1-EP 復讐 後編
やっと、カビ臭い地下空間から脱出した。重い鋼鉄製のハッチを開け放つと、眩しい太陽光が降り注ぐ。そして、地下では微かだった銃声や爆発音がより現実味のある騒音として、ハッキリと鼓膜と腹の底を揺さぶってくる。
レンは懐のピストルに手をかけたまま周囲を警戒し、コンテナ置き場を通り抜け、大通りまで辿り着く。路肩には何台か車が駐車していて、一台の黄色いキャブにだけは、運転手が乗っていた。
「どこまで? あたし好みのお客さん」
「家まで。俺の新しい家だ」
「ふぅん。それじゃあ、本当にあたしたちの仲間になるんだ?」
「まぁ、そういうことになるかな。だけど俺は────」
「まだ『人殺しじゃない』って言い張るつもり? 見なよ、あの煙。何人死んだと思う?」
空港の方で、何筋もの黒煙がもくもくと立ち上っているのが分かる。火星自由主義ゲリラと火星暫定政府側で、激しい戦闘が続いているようだ。
「どっかの誰かさんがVTOLをおびき出してくれたおかげで、火星自由主義戦士は死なずに済んだ。だけれど、代わりに火星と連合の兵隊が沢山死んだ。これからもっと多く死ぬ。なぶり殺しにされるよ?」
「……さっさと出せよ。検問が厳しくなるぞ」
「ワガママな客ね。お断りしちゃおうかしら」
「はやく!」
「はぁ。はいはい……」
運転手の少女が手慣れた様子でクラッチレバーを操作してキャブを走らせる。オートマチックモードならそんな必要も無いのに、わざわざマニュアルで運転するあたり、よほど車が好きなのだろう。
「可愛いおチビちゃんたちは? やっぱり捨てちゃったの?」
「 捨 て て な い 。 ……これ以上、あいつらを俺の勝手な戦いには絶対に巻き込めない。だから、信頼できる人に頼んだんだ。……これでよかったんだよ」
「よくもまぁ、自信たっぷりに言い切れるものね。典型的な自己中男の発想。あの子たちが本当にそれを望んでいると思う?」
「お前、うるさいぞ! 分かったような口利くんじゃねぇ……」
レンが少女からの容赦の無い批判に痺れを切らして声を荒げる。真っ直ぐ前を見て運転していた彼女が、一瞬だけバックミラー越しに鋭く睨み付けてくる。濃いアイシャドウ以上に深い闇が彼女の目元に浮かぶ。
「分かったような口利いてんのはアンタでしょ、レン。あなたに捨て子の気持ちが分かる? 大好きだった家族に裏切られて、自分が売り飛ばされたって知ったときの絶望を味わったことあるの?」
レンは、少女に反論も意見もしなかった。無論、レンは三人の家族を誰にも売り飛ばしてなどいない。そして、彼女の問いに対する答えとしては『ノー』だ。
……レンは知らない。自分の両親がどんな人物だったのか。どうして物心付いた頃には、自分がタルシスのストリート・キッドとして暮らしていたのかを。
しかし、レンにとって重要なのはそこではない。直感的に、彼女の問いかけに対して踏み入る資格が自分には無いと──そう判断したまでだった。
「あたしがあの子たちなら──今頃、泣き喚いてる。誰にでも無く、怒り狂ってる。あたしの何がいけなかっただろうって、自分のことを責めてる……。そして、いずれは────」
信号待ちをするキャブの前方で、ゲリラと連合軍海兵隊の遭遇戦が発生する。ゲリラ六名に対して、顔無しの海兵隊員はたったの二名だったが、瞬く間にゲリラたちが正確無比かつ効率的に射殺され──制圧される。
道路に座り込み、頸動脈から大量の血液を垂れ流すゲリラが、最後の力を振り絞り、憎悪に満ちた表情で拳銃を構える。しかし、すぐさま眉間へ数発の銃弾が撃ち込まれ、息絶える。
「──自分を捨てた奴が、憎くてたまらなくなる。アタシの人生、滅茶滅茶にしやがって。いつか絶対、この手で殺してやる────ってね」
