#4 高速コーナー #ビターチョコレートデイ
#ビターチョコレートデイ
二月に入った。
アタシのバイク封印期間も二ヶ月になろうとしている。フラストレーション溜まりまくりだ。
「…ふあぁ~あぅあぅ…。」
アタシは我慢出来ずにアクビをした。
「ソコ!真面目に考えなさいよ?」
今日は二輪女子会の活動日だ。今日は来年のゴールデンウィークに開催される発表内容の相談だ。
吉野先輩は元気。このお肌の乾燥する時期になんだか色ツヤがいい。恋は女子の健康にイイのかな?
アタシが眠いのはバイトが忙しいからだ。反則金も払ったし、十万円セットは買いそびれたし、落ち込んでいても仕方ないからと、アタシはバイトに打ち込んでいた。免許証も取り上げられたから配達は無し。専らピザを焼いている。お陰でピザ焼き係の中では吉野先輩に続く二番手の作り手になった。微量だけど時給もアップした。
いつかは解除されるだろうバイク封印期間に向けて、前向きに努力しています。ハイ。
今日は吉野先輩、夏子、鈴木さん、アタシの女子のみ、本当に女子会だ。引退した御厨先輩はめったに来ない。翔吾は本業の男子部。関山くんは原付バイク購入のためのバイトだ。
毎年文化祭準備がギリギリになるから、今年は早めに準備しろって、前部長の御厨先輩が吉野先輩に言ったらしい。
「晴海!アンタなんか意見は無いの?」
なかなか意見が出ないので、吉野先輩はイライラし始めた。
「アタシはなんでもいいから、走りたいです。誰かアタシの免許証を取り返して下さい。ぐっすん…。」
吉野先輩はまたかって顔をしていた。
「真面目に勉強して立派な成績を取れば、返してもらえるんでしょ?」
母さんと天崎先生はそう言うけど、立派な成績ってなに?
「先輩、私は吉野先輩と一緒に技術論文を書きたいです。」
夏子だ。まだ天崎先生がはるみ屋の常連になったことは話せてない。バイトに打ち込んでいる…いや、バイトに逃げてる理由の一つだ。
「お!建設的な意見が出た!よし、天崎先生にもオブザーバーとして参加してもらおう!テーマは…そうだな…『燃焼機関の電子制御』とか?」
夏子の表情がパァッと明るくなった。ダメだ…。やっぱり言えない。
「私は…。じゃあ、原付デビュー体験記を書こうかな…。」
鈴木さんが勇気を出して言った。アタシは吉野先輩と目配せをした。
「それは…じゃあ関山くんと共同執筆して貰おうかな。」
吉野先輩の言葉に鈴木さんは顔が真っ赤になったが、コクリと頷いた。吉野先輩、グッジョブ!
じゃあアタシはどうしようかな。レースとか、サーキット関係がいいな。そんなことを考えていたアタシは、周囲で勝手に進んでいく話に気が付かなかった。
吉野先輩が黒板に決まったことをまとめていた。
「じゃあ、コレで決まり!春休みを有効に使って書き上げておくように!」
あれ?アタシは?黒板の決定事項を見ると、『サーキット体験記 担当ちえり・翔吾ペア』
「なんですかペアって!いやサーキット体験記だって出来るか分からないし…。」
吉野先輩が黒板をスマホのカメラに納めた後黒板消しを掛けながら、イラッとしてアタシを見た。
「晴海、この議題は終わりだ!次の議題があるんだよ。」
まだなんかやるの?
