#4 高速コーナー #卒業
#卒業
かなりモヤモヤしたバレンタインが過ぎると、学年末のイベントが目白押しだ。
アタシが去年胃を痛めながら頑張った県立高校の入学試験。今年は春男くんが頑張っているはずだ。願わくばアタシのあげたチョコピザがチカラになりますように。願わくばアタシのチョコでお腹を壊しませんように。
そして今年は胃を痛めながらの、学年末テストが続く。今回も先輩、友達総動員でサポートしてもらった。夏子は受験の終わった春男くんに高校生として教えることがあるとかで、テストが始まってからもあまり顔を合わせなかった。何を教えるつもりなんだろう。
やっとこ学年末テストが終わったら、春男くんから連絡が来た。どうやら合格したらしい。春男くんにはIDを教えてなかったけど、夏子が教えたようだ。きっと部活も自二研に入るだろうから、まぁいいかな?
そして、卒業式の日がやってきた。卒業式が終わった後の正門の近くでは、卒業生と名残りを惜しむ後輩や、卒業生同士で肩を抱き合って再会を誓う生徒達で賑わっていた。工業高校なので男子がほとんどだ。たまに目を潤ませている男の子もいるけど、ほとんどの卒業生は晴れ晴れとした顔をして正門から巣立って行く。
そんな賑わいからはちょっと離れた場所で、卒業証書を持った御厨先輩が吉野先輩と話している。ああ、もう学校で御厨先輩と会うことはないんだな。ちょっとしんみりする。
「ちえり、泣いてもいいんだよ。」
いつからそこに居たのか、夏子が横に立っていた。しかもハンカチまで差し出してる。
「泣かないもん。アタシを振った男のためになんか。」
夏子がふふっと笑う。いつもの夏子だ。そっちの方が嬉しくて、涙が出そう。
「でも、お世話になったよね。」
ホントだよ!夏子にはお世話になりっ放しだよ。ああ視界が滲んできた。もうだめだ!
「夏子ぉ~。」
アタシは夏子に抱きついてしまった。でも、今しかないと思って、夏子の肩を抱きしめていた腕を伸ばした。そして、夏子の目を覗き込んだ。
「な、なになに?」
今度は夏子が頬を染めてドギマギしている。
「…あのね?…アタシ、夏子に言わないといけないの。」
夏子はふっと冷静さを取り戻すと、アタシの腕に手を添えた。
「…知ってる。天崎先生がはるみ屋の常連さんだって。」
ええっ!
「知ってたの?」
でも姉さんが先生にチョコあげたことは知らないよね。
「あ、ほら先輩が呼んでるよ。」
夏子が指差した先では、御厨先輩と吉野先輩がおいでおいでしている。もうヤダなこんな顔してる時に。
アタシは夏子に引っ張られて先輩達の前に立った。
「おやぁ?晴海、泣いているのかい?」
彼女の余裕からか、吉野先輩に涙はない。一応吉野先輩が留学するまでの期限付きカップルのはずだけど、本当に留学するのだろうか?
「違います!これは先輩のせいじゃありません!」
御厨先輩がちょっと心配そうにアタシを見た。
「御厨先輩!三年間お疲れ様でした。一年間お世話になりました。」
夏子も一緒に挨拶した。
「自二研はアタシに任せて下さい。きっと立派な研究会にしてみせます。」
吉野先輩がピクリと眉を上げた。
「ちょっと晴海。まだ私がいるでしょう?」
ふんだ。
「失礼しました。ちょっと先走りました。」
一応謝ったんだけど、吉野先輩がアタシのことをジトリと睨む。
「おい、二人とも仲良くやってくれ。先行き凄い心配なんだけど。」
御厨先輩は気が気じゃないみたいだ。吉野先輩はフフンと鼻を鳴らすと、御厨先輩に向かって話しかけた。
「悟、春休みは毎日遊ぼうね。入学式まで暇でしょう?」
「あぁ、まあな。」
御厨先輩がまんざらでもなさそうなのが、めっちゃ悔しい。
「あれ?先輩、研究論文はどうするんですか?」
夏子が詰め寄った。そう言えば春休みは天崎先生と三人で文化祭のための研究論文を書くことになっていたはずだ。
「あぁ、私の草稿は天崎先生に渡しておいたから、佐藤さんは先生と二人でよろしくしてもらえないかな?」
もう論文を書き上げたの?相変わらず仕事の速い先輩だな。と感心するとともに、それはちょっとヒドくないかい?とアタシは思ったんだけど…。夏子を見ると、なんだか赤くなってアセアセしている。
「…え、二人っきりで…よろしく?…どうしよう。何を着て行けばいいのかな?ちえり?」
はぁ…なんだかもう、どうでも良くなってきた。
「お~い。自二研でスナップ撮りませんか?」
しばらく話していたら、鈴木さんと関山くんと翔吾がやってきた。これで自二研メンバーは勢揃いだ。
「俺は御厨先輩とは入れ替わりだけど、先輩は先輩だからな。」
何故か翔吾が言い訳がましく、アタシにコソコソ言う。
「それに石田先輩がうるさいんだよ。『御厨に挨拶行って来い。』って。」
アタシもさっき自動車部二輪班の卒業生に挨拶してきたけど、結構泣いている後輩が多かった。石田先輩の代はかなり慕われていたみたいだ。
そんな様子を見ていたのか、御厨先輩が翔吾に声を掛けた。
「よう、辰巳。部活じゃ入れ替わりだったけど、石田からお前の話は聞いてる。」
アタシと翔吾は先輩の方に向き直った。
「自二研と二輪班って、活動は別々にやってるし、体育祭では部費の取り分を争う仲だけど、バイクが好きな気持ちは一緒だからな。俺と石田やお前と晴海みたいな架け橋があると、ちょっとしたことで相談したり協力したり出来るんだよ。」
ああ、そうかもしれないな。アタシはウンウンとうなづいた。
「お前達みたいなカップルがいると、そういう連携が上手くいくと思うんだ。」
ウンウ…ん?御厨先輩、今カップルって言った?アタシは縦に振った首を慌ててブンブンと横に振った。
「ち、違います!カップルじゃないです!」
グキッ。
「アイタッ!」
しまった…。ビックリして急に首の角度を変えたから、ちょっと捻ってしまった。…ヤバい!なんか首が曲がって正面に向けない!
