1-EP 復讐 前編
────宇宙西暦3191年。タルシスシティの工業区画を一台の黒いワゴン車が猛速で走り抜ける。続いて一台、さらに一台の警察用高機動車が、甲高いサイレンを吹鳴しながらパトランプを点灯させ、ワゴン車を追跡する。
《エイカー3からエイカー1。容疑車両は東三条通りを宇宙港方面へ、時速70マイルで直進中。人質の安否は不明だ》
《エイカー1了解。エイカー1からエイカー司令室。空港警備の軍に連絡はいってるか?》
《エイカー1へ──現在防衛軍へ連絡中です。連合軍の部隊がいるらしいわ。共同対処の可能性あり。チャネルを9Xに変更して──》
《あー、エイカー3……。空港が見えてきたよ……キャシー。────なぁ、軍の連中へ、あの対戦車VTOLに街中でぶっ放させないよう先に言っておいてくれるか?》
「レン!! 連合軍の飛行機がもうこっちに来た! う、撃ってくるかもしれねーぞ!?」
マサムネが助手席の窓から身を乗り出し、片目で鋭くVTOLを睨み付ける。相変わらず忙しないが、二年前と比べてだいぶ背が伸び、声色もずいぶんと変わった。
「バカ!? 引っ込めって!! 顔がバレたらヤバイだろ!」
ハンドルを握るレンが、もう片手でマサムネを社内に引っ張り入れる。放っておくと、勝手にダッシュボードの自動拳銃を無駄撃ちするかもしれないので、あらかじめ取り上げておく。
《──チャネル9X、火星警察の法執行官宛て。こちらハニービー1。第21宇宙海兵遠征部隊所属のAVJ-28Dだ。アームストロング国際空港上空を警戒中だったが、犯罪鎮圧の協力要請を受諾した。現在、目標車両を完全に補足────》
《海兵隊さん、待ってくれ! こちらタルシス市警、エイカー3、容疑車両後方150メートルで追尾中のパトカーだ! 見えるか!?》
《──エイカー3、貴車を対空識別表示で視認した。問題無い。小型誘導ミサイルであれば、そちらまで被害は及ばない。現在の車間距離を維持せよ》
《違う、違う! これは児童誘拐事件だ! 車には子供が何人も乗っている! 絶対に発砲しないでくれ! 絶対に、だ!!》
「レン! ホーネットに狙われてるって!! そのピストル貸せよ!? はやく追い払わないと!!」
「ダメだ!! 俺らは、ただ逃げるんだよ!!」
「でも、このままじゃ────!!」
誰かが、後部座席からマサムネの肩を叩く。ヘッドレストの脇からは、以前とは違った可愛らしさの出て来たメイメイが顔を覗かせ、まるでマフィア映画に出てくる愛人のように色っぽく黒髪を耳に掛けながら、マサムネを諭す。
「安心しな? 撃てるもんか……こっちには、ムクなガキがたんまり乗ってんだ、へへ……」
「メ、メイメイ余裕あるよね……。ボク、チビリそう……。相手は、海兵隊のAVJ-28D攻撃機だよ……!? ミサイルか、チェーンガンで粉々にされる……っ!」
トレードマークだったゴーグルはどこへやってしまったのか。今は真面目なデザインの眼鏡をかけて、その”つる”で申し訳程度にクセっ毛を抑えたリヒトは、しっかりと胸のシートベルトを握りしめながら震えている。
さらに、リヒトとメイメイの後ろ側──ワゴン車のトランクスペースでは、彼らよりも幼い人間の子供たちが、小さな悲鳴を上げたり、すすり泣いたりしている。みんな粗末な洋服やボロを着て、すっかり痩せ細っている。
《……HQ、こちらハニービー1。交戦規定に更新はあるか?》
《──ハニービー1、こちらHQ。交戦規定に変更無し。必要な武器の使用は許可されている。不審車両を制限区域に近づけるな。以上》
《了解。エイカー3、こちらの任務に変更は無い。目標車両がさらに空港へ接近するようであれば……破壊する。距離を取れ。安全装置解除[電子音]》
《……なんてこった。この人でなしどもめ!》
────ガガガガガガガガガッ!!!!
