2-5 降り注ぐ死(デスフロムアバヴ)
「……なんだ?」
レンは微かに耳の奥が気味の悪い鼓動を打つような感覚を覚えた。良くないものが差し迫っていると本能的に感じ取り、身を低くして周囲に神経を張り巡らせた。
クリスもレンの様子を感じ取ったのか、レンへのアイコンタクトを試みた。レンはクリスの意見についてほんの少し考えて躊躇したが、やがて『俺は知らない』という何とも都合の良い顔をして、クリスが再び拳銃を手にするのを制止しなかった。
その時、レンのポケットで簡易通信機が振動して着信を知らせた。宇宙連合側の諜報活動から逃れるため、火星自由主義統一戦線が先進技術とアナログ技術を駆使して復活させた奇抜な通信手段だ。
【@レン「サッキノミタ?」fromリズ】
【@リズ「ナニガ?」fromレン】
【@レン「ナガレボシ! ヤバ☆キレイ☆☆」fromリズ】
レンは訝しげに空を見上げた。背の高いセコイア科の植物が邪魔して殆ど空は見えなかった。
【@リズ「ベツニメズラシクナイ」fromレン】
【@レン「テカイマドコ?? シコッテル???」fromリズ】
【@リズ「チガウ。シネ。ホリョニゲタ」fromレン】
【@レン「ヘナチョコ! ヨワヨワlololol」fromリズ】
レンは舌打ちをしてこれ以上返信するのをやめようかと思った。鹵獲品を運ぶため、メリッサたちの輸送車が着いたらしい。レンは仕方なくメリッサにも妙な胸騒ぎを共有しておいてやることにした。そのために、ポケベルに簡単な文章を打ち込んでからすぐポケットに仕舞い込んだ──
【@リズ「ナニカヘン。ヤナヨカン。キヲツケロ」fromレン】
「それ、無線機……? 仲間から? 何かあったの……?」
「いや、関係無い。お前もうどっか行けよ本当に」
胸でまだポケベルが何度か振動していた。とりあえず、レンは何とか目の前のお荷物を追い払って仲間のところへ戻ろうと説得を試みたが、相も変わらずクリスが泣きついて来るよりも前に事態は急展開を迎える────
ズドオオオオオンッ!!! …………ズドオオオオオン──ドオオオオオオンッ!!!!!!
バリバリバリバリッ!!! ゴゴゴゴゴゴゴゴ────!!!
レンは咄嗟に開けた場所を探して頭部を庇った。地面が揺れるほどの大爆発か、あるいは至近距離での爆発だったために平衡感覚が失われて転びそうになったが、持ち直した。レンは反射的に地震か噴火と勘違いしたが、すぐさまここが戦場であることを思い出し、爆撃か砲撃から逃れるための岩のような頑丈な遮蔽物か、あるいは塹壕の代わりになるような避難場所を探すために駆け出した。
「レン────!!?」
クリスが何かを叫びながらよろよろと必死に追従してくる。レンは彼女を鋭く睨み付けて蹴り飛ばした。
「お前!! 爆撃されるのを知ってて一人で逃げたのかよ!! 卑怯者!! 騙したな!?」
「ゲホッ……。ち、ちがう!? 私、何も知らない! 本当よ!?」
────ドカッッ!!!!
レンとクリスが遠くで吠えながら向かい合う真ん中に、地金色で武骨な鉄の塊が突き刺さる。マリネリスのような密林地帯に投下される対人クラスター爆弾には、背の高い植物に妨げられて爆撃の効果が損なわれないよう遅発設定の信管が使われていることが多い──
「伏せろ!!!」
ドッ──────
………………
永遠の耳鳴り。恐怖で動揺を隠せない荒い呼吸。鈍い心臓の鼓動で頭がいっぱいになっている。立っているのか、倒れているのか、一切分からなかった。口の中がジャリジャリと土まみれになっていたが、目眩のせいで気持ち悪くなって胃袋がひっくり返ったのか、何もかも吐き出したような感じがした。
あとは、煙たかった。昔、ナントカっていうロケットの会社が子どもの宇宙遊泳を訓練しているセンターで急性呼吸器障害になってしまい、母親に連れられて病院の美味しくない吸入剤を何日も吸い込んでいたころの記憶が蘇った。でも、すぐ幻のように消えて霞んでしまった。ずっとタルシスのストリートキッドとして暮らしてきたレンに、そんな記憶が存在するはずがなかった。
レンは、必死に何かを掴んで抱きしめようとしたのだと思う。こういうときいつも甘えていた誰かの、大切な名前を呼んでいた。とにかく怖くて不安な気持ちでいっぱいだった。相手が嫌がって逃げるのは分かっていたから、しっかりしがみついて捕まえた。でも、そこにいるのは絶対にレンの会いたい誰かでは無かった。もう、彼女に会うことは二度と出来ない。
…………『死んでしまった』と、思った瞬間何も聞こえなくなった。