「それは、コレだ!」
吉野先輩は黒板に大きくハートを書いた。そして綴った文字は。
『チョコ作り!』
「今日男子がいない間に極秘理に進める必要がある。」
バレンタインまであと二週間を切っていた。いや、アタシは本命玉砕したから当面誰にもあげるつもりはないのだけれど…。
「吉野先輩!チョコ作りを教えて下さい!」
鈴木さんが手を合わせてお願いしている。
「先輩はピザ作りの神だって聞きました。チョコ作りもお上手なんじゃないですか?」
吉野先輩は鈴木さんに持ち上げられて、なんだか鼻をヒクヒクさせている。
「ふふん、イイだろう…。私が極意を教えてあげる。ただ問題は場所だなぁ。」
その時、夏子がアタシにコソコソと話しかけてきた。
「ねぇ、ちえりのおウチはダメなのかな?昔お姉さんと一緒にチョコ作ったよね。全員失敗したけど。」
いや、中学生の時失敗したのは夏子がチョコ爆弾を爆発させたからだ。飛び散ったチョコを拭き取るのに、泣きながら雑巾がけをしたのを覚えてる。
「今回は爆発しないよね…。」
夏子は何を言っているのかよく分からないって顔をした。
「先生は爆発より、…たぶん溶けるチョコが好きだと思うんだ。」
やっぱりなんだか化学反応を発生させようとしているらしい。
「夏子…お願いだから、お店を溶かさないでちょうだい。」
とにかくアタシが家に連絡すると、次の定休日ならと姉さんが二つ返事でOKをくれた。しかもやっぱり一緒に作りたいらしい。コレはちょっと一言言っておかないといけない。
次の定休日。予定通り、男子には内緒ではるみ屋のキッチンとカウンターでオンナの戦いが始まった。
正確には慣れないチョコ作りに奮闘しているのだが、コレがなかなか上手くいかない。
「熱っつ!チョコ熱っつい!」
チョコ作りの極意が聞いて呆れる。吉野先輩は実はチョコ作りは初めてらしい。コレが通常の三倍の速度でピザを焼く人と同一人物なのか?熱々のチョコに指を突っ込んでみたり、型に流し込むのにダボッとぶちまけてみたり…。きっとピザ作りは不断の努力の賜物に違いない。
鈴木さんもチョコをハートの型に慎重に流し込んでいる。なんだかこっちの方がよっぽどサマになっている。
姉さんには夏子が天崎先生の事を言っちゃダメって言っておいたんだけど…。
「どうして?」
まぁ、そうだよね。アタシが夏子は先生にあげるチョコを作るんだよと言ったら。
「私も作るんだよ!じゃあ、夏子ちゃんとはライバルだね!」
「ダメだよ!アタシ、まだ夏子に言ってないんだよ。」
姉さんは困った顔をしたけど、仕方ないなと了解してくれた。
で、常連さんへの義理チョコを作っているというのだが…。
「姉さん?なんですか?それは?」
お皿にはナメクジのような、ウミウシのような…。コレをクチに入れるのはちょっと勇気がいりそうなシェイプのチョコがゾロゾロと並んでいる。
「チョコ餃子だよー!ちえりちゃん好きでしょう?餃子!」
餃子だったのか、そう言われたらそういう風にも見えるかもしれない。
「中にはブルーベリージャムとか、キウイジャムが入っててトロリと出てくるんだよ。」
…インパクトあるな。
「姉さん、渡す時にはちゃんと説明してあげた方がいいと思うよ?」
「ちえり?小麦粉はこれくらいでイイかな?」
そしてアタシと夏子はチョコケーキを作っている。チョコ溶けなくていいから、アタシと一緒に普通に作ってと夏子を説得したんだ。
とりあえず、丸いスポンジを焼いてみたのですが、同じ材料で同じものが出来るとは限らないんですね。
「夏子上手!ふんわりフワフワ!それに比べてアタシのは…なぜ膨らまないの?」
夏子は本命チョコでホールケーキをプレゼント。もちろん天崎先生へだ。アタシは同じケーキをカットして義理チョコにする予定だった。仕方なく膨らまなかったスポンジにデコレーションしてカットした。自分の分を作り終わってヒマしてた吉野先輩がそれを見て言った。
「ん?晴海、なんだソレは。もしかしてピザ?」
ホントだ!
