#4 高速コーナー #再始動 坂道
#再始動 その2 坂道
ボボボボボ…。
しばらくするとマグザムの排気音がした。
「よう。」「ワン!」
翔吾がやって来た。犬のサクラも一緒だ。
「…うん。悪かったね。ありがとう。」
翔吾は『いいって事よ』って言うみたいにパタパタと手を振ると、早速NSRを見始めた。まずはユサユサと車体を軽く前後に揺すりながら、カチャカチャとギアペダルを操作する。
カッチャン。
ニュートラルになかなか入らなかったギアが、軽い音を立てて入った。これでタイヤを引きずらずにバイクを動かせる。
「あぁ、そうだね。アタシったらパニクってて考えられなかったよ。」
翔吾はチラッとアタシを見ると、フフンと鼻を鳴らした。
「そんなでよくレースに出たいなんて言えるな。転倒してコース上でマシンを動かせなきゃ即リタイアだぞ?」
くっそー。そんなの分かってる。一人で何でもやれるなんて思ってないけど…。なんか悔しい。
カラカラ。シャリシャリ。
とりあえず、動かせるようになったNSRを裏道からガレージに運び込む。
「普通はエンジン掛けて暖気すると、上手く剥がれるんだけどな。」
あちこち見ながら、アタシがやった様にキックペダルでエンジンをかけようとする。
「ダメだ。参ったな。」
一通り試した後で、翔吾がドッカリと座り込んだ。
「お茶どうぞ。」
アタシは頑張ってくれている翔吾にお茶を入れてきた。
「ん、ワリいな。」
アタシはペッタリ伏せているサクラの横にしゃがむとサクラのアタマをワシャワシャした。サクラはアタシをチラッと見ると気持ち良さげに目を閉じた。
「アッチい!…おい、このお茶熱すぎるって。」
なんだ、猫舌なんだ。
「日本茶は熱々だって決まってるでしょ?」
翔吾はふぅふぅ言いながら、チビチビとお茶をすすっていた。
「ご馳走様。」
翔吾はお茶を飲み終わると、ガレージから外を見ていた。
「よし、荒療治だ。これでダメならショップに持って行こう。」
え?何すんの?
「心配するな。坂道を使った押しがけをするだけのことだ。」
裏通りの反対側は少し山になってる。高さはないけど、そこを直線的に登る坂道がある。中学生の時はこの坂を登って山の上の学校まで通ったものだ。結構勾配のキツい坂道で、遅刻しそうな時に駆け上がると、むっちゃ息が切れるんだよ。
「え、あの坂をNSRを押して上がるの?」
翔吾はもう一度坂道を見上げるが、決心は変わらないらしい。
「じゃあ、やるぞ。」
カタン。
翔吾はスタンドを上げると坂道に向けて押し始めた。
「え、え?アタシは?」
一人であの坂は登れないよ。
「後ろから押せ。俺がブレーキで転がり落ちないようにする。けど、もしバイクが止まらなくなったら、潰されないように逃げろ。後はハンドルを握ってる俺がなんとかする。」
うわぁ、怖いんですけど。
「大丈夫なの?」
翔吾はニカッと笑った。
「大丈夫だろう。最後には逃げるからな!」
「ちょっと!アタシのバイクだよね?」
そんなアタシの言葉は意に介さず、翔吾は近づいてくる坂道を見上げる。
「う~ん。思ったよりキツそうだな。」
だから言ってんじゃん!
「よし、ココから助走をつけるぞ。ちえり!押せ!」
ちょっと待ってよ!
「ワン!」
え、サクラもついてきたの?
え~い!もうどうにでもなれ!
アタシは走り始めた翔吾に合わせて、NSRを押し始めた。
カラカラカラ…。
チェーンとスプロケットの回る音が軽やかに響く。
「よーし!ココから坂道だ!死んでも止まるな。押しまくれ!」
さっきと言ってることが全然違~う!
ガタンガタン!
