名案②
「お前、ユナとキスしろ」
「……は?」
一瞬、本気で何を言われたのかわからなかった。
「いや、だからキスだ」
「聞こえてるわ! そうじゃない!」
思わず立ち上がろうとしたが、肩をがっちり抱え込まれていて逃げられない。
「離せ!」
「落ち着けって」
「落ち着けるか! なんでいきなり俺とユナのキスの話になるんだよっ!」
「まあまあ」
ルーカスは腕を回したまま、まるで暴れ馬をなだめるみたいに、俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「まあ聞け。だって、運命の相手以外との口付けは力を弱めるんだろ? てことは、ユナとお前がキスすれば、カイルとの光は必然的に弱まる。癒しの光が出なくなりゃ、みんな諦めるしかないだろ」
目の前のルーカスの顔は、これでもかと得意げだ。
(……言ってた。確かに)
研究が始まった頃、学者連中がそんなことを理由に、俺やカイルが他の相手と口付けを試すのを止めたんだった。
「だからって! キスって!」
思わず声を荒げると、ルーカスは「何をそんなに騒ぐんだ」とでも言いたげな顔で俺を見る。
「別におかしくないだろ。恋人同士なんだから」
「そりゃ……そうだけど」
「おまえ、カイルと毎日してんだから、予行練習はバッチリだろ? ユナがメロメロになるくらい、熱〜いキスをだな――ぐえっ」
余計なことを言い切られる前に、俺は黙ってルーカスの脇腹へ肘をめり込ませた。
「いってぇ。……でも、ま、多分それが一番平和な解決策だ」
脇腹をさすりながらも、ルーカスはけろっと続ける。
「あとは、奥手なロイくんがちゃんとキスできるかってとこだな。おい、そんな目で見るなって」
ルーカスは苦笑しながら、俺の肩にポンっと手を乗せた。
「今すぐとは言ってない。まあ、お前たちのタイミングでいい。お前がユナにキスできなければ、延々とカイルとキスしなきゃいけないだけだ」
「……帰る」
すくっと立ち上がると、そのまま応接室の扉へ向かう。
「おーい」
振り返らない俺の背中へ、楽しそうな声が飛んできた。
「いつお前とカイルの光が消えるか、楽しみにしてるからなー!」
返事の代わりに、力任せに扉を閉めてやった。
* * *
乱暴に閉められた扉の余韻が消えると、ルーカスはふっと口元を緩め、皿のチョコレートをひとつ口に入れた。ほろ苦い塊が、ゆっくりと溶けて広がっていく。
ロイが怒って出て行ったわけではなく、照れ臭さが限界を迎えただけだということくらい、ルーカスは長年の付き合いでわかっていた。口の中に残った甘さをひとつ飲み込むと、小さく肩をすくめる。
「……で? お前はいつまでそこにいるつもりだ?」
そう言って、部屋の奥にある小部屋の扉へ顔を向けた。
「どうせ聞いてたんだろ? 今さら反対とかするなよ」
しばしの沈黙のあと、扉が音もなく開き、何事もなかったような顔でエドガーが姿を現した。
「もちろんでございますとも」
深々と一礼すると、そのまま何食わぬ顔でテーブルへ歩み寄る。空になったティーカップを重ね、残った菓子を一皿にまとめ始めた。
「最初から聞いてたのか」
「ええ、ええ。つい先ほどから」
「嘘つけ」
その返事に一切の説得力はない。
「まあ、いい。おまえは隣国の侍従に自慢できたんだし、ロイとユナもようやく前に進んだ。もう満足だろ?」
「ええ、もちろんでございます」
エドガーは何度も頷く。
「お二人が心を通わせるなんて、これ以上嬉しいことがございますか」
しみじみと言った、その直後。
「ですがっ!」
エドガーの手にしていた皿がガシャンッと鳴る。
「あのロイ殿が、そう簡単にユナ殿へ口付けなどできるはずがございません!」
「ふっ。まあ、それには俺も同意する」
「つまり! それまでの間は、まだまだ癒しの光は健在!」
エドガーの目がきらりと輝いた。
「今のうちに! じゃんじゃん! ポーションを生産していただくしかございませんなぁっ!」
両手で皿を高々と掲げる姿は、まるで収穫祭で豊作を祝う村長そのものだった。ルーカスは額を押さえ、大きくため息をつく。
「結局、まだ諦めてないのかよ」
「もちろんでございます!」
エドガーは胸を張る。
「恋も大事! 国益も大事! 一石二鳥とは、まさにこのことでございますな!」
「お前、本当にブレないな……」




