#4 高速コーナー #再始動 プラグ
#再始動 その3 プラグ
アタシはゆるゆるとNSRをガレージに入れたんだけど…。
「ア、アレ?」
なんかパワーが出ていない。いつもの半分も出ていない感じだ。無茶な始動をしたからだろうか?
「どうした?なんかおかしいか?」
翔吾がアタシの怪訝な様子を見て声をかけた。アタシはエンジンをかけたまま、スタンドを下ろしてバイクを降りた。
エンジンの音を聞くと、いつもより音が小さい気がする。でもクラッチやギアから異音がするワケではない。ぐるりと後ろに回ると、違和感の正体が分かった。
「翔吾、コレ。」
アタシはマフラーの排気の異常に気づいた。
「ねぇ、右のマフラーから排気してなくない?」
どれどれと、翔吾が寄ってきてマフラーを見始めた。
「ホントだ。」
左のマフラーからはポポポポと白煙が出ているが、右のマフラーからは出ていない。手をかざすと左は排気の鼓動を手のひらに感じるが、右はシーンとしている。
「コレは…プラグかな?」
翔吾もあちこち見ながら調べていたが…。
「だなぁ…たぶん…?」
どうりでエンジンの掛かりも悪いワケだ。そういえばプラグは最近替えていなかった。
アタシはガレージを見渡した。昔はパーツとかが結構並んでいたけど、遺品整理の時にあらかた廃棄してしまった。残念ながら予備のプラグは無い。転倒に備えてレバーとかはあるけど。
「しょうがない。ショップに持って行こう。」
大丈夫かな。
「ここからそんなに遠くないから、すぐ行こうぜ。…ちょっと、見せたいものもあるしな。」
と、いうわけで翔吾がひいきにしているショップワタナベに行くことになった。家政婦さんの旦那さんのお店でもある。
NSRの片肺走行は馬力が半分どころか原付と大差ないんじゃないかと思うほど元気が無かった。やっぱり引き取りに来てもらった方がよかったかな?とか、考えているうちにショップに到着した。
「ナベさん、来たよ!」
「やぁ、翔吾くん、ちえりちゃん、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
ショップは思ったより近くで、平坦な道だったから、さして苦労せずにたどり着くことが出来た。
バイクを店の前に止めて店の中に入った。こじんまりとしたショップだけど、バイクやパーツが整然と並んでいる。古そうな建物だけど、きれいに掃除されている。信頼のおけそうなバイク屋さんぽい。
店長の渡辺さんがきさくに話しかけてくれる。アタシは走行会で会ったくらいだけど、覚えていてくれたんだ。翔吾がホレと促したから、アタシは店長さんに押しがけのこととか、片肺ぽいことを説明した。
どれどれと、店長さんはNSRを整備工場に入れると、エンジンをかけた。既に温まっていたから、キック一発で動き出した。でも、やっぱり右のマフラーからは排気していない。店長さんはなるほどと言うとエンジンを止めてカウルを外し始めた。
「うん、たぶんプラグだね。ちょっと交換してみようか。」
たかがスパークプラグ交換だが、フルカウルのNSRはカウルを外す手間がかかる。
「あ、アタシもやります!」
アタシも少し手伝ってカウルを外し、ようやくむき出しになったエンジンからプラグを外す。店長さんはプラグを見るとニッコリした。
「ああ、これだな。結構使い込んでるね。」
ホラって見せられたプラグは電極が黒くすすけているし、摩滅している様にも見えた。うう、だってバイク楽しいんだもん。なんて言っているうちにプラグ交換終了。
「じゃあ、エンジン掛けてみようか。ちえりちゃんお願い出来るかな?」
アタシはまだエンジンむき出しのNSRのキックペダルをえいっと踏み込んだ。
ボロロロンッ!
おお、一発でかかったよ。
ボロッボロッボロッ…。
死んでいたシリンダーが生き返った。アクセルを軽くあおる。
ビィン!ビィーン!
「やった!よかったぁ。」
NSRは元気を取り戻したみたいだ。アタシはバイクを降りてしゃがむとマフラーを確かめる。
ポポポポポポ…
沈黙していた右のマフラーからは排気煙が白く吐き出されている。手をかざすと規則正しい鼓動が手のひらに当たってくすぐったい。
「やっぱりプラグだったな。」
翔吾がバイクを挟んでしゃがみ込んだ。なんかドヤ顔してるけど、別にって感じ。
「じゃあ、反対側も替えておこうか?多分同じような状態じゃないかな。」
「あ、お願いします。」
アタシが二つ返事で承諾すると、店長さんが二気筒のもう一方もプラグを替えようと作業を始めた。
ハァ、プラグ交換くらいで済んでよかった。アタシは部品代と工賃をお支払いするとホッとした。思ったより安く、大分サービスしてくれたみたいだ。
NSRはカウルを外すから、それだけで工賃が跳ね上がる。レプリカ系バイクのエンジン周りは、軽量化とかマス集中化のためか入り組んでいて、タンクを外したりズラしたりしないとシリンダーにアクセス出来なかったりする。常にエンジンむき出しのネイキッドの様なワケにはいかないのだ。
安く修理してもらって、しかも待ってる間に美味しいコーヒーなんかも頂いちゃったりして…。なんかホッとした。
「大したことなくてよかったな。また勝負しようぜ。」
一息ついた翔吾が振ってきた。アタシはいつでもいい。って言うか、早く走りたかった。
「文化祭の発表もしなきゃならないんだよな?」
うぅ…。そっちは気が重い…。
「あぁ、何も考えずに走りたい…。」
翔吾はやれやれと言う様に首を振った。
「お前はレースをやりたいんだろう?だったら、もう少し考えなきゃダメだ。」
翔吾はコーヒーのおかわりをしようと、コーヒーポットを取った。自分のカップに注ぐと、アタシのカップを見た。いるか?と言う様にポットをかかげてる。アタシがコクリと頷くと、カップにおかわりを注いでくれた。
「ありがと。」
翔吾は少し考える風だったが、思い出した様に話し始めた。
「そういえば明日、筑波のライセンスを取りに行くぞ。」
え?聞いてないですけど。アタシがキョトンとしていると、翔吾がげっそりした顔をした。
「やっぱりスルーしやがったな。テスト期間中にメールを送ったんだよ。筑波の講習会に行くぞってな。」
メール?そういえばなんか来ていたような…。でもテストが手一杯で見ている余裕は無かった。アタシは慌ててメールを確認する。
「ホントだ…。」
アタシは埋もれてしまった翔吾のメールを見つけた。え、明日?