味見をしたけど、チョコピザはピザと思えば不味くはなかった。むしろピザであれば美味しいかもしれない。と、いうわけで当初の予定通り義理チョコとして活用する事にした。
アタシは簡単にラッピングしたのを夏子に渡した。
「春男くんにあげてくれる?一応言っておくけど、チョコピザだからね。」
「…たぶん、泣いて喜ぶと思うよ。ありがとう。」
そういう訳でみんななんとか思い思いのチョコを一通り完成させたのだった。
「あ、お姉さん、お母さん、お邪魔しました。ありがとうございました。」
吉野先輩がテキパキと指示して片付けも済ませ、お開きになった。
最後にコーヒーと姉さんのチョコ餃子でお茶会をしたのだが、見た目の割りに美味しく頂けました。
みんなが帰った後、アタシが洗い物を棚に仕舞おうとすると、姉さんがまだ置いておいてと言った。その夜、姉さんは遅くまでお店で甘い匂いをさせていた。
バレンタインデー!
今のアタシにとっては義理チョコを配るだけの日だ。一応、御厨先輩にも渡した。義理チョコだ。爽やかに渡すんだ!と自分に言い聞かせて…。
「先輩一年お世話になりました。」
「なんか悪いな。手作りか?」
「あ、義理チョコですから…。」
「そっか、ありがとな!」
ニッコリ笑顔がなんだか切ないや。
吉野先輩が彼女というのは未だに納得出来ないが、御厨先輩の好みなんだから仕方ない。ああもう!
夏子が天崎先生に渡したいからと、一緒に職員室に向かった。
「うわぁ…。緊張する…。どうしよう。ドキドキして死んじゃうかも…。」
普段は落ち着いてる夏子だが、こんな可愛い一面もある。中学生の時もチョコ不発弾を憧れの先生に渡そうとするのだが、本人の前まで行けないのだ。結局その時はアタシが代わりに渡したんだ。
職員室に行くと女子に人気の天崎先生のところには数人の女子がチョコを渡しにやって来ていた。
「…みんな勇気あるなぁ。」
夏子は心持ち青ざめている。
「さ、行こ!夏子!」
と、アタシは手を引いたが、夏子は職員室の入り口から入れない。
「…や、ムリ…。」
「大丈夫だよ。アタシが一緒にいるから。」
その時、アタシ達を見つけた天崎先生が声を掛けた。
「やぁ、佐藤さん、晴海さん。どうかしましたか?」
テンパっていた夏子はアタシの手を振りほどくと、クルリと回れ右をして猛然とダッシュした。
「なんでもありませ~ん!」
夏子ぉ~…どこに行くのぉ~?
「ん?どうかしましたか?」
天崎先生は何が起こっているのか分からない。
困ったな…。マジで…。
アタシはとりあえず天崎先生に義理チョコを渡すと、夏子を探しつつ義理チョコ配達を続けた。
「バレンタインのチョコもらって下さい!あの、次の文化祭も走らせてもらっていいですか?あ、これですか?チョコピザです。意外と美味しいですよ?」
男子部の石田前部長と、葛城新部長と、たぶんその次に部長になる翔吾にもチョコピザを渡した。文化祭のジムカーナ大会のエントリーのためだ。
翔吾がコソコソと耳打ちする。
「ちえり、スポンジが失敗したと素直に言え。」
うるさいな。近くに寄るな!グイグイと肘鉄で翔吾の肩を押し返した。
「痛ってえな。そう言えば、文化祭のテーマは決まったのか?」
「アタシはアンタとサーキット体験記を書く事になったわよ。」
翔吾は『ホントか!』と言うとニコニコし始めた。アタシと一緒が嬉しいのか?ちょっと照れるな。
「よし、次のバトルは筑波だな!楽しみだな、今度こそ俺の勝ちだからな!」
ま、そんなところでしょう。
しかし夏子が見つからない。アタシは屋上に向かった。屋上に出ると階段室の影が屋上に映り込んでいた。そこに階段室の上に立つ二人の影も映していた。
小さい方の影が何かを差し出した。
「今更だけど、好きです!付き合って下さい。」
大きい影は一旦受け取ろうとした手を引っ込めた。