VTOLが、レンたちの車からほんの十メートルも離れていない反対車線を25mm機関砲で掃射する。無炸薬砲弾が路面を抉り取る激しい騒音と震動が車内まで伝わる。さらに、弾け飛んだコンクリートの破片が防弾でも何でも無いワゴン車の車体をボコボコに凹ませる。
「レンッ!!!!」
「威嚇だ!! 黙って乗ってろマサムネェ!!」
レンは、しっかりと車線を維持してさらにアクセルを踏み込む。助手席でマサムネが癇癪を起こしているが、気にも留めない。
後部座席では、リヒトが唖然としてメイメイの様子を凝視する。メイメイは、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしながら──縮こまって、両手で下腹部を押さえている。
「メイメイ!? ま、まさか……撃たれたんじゃ──」
レンとマサムネが勢い良く振り返る。メイメイは真っ赤な顔をして、首を横にフリフリする。
「ち、ちがう────今のですごいチビっちゃった!? おパンツ台無し!!」
──────レンたちのワゴン車が、短い覆道のトンネルに隠れる。その一瞬を待っていた雑多で統一感の無い装備をした武装集団が、空港近くの倉庫から一斉に飛び出してくる。
「ヤるじゃん。坊やたち────」
「いつでも撃てるぞ!」
「──|後方安全確認完了《バック-ブラスト・クリア》! 撃て!」
「発射!!」
一人のゲリラが、相方の合図で肩に担いだ携帯型地対空ミサイルを撃ち放つ。ランチャーの後部から微かな白煙を吐いて飛び出したミサイルは、空中でほんの一瞬だけ静止する。姿勢制御用の小型スラスターが飛翔角度の調整を終えると、メイン・ブースターに点火してあとはもうほぼ一直線に上空のVTOLへ向かって飛び込んでいく。
《[レーダー警報音!!] ……何!? どこからだ!? メイデイ! メイデイ!! ハニービー1、低高度よりレーダー照射を受けている! 誰の────》
────オレンジ色の閃光と黒い爆煙。VTOLのジェットエンジン騒音があっという間に聞こえなくなり、代わりに少し遅れてドォォオン!という爆発音が一帯に響き渡る。
「イーーーーハァッ!! ──さあ! さっさと貨物ターミナルを制圧するよ!!」
軽機関銃のベルト弾薬をたすき掛けした勇ましい女性の合図を皮切りに、周囲の倉庫から続々と火星自由主義戦士たちが雄叫びを上げてに出撃する。歩兵だけでは無い。鹵獲した火星防衛軍の軽戦車や、骨董品レベルの歩兵戦闘車両まで隊列に参加し、アームストロング国際空港の制限区域ゲートをカタピラでグシャグシャに踏み潰して突破する────
〈こちら戦車隊フューリー! 外縁ゲートを突破した! 自由万歳!!〉
〈サーベルタイガー小隊、前進中! セキュリティー・ポストの兵士が逃げ出してる! ハハッ、腰抜けどもめ!!〉
〈防衛軍の兵士よりも連合の顔無し兵士を優先して狙え。奴らは命令されるまで決して逃げ出さない〉
〈連合のVTOLがさらに離陸する!! 対空射撃班、用意しろ!!〉
ゲリラが優勢な状態のまま、国際空港での大規模な戦闘が進行する。空港には火星防衛軍の警備部隊が駐留していたものの、敷地内に併設されるアームストロング空軍基地は建設途中のため、本格的な戦闘部隊はまだ配備されていなかったのだ。
近々、そんな警備が手薄の防衛軍基地予定地へ、宇宙連合製の軍用資材・物資が搬入されるという情報を察知したゲリラは、迅速に物資強奪作戦を計画し、実行へと移したのだった。
「──両手を見せろ!! 両手を出せ!!」
レンたちの車は、トンネル内で横転していた。片側のタイヤがパンクし、ついにバーストを起こしたのだ。タルシス市警のパトカーが二台、警察官が全部で三人──ワゴン車を取り囲んで銃を構え、じりじりと詰め寄りながら大声で投降を促す。
「たすけて!」
「うたないで!」
ワゴン車の後部ハッチから、怪我をした子供たちが咳き込んだり頭を押さえたりしながら、ぞろぞろと姿を現わす。警察官たちは銃を構えたまま、慌てて射線だけは彼らから外して呼びかける。
「両手を上げて! そのままこっちに! ──自分で歩けない子を手伝って!」
やがて、レン以外の全員が警察に保護される。後続の警察官たちや救急隊員が子供たちを手当てしている間──三人の浮浪児だけは、しっかりと口を閉ざし、ワゴン車の方を固唾をのむように見つめていた。
「──MPD!! 両手を見えるところに!!」
「──両手を出せ!! ……両手だ!」
ワゴン車の運転席に最も接近していた警官が、銃をホルスターに納め、後方から援護に回っていた同僚へ首を振って状況を報告する。報告を受けた同僚は、トンネルの天井を仰いでからホルスターへ銃を納める。
「…………エイカー3から司令室。横転した逃走車両内で少年一名が心肺停止状態。彼が容疑者か否かは不明だが……付近には点検用の側道があり、ドアは開いている。容疑者のいずれかは逃走中の可能性が高い。これより捜索するため、電波状況が悪くなるかもしれない。念のため録画中止して、ボディカメラを点検してから捜索する。オーバー」
《……了解。地上ではゲリラの攻撃も進行中だ。くれぐれも用心せよ。どうぞ》
「了解。エイカー3・アウト────」
「……………………十秒数えてスモークを張れ。煙が十分になったら、側道の四番ハッチから地上へ。黄色のキャブで、いつもの迎えが待ってる」
「……了解だ、おっちゃん。あいつらのこと、頼んだぜ?」
「ああ、任せておけ。お前も元気でな……。さあ、数えろ……!」
レンが、ジャンパーのポケットから取り出した発煙手榴弾のピンを抜く。普段は気さくな警官が難しい顔をして仲間たちのもとへ戻り、容疑者の捜索について作戦会議を始めたタイミングで、ワゴン車からはおびただしい量の白煙が立ち上る。
「──みんな下がれ! 下がれ、下がれ!! あの車からは、燃料電池の焦げる臭いがしていた!! 炎上するぞ!!」
「……ほんとうに燃えないよね?」
「しっ……! 黙ってろリヒト」
「……私もレンと一緒に雲隠れしたい。そんで、おパンツ替えたい」
マサムネ、リヒト、メイメイ。三人とも同じように考えていた──
明日の朝には、レンがアジトに帰ってくる。
どうせ腹ペコだろうから、サンドイッチでも作って待っていよう。




