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惑星降下猟兵3192~獣亜人と恋に落ちた少年の物語  作者: きぬごしさむえ
第二章 "Liberal Of The Mars" fighters
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2-2 ジャングル・ウォーフェア

「レン。レン……!」


 誰かが強く肩を揺すぶったおかげで、レンは帰ってきた。

 今まで彼が囚われていたのは、まるで地獄のような夢の世界。

 そして戦場(ここ)も、ただの地獄。


「しっかりしろ、レン。敵がすぐそこまで来ている」


 昼間とは打って変わり、夜のジャングルは冷涼だ。そして、おびただしい数の虫や数種類の夜鳥が鳴き声を奏でている。レンは目頭を擦って視界と意識のぼやけを鬱陶しがった。隣で火星ゲリラの青年シウがレンの様子を注意深く観察している。


「予定よりも早い。チェックポイントD(デルタ)に注意(フォーカス)。やれるか?」

「悪い、シウ……。大丈夫だ。俺がやる」


 ジャングルの高台で茂みに隠れながら横たわるゲリラ兵たちが静かに慌ただしく蠢き始める。銃器の薬室(チャンバー)に弾薬を装填(ロード)する金属音や、戦闘服とカラビナが擦れる音。あるいは使い捨て対戦車火器を組み立てる音がカチャカチャと鳴る。それは何らかの虫や動物が発する威嚇音のようにも聞こえた。

 やがていち早く敵の接近に気が付いたシウだけでなく、レンや他のゲリラたちも密林においては異質な存在といえる軍用車両のハイブリッドエンジンの存在を鼓膜で微かに捉えた。


「頼むぜ……。ご機嫌いかが……?」


 レンはそれほど期待をしない様子で.416口径の長距離狙撃銃(スナイパーライフル)に取り付けられた古めかしいデジタルスコープの電源を入れた。ピキューンという駆動音と同時に、接眼レンズにはかなりノイズがかかった数十倍率の暗視映像が映し出され、レンの目元をぼんやりと緑色に照らす。その光に、目覚めたばかりの眼球がズキズキと突き刺される。


「リッキーのケーブルテレビとどっちがマシかな」

「画質は兎も角、無駄口だらけの〝クソすべり〟ナレーションが無いだけ狙撃眼鏡(こっち)を見てる方がよほどマシだろ」


 レンは少しも考えずシウの呟きに答えた。シウは小さく鼻で笑った。レンはスコープの隅に投影されている数字やグラフを一通りチェックした。映像は相変わらずノイズが多かったが、その他の機能には意外と異常が無さそうだった。


「弾道コンピューターは?」

「問題ないと思う。でも一応、シウの方で教えてくれるか」

「ああ。重力場、1MGで安定。南東の風。大気汚染問題なし。風速────」


 観測手のシウが狙撃に必要な気候などの情報をレンに伝達する。それらを自動で観測してくれるデジタルスコープの弾道計算コンピューターは正常に作動していたようで、レンはスコープを覗き込んだままサムズアップしてシウに礼を述べた。


〈──パニッシャーから、ボブキャット小隊……応答せよ……〉

「こちらボブキャット。パニッシャーどうぞ」

〈────火星防衛軍(ガバメント)…輸送部隊(コンボイ)…チェックポイントB(ブラボー)へ到達……。情報通りの──[ザザザ]────だ……。作戦に変更──し……〉

