考えてないもんだと思ってたよ」

「私は兵士ですが……学生でもあります。元々は公立の惑星科学大学に進学するつもりでしたが、家族の同意が得られず、半年前に火星防衛軍第一総合学校に入学させられました。今月から先進技術研究院の修士課程を」

「ほう。嬢ちゃん、今年でいくつだ?」

「十九歳……。今度、誕生日……」

「ほほっ。ボレアリス・トビウオ顔負けの飛び級だ。流石は将軍の愛娘。優秀、優秀」


 カミンスキーがクリスへ心のこもっていない拍手を送る。クリスは再び怯えながら言葉を詰まらせたが──結果的にはレンが助け船を出した。クリスは、レンの質問に少し嬉しそうに答えた。


「俺たちと戦ったあの夜、マリネリスでのアンタの任務は? ただの輸送作戦? それとも、何か難しい研究とか、調査とか?」

「どっちも……! あの夜運んでいたのは、対ゲリラ戦闘部隊への補給物資ばかり。ただ同時に、私たち学徒兵は植物とか、土壌のサンプルを採取していたの。研究っていうか、講義の課題みたいな感じだけど──」

「話が逸れたな。悪いが手短に頼む。──少しややこしい話になってきた」


 ドイルが何やらポケベルでやり取りしながら穏やかにクリスを諭す。クリスはすぐさま閉口して頷き、彼女としての要点を述べた。


「ノクティス計画とは、表向きには持続可能な火星テラフォーミング計画の延長に過ぎません。計画を知る防衛軍の兵士や将校と研究者の殆どは、そう信じています。ですが、父は違います。私も違う。ノクティス迷宮は……危険です。当たり前のことを言っているように聞こえると思いますが、ゾーンに存在する底無しの重力沼とか、有機物が瞬時に蒸発するレベルのマイクロウェーブだとか、そういうことを言っているんじゃ、ありません。ノクティスは──生きているんです。生きて、息をして、自由に歩くことすら出来るかも知れない」

「……で、つまり?」


 ドイルが少し苛立つ。そのことにクリスは気付かず、気にしていない様子だった。


「つまり、ノクティスのエネルギー(コア)は──何らかの生命体の可能性が極めて高い。最新の実験結果が示唆しています。昼に迷宮地形を歩き回り、夜に眠っている。ゾーンの特異点の変動は一見して不規則ですが、ある一定の規則(リズム)に沿っているようなのです」

「俺たちが……朝起きて、昼働いて……夜、眠るように?」


 レンの言葉を耳にしたクリスがぱあっと表情を明るくする。そして、レンの隣に駆け寄ると今にも齧り付きそうな距離感で興奮気味に捲し立てた。香水の香りがレンの鼻腔を撫でる。


「そう! まさにそうなの! でもね、それだけじゃない! 宇宙船用のパッシブソナーを改造した集音装置で出来るだけ正確な核の音を復元したのだけれど──」

「いい加減にしろ、小娘。話の要点だけ聞かせ給え。それ以上減らず口を叩くならば、切り刻んでカセイ河に捨てるぞ」


 アフマードが凄む。萎縮したクリスはレンに引っ付いて、それ以上何も言えなくなってしまったようだった。代わりに、何か閃いたようにカミンスキーが嬉々として話を繋ぐ。


「わかったぞ。つまり、ゾーンの超常現象っていうのは、惑星の回転がナントカだとか、重力だの磁力だのっていう小難しいものじゃなく。ノクティス迷宮の奥に潜む何者かの能力が引き起こしているかもしれない、っていう話だな? トンデモ人間? 宇宙怪獣? あるいはそんなチンケ想像を凌駕する何らかの生命体……? 面白い。冒険家の端くれとしては、年甲斐も無くワクワクしてきたよ」

「何?」

「実に馬鹿げた話だが……。ゾーンのエネルギー源が何らかの生命体だとすれば、いつか何かの気紛れでタルシスに移動して街を引き裂き、重力沼に飲み込むことも不可能では無い……。あるいは、火星すらも破壊するかもしれん。……参謀本部の人間が本当にそんな風に考えているのならば、防衛軍とガバメントの事情通は気が気でないだろうな」

「馬鹿な! そんな与太話を聞かせるつもりで儂を呼んだのかドイル! ゾーンの根源が生き物かどうかは兎も角、ノクティスからタルシスまでどれほどの距離があると思っているのだ!? 動物が歩いてどうにかなるものか!」

