2-4 軌道戦術航空投入
【お知らせ】
文学フリマ東京40出店記念!3日連続5話分公開します!
5/11はぜひ東京ビッグサイト南1-4ホールはブース番号A-31まで!
【公開スケジュール】
5/9(金)夜
2-4 軌道戦術航空投入
5/10(土)朝・夜
2-5 降り注ぐ死(デスフロムアバヴ)
2-6 楽園
5/11(日)昼・夕
2-7 古傷
2-8 役割(ロール)
火星軌道上
宇宙連合軍 シューティングスター級軌道軽空母〝ペルセウス〟
《繰り返す! 本作戦は訓練にあらず! 対地航宙戦闘配備発令中!》
艦内に鳴り響くアラーム音よりも一際大きな音声が壁面スピーカーからバリバリと格納庫内を騒ぎ立てる。でっぷりとして角張った図体のF/A-150ステラファルコン軌道突入戦闘攻撃機の武装コンテナを近接航空支援用の爆装へと換装を急いでいた整備兵たちは全てのチェックを終えると蜘蛛の子を散らしたように機体の周囲から急いで離れた。誘導用ライトスティックを両手に携えたマーシャラーが大振りのジェスチャーでエレベーターを指し示す。
《メテオーラ航宙飛行隊、発艦準備急げ。本艦は既にマリネリス北西部への航空投入可能圏に到達した。発艦準備完了次第、直ちに航空管制指揮所へ報告せよ》
「メテオーラ・ワン、発艦準備完了。1番エレベーターへ移動中」
《コントロール了解。メテオーラ・ワン、そのまま3番軌道投入射出装置へ接続せよ》
「3番射出装置、了解。目標地点の補正データを要求する」
《了解。……投入目標地点の補正データを送信した。タルシス駐留空軍の高度偵察管制機によれば、火星防衛軍の地上部隊は既に壊滅状態だ。敵味方識別信号を当てにするな。ほとんど撃破された後か、あるいは鹵獲されている可能性が高い》
「歩兵のIFFは? MDFにも生体反応同期型が配備されているはずだ」
《MDFの個人携行型IFFには、正確な生存判定機能は無い。単純に、体温〝らしき〟温度感知と、内蔵ジャイロセンサーに動きがあれば信号を強く送信するだけの仕組みだ。つまり、ゲリラに死体が弄ばれていてもIFFは反応する》
パイロットのタッチパネルを操作する指先が一瞬何かを躊躇するが、すぐ出撃に必要な準備を再開した。武器システムの表示パネルは、爆弾用の各ハードポイントに対地ミサイルとクラスター爆弾が正常に装着されていることを示していた。
《メテオーラ隊、本部から厳命だ。昨今、火星の地上戦闘でMDFのみならず我が連合軍駐留部隊の被害も増大傾向にある。故に、火星ゲリラの手には一両たりとも戦闘車両を手渡すな。たとえそれが旧式の装甲兵員輸送車(APC)であってもだ。以上》
「嫌な仕事だ……。近場に軌道爆撃機か戦略砲艦がいれば俺たちが出向いて手を汚さずに済んだものの」
《……本作戦の目的はあくまで戦線離脱せんとするMDF地上部隊への近接航空支援である。タルシスの本部が火星政府の国防省から正規の手順で支援要請を受けたんだ。それを堂々とマリネリスの一画ごと焼き払うわけにはいかない》
〈ハハッ、手伝うのは連中の幽体離脱か? 偵察情報が確かなら、どうせジャイロ付きの死体しか転がっていないんだ。情報が確かなら、な?〉
メテオーラ隊隊長機と管制官の通信に陽気な口調で他のパイロットが割り込んでくる。管制官がおそらく長い溜息をついた直後の苛立った口調で警告をする。
《メテオーラ・ツー、通信に割り込むな。発艦準備急げ》
〈既に4番射出装置へ向かっている。問題ないか?〉
《……問題ない。4番から出撃せよ。ただし、あとで事故報告書を提出してもらう。勝手な真似をするな》
〈ああ、クソが! ついでに無断でナパームもぶら下げておいて正解だったよ! へへっ、管制誘導無視だけじゃ、書類の文字数不足を指摘されちまうからな〉
「聞いたか、三番機? ヤマキ少尉。マーカスのケツに続いて出撃したら、奴のハードポイントを確認しろ。指示書に無いコンテナがあったら命令違反で撃墜して構わない。隊長命令だ」
〈了解。撃墜します〉
〈待て待て! 冗談、冗談だって! 俺が内緒でぶら下げてきたのは、カーチャンのでっけぇ弁当箱だけだって! 本当だよ!〉
《メテオーラ隊、口を閉じて直ちにカタパルトへ向かえ! そうも無駄口が多いと、大気圏突入前に酸素が無くなるぞ!》