目の前の銃撃戦に顔色一つ変えず、仲間の死を悲しむ様子も見せずに交差点を左折する少女。レンは、意図的に重く閉ざしていた口を静かに開く。
「俺の話が気に触ったんなら、悪かったよ。お互い、昔のことなんて何にも知らないんだ。だから、今はお前とどうこう言い争うつもりはねーけど……。ひとつだけ言わせてくれよ」
「何? いいよ、言ってみて」
「俺はいつか、マサムネ、リヒト、メイメイ……あいつら全員に会いに行くんだ。そこで、あいつらがまだ俺と一緒に暮らしたいって言ってくれるなら、必ず連れて帰る。たとえそれが宇宙の果てだって」
レンの言葉聞いた少女が「ははっ」と感情の抜けた乾いた笑いを吐き出す。
「そうね、みんな最初はそう思うはず。だけど、厄介払いをした後の生活の方が居心地良すぎて、昔の家族のことなんてどうでも良くなるんだ。誰も迎えになんか行かないよ。あなたも」
「いいや、俺は行く。迎えに行って、そこでまずはあいつらから一発ぶん殴ってもらう。二発でも三発でもいい。それでも気が済まなくて、あいつらの誰かが俺を本当に憎んでいて『殺してやる』と言うなら、俺は黙って殺されてやるよ。俺があいつらのことを騙して自分で勝手に決めたように、あいつらが決めたことなんだ。胸張って受け入れるしかねぇさ。全部終わった後でなら……」
レンは、キャブの窓から少し遠くに見えている第三港区の街並みをぼんやりと眺める。その様子をバックミラー越しにじっと見定めていた少女は、やがて黙って前方に視線を戻し、そこからも特に何も言わずハンドルを握り続けた。
「────なあ。最後に一カ所だけ寄り道してもいいか?」
「ダメに決まってるでしょ。もうじき幹線道路は封鎖される。分かってるくせに我が儘言わないで」
「だよな……。諦めるよ」
「ずいぶんあっさりね。女の子のとこじゃないの?」
「あ? …………何で」
「顔に書いてる。あたし、読み書きは苦手だけどそういうのは得意だから」
────唐突な深い悲しみがレンを襲う。ニナは、レンの表情を読むのが得意だった。後ろめたいことがあるときはいつになく付きまとって質問してくるし、本当に落ち込んでいるときはいつだって黙って傍に寄り添っていてくれた。何より、嬉しいことがあったときは、本当に心の底から笑い合い、一緒に喜びを分かち合える絆があった。
「忘れなよ。向こうだって、どうせすぐ忘れちゃうんだから」
「……忘れねぇよ。忘れられるワケがねぇ。ニナは、俺の全てだ。今でも……」
「………………ふぅん。その子、ニナっていうんだ。……幸せ者だったのね」
──幸せ? ニナが? ……そんなわけない。不幸だ。あの子は本当に可哀想な子だったんだ。
親に捨てられたのか、死に別れをしたのかなんて聞いたことも無かった。だけど、ニナは俺と出会うまでずっと独りぼっちだったんだ。絶対に、ずっと俺が助けて、守ってやらなきゃいけなかった筈なのに……。
なんで、どうして、なぜ? ……会いたいよ。ニナ──
「……ねぇレン。向こうに着いたら、色々やらなきゃいけないことがあるけれど──」
少女がバックミラー越しにしっかりとレンを見つめてくる。目元に薄ら涙を浮かべたレンは少女を視線で一瞥するが、すぐに車外の景色へと視線を戻し、一応話だけには耳を傾ける。
「あのさ。やっぱり、あたしとセックスしようよ。シャワー浴びたらヤラせてあげる」
「…………いらねぇよ。前にも言っただろ」
「ねぇ、なんで? ヤろうよ。その子のこと、忘れさせてあげるから」
「いらねぇって。約束したんだよ。俺はずっとあの子のことを愛し続けるって」
「それって、気持ちの問題でしょ? いいよ、あたしのこと好きにならなくても」