「お戯れをアフマード先生。どんな姿形なのかは兎も角、少なくともただの人間なワケがない。犬猫鳥、なんだって同じさ。ゾーンは、地表から軌道上の宇宙戦艦を飲み込んだこともあるほどのトンデモ能力の持ち主だ。それが今更、数千、数万マイルを一瞬でワープしたって何も不思議じゃ無いさ。そのうち火星に居場所が無くなったとしたら──次はどこに行くつもりなのか、誰が知るわけもない」


 レンは、火星自由主義統一戦線の三大首領が口論をする傍らで、何かを言いたそうにしている様子のクリスへ発破をかけるように彼女の背中をドンと叩いた。


「ノ、ノクティス計画は!! 火星を生存可能惑星たらしめる要因の徹底解明! 未知への依存からの脱却! そして、最終的な目標として──人類の脅威となり得るのであれば、マリネリス研究所並びにノクティスの核の確保、若しくは破壊を掲げています! だ、だから──ひっく!?」


「だから、そいつを俺らがガバメントよりも先にとっ捕まえて人質にする、って話か? ドイル」


 レンがしゃっくりで言い淀んだクリスを遮るようにドイルへ問いかける。ドイルは目を瞑ったままゆっくりと頷いた。


「捕まえるのが無理ならば、他にも手段はある。そして、ノクティスに執心しているのは、もはや傀儡ガバメントだけではない。連合そのものも動いているはずだ」

「そうだ。これが酒の席での与太話でないのならば、間違いなく太陽系全体を巻き込んだ争いになる。その賭けに出るだけの勝算はあるんだな? ドイル」


 カミンスキーが鼻の下を擦りながらドイルへ問う。ドイルは急に重々しい口調で「あるにはある」とだけ答えた。


「馬鹿馬鹿しい。儂は降りる──と言ったら?」

「そりゃ当然、俺らが賭けに勝ったとき──アンタだけが負け犬だ」

「ふん……。弱い犬ほど、最初からよく吠えるものだ」

「ウゥーッ、ワンワン!!」

「やかましい」


「──時間だ。間もなくこの場所を連合とMDFの特殊部隊が襲撃する」


 唐突なドイルの発言に、その場の誰もが驚愕した。声を荒げる者こそいなかったが、皆の表情が確かな動揺を物語っていた。ドイルと、ただもう一人だけを除いては──。


「レン。俺とお前は、もうゲリラでなくなった。お前はミス・ランカスターと共にタルシスへ行くんだ。うまく事が運べば、MDFの特殊部隊がお前をエスコートしてくれる。〝将軍の娘を救った勇敢な少年として〟だ」

「は……? なんだよ……何言ってんのか全然分かんねぇよ、シウ? ドイル?」

「レン。今のところ、お前が一番の頼りだ。もうガキでなく、一人前のつもりなら俺たちに証明してみせろ。今はランカスター将軍の娘に付いて、ノクティス迷宮に関する少しでも多くの情報を持ち帰るんだ。そうしたら……また俺の部隊で雇ってやる」


「ドイル……悲しいじゃないか。その辺り、俺は何も聞いちゃあいないんだが」

「なるほど。そうか。時は満ちたというわけか……」

「なぁに先生? まさかアンタにだけ話があったワケか……?」

「悪く思うな。所詮、お前は海賊の傭兵に過ぎんのだ。傭兵には、必要が出来て始めて話すことも多い」


 レンはここまで話が進み、やっと少しずつ状況の理解をし始めたところだった。

 自分が良心の呵責で逃がしただけの敵の捕虜。その捕虜の正体。そして、彼女の利用価値。ゲリラ内部の内通者の存在を逆手に取った囮と陽動。これにより巻き起こる騒動と混乱に乗じ、工作員(レン)は目標により近い場所まで一気にショートカットするという大胆な作戦。見れば見るほど、ドイルの戦略理念そのものだった。

 問題は、工作員本人がただの素人に等しいということだ。少なくともレンはそう思った。


「やるんだ。レン。この犠牲を無駄にしないでくれ」

「いや、そんなの無理だよドイル! 俺にどうしろって!?」

「お前がやれることをやれ。そのために、シウも一緒にクビにしてやったんだ」

「シウは儂が育てた。誇り高き火星自由主義戦士としての戦い方を教えた。そして──来たる日に異端者どもを欺き陥れるための間者としての技術を授けたのだ」


 レンが勢い良くシウの方を向いて動揺を訴える。シウは静かにレンを諭した。


「レン。作戦中、お前と直接会うことは無いが、俺はいつもどこかでお前のことを監視()ている。お前が本当に危機(ピンチ)の時は助けを出す。十分な情報を確保したら、脱出を支援する。そして、万が一お前が裏切ったり、致命的な失態を犯しまた犯しそうになったりすれば────始末する。それが俺の任務だ」