隊長機が軌道突入用の電磁カタパルトへのドッキングを完了する。二番機、三番機を乗せたエレベーターも閉鎖式航空甲板まで上がってきたところで庫内灯が赤色に変わった。全機がカタパルトへドックしたところで減圧シークエンスを知らせるブザーが鳴り響き、壁面の大型吸気ベントのあたりで行き場を無くした水分が凍り付く。やがて重厚なブラストゲートがゴゥンゴゥンと、見た目の割に控えめな振動伝搬音を運びながら開放され、メテオーラ隊パイロットたちの視界に〝夜側の惑星〟の気配を感じさせる。
〈夜間軌道爆撃任務じゃ、毎回思うんだ。行き先が煌めく星々で地上の楽園かと思いきや、これじゃまるで地獄に墜とされるみたいだってな〉
「……二人とも、マリネリスの地上戦を経験したことはあるか」
〈ありません〉
〈あるわけねぇ。アンタじゃねぇんだ〉
「決して油断をするな。あそこは……本当の地獄だ。誰も落ちるなよ」
《発艦!》
電磁カタパルトが作動する。青白い閃光とともにパイロットの身体がシートに押し付けられ、惑星の気配が急速に接近する。その間、極限まで音という概念が希薄な時間が存在し、そこでは呼吸器系の内臓が膨張収縮する音と機械的な酸素供給装置の駆動音だけが際立った。
ステラファルコンは双発のハイブリッドパルスジェットエンジンを装備した大気圏内用戦闘攻撃機で、宇宙空間を自力で飛び回る能力は無い。それを宇宙連合軍がわざわざ軌道上の空母に積み込んで運用している理由は、そもそもの機体設計思想が〝軌道戦術航空投入〟という特異な任務遂行に基づいているためだ。電磁カタパルトで僅かな時間差を置いて打ち出されたメテオーラ隊各機は、その速さを〝超音速〟という宇宙空間では陳腐化した言葉では表現することの難しい速度にまで達しており、誰かが軽口を叩く隙も無い間にマリネリスの遙か上空──火星の大気圏に突入していた。
「各機、状況報告」
〈ツー、全て問題なしだ。ケツがかゆい〉
〈メテオーラ・スリー、問題なし。アーマー表面温度2200ケルビンで低下中。その他計器正常。軌道突入角問題ありません〉
「了解。予定通り、高度5万フィートまでに大気圏内巡航へ移行する。保護アーマーとコンテナを投棄する前に僚機との位置確認を厳とせよ」
〈了解〉
〈了解だ〉
《……こちらペルセウス・コントロール。メテオーラ小隊……当艦……管制限界……離脱。当面の……支援……アームストロング基地……宇宙連合特殊航宙作戦群管制室……。以上…………》
《………こちらアームストロング・スペックコントロール。宇宙連合火星駐留空軍管制室のルーデル少佐だ。メテオーラ航宙飛行隊へ告ぐ。自由交戦許可。最新のデータを送信する。現在、その空域はお前たちだけのものだ。どうぞ》
〈こちらメテオーラ・ワン。宇宙連合第三海兵航空団サイゴウ大尉。自由交戦許可了解。データ更新に感謝する。どうぞ〉
《コントロール了解。幸運をメテオーラ隊。以上》
〈シビれるね。俺たちの空だとよ〉
マリネリス上空、高度5万5千フィート。レーダーとセンサーが示すものは、自機のきっちり水平三時方向で距離を取って降下する二機の僚機のみ。パイロットはしばし瞑想するように脱力して目を瞑り──微かな機体の振動の変化で目を覚ます。
「メテオーラ・ワン、軌道突入保護具投棄!」
ステラファルコンが、白黒ツートン色の殻を破り羽化した。殻からは、大気圏内での航空力学を極めたであろうものの、旧来からの戦闘機然とした美しいフォルムの機体が姿を現わす。そして、微睡みから目を覚ましたかのようにピッチを上げる。同時にハイブリッドパルスジェットエンジンが緊急点火して、先ほどまで静寂だった火星の空に爆音を轟かせる。
〈メテオーラ・スリー、現在高度2万8千フィート。対地熱源センサーが複数のアクティブな戦闘車両を捉えた。偵察情報との照合率92パーセント。……狙えます〉
〈注意! 対空戦車を確認。勿論、IFF上は味方だが……乗ってんのは間違いなく素人だ。はしゃぎやがって〉
パイロットは対地攻撃用のモニターを一瞥する。味方のAALT-366M対地対空両用軽戦車を識別。他のセンサーは、戦車が出鱈目な方向に射撃管制レーダーを照射しながらぐるぐると砲塔を旋回しているであろう様子を映し出していた。モニターの様子を視界で捉えたまま、武装コンソールを操作して対地誘導弾に攻撃座標を入力する。
「全機、攻撃開始。一番槍は俺がもらった。メテオーラ・ワン……対地誘導弾発射、対地誘導弾発射……!」
ステラファルコンのハードポイントから対地ミサイルが切り離され、この瞬間を待ちかねていたようにロケットモーターが火を噴く。ここから弾着まではそうかからない。マリネリスでささやかな勝利の宴を催すゲリラたちは、これから自分たちの頭上へ降り注ぐミサイルとクラスター爆弾の雨など知る由も無かった。




