#4 高速コーナー #真っ赤なスーツ
#真っ赤なスーツ
アタシ達はミニサーキットのレースをちょっぴり観戦した後で帰路についた。来た時と同じようになるべく太い道を通って。気になっていた富士宮焼きそばを食べ、沼津から246に入った。やがて姉さん達と分かれた御殿場近辺を通過した。そうだ。この辺に道の駅があった。初めて御厨先輩に会ったんだっけ。
「懐かしいな…。」
翔吾が振り返って、なんだ?と言う。アタシはドラゴンの革ジャンを着たヤンキーさんに絡まれて御厨先輩に助けてもらった話をした。
「なんだって?」
おっとっと。翔吾は急にスクーターを左に寄せると、ハザードを点けて停まった。
「ちえり、大事な事なんだ。詳しく聞かせてくれ。」
「?どうしたの急に…。」
いつになく真剣な表情にアタシは思い出せる限りの話をしたが、あんまり役には立たなかったと思う。だってその時は、怖い人達から助けてくれた王子様を投げ飛ばして煙に巻いて逃げて来ちゃったんだから!顔も怖かったことしか覚えてない。ただ、革ジャンの背中に描かれたドラゴンの骨の模様は気持ち悪かったのでよく覚えていた。
翔吾が独り思案に暮れているので、アタシはサクラのアタマを撫でながら、辺りの景色を眺めていた。ふと視線を感じてその方向をみると、何かのロゴマークだろうか、ジトッとした目を型どったマークの看板が立っていた。なんか見た事がある気がする。『レーシングスーツ 十万円セット』って書いてあった。
「マジで?」
聞いた事がある。革のレーシングスーツとグローブとブーツと他にもインナースーツとかいくつかグッズが付いて十万円ポッキリで買えるセットがあるって。良いものはスーツだけでもウン十万はするし、エントリーモデルでも名前の通ったメーカーだと十万円以上はする。セットで十万円ならアタシの懐にも優しい。
「翔吾。ねぇ、翔吾ったら。あれ何か知ってる?」
翔吾は心ココに在らずといった様子だったが、アタシがアタマをどついてやったら、ようやく戻ってきたみたいだ。
「痛ってぇな!…ああアレか。たしか近くにショップがあるぜ。サーキットで走るならスーツは必要だからな。見て行くか?」
翔吾はまだなにか引っかかっている様だったが、とにかくもアタシ達は動き出した。
アタシはショップに入るや、あちらのスーツ、こちらのブーツ、そちらのグローブと翔吾を引きずり回した。
「クスクス。このジト目!翔吾似てるかも。」
翔吾はわかったわかったと言いながら、相変わらずぼーっとしている。こんなんで帰り道は大丈夫なのだろうか?
「あ、コレいい!」
アタシが見つけたスーツは明るい赤で、やっぱりジト目がついてるけど、なんだかカッコイイよ?恐る恐る値札を見ると。おお?赤札がついてる!十万円セットにも出来るって書いてある!
早速試着だ!でもサイズって?MとかLとか無くて、46とか48とか数字が書いてある?
「ご試着ですか?」
店員のお姉さんが声を掛けてきた。
「あの、サイズが分からないんですが…。」
ハイハイと頷いて教えてくれたのだが、ユーロサイズって言って海外のサイズ表記らしい。とりあえず、身長を伝えるとお姉さんが選んでくれた。試着のためのインナースーツも貸してくれたのだが…。
うーん。作りは良いのだが、やっぱり吊るしのスーツはフィット感が今一つか?翔吾のスーツみたいにヒップが入らないことは無かったけど、お腹周りや胸の周りに余裕がある。
「どうですか?」
たまたま居た店員のお姉さんが声を掛けてきた。
「うーん。ちょっと上半身のフィット感が…。」
お姉さんはアタシの上半身をサワサワしてチェックした。
「うん、確かに…。お客様?レースに出ますか?」
「はい!」
アタシは目をキラキラさせていたに違いない。お姉さんはニコッとした。
「ではですね。プロテクターを入れてみましょうか。」
お店の棚から背中に入れる脊椎プロテクターと、胸に入れるチェストプロテクターを持ってきた。
「あと、お歳はお幾つですか?」
え?なんで?て思いつつも、十六歳と告げた。
「ああ、では公式なレースに出る時はエアバッグが必要ですね。最近は義務付けられることも多いですよ。」
そうなんだ。
「じゃあ、プロテクターを入れてみましょうか?」
背中に脊椎プロテクターを押し込んだ。お?お腹周りが丁度いいかも。
店員さんがチェストプロテクターを二つ手に取ってアタシの胸を見つめている。あ、一つは女性用らしくて、膨らみがついてる。って、そっちを置いちゃうの?え、あれ?と、言う間に男性用?と思われる方をアタシの胸に当てた。こちらも逞しい男性の胸板に合わせて若干膨らみがあるけど…。あ、ピッタリ…。
ジジジ…。ジッパーを閉める。さっきとフィット感が変わった!プロテクターの分だけ上半身にボリュームが補われて、なんかいいかも!