「パニッシャー、再送されたい。作戦に変更無しでよろしいか──」

〈[ザザザザザ────ザザァッ!! ザ────ッ……]〉


 無線通信手のゲリラが古めかしい受話器を片耳に押し付け、眉間に皺を寄せながらノイズコンプレッサーのダイヤルを捻る。ここで聞き間違えたら多くが台無しになってしまう。


「……レン。顔色が悪いな。平気か?」

「いや……大丈夫……。てか、見えねぇだろ」

「見えるよ。心眼は闇夜の鮮血を嗅ぎ分ける……」


 レンはシウの小難しい表現が苦手だ。別に嫌いでムカつくという訳では無かったが、もっと何事も分りやすく言って欲しいと思っている。


〈──[ザザッ]──ボブキャット聞こえるか──作戦変更なし、変更なし──!〉

「変更無し、了解。ボブキャット戦闘準備完了(レディ・トゥ・ファイヤ)。オーバー」

〈──了解。タイミングは任せたぞ。自由万歳(フリーダム)!……パニッシャー、アウト〉

「……自由万歳(フリーダム)」


 誰もがハッキリと正確に聞き取った本隊からの無線に対し、通信手がそう呼応するとゲリラ兵たちは次々に「自由万歳」と大小呟いたので一応レンもそうした。火星の自由とか何というのは、今だレンにとってはあまり関心の無いことだった。


「…………見えた。目標、道なりに移動中。ツークリックス(※2キロメートル)まで接近」

「ちょっと待ってくれって。シウは目が良すぎるんだよ……。どこだ?」

「集中しろ、レン。お前はチェックポイントを監視していればいい」


 シウが肉眼で遠方を睨み付けるのをやめて、観測望遠鏡(スポッティング・スコープ)のダイヤルを繊細な手つきで操作する。レンは呼吸を整え、レティクルの向こう側だけに意識を集中させた。自信の無さとは裏腹に、やがて火星防衛軍の車列がはっきりと見えた。


「見えた」

「……ワンアンドハーフオブクリックス(※1.5キロメートル)。狙撃用意(レディ)」


 恐らく地質的な問題か何かでセコイアの群生が抜け落ちた奇襲用チェックポイント。敵はこちらの有効射程内まで十分に接近していた。レンは自信を持って『今撃てば当たる』と思った。レンはライフルの用心金(トリガーガード)に指を入れた。


「先頭車両、デルタを通過する──今。射撃可能(ファイヤ)、射撃可能(ファイヤ)……」

「フゥーッ………………。スッ──」


 シウが合図を始めてからほんの数秒後、レンが示指(トリガー・フィンガー)を引き絞る。ドフッという籠もった発砲音がして、車列先頭から二番目を走っていた火星防衛軍のトラックの前輪が小さな火を噴いた。そして、ゆっくりと傾きながら停車する。シウが「命中(ヒット)。車両停車(ビークル スタック)」と報告したところで、地面に寝そべっていたゲリラたちが急いで起き上がり、高台から二手に散開して車列へと向かう。ほぼ同時に、レンたちの高台とは反対側の茂みから迫撃砲(モーター)の照明弾が打ち上げられ、車列の後方で上がる爆炎とともに夜のジャングルを煌々と照らし上げる。


《──コンボイ・シックス被弾炎上!! ダメだ、完全に破壊された!!》

《接敵(コンタクト)! 接敵(コンタクト)! ゲリラの奇襲攻撃(アンブッシュ)だ!! 下車戦闘急げ! 後方が塞がれた! 前方に退路を確保しろ!!》

「援護射撃開始(カヴァリング ファイアー)!!」


──ババババババッ……! ドドド……パパパパパ……!


 まばらな銃声がすぐに絶え間ない連続音へと変化する。防衛軍の車両からは次々に軽歩兵が降車し、自動小銃であちらこちらへ弾幕を張りながら急いでジャングルへ身を隠した。天井のハッチを開けて援護射撃をする50口径ターレットの曳光弾がレンたちの眼下でまばらな光線を描いて密林に消え、たまに枝を折りながら口笛を吹くような音が頭上を掠めた。しかし、さして脅威にはならなかった。それでもレンは少し焦りを覚えた。


「まずいな」


 それよりもシウが気にしていたのは車列の先頭で護衛していた工兵戦闘車両だった。30mm機関砲の制圧射撃もほどほどに、どちらかといえばカタピラで路肩へ侵入し、レンの狙撃で前輪がパンクした状態では泥濘(ぬかる)んだジャングルの道路から離脱できないでいるトラックを押し避けようと必死に体当たりしているのが見えた。地面が泥濘んでいるので時間稼ぎにはなっていたものの、そう長くは持たない。


