#4 高速コーナー #父の命日、サクラの墓参り
#父の命日、サクラの墓参り
翔吾はヒマだと言うが、ウチ、中華料理のはるみ屋は三が日まで休業で四日からは営業開始だ。四日から営業するから三日には仕込みをしなくちゃならない。正月休みは短くて、結構忙しいんです。アタシも冬休みはピザ屋のバイトに精を出し、NSRが封印中なので銀行口座は随分潤った。お年玉ももらったしね。
今日は父さんのお墓参りの日だ。正月休み明けの次の日曜日。翔吾とアタシは学校は休み。お店は午後から営業予定だ。
姉さんが運転するからコンパクトカーをレンタルして行こうということになったのだが、母さんと姉さんは午後からお店を開けるため即刻で帰る。翔吾はマグザムでサクラを積んで行く。アタシは行きはレンタカーで行って、父さんのお墓参りが終わったら、翔吾のマグザムに乗り換えてサクラのお母さんのお墓参りに行くことにした。母さんと姉さんは父さんのお墓参りが済んだら、お店にトンボ帰りして営業開始だ。
「スピードウェイ分かる?」
「大丈夫だ。」
「お墓はそこからちょっと先に行ったところだから、大きな霊園だしすぐ分かると思うよ。多分翔吾の方が先に着くだろうから、暖かいところにいてよ。アタシのせいで風邪でもひかれたら困る。」
「翔吾くん。本当にバイクで大丈夫?寒いし、路面も怪しいよ?」
姉さんがちょっと心配そうだ。確かに富士山を舐めちゃいけない。スキー場もあるし、山だから天候もコロコロ変わる時がある。
「杏さん、大丈夫ですよ。この辰巳翔吾、美しい方の前で無様な姿は見せませんから。」
ちょっと!何言ってんの?バカでしょ。
「あらあらあら!分かってるじゃない、翔吾くん。じゃあね…。ムチュ~ン。」
杏姉!投げキッスなんて、調子乗りすぎだし。翔吾は何を想像しているのか、鼻の下が伸びてる。コノォ~!
「痛ぁ!おい、ちえり!足踏むんじゃねえ!」
「ちえり!アンタもたっぷり着込んでいかないと、帰りは凍死するよ。」
姉さんは心配してくれて長いマフラーを貸してくれた。
「髪が長い時はイザという時、純毛マフラーになったんだけどね。」
と、言いながらアタシは右手で髪の先をクルクルと指先に巻き付けた。ショートボブになったアタシの髪は左側は耳を半分隠すくらい、右側は引っ張るとアゴの先まである。カッコよく言うとアシンメトリーなスタイル、悪く言うとナナメってる感じだ。左から見るとおカッパちゃんで、右から見ると大人可愛い。
「いいから!着込む!文句言わない!」
は~い。アタシは着せ替え人形さながらにモコモコに着膨れしていった。
翔吾が約束の時間よりも早くウチにやってきた。翔吾のマグザムはタンデムシートの後ろにキャリアを足して、サクラのポータブルケージが載っている。ケージは天井のフタが開くようで、サクラが首だけ出している。
「ぷぷぷ…。何コレ、可愛過ぎ。」
アタシは思わず、端末のカメラを向けていた。
「一応、サクラは荷物扱いにしたから、高速も乗れる。帰りはちえりがタンデムシートにも座れる。バッチリだろ。」
まぁ、一つ問題があるけどね…。
翔吾はアタシの着膨れした姿を見るとゲンナリした顔をする。
「ウインドブレーカーはあるか。よし、それを外側にしとけ。軽くて薄くて暖かいのにしろ。あと、使い捨てカイロ持ってるか?」
アタシはポケットに入れたカイロを取り出した。翔吾は少し心配そうな顔をする。
「後で少し分けてやる。グローブとブーツはちゃんと持ってけよ。」
なんだか、初めてタンデムに乗せる女の子を心配しているみたいだ。
「翔吾はタンデムしたことあるんだよね?」
「ある。」
「ふぅん。女の子?」
「うっせーな!オトコだよ。オトコ!」
なんだ。つまらない。ちょっとアタシの顔がニヤつくのは、タンデムに乗せる彼女がいない翔吾をからかう気持ちからなのだ。決して安心して気持ちが緩んだワケでは無いのだ。
さあ、出発だ。はるみ屋一家のオンナ三人はレンタカーに乗り込んだ。翔吾はキャリアに乗せたサクラと一緒だ。アタシ達は東名川崎インターから、御殿場に向かった。クルマの運転手は杏姉さんだ。レーサーには致命的な弱点だが、公道では一番役立つスキルを姉さんは持っている。安全運転だ!