「随分とヤワな首だな。ホントに武道家なのか?」
翔吾がプププと笑う。
「それじゃあ、撮りましょうか?撮ってくれる人が居たんで、全員入れますよ。」
関山くんが近くにいたクラスメートを捕まえてきた。
「え、ちょっと待って…。」
首が曲がってるんだってば!そんなことは誰も気にせず、代表して御厨先輩のスマホを使って撮ることになった。
「はい、並んで下さ~い。あれ?晴海さん、どっち向いてんの?」
うるさい!
「この後、用事あるんで。ちゃっちゃっと撮っちゃってください。」
吉野先輩がアタシを見ながら、嬉しそうに言う。
「…もう、適当に撮って…。」
アタシはヤケになって変なポーズをしたり、変顔したりして何枚か撮ってもらった。その時、一瞬御厨先輩と目が合って離れた。今さらなのになんだか顔が火照ってしまう。
「はぁい。終わりで~す。お疲れ様でしたぁ。」
スナップを撮ってくれたクラスメートがスマホを御厨先輩に返して、卒業記念撮影は終了した。
「じゃあ、みんなに送るから。」
御厨先輩が画像をアップしている間に夏子がアタシをツンツンつついた。なにって振り向いたら…。
グキッ。
痛い!…アレ?逆に治った?なんだか首が普通に回るようになった。う~む、なんか作為的なものを感じるな…。
「ねぇ、ちえり。最後に一曲くらい演らないの?」
夏子はそう言うけど…。えー、ちょっと恥ずかしいでしょ…。
「お?なんかやる気か?よし。ち・え・り!ち・え・り!」
翔吾が調子に乗ってはやし立てる。
「え、ちょっと…やめてってば!」
近くにいたクラスメートまで、『ちえり』コールを始めた。
「…やめてぇ…。」
というアタシの声など、もう誰にも聞こえない。グッスン。
アタシは仕方なくポケットからハーモニカを取り出した。
「オオー!」
周りの皆さんが歓声を上げるけど…。すみません、そんなに期待されても…。
アタシは観念して息を整えた。そして、片手で握ったハーモニカにもう一方の手を柔らかく添え、そっと唇に当てた。吹き始めは限りなくゆっくりとした息吹をハーモニカに注いでいった。やがて息吹は音となり、アタシの心が鳴り渡ってゆく。
優しい音色は今年の流行りの卒業ソング。アタシが先輩に贈る気持ちを込めて、奏でるメロディは切ない別れのよう。響くハーモニーにビブラートを加えて、辺りを哀愁の色に染めて上げてゆく。気付けば誰かが口ずさみ、ハミングや囁きのような、つぶやくような微かな声が重なってゆく。誰かがクスンと鼻を鳴らした。誰かが頬のしずくを拭った。吉野先輩も目が潤んでいる。御厨先輩が吉野先輩の手をそっと握るのが見えた。アタシが目を閉じると、一筋頬を伝うものを感じた。
アタシがハーモニカを吹き終えると、静けさで耳がごうごうと鳴っているみたいだった。誰かがパチパチと拍手を始めた。みんな照れくさそうな顔をしている。アタシはぺこりとアタマを下げてハーモニカをしまった。
「染みるなぁ…。」
翔吾が鼻を真っ赤にして、グスグス言っている。
「晴海、ありがとうな。いい思い出になったよ。」
御厨先輩は目が少しだけ赤かった。
ピロリン。ブブブ…。
アタシやみんなのスマホが鳴ったり、震えたりしていた。御厨先輩がアップしたスナップのお知らせに違いない。アタシがスマホを見ると、やっぱりそうだった。
うわ…恥ずかし過ぎる。アタシは思った通り、いや思った以上に変な人になって写っていた。
スナップをみんなで見た後、アタシ達はバラバラと解散して家路についた。
「アレ?メッセが来てる。」
帰り道、御厨先輩からメッセが来ていた。
『美香が怒るような気がするから、晴海だけに送る。新しい部長を助けてやってくれ。』
添付画像は笑顔の部員の中でアタシと御厨先輩が見つめ合っている一枚だった。アタシが首を傾げて、御厨先輩と目配せをしているようにも見えるのだ。アタシはこの絵を見つけて焦る御厨先輩を想像してクスリと笑った。この画像はアタシの初恋の思い出だ。今日でアタシも御厨先輩から卒業するんだ。
暖かい春がもう始まっている。顔を上げると、通学路に並んだ桜のつぼみが膨らみ始めているように見えた。アタシは少し足を速めて先を急いだ。バイクの封印もきっと解けるだろう。新しい季節に期待して胸が高鳴り始め、気持ちが加速していくのを感じる。アタシは心のアクセルを開き、ひとつのコーナーを駆け抜けていく。