「シウ、次はマシンガンの兵士を潰そう」

「いや、先に後続のトラックの足を潰しておこう。一台目がそう長く持ちそうにない。まず運転手(ドライバー)を狙え。次に前輪を潰す」 

「了解……」


 レンはスコープのセンターを二台目のトラックのフロントガラスに合わせる。無防備にハンドルにかじり付いているだけの兵士が見えた。ノイズが酷かったので手動操作でフォーカスを調整したところ、先ほどまで壊れかけに思えたスコープの映像が劇的に改善する。運転手の表情までが鮮明に映し出されていた。レンは微かに息を飲んだ。


「……シウ。女だよ、二台目運転してるの」

「そうか。美人か?」


 レンは、声色を変えずに減らず口を叩くシウに少しだけ恐怖を覚えた。てっきり、彼も自分のように動揺して狙撃目標を変更するのでは無いかと期待していたからだ。美人かどうかだなんて気が気じゃなかったが『不細工では無い』とだけ感じた。そんなことよりも、レンは狙撃銃の薬室から鉄鋼榴弾を排莢することに集中していた。排莢と同時に排莢口から無炸薬の徹甲弾を装填する。


「何してる?」

「肩を撃つ」

「いや。頭を撃て。万が一仕留め損なったら、すぐ交代して逃げられてしまう」

「……いや。殺す必要まで無いよ。戦意喪失してるだろ」


 運転手の女性兵士はおそらくレンと同じ年代か少し年上に見えた。スコープの映像はそこまで鮮明では無かったが、しゃっくりを上げる彼女が顔を鼻水と涙塗(まみ)れでくしゃくしゃにして、死への恐怖に支配されていることは想像に難くなかった。無論、女はレンの知り合いでは無かったが、レンは彼女を見ているのが辛くてたまらなかった。


「血迷ったのか、レン? 今更何を慈善活動家みたいなことを言っているんだ?」

「タイヤを狙う。撃つぞ」

「お前は戦士だぞ! いいから先に女を撃て……! くそっ、間に合わない────」


 ついに工兵戦闘車に押し出され、足止めしていた一台目のトラックが路肩に横転して水しぶきを上げる。2台目のトラックは勢い良く発進したが、レンに代わってシウの放った鉄鋼榴弾が二発とも両側の前輪に命中し、そのまま前のめりに停車してしまう。トラックの運転席からは命拾いをした女が慌てて転がり出してくるのが見えた。そして彼女は尻餅をついたまま後続の車両に向かって何かを大声で叫んだ。彼女の指先は、レンとシウのいる高台を真っ直ぐ指し示していた────


「くそアイツ!!」

「退避(ムーヴ)! レン、急げ!!」


 レンとシウが急いで起き上がり、狙撃用のライフルや機材を置き去りにしたまま高台から避難する。

 ほんの十数秒後、二人のいた高台に40mm自動擲弾(グレネード)が十数発以上も着弾し、二人の頭上からは爆発で宙に巻き上げられた土砂がバラバラと降り注いできた。レンは唇を噛んだ。無意識に、敵を完全な格下と決めつけて馬鹿にした代償を悔やんだ。


「ライフルもスコープも全部お釈迦になった。俺たちの責任だ」

「またガバメントから奪えばいいだろ!? 無駄に皆殺しにする必要は無いんだ!」

「……後悔するぞ、レン。考え方を改めろ」


 ──結局、自由主義ゲリラによる防衛軍輸送物資強奪作戦は大成功を収めた。ゲリラ側に死傷者は発生せず、火星防衛軍の兵士数人が戦闘で死亡した。生き残った兵士たちは武器も何もかも放り出して広大なマリネリス密林へ敗走するか、ゲリラの捕虜となった。捕虜の何人かは、女性兵士だった。やがて、ゲリラたちの高笑いする声や祝砲の銃声の隙間から痛々しい悲鳴が聞こえ始めた。

 


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