「…『今更だけど』は余計だよね。ねぇ美香、初めてのバレンタインなんだから、もう少しロマンティックにしようよ。」
小さい方はへそを曲げたのか、後ろを向いたようだ。
「…そんなこと言ったって。悟は経験値高いんだろうけど、私は初めてなんだから。」
その時、二月の寒空に冷たい風が吹いた。
「うわっ、寒っ!もう!こんなところで渡さなくてもいいじゃない。」
小さい影に大きい影が守るように寄り添った。
「ごめんな、俺には大事な場所なんだ。」
小さい影が一度離れて大きい影に向き合い寄り添った。
「私にも大事なところだよ。好き。悟、暖めてくれる?」
寄り添う影は一つになり、言葉はもう聞こえなかった。アタシは足音を忍ばせて階段を降りた。なんとなく視界がボヤけているのは何故だろう。階段を一段降りる度に胸に響く痛みはなんだろう。いつかはこの思いも消えるのだろうか。
アタシは思いに沈んでしまっていた。夏子を探すのを諦め、家に帰ってしまっていた。翌朝目覚めた時、夏子のことがひどく気がかりだった。
「あ、佐藤さん!びっくりした。晴海さんが探してたよ?…佐藤さん?大丈夫?」
夏子は一階の階段の陰に座り込んでいた。鈴木さんが声を掛けてくれなければいつまでもそこに居続けていたかもしれない。
「鈴木さん、ごめん、ありがと。ちえりがなんだって?」
天崎先生の前から逃げてしまったことを今更ながら思いだした。
「それでね、晴海さんは具合が悪くなったから帰ったの。もし、佐藤さんを見かけたら、ごめんねって言っておいてって。」
ちえりに悪いことをした。謝って一緒に先生のところにもう一度行ってくれないかな?
「鈴木さん、よく私を見つけてくれたね。ありがとう。」
鈴木さんはなんだかモジモジし始めた。
「実はね。さっきココで関山くんにチョコを渡したの。でも、私はそのまま逃げちゃって…。」
鈴木さんて勇気あるな。私も見習わなくちゃ。
「でね、もし関山くんがまだココにいたらなって思って…。」
その後、夏子は鈴木さんと分かれ、再び職員室に向かった。
「天崎先生はもう帰宅されましたよ。」
ガッカリした思いと、ホッとした思いが胸の鼓動を穏やかにしていく。
「あ、でも、はるみ屋に行ったかもしれないな。最近よく行くって言ってたな。」
隣りにいた先生の言葉は落ち着きそうだった胸をざわつかせた。
気が付くと夏子ははるみ屋の前にいた。見覚えのあるナンバーの隼が停まっていた。そんなはずは無い。ちえりは何も言わなかった。夏子は店の前から少し離れた場所で見守ることにした。
やがて、天崎先生がはるみ屋から出てきた。一度閉まった入り口が開き、ちえりのお姉さんが出てきた。手にはプレゼントらしき手提げ袋を持っていた。そして一言二言何か言った後、押し付ける様に袋を先生に渡すと、お姉さんは逃げる様に店に戻った。
天崎先生は手提げ袋をしばらく見つめた後、左手で口元を隠した。もしかしたら嬉しくてニヤニヤしているのを隠したのかもしれない。そして袋を大事そうにカバンに入れると、隼で走り去った。
夏子はどこを歩いて帰ったのか覚えていなかった。帰った時には、大事に持っていたはずのチョコケーキの袋を持っていなかった。
いつも通り夕食を取って自分の部屋に入った。弟の春男はちえりがくれたチョコピザを大事そうに持っていった。
「…フフ。…ククク…。」
もう笑うしかなかった。しかし、笑っているのに涙が頬を濡らしていた。
「ちえり…。酷いよ。あんまりだよ。」
とあるコンビニでゴミ箱を掃除していたアルバイト学生がゴミ箱の異変に気づいた。
「おい、何か流れてるぞ!」
「何か茶色い液体ですね。」
「ゴミ箱…傾いてないか?」
ゴミ箱は底が溶けて今にも倒れそうだ。
「どうもこの手提げ袋に入ってたみたいですね。」
それは夏子がラッピングしたチョコケーキのようだった。
「イタズラはやめて欲しいな。」
その後、バイトの学生はゴミ箱の片付けで忙しく働いていた。