法定速度遵守は当たり前、ほとんど常に走行車線を走り、充分な車間距離を空けて走る。故に…。
「すいません。お姉さん、先に行きます。」
て、言うかのように翔吾はコチラを振り返って手を振るとスピードを上げた。しばらく姉さんの後ろを走っていたのだが、やっぱり痺れを切らしたみたいだ。
「ちぇ~、翔吾くんたら、つれないな。」
翔吾はあっという間に視界から消えた。
そう、姉さんも父さんの影響でポケバイを始めたんだけど、ポケバイの時は大したスピードが出ないから、割りと速かったんだ。でも、ミニバイクに乗り換えようと、父さんが勧めてもスピードがでるから怖いって、嫌だって言ったんだ。アタシは反対にスピード大好きだったから、今もサーキットを目指してる。結局、姉さんもミニバイクで少し走ったけど、途中でやめちゃった。まぁ怪我しないうちにやめてよかったんじゃないのかな?
アタシ達は途中、足柄SAに立ち寄ったが激寒だった。まだ午前中も早い時間というのもあるだろう。駐車場の隅っこには雪が残っていた。路面には融雪剤の白い粉末の跡も残っている。周りの山々の頂きには白い雪の帽子が目立つ。翔吾大丈夫かな?いや、翔吾よりもサクラが心配だ。今日のメインはサクラのお墓参りなんだから。
「ねぇ、今日はサクラの方はやめておいたら?」
母さんが心配そうだ。
「大丈夫だよ~。今日は晴れてるから~、これから気温も上がるよ~。」
と、言ってはみたものの、息は白いし、語尾は震えるし…。
「う~寒。」
冷え症の姉さんはクルマの暖房をガンガンに入れているが、寒くて仕方ないらしい。
「も~早く行って早く帰ろう!」
ゆっくりとお土産を選ぶ余裕も無く、はるみ屋さん一家は足柄SAを出発したのだった。
御殿場インターから国道246号を少し戻って、大きな霊園に向かった。事務所や待合室のある建物の近くにクルマを停めると、翔吾のマグザムが停っていた。
「翔吾?」
翔吾は停めたマグザムのシートに座っていたが、サクラを膝の上に抱きその上に覆いかぶさるようにしていた。そしてピクリとも動かない。
「翔吾!」
つい大きな声が出た。アタシは翔吾の方に駆け出した。翔吾は気がついたようで顔を上げニヤリと微笑んだ。
「よう、来たな。」
アタシはその顔を見て、気が抜けてしまった。
「ちょっと、びっくりさせないでよ。具合でも悪いかと思うじゃんよ。」
「ちょっと寒かったからな。サクラに暖めてもらったんだ。」
サクラは翔吾の膝から下りると、お座りをしてアタシを見上げてる。しっぽをフリフリして可愛いな。
「ひやぁ!冷た~い。」
広い霊園を移動して父さんのお墓のある区間まで行き、近くの水場から手桶に水を入れて持って行った。その冷たいこと!ザクザクした砂利道を歩いて行くと晴海家の墓石にたどり着いた。
「すげー広いんだな。同じような墓石だらけで、よく自分ちのがよく分かるな。」
翔吾が感心して言った。サクラは初めての場所でキョロキョロしている。
フォーン、フォーン。
スピードウェイからマシンの音が聞こえてきた。
「へぇー。ここまで聞こえるんだ。ちえりの親父さんには念仏より供養になるんじゃねえの?」
みんな同じことを考えていて、父さんを思い出して自然と笑みがこぼれる。父さんが亡くなったのは早すぎたけど、楽しかった思い出があるから、こうやって笑えるんだ。翔吾とサクラが来てくれてよかったな。
お参りが済むとアタシはクルマから翔吾のスクーターに乗り換えて、今度はサクラのお母さんの墓参りだ。
「気をつけて行きなよ。翔吾くん、ちえりをよろしくお願いします。」
母さん、その言い方はやめようよ。アタシを嫁にやるみたいだよ。
「任せて下さい。無事に届けますから。」
翔吾の言い方も気になるが、まぁいいや。ん?翔吾がポケットをゴソゴソやっている。
「ちえり、これをグローブとブーツの中に入れておけ。結構違うぞ。」
ポイポイと翔吾がアタシに手渡したのは使い捨てのミニカイロだった。あ、靴用なんてあるんだ。
「なるほど、翔吾冴えてる。ありがと。助かるー。」
靴用もただのミニも靴下や手袋に貼り付けられるようにシールがついていた。さっそくアタシはブーツを脱いで足の裏、靴下のつま先の方にペタリと貼り付けた。手袋はどうしよう?