「どうですか?胸とか苦しくありませんか?」
ギクッ。アタシは大丈夫ですって答えたけど…。胸とかって…そんなに直接的な部位を特定して聞かないでください!
いや、確かに物理的には収まってしまって、身体的にはピッタリフィットですけど、心情的には泣きたいくらい苦しいです。
きっと女性用チェストプロテクターもユーロサイズなんだ!外人さんのバストには叶わない。そう信じたい!
「では、お買い求めですか?」
はい!と、快く答えたいんですが、手持ちがありません。
「…あの、取り置きとかできますか?」
「はい、一週間くらいなら大丈夫ですよ。」
じゃあそれで、と一応注文伝票を書き始めた。
「なんだ?買うのか?手持ちが無いって?貸してやろうか?」
翔吾が横から割り込んできた。
「イイよ。て、翔吾そんなに持ってるの?十万円だよ?」
ピラッとサイフから出てきたのは真っ黒なカード。店員さんの方が目が点になった。
「XXplusのブラックカード!初めて見ました。是非ご贔屓にお願いします!」
アタシはお金関係は綺麗でいたいので、翔吾にカードをしまわせた。どうせ子カードなんだから、親御さんにご迷惑を掛けたくない。そもそも翔吾に借りなんて作りたくない!絶対なんかのネタにしてねじ込んで来るんだから。
店を出る時に店員さんにコソッと話しかけられた。
「彼氏さんですか?見かけによらずゴージャスな方なんですね。頑張ってゲットして下さいね。その時はウチのショップもよろしくお願いしますぅ。」
彼氏?違う違う!けど、確かに見かけによらないよね…。え?何をゲットするって?アタシは曖昧に返事をすると上機嫌でショップを出た。
#新しい常連客
最悪だ!さっき注文伝票を書いている時はあんなにウキウキしてたのに。今はウルウルしながら青切符を書かなきゃならない!
翔吾がなんだかボケてしまって、運転を任せるのが不安になったアタシは、翔吾をタンデムシートに座らせ、慣れないスクーターの運転をすることにした。国道246をのんびりと走って、もう家の近くまで来たのだが…。
ウゥ~。サイレンの音と共にバックミラーに赤い回転灯が映った。
「はい。ソコのスクーター、左に寄せて止まりなさい。」
えええ!アタシそんなに飛ばしてないし?走行車線を前のクルマについて走ってただけなんですけど。
アタシは渋々左に寄せて止まった。アタシの前に止まった白バイはアタシの免許証を見るとニヤリ笑った。
ハイ、分かってます。未だ免許取ってから一年経ってません。ええ、二人乗りしてました。ゴメンなさい。もうしませんから…。え?二点減点?ええっ?反則金一万二千円?
切符を切って走り去る白バイの後ろ姿は、『毎度あり。』と言っているように見えた。
「災難だったな。」
翔吾め!アンタがボケてるから、代わりに捕まったようなもんでしょうが!アタシが睨みつけてるのに、何をスマホで調べているかと思ったら…。
「知ってるか?あと一点で講習会を七時間受けなくちゃならなくて、二万円かかるぞ。ブッチすると再試験が課せられて落ちると免許取り消しらしい…。」
ガツン!アタシはアタマをどついてやった。
「痛ってぇな。わかった。悪かった。」
「じゃあ、反則金半分払ってくれる?」
「それとこれとは話しが違うな。」
金持ちは金を貸して恩は売るけど、財布の紐は固いらしい。
「ただいまぁ…。」
アタシはようやく家に辿りついた。今日は散々だった。グッタリだ…。アタシは裏口に回るのも面倒くさいので、お店の暖簾をくぐった。
「おかえりなさい。ちえり?翔吾くんは?」
ああ、その名前は聞きたくない。
「帰ったよ。ハア…疲れた。アレ?母さん一人?姉さんは?」
「杏なら、ホレそこに。」
アタシが重い頭を巡らすと、そこには…。
「やあ晴海さん!遅かったですね。」
え?ちょっと待って…。なぜソコに天崎先生が?その向かいには姉さんが座ってる。
「ちえりちゃん!天崎先生ったら、はるみ屋のラーメンが美味しいって!ちょくちょく来てくれるって!」
なんですと?!コレは…夏子には非常に言いにくい。…どうしよう。
プルプルプル!アタシのスマホが鳴った。ポーチから取り出すと、翔吾からのメッセだった。アタシはポーチから何かがはらりと落ちたのに気が付かなかった。
『スーツはいつ?早く筑波行こうぜ!』
「何よ!アタシは忙しいのよ!ほっといてちょうだい!」
その時、アタシの足元に落ちた紙切れをカサカサと広げる音がした。アタシがやらかした青切符!
「なんですか、コレは?」
天崎先生!ダメ!見ないで…って、見られちゃったよ…。あ、そんな目で見ないで下さい。え?母さんに見せちゃうの?そんなことしたら…。
「晴海さん!」
「ちえり!」
「ちえりちゃん!」
アタシのNSRの封印は更に一ヶ月の期間が追加されました。ついでに免許証も封印。あ~あ…。
追伸:ちなみに、取り置きをお願いしていたレーシングスーツもキャンセルさせられました。残念無念です。




