#3 Sカーブ #追跡
ノイジー・エナジー #3 Sカーブ
#追跡
アタシが翔吾の家に着くと家政婦の渡辺さんが、門を開けて待っていた。
「さあ、どうぞ。」
ベスパを一旦車庫にしまうと、玄関から翔吾が顔を出した。
「スーツは用意してある。早く入れ!」
アタシは靴を蹴飛ばしながら、玄関を上がった。
と、思わず顔を背けてしまった。
「ちょっと!そんなところで着替えないでよ。」
翔吾はリビングのド真ん中でパンツ一枚の姿でインナースーツを着ようとしていた。まったくデリカシーの無い奴だ!
「いいじゃねえか、俺んちだし。お前も早く気がえろ。」
えぇぇ!ココで?勘弁してよ…。
「晴海さんは脱衣所でどうぞ。あ、スーツを持っていきますね。」
渡辺さん、ありがとう!やっぱ女性がいると違うな。
「すみません。」
アタシが言うと、いいえとニッコリ微笑んだ。
「サクラと翔吾さんの敵討ちでしょう?私ももう少し若かったら、ご一緒するんですけどね。」
ん?この人はわかっているのかな?
「さあ!急いで下さい。坊ちゃんが待ってますよ。」
渡辺さんはカーテンを閉めると、脱衣所を出ていった。アタシは何だか釈然としないが、急いで着替えないといけないのは本当だ。
他人の家で下着になるのは少し恥ずかしいが、エイヤッと気合いを入れて、服を脱ぐと、インナースーツを着た。ん?ちょっとウエストや肩、腕がダブつくのは男性用だからだろう。翔吾のか、でもこれしかないからしょうがない。
次にレーシングスーツを着るのだが、結構重いんだよねコレ。すでにファスナーは開いている。両脚を通して、よいしょと腰まで引き上げる…と。
あ、あれ?
「おかしいな?ちょっと…キッツ…。」
なんということでしょう…。アタシのキュートなヒップが入りません!
「お~い、なにやってんの?遅えぞ!」
わ、翔吾!
「うるさいわね!ちょっと待ってなさいよ!」
よいしょ、よいしょ…。
「…んもう、ちょっと小さいんじゃないの?コレ。」
ジャッ!
げっ!カーテンを開けて、翔吾が入ってきた!アタシはびっくりして固まってしまった。
「あー、腰がキツいか?俺に合わせて作ってあるからな。女には腰だけはちょっと細いかな?」
ちょっと!なに入って来てんの!と、言いたいが、口がぱくぱく動いただけだった。
翔吾は固まっているアタシを気にもせず、アタシのスーツを少し下げると、腰の両側のパッドを抜いた。
「これでどうだ?」
アタシは言われるままにスーツを腰まで上げた。多少キツいが、なんとかヒップも収まった。
「よし!大丈夫みたいだな。急げよ!佐藤さんはピザ屋に着いたみたいだぜ。」
そうだ!急がないと。でも、何だか顔が熱い。
「…ありがと、後は自分で…できるから…。」
アタシは翔吾に背を向けてスーツの上半身を着込み始めた。
「そうか?急げよ!あ、スマホを忘れるな!」
翔吾はそう言うと、出て行ってカーテンを閉めた。
マジですか!
翔吾にインナースーツ姿を見られてしまった。
恥ずかしい!…い、いや別にそんなに恥ずかしがるほどでもないか?ハダカを見られたワケじゃないし…。翔吾も気にしてないみたいだし。と、とにかく急いで支度しないと!
念のため防寒対策でセーターも着込んだアタシは、レーシングスーツの袖を通してファスナーを閉めた。やっぱり肩、腕、ウエストの辺りがブカブカだ。悔しいけど胸も…。カバンからポーチを取り出してウエストにつけた。中には今日の作戦用アイテムが詰めてある。最後に髪の毛をゴムでまとめるとアタシは脱衣所を出た。
グローブは翔吾のでも少しダブつくが問題ない。ブーツは翔吾のじゃ大き過ぎるが、渡辺さんがアタシ用にと出してくれたのは、何故かオフロード用だった。
「私のなんですけど、サイズが合いますかねえ?」
アタシの足より少し大きいみたいだけど、翔吾のより全然マシだ。
「あ、大丈夫です。」
渡辺さんの奥さんもバイクに乗るんだ。しかもオフロードか!やるな。
「遅えぞ、ちえり!」
翔吾は既に準備が出来ていた。
「そのヘルメットを被れ。インカムも付いてる。あと、スマホをベスパのホルダーにつけろ。」
アタシは言う通りにした。インカムは既に使えるようになっていた。
『晴海、聞こえる?』
吉野先輩!