「どうせそんなこったろうと思って、申し込みはしておいた。親の承諾書も取っておいてやったぞ。」
え、なんですって?
「…でも、装備が…。」
その時、店長さんが何やら大きな宅配便の箱を持ってきた。
「はい、翔吾くん。届いてるよ。」
「お、ナイスタイミングだよ。ナベさん。」
翔吾はホレと顎でアタシに指図した。開けてみろって?
アタシはガサゴソと荷解きすると、中から出てきたのは、アタシが御殿場のショップで見つけた赤いレーシングスーツだった。十万円セット一式とフルフェイスヘルメットも入っている。
「翔吾、これ…。」
翔吾は思いっきりドヤ顔でニタリと笑っている。こういうところが気に食わないんだけど。
「アタシちゃんとお金払うよ。取っておいてくれたのは嬉しいけど。」
「まぁ、全部出してみろ。」
アタシは言われた通り、箱からスーツを取り出すと、なんだか文字やワッペンが貼ってある。『ショップワタナベ』?アレ?『はるみ屋』?え?『さくらんぼ』マーク?『Tatsumi RD』って?
「え、なに?」
翔吾を見るとドヤ顔で見下ろして、フフンて鼻息を吐いている。
「ちえりちゃん。話すのが最後になって悪かったんだけど、ショップとしてレース活動をすることにしたんだ。」
ナベさんこと渡辺店長さんが口を開いた。
「それで翔吾くんがライダーとして参加してくれるんだけど…。」
店長さんの話ではもう一人くらい誰かいないかと思っていたところ、走行会に来たアタシが翔吾をぶち抜いたのを見て興味を持ったらしい。
「で、はるみ屋にお話しに行ったところ、スポンサー契約を快諾してくれて、はるみ屋のワッペンとさくらんぼマークを貼り付けたというわけだ。」
途中から翔吾も説明に加わっていた。
「え…。でもアタシ…こんなして貰っても何も返せないよ?」
父さんがアタシに好きなことをやらせてくれるのと、家族でもない翔吾や店長さんがアタシのレース参加にお金や時間を割いてくれるのとは全然違うと思った。なんか申し訳ないっていうか、なんていうか…。
「おい、ちえり。チャンスだぞ!乗っかれ。レースしたいんだろう?」
翔吾がためらっていたアタシを見かねて話しかけた。
「レースは自分一人じゃできないんだよ。ライダー、メカニック、ヘルパー、スポンサー、他にもいろんなステークホルダーがいるんだ。」
ステ…?ってなに?翔吾はアタシのハテナマークを読み取ったようでイラッとしたみたいだけど…。
「とにかく、もうスポンサーの出資があるんだ。お前、恵まれてるんだぞ。」
う~ん。まだモヤモヤする。
「アタシだけが、何もしてないのがなんか嫌。」
翔吾はふぅんと言う。
「じゃあ…カラダで返してくれればいい。」
え?
「…翔吾くん?」
店長さんもビックリして翔吾を見た。
「ん?オレなんか変なこと言ったか?カラダを張ってレースで勝てって言ってるんだぞ。…おい、ちえり。なに赤くなってんだよ。」
そ…そういう意味ですか…。
「…ははは。」
店長さんも苦笑いしている。翔吾はたまにとんでもないことを平気で言うよね。
でもなあ…。このモヤモヤを晴らすにはアタシも何か背負わないといけない気がする。そうだ。
「じゃあ、アタシも出資する。」
店長さんがホホウと言ってアタシを見た。翔吾も面白そうな顔をする。
アタシは父さんがいなくなってから、全部自分でやらなくちゃいけないと思ってたんだ。でも翔吾の言う通り、レースに出るためにはたくさんのお金や人手が必要で、そんなのアタシ一人で何とかなるもんじゃない。たくさんの人に支援してもらわなきゃいけない。でも、アタシは無名のバイク乗りだし、自腹を切ってサーキットに乗り込むつもりだったから、何の実績もないのに差し出された支援の手を素直に受け取れないんだよ。と、いうようなことをアタシは考えながら、つっかえながら話した。
「だから、お金にはキレイでいたいと?偽善だな。でも、自分でもリスクを取ろうって姿勢は悪くない。」
翔吾はそう言うと右手を差し出した。
「ようこそ、『Dragon Fund』へ。お前も共同出資者の仲間入りだ。」
『Dragon Fund』ってなに?アタシが反射的に握ろうとした右手が途中で止まった。
「ねぇ、怪しい団体さんとかじゃないよね?」
ヒクリと引きつった翔吾は、その後長々と説明をしていたが、アタシはほとんど聞いていなかった。だって眠くなるんだもん。
店長さんがいろんな書類を持ってきて名前とか書かされて、母さんにもよく読んでサインをもらってきてって、封筒を渡された時にはとっぷりと日が暮れていた。




