2-1 悪夢(ナイトメア)
心地よい凪の音で目を覚ます。その場所はまるで常夏のような陽気に照らされた白い砂浜だった。それでいて、そよそよと冷たい風が吹いている。
「レン。来て」
波打ち際でニナが呼んでいる。どうせ水が怖くて一人じゃ海へ近づけないのだろう──と、レンは最初から期待していたように肩を竦めて彼女のところまで行った。
「大丈夫、怖くない。掴まって」
レンはこちらを振り向きもせず水平線を見つめたまま震えるニナの手をとった。まるで海の底のように冷たかった。ギラギラと照り付ける日差しは見せかけで、何も意味を成していないことに気が付いた。でもレンはそれ以上気にしないようにした。
「怖いよ。レン」
「大丈夫だ。俺が守るから」
ニナと一緒に波が届く場所までゆっくり歩いていった。くるぶしまで海水に浸かり、足の先がさらさらと砂の中に吸い込まれる。きっと『きゃあきゃあ』と騒いではしゃぐだろうと期待していたのに、ニナは何も言わずに海を見ていた。
「レン! 置いてくなよ!!」
マサムネが怒鳴った。レンは無視した。
「ニナねーちゃんを連れて行かないで!! 帰って来て!!」
リヒトが泣いている。レンは必死に無視した。
「レンの……うそつき……。どうして私たちを捨てたの……」
メイメイが両耳のすぐそばで囁いた。レンは強く歯ぎしりをしながら聞こえないふりをした。
──これでいい。分かってもらう必要なんてない。ただ俺は、お前らを守らなきゃいけなかった。絶対に、この戦いに巻き込むわけにはいかなかったんだ。……どうか。どうか、無事でいてほしい。レンは、半ば言い訳のようにそう願った。決して深く考えないようにした。
「レン。寂しがってる」
「分かってる。いいから」
レンはニナと目を合わせるのが怖かった。伏し目がちにチラチラと彼女の様子を伺った。ニナは灰色のパーカーを羽織ってフードを被っていた。だから、水着姿の下半身ばかりに目が行った。滅多に見れないニナの素足が濡れて、虹色の水滴がキラキラと白い毛先で輝いているのがとても綺麗だった。
「好きだ。ニナ」
「うん」
レンはニナを優しく抱きしめて、愛おしそうにキスをした。何も感じなかった。
「みんなでアジトに帰ろう」
「ううん。私はもう一緒には行けないよ」
「ダメだ。絶対に連れて帰る」
「レン。わがまま言わない」
「イヤだ!!!! みんなで一緒に帰るんだ!!」
そこからは一瞬の出来事だった。晴れ渡っていた青空が一瞬で濃灰色に包まれ、酸の嵐で肌がジワジワと焼け爛れる。やがて黒い高波が押し寄せて、泳げるはずの無いニナを深い海の底へ連れ去ってしまう。
「ニナ!!!!」
「レンたすけて。いやだ。しにたくないよ。レン……レン……!!」
黒くて汚染された海水がニナの肺を汚して水浸しにする。手の届かないところで苦しそうにもがきながらずっとこっちを見つめて泣いていた。どうにかして助けようとしたけれど、自分が溺れないようにするので精一杯だった。
「マサムネ。リヒト。メイメイ……?」
気が付いたときには遅かった。何もかも紅に染まった海辺にみんなの姿はもう無くて、ただそこには肉片の付いた眼帯だとかゴーグルだとか、千切れてしまったメイメイの手に握られた人形だとか。そういう無機質な有機物が、荒れ狂う海面を漂っているだけの不気味な景色がレンの目の前に広がっていた。
…………俺のせいだ。
俺が馬鹿で、弱くて、自分勝手で何も出来ないクズ以下の人間だったからみんなを守れなかったんだ。
くそ、くそ、クソッッッ!!!!