「ホレ。百均だけど使え。」
翔吾がくれたのは百均の白手袋。なるほど!これに貼ればカイロは直接肌に当たらない。この上にグローブはめれば暖かいかも。
「どうしたの?翔吾、冴えすぎ。雪でも降るんじゃない?」
「おい、不用意に雪が降るなんて言うな!ホントに降ったら帰れねえぞ。」
そうだった。失礼しました。
さてイザ出発ということで乗り込むのだが…。
「よいしょ。グラブバーは一応あるんだね。」
アタシはタンデムシートに乗り込んだ。後ろにはサクラのケージが積んであって顔が出てる。つい後ろを振り向いてしまいそうだ。
「グラブバーでも、俺の背中でもいいから、しっかり捕まってろよ?」
父さんの後ろには何回も乗ってるから、大丈夫でしょ。
そんな感じで支度が済むとアタシは母さん、姉さんとは分かれて小さなサーキットに行こうとしたのだが…。
『この先凍結。チェーン、冬タイヤ必要。』
と、いう看板が行く手に次々と出てくる。
「ヤバイな。ここからクルマの通行が少ないから、危険だな。」
アタシも心配になってきた。路肩の雪が目立つようになり、場所によってはセンターラインが凍った雪で中央分離帯のようになっている。
「オフ車ならともかく、ローダウンのスクーターで二人と一匹乗ってるし、ハマったら終わりだね。」
翔吾はしばらく端末で地図を調べていた。
「よし、一度246号に戻って、1号線の富士宮方面からアプローチしてみよう。そっちは交通量があるから走れるはずだ。」
かなりのまわり道だったけど、幸いクルマは流れていた。沼津から1号線に入り、富士市から139号で北上すると富士宮だ。
「富士宮焼きそばって食べたことある?」
翔吾は首を傾げていたが、ないなと言った。
「アタシも。ねぇ、帰りに食べていかない?」
「そうだな、腹も減ったしな。」
なんて話をしながら交通量のあるバイパスから、ミニサーキットへ続く県道72号に入った。やはりこちらも路肩には雪が残っているが、ここからはそれほど遠くないのでなんとかなるだろう。
「もうすぐだね。」
春にも来ていたが、やっぱりなんだか懐かしい。
「ああ、覚えてるぜ。この先のカーブでサクラに会ったんだよな。」
アタシは翔吾の肩越しに行く手を見た。そうだ、あのカーブだ。道路にサクラの母犬が倒れていて、まだ子犬だったサクラがクンクン鳴いていたっけ…。
と、思い出に浸っていたアタシ達は路面の変化に気付くのが遅れた。路面は黒く濡れて光っているだけのようだったが…。
「翔吾!ブラックアイス!」
アタシは翔吾の背中に張り付き、片手を翔吾の身体に回した。もう一方の手はグラブバーを握りしめた。併せて、スクーターなのでポーンと投げ出していた足を引き寄せ、足首でマシンをホールドした。
「ゲッ!ちえり!しっかり捕まってろよ!」
翔吾は慌てて減速するがブラックアイスに覆われた右カーブには間に合わない。翔吾はブラックアイスに乗る直前でフロントブレーキを離した。フロントが滑ったら、転倒必至だ!マグザムはなんとかカーブを曲がり切れるかに見えたが…。
つつーっ。
リアタイヤが滑った。
「やっば!」
翔吾がライダーの本能でカウンターを当てる!アタシは翔吾のライディングの邪魔にならないように、背中に張り付いて一体となる。スクーターはテールスライドの状態で、ギリギリでカーブを抜け、最後の行き足を路肩の雪で殺して止まった。
ダンッ!
