名案③
「えっ、じゃあ結局、ポーションは隣国製に戻るけど、値段は安くなるってこと? ルーカスやるじゃん!」
ユナが、俺の隣で弾んだ声をあげる。
ルーカスとの話を終えた俺は、まっすぐユナの家へやって来た。今日ルーカスのところへ行くことだけは伝えてあったから、きっと一人でそわそわしながら待っていたんだろう。玄関を開けるなりリビングへ引っ張って行かれ、無理やりソファへ座らされた。ユナも当然のように隣へ腰を下ろすと、まるで尋問でも始めるみたいに質問を矢継ぎ早にぶつけてきた。
「じゃ、じゃあさ」
さっきまで俺を揺さぶる勢いで質問攻めにしていたくせに、ユナが急にもじもじと視線を伏せる。
「ロイはもうお兄ちゃんとポーション作らなくていいの? ロイとちゃんと恋人同士でいられる?」
俺の服の袖をきゅっと握りながら、まだ少しだけ不安そうに、それでも期待を隠せない様子で、ユナがちらりと俺を見上げた。
(ぐっ……こいつ、こんな可愛かったか?)
心臓が妙に騒がしくなって、思わず目を逸らしそうになる。だが、変に期待させるわけにはいかなかった。
「いや、すぐにはそこまでいかない。ユナのことは隠しつつ、でも皆を納得させて辞めなきゃいけないからな」
「そっかぁ」
さっきまで嬉しそうだったユナが、目に見えてしゅんと肩を落とした。
「でも、そんなことできるの?」
「そっ……れは……!」
今度こそ、ぶん、と視線を思い切り真横に逸らした。
しまった。それを説明するなら、あの話は避けて通れない。さっきルーカスが得意げな顔で言っていた、あの作戦だ。
(あれをそのまま伝えろと!?)
「ま、まあ、策はある」
当然、ユナにそんなこと言えるはずもなく、視線を泳がせながらどうにかそれだけ絞り出す。
「……怪しい」
「は?」
眉間に皺を寄せたユナが、じいっと俺の顔を覗き込んできた。
「なんか今、すっごく怪しかった」
「そ、そんなこと、あるわけないだろ!」
「あるよ。なんでそんな狼狽えてるの?」
じり、とさらに距離を詰めてきやがる。目の前にユナの顔がきて、否応なしに、そのぷっくりとした唇が目に入った。
「ねえ、何か隠してる?」
「か、隠してないっ!」
「じゃあさ、その『策』っていうのは何なの?」
俺の目をじっと見ながら、ユナがピシャリと問う。一方で俺は、先生に問い詰められた悪戯っ子みたいに、もごもごと口籠もるしかなかった。
「いや……その……」
煮え切らない返事にユナの顔がさっと曇る。かと思えば急に大人しくなって、まるでリスが巣穴に引っ込むみたいに、するすると隣へ戻っていった。項垂れたままソファに寄りかかるユナには、さっきまで俺ににじり寄っていた勢いはない。
「そっか。ロイは言ってくれないんだ」
「ちがっ……そうじゃ……」
「私は一日でも早く、ロイがお兄ちゃんとの研究を辞めてくれたらいいなって思ってるのに。そのためには何だって協力しようと思ってるのに」
ユナはますます下を向く。そのうちソファに沈んでしまうんじゃないかと思うくらい、肩を落として小さくなっていった。
(待て待て。こんな変な空気にしたいわけじゃ……。でも、まさか「キスすればいい」なんて言うのか!?)
目を閉じて天を仰ぐ。数秒だけ考え、もう一度ユナを見る。しょんぼりと項垂れる姿に、腹をくくった。
(くそっ。ユナに引かれたらお前のせいだからなっ!)
頭の中でルーカスへ文句をぶつけると、俺はくるりとユナに体を向け、あの作戦を伝えた。
「……キス?」
案の定、ユナは俺の口から詳細を聞くやいなや、大きな目をさらにまん丸にして固まり、やがてぷいっと向こうを向いてしまった。
(ほらみろ!)
部屋を流れる沈黙が、やたらと長く感じる。
そりゃそうだよな。付き合い始めたばっかでいきなりキスだなんて。しかも雰囲気も何もなく、「研究辞めたいから頼む」だ。ムードなんて欠片もありゃしない。
「ま、待て。考えたのはルーカスだからな?」
「俺じゃない!」
「ただ、それ以外の方法が思いつかなくてだな」
こうなったら責任は全部ルーカスに押しつけるしかない。俺はユナの背中へ向かって、思いつく限りの言い訳を並べ立てた。
だが返事はない。それに、心なしかユナの肩が小さく震えているような……。
(やっぱ怒ってんじゃねぇか!)
ぐるぐると、掛けるべき言葉の最適解を頭の中で探していると、不意にユナがくるりと振り返った。
「する!」
「は?」
何を言われたのか理解が追いつかず、間の抜けた声が漏れる。ユナはすっと立ち上がると、俺の正面へ回り込んだ。
「ま、待てユナ。するって、何を……」
「何って、だからキスに決まってるでしょ。だってしたらロイは研究を辞められるんでしょ? なら、する!」
「は、いや、でも……」
ずるずるとソファへ沈み込むように後ずさる俺の肩へ、ユナがぽん、と両手を置く。
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け!」
「落ち着いてるよ?」
「いや、だってキスだぞ!?」
「うん、ロイとキスしたい」
「いや、待て、そういうのはお互いをよく知ってからだな」
「もう十分知ってるし」
「……」
反論しようとして口を開くが、その先が続かなかった。
(確かに)
今さら俺たちに「よく知ってから」も何もない。どうやら俺は相当取り乱してるらしい。てか、なんでこいつはこんな平然としてるんだよ。
「ほら、早く」
「いや、その、『ほら』じゃなくて……って、おい!」
焦る俺の声なんてまるで聞こえてないみたいに、ユナの顔がゆっくりと近づいてくる。心臓の音がでかすぎて、こんなの絶対ユナにも聞こえてる。
(ああもうっ……くそっ! カッコ悪すぎるだろ、俺!)
「わっ!?」
突然立ち上がった俺に、ユナが驚いた声をあげた。そのまま半ば押し込むようにユナをソファへ座らせる。呆気に取られたように俺を見上げるユナの肩に、そっと手を乗せた。
「いいんだな? ほんとにするぞ?」
「あ……」
目を丸くしたまま、ユナがこくこくと頷く。
「やだ……ロイ……かっこいい……」
「……っ」
ユナがぽっと頬を染め、小さく息を漏らした。
こいつはほんと。どこまでも俺の想像の斜め上の反応を返してきやがる。
「頼むからもう黙ってくれ」
「ご、ごめん」
俺に言われて、ようやくユナがぎゅっと目を閉じた。静かになったせいで、逆に心臓の音だけがやたらとうるさい。
目の前にあるのは、ユナの顔。似てるようでカイルとは全然違う。透き通るみたいに白い肌。長いまつ毛。ほんのり赤く染まった頬。
(唇……)
なんでこんなつやつやしてるんだよ。柔らかそうだし、触れたらどうなるのかなんて、余計なことまでどんどん頭に浮かんできやがる。
(待て待て待て待て! まじか!? 俺、ほんとにキスすんのか!?)
ユナの肩に置いた手には、知らないうちに力が入っていたらしい。ぴくりと震えたのに気づき、慌てて力を抜く。
(……よし)
意を決して、ぎこちなく顔を近づける。そして――そっと唇を重ねた。