 レンはシウの言葉聞き、ぶわっと髪の毛を逆立てた。両手を握りしめ、凄んだ。


「……じゃあ、俺が今ここで『イヤだ』って言ったらどうする。ここで殺すのかよ? 殺せるのか、お前に──」

「そうして欲しいなら殺してやる、恩知らずのクソガキめ。でなきゃ、永久に勘当だ。今すぐここから第三港区まで自力で帰って二度とマリネリスに近づくな。もしジャングルや俺たちの縄張りで姿を見かけたら、そのときは死んでもらうぞ」


 シウが答えるよりも先にドイルがレンの言葉に答えた。声こそ荒げていなかったが、鬼の形相で、額には青筋が浮かんでいた。 


「おいおい、冗談だろ? 命令に従わないならここで処刑する。腹いせにこっちの情報を洗いざらいガバメントにタレ込まれでもしたら困る」

「舌を抜けばいい。文字も書けぬよう両手の指も全部切り落とそう」

「お~ぅ。珍しくアンタの意見に賛成だ、アフマード先生。でもそこまでやるなら、殺しちまったほうが楽チンじゃねぇの?? 文字なら、ペンをしゃぶれば口でも書けるだろ??」

「──だそうだ。どうする、レン」


 ──行って、レン。


 レンはハッとした。それから顔を上げ、二人のゲリラ幹部を遠慮無く睨み付ける。酒を飲みながらヘラヘラと笑っているカミンスキーと、厳しい視線を真っ直ぐに浴びせてくるアフマードが対照的だった。


「お前が決めるんだ、レン。お前はいったい何のために生きているんだ?」


 珍しくシウが挑発的な口調で問いかけてくる。レンは、それがわざとだと見抜いていた。以前ならそう感じても自信が無かっただろうけれど、自分が密林の洞窟で蘇ったときのシウの顔を思い出すと、そこには確信しか存在しなかった。


「知ってんだろ、シウ。今の俺は、ニナを殺したあの医者をぶっ殺すためだけに生きてる」

「俺たちと一緒に連合を潰すんじゃなかったのか」

「知らねぇよ。医者を殺したら、あとはもう何だっていい。強いて言うなら、遠くにやっちまった弟たちと妹に会いに行かなきゃいけないくらいだ」

「そうか。だったら──」

「まだ死ねない。そして、どうせお前もまだ俺を殺せない──」


 そう吐き捨てるとレンはポケットの内側でポケベルに何かを素早く打ち込んだ。一斉送信──


「おい、レン! 貴様、何をした──」

「俺以外にも、まだ死にたくないヤツは沢山いるよ、ドイル。アンタだって、本当はハッタリなんて下らない理由で、例え一人でも自分の手下を無抵抗のまま犠牲にする性質(タチ)じゃない筈だ。だから、こっちも試させてもらう」


 ドイルが素早く自分のポケベルを確認する。


【@ALL-Pass_xxxx「ミンナニゲロ。テキガクル。ドイル、ウラギッタ」fromレン】


「これでもあんたがまだゲリラのボスでいられたら信用するし協力するよ、ドイル。タルシスのTVで見るニュースが楽しみだね」


 ドイルは「チッ」と舌打ちをしてポケベルを握りつぶすとショートのスパークが飛び散った。自分のポケベルを一瞥したカミンスキーはゆっくりと立ち上がり、肩を竦めながら誰に向けてでも無く二本指で節度の無い敬礼を飛ばし、個人携行型光学迷彩装置(クロークデバイス)を起動すると姿を眩ました。さらに、アフマードの方はみるみるうちに肌や服が青白くてノイズ混じりのホログラムへとデコードされ、もとよりその場に実体として存在せずとも姿を眩ました。ただ、その鋭い視線は最後までレンに向けられたままだった。レンとクリスは顔を見合わせた。


「シウ。レンが送信しよったメッセージで、事がどう運ぶかさらに予想が付きづらくなった。もし例の部隊から怪しまれるようだったら──」

「二人を始末します。二人がこちらの計画に協力する気が無いと判断したときも同様です」


 ドイル何も言わずに背を向け、VIPルームから立ち去る。続いてシウもこちらにはもう目もくれずさっさと行ってしまった。やがて、ナイトクラブのあちこちで爆発音や銃声が鳴り始めた。


 ──レンのポケベルが一通のメッセージの受信を知らせる。


【@レン「クスリ。ワタシノカバン。リズニハ、ゼッタイナイショ→ダイスキ」fromパム】

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