坂道の入口で道を横切っている排水溝が微妙な段差になっていた。NSRは軽く跳ねるけど、アタシと翔吾はもう止まらない。
グググッとバイクの重量が押している手にかかり始める。軽いと言われるNSR250だが、140キロ位はある。慣性で転がっていたタイヤが徐々に遅くなっていく。
助走の効果が切れると、アタシと翔吾は必死に足を進めた。坂道は中程を越えた辺りで、一番勾配がキツくなっている。進む速度は歩く位の速さだけど、押し上げる腕に掛かる重量はハンパない。
「ぬおーっ!」
翔吾が叫んだ。ハンドルを押す腕はブルブルと震え始めている。
「翔吾、大丈夫?きつかったら、一旦止めよ。」
アタシも限界だ。一瞬の弱気が押す力に現れたのだろうか。ノロノロと進むNSRが止まりそうになった。
「止まるな!押せ!」
アタシはハッとしてもう一度全力で押し始めた。ゆるゆると進むNSRはもう少しで急勾配の地点を通過しそうだ。
「ここで止まるな!二度と動けなくなる!もう一度坂の下から駆け上がるのは無理だ。何としても、今駆け上がれ!」
そうだよ。今しかないんだ!
アタシはそろそろ限界のきた腕を徐々に畳んで、NSRのテールに肩を付けた。もう逃げられない。逃げるつもりもない。一生懸命押した。
つまづいたらNSRに潰される。それもまた運命?でも慎重に全力で一歩を踏み出す。
何歩進んだ?まだまだ勾配はキツい。肩で押し始めてから、アタシは反対側を向いてしまって、翔吾の姿を確認出来ない。荒い呼吸の音と、たまに毒づくセリフが翔吾の存在を確認出来るすべてだった。
カタン。
乾いた音がして、サイドスタンドが蹴り出される。
ギッ。
サスペンションが軋んで、NSRがスタンドに車体を預けた。
ハァハァハァ…。終わった。
坂道の頂上で翔吾もアタシも力尽きて、路肩に寄せて止めたNSRの横で、二人してヘタり込んでいた。
「ああ、キッツー!」
息を継ぎながら、翔吾がボヤいた。
「よく登ったよ。アタシじゃ登ろうとも思わなかった。」
翔吾は息を整えながらNSRを見ていたが、しばらくすると立ち上がった。
「え、なに?」
翔吾は呆れたようにアタシを見下ろした。
「なに!じゃねえ。ここからが本番だろうが。」
いや、わかってるけど。アタシは体を起こすと、ガクガクする膝をなだめて立ち上がった。
「ここからはお前の仕事だ。しくじるなよ。」
まぁ、なんとかする。
「うん。」
アタシをコクリと頷くと、坂道を下るべく、NSRの向きを変えた。
「俺も後ろに乗ってリアの荷重を増やすか?」
それは願い下げだな。
「え、大丈夫だって…。」
翔吾はニヤリ笑う。
「そうだな。ちえりの体重なら十分だろう。」
うるさいな。そんなに重くないっての。
とはいえ、坂道でしっかり後輪に荷重してちゃんとエンジンをかけないと、登ってきた苦労が報われない。
アタシはNSRにまたがるとスタンドをあげた。そして、たった今全力で登ってきた坂道を下り始める。
カラカラカラ…。
NSRは空走を始め、すぐに押しがけには十分な速度に達する。
「ちえり!今だ!」
翔吾に言われるまでもない。アタシは体重を後輪に預け、腕は急停止に備えた。
カッチャン、とギアを二速に入れる。一瞬リアタイがキュッと音を立てて止まり、ぐうっと制動がかかったマシンは止まりそうになる。ガシッと握ったハンドルにかかりそうな体重はニーグリップした膝で吸収する。しかしここは坂道で、NSRは140キロの自重によって坂の下へと引き摺られ、ガクガクと動き続けた。
ガクガク…スコスコココ…ボフッ、ボボボ…。
やった!マフラーから白い排気ガスが出始める。クラッチレバーを握ると、クラッチが切れた!
ボボボ…べべべべ…ビビビィーン!
アクセルを軽くあおって、エンジンの吹けを確認する。
やった!やった!エンジンがかかった!クラッチもちゃんと切れるようになった!アタシは坂道を降りきるとNSRを路肩に停めた。
振り返って見ると、翔吾がブラブラと坂道を歩いて降りてきた。
「やったよ!翔吾!ありがとう!」
アタシは嬉しくて嬉しくて、ちょーハッピーだった。
「よかったな。俺のTZRはクラッチとギアボックスがお釈迦になっちまったんだよ。上手くいってよかった。」
え、悪い前列があったの?
「あんたねぇ アタシのは父さんの形見なのよ!」
翔吾は幾分ムッとする。
「いや、俺のだって兄貴から譲ってもらったバイクだから、さすがにちょっと泣けたぜ?」
「翔吾って兄弟がいたの?」
「あー…まあ義理の兄貴ってやつだ。」
それ以上はまた重そうな話になりそうだったから追求はしなかった。気にはなるけどね。