『あんた、翔吾のスーツにおしりが入らなかったんだって?…ぷくく…。』
あんのバカ翔吾!アタシは無視して話を続けた。
「…で、どーすればいいですか。」
吉野先輩は時間を無駄にしない。…時もある。
『アプリ起動して?それから…』
矢継ぎ早に指示がくる。アタシはなんとか着いていった。
『…そしたら、青で晴海の位置、緑で私の位置、黄色で奴らの位置が表示されたはず。』
赤いのが見えるけど、これは御厨先輩だな。吉野先輩、あえて言わないけど。
『奴らは横浜へ向かってる。追うよ。狩るのは私達、肉食系女子だ。』
横から翔吾が口を出した。
「俺は女子じゃねぇぞ!」
向こうでも夏子が文句を言っている。
『私も肉食系じゃありません!』
アタシも否定しておいた方がいいかな?
「アタシ…」
『わかった!じゃ、半分肉食系を含む二輪女子会メンバーだ!文句は無いな!行くぞ!追跡開始!』
お~い、だから肉食系じゃないってのに…。
アタシと翔吾が着替えてアタシ達は追跡装置を見ながら、追跡を開始した。前にみんなで横浜に来たから、何となくどの辺にいるか分かった。
『奴ら、東神奈川の方に行くみたいね。』
夏子が話すのが聞こえる。
『ちょっと、話しかけないで!マニュアルのバイク、久しぶりだから!』
え、吉野先輩がゼファーを運転してる?まぁ、法令遵守のためにはそうなるのか。いいじゃん別に少しくらい!お堅い二人だねー。
「先輩、話しかけないと、どーすればいいかわからないんですけど?」
アタシはちょっとイヤミを言ってしまった。
『たまには自分で考えな!運転に集中するから、一度切るよ!』
げっ!本当に切っちゃったよ!
仕方ない。アタシと翔吾でとにかく追いかけよう。追跡装置は東神奈川から少し先に行ったところで止まった。吉野先輩は少し遅れている。
「翔吾、とりあえず近くまで行って先輩達を待とう。」
アタシはさっきから黙ったままアタシの後ろを走っている翔吾に話しかけた。なんか怒ってるのかな?
『了解。』
え、それだけ?
「ねえ、なんか怒ってる?」
念の為聞いてみた。
『いや。』
うう、気まずい。
「…ねえ、なんか話そうよ。…あのさ…聞きたいことがあるんだけど…。」
『…なんだよ。』
いや、実はそんなに聞きたいワケじゃないんだけどね。
「レースの後、もう来なかったじゃない。なんかあったの?」
翔吾は、ふむ、と言うとしばらく黙っていた。なんか聞いちゃいけなかったかな?
『…あの後、すぐに俺のお袋が死んだんだ。で、色々忙しくてな。』
うわ、しまった。ピンポイントで古傷をえぐっちゃったよ。
「ご、ごめん。へんなこと聞いちゃったね。」
『いや、いいんだ。俺はその後すぐに親父に引き取られた。一応、跡取り候補は俺一人しかいなかったみたいでな。大事にしてくれたよ。別れた元本妻の連れ子以外は子供がいなかったらしい。』
うわぁ…。こりゃまた重い話ですねぇ…。
「…そ、そう…なんだ。…ごめんね、変なこと聞いちゃって。」
ふん、と言って翔吾は続けた。
『でも親父のやつ、お袋が死んで何年もしないうちにまた再婚したんだけどな。』
うぅ、重い身の上話だ。話しかけない方がよかったかも。アタシはかなり後悔した。
『ちえり、聞こえる?近くに公園があるから、そこで落ち合お。』
夏子が繋げてきた。助かった。これ以上辛い話を聞かなくて済んだ。
「了解。翔吾、聞いた?」
『おう!公園な。悪い奴らをとっちめてやる!』
ふむ…。アタシが気にするほど、翔吾は頓着してないのかな?
アタシ達は公園にバイクを止めて吉野先輩達を待った。追跡装置は近くの倉庫にある事を示してずっと止まったままだ。あそこに奴らがいるんだ。アタシはいきなり寒さを感じた。冬の寒さだけではない、心を凍らすような寒さだった。