転倒寸前で限界までリーンしたまま停止したスクーターを支えるため、翔吾とアタシはマシンをホールドしていた足を、地面に叩きつけるようにして蹴りだした!
「フン!ヌヌヌヌ…。」
…あんまり女子が出す声じゃないよね。
「ぐおーっ!」
翔吾も大事なマシンを倒すもんかと踏ん張った。
「…クーン…クーン…。」
後ろから、サクラの心配そうな声が聞こえる。
アタシはサクラに声を掛けた。
「サクラ!降りて!お願い!」
翔吾もそうかと、サクラに声をかけた。
「サクラ!降りろ!」
サクラはワンと一声鳴くと、ケージからゴソゴソと這い出した。最後にぴょんと地面に跳ぶ時はアタシの足に限界まで加重された。
「グッ!」
翔吾とアタシはなんとか堪え、真っ赤な顔をしてスクーターを起こした。
サイドスタンドを出して路肩にマグザムを停めると、どっと汗が吹き出した。アタシ達はバイクを降りると、ぐったりとしゃがみ込んだ。路面が濡れていなければ座り込みたいくらいだ。
「びっくりしたぁ…。」
「シャレんなんねぇ…。」
しばらくそうしていたが、サクラを見るとなんだかキョロキョロしている。やっぱり見覚えがあるのかな。止まったところはアタシがサクラを見つけた場所だ。そして、すぐそこの森の中にはサクラのお母さんが眠っている。今は雪で入れないけど、アタシは父さんにお供えする花束から数本抜いてきた花を道端に置いた。
「サクラ、おいで。」
サクラはアタシの足元に寄ってくると、道端に置いた花をクンクンと嗅いだ。アタシはしゃがみ込んでサクラを抱き寄せると、森の奥を指差した。
「あの辺にサクラのお母さんが眠ってるんだよ。アタシも南無南無するから、サクラもなんか話してあげて?」
サクラは森の奥とアタシを交互に見つめた。
「サクラ、Sit!」
翔吾もアタシの隣にしゃがみ込んだ。サクラも大人しくお座りして、ワンと鳴いた。アタシと翔吾は手を森に向かって手を合わせた。道は静かで、時折、枝から落ちる雪の音が聞こえるだけだった。
ビィーン!ビィーン!
ブルルン!ブルルン!
突然、静寂を破ってけたたましいエンジン音が聞こえ始めた。
「サーキットかな?」
「サーキットだな。」
サクラも反応して、音の鳴る方へ首を傾げている。
アタシと翔吾は顔を見合わせた。ドキドキ、ワクワクする気持ちが笑顔に現れていた。
「行ってみるか。」
「行ってみようよ!」
アタシ達はマグザムをミニサーキットの駐車場に入れた。今日は貸切らしく、どこかのショップ主催のミニバイクレースが行われているようだ。この寒いのによく走るなあ。
しばらく黙って翔吾と一緒にレースを見ていた。ライダーはみんな一生懸命走っている。パドックではレースの状況に一喜一憂するクルー達がいる。いいな、楽しそうだ。アタシや翔吾も昔はあの中にいたんだ。
ん?あれは春に来た時に会った人達かな?小さな女の子がお母さんに渡されたピットボードを掲げている。ライダーの通過を確認して、戻ったパドックにはなぜかポケバイも置いてあった。
「…あの子も始めたのかな。」
「ん?なんだって?」
アタシの無意識の呟きを、話しかけたと思ったのか、翔吾が聞き返した。
「あ、なんでもないよ。独り言。」
翔吾はそうかと言って、また黙り込んだが、しばらくするとなんだか落ち着かなくなって立ち上がった。
「ちえり。また、サーキット走りたくないか?」
アタシは今更何をと思ったが、立ち上がって言った。
「走りたいよ。なんとしてでも。」
翔吾は、よし、と言った。
「ライセンスを取るぞ。ミニサーキットじゃない。本格的なサーキットの。」
アタシは、どこ?って聞いて翔吾を見た。
「まずは筑波だな。」
ニカッと笑った翔吾の顔が何故か頼もしく見えた。