「そんなの…………よくないことだと思う」
「アハァァッ──!? なにそれ可愛すぎ! アンタの未使用チンチンと、どっちが可愛いかなぁ!?」
レンは後部座席から運転席のバックレストを強く蹴り飛ばす。それまでは、引き攣った表情で笑っていた少女だったが、今度は両目を見開いて本当に嬉しそうに「キャハハハハ!」と黄色くて狂気じみた笑い声を上げた。その後は、ニヤニヤと湿った引き笑いをし続ける。
「ま、今日から同じ家で暮らす家族なんだし。気が変わったら、いつでも誘って。あたしなんかでよければだけど、全部ナカに捨てさせたげるよ。レンが吐き出すべき何もかもをね……」
レンは、いつの間にか夕焼けに染まっていた火星の空をぼんやりと眺め続ける。この星で、この街で。ニナと、みんなと一緒に過ごしたのは、いったい何年くらいの間だったのだろうか。そして、ただ漠然とした執念と感情で、今日から自分が身を投じると決めたこの戦いは、どれほど長く続くというのだろうか──
人類が”宇宙連合”という明確な肩書きで太陽系の覇権掌握を宣言したのは、つい数百年前の出来事だ。しかしながら、彼らが今は息絶えたかのように冷たくも息吹く地球────母なる蒼い星に生を受け、闇に包まれた洞窟の奥底を炎で照らし、鋭い切っ先で歴史を刻み始めた頃から既に、太陽系は人類の独壇場となる運命にあった。彼らは、元から持っていた物をついに手に入れたと勘違いしているようなものだ。
覇権を手にしたヒトは、常に革新と過ちを繰り返してきた。数千年、数万年、数十万年──既に人々の記憶から完全に消え去ったものも含め、そうした血塗られた歴史によって、人類は種としての繁栄を続けている。豊かで平和な”星系統一国家”の確立と維持──ひいては、人類永久の栄光と繁栄を信念とする宇宙連合の躍進こそ、教科書通りにヒトの歴史を体現しているといっても過言ではない。
──宇宙西暦3191年10月の大規模空港襲撃テロ事件”アームストロング強襲”により、宇宙連合の傀儡と揶揄され、”惑星統一国家”の実現を目論む火星暫定政府は、『火星は完全に自由な人類の聖域──新楽園であるべきだ』と主張する火星自由主義統一戦線との全面武力衝突へと舵を切ることになる。これは戦争だ。人類という種を単一の国家としたい宇宙連合側が認めるはずもなかったが、人々は後にこの戦いを”第一次火星戦争”と表現した。
「レン。まずは戦士にならなきゃ。いつまでも坊やのまんまじゃ、何も守れやしないよ」
「…………分かってる。だから俺はゲリラになったんだ。強くなりたい。連合なんて、俺一人でぶっ壊せるくらいに」
「……気合いバッチリ。あとはカワ剥いて雄になれればカンペキなのに……」
「なんか言ったか」
「んーん? なんでもなぁい」
レンは知らない。
これがまだ、彼の物語のほんの序曲に過ぎないということを。
惑星降下猟兵3192~獣亜人と恋に落ちた少年の物語
第一部 「Street kids of Tharsis city」 完
作者きぬごしです!
第一部を最後まで読んで頂きありがとうございました。
ここで本作は一旦完結状態といたしますが、もちろん第二部以降も投稿予定です!
完成次第、連載中に戻します。(年内には出せたらいいな……
なお、第二部開始前に、本作の限定エピソードを収録した自費出版本をkindle(KDP)で出したいと考えています。よろしければ、そちらもどうぞよろしくお願いします!
更新情報などはTwitter(X)でお知らせいたしますので、第二部もお付き合いいただける方はぜひフォローして下さい @Samue_kinugoshi
小説家になろうのブクマ&コメントもお待ちしております!やる気スイッチ!!
それではまた!!




