第七十六話
おいちょっと!
白い空間を獣のように成りながら手と足でがむしゃらに地面を蹴って走る。
これ、間に合うか!?
ハシレ、ハシレ!
分かってるっての!!
今までリルを抱えて走っていたため戦闘の時もそうだがリルの入った箱を置かないと本気が出せなかった為、今は思いっきり本気で走っている。
2足より4足の方が速いっていうのはなんだか複雑だがそうも言ってられない。
ただでさえ元々長く続かない門に入って、あまつさえそこから消えかけの門に駆け込み乗車決め込んでしまっているのだなりふり構っていられない。
門の中、世界と世界の狭間に置いてかれたらいくら俺でも一巻の終わりだ。向こうの世界でも助かったという記録は一つもない。
位置情報を発信する装置を消えかけの門に放置する実験は何度か行われているがその都度ロストしてしまっている。異世界側に放り出されたという、説も無きにしも非ずだがそれも未だ報告されてない。
つまり!
門が段々と小さくなっていき、もう俺の体が通り抜けられないほどの大きさになっている。
ヤベェってことだ! こうなったら無理矢理にでも!!
その瞬間生成スキルが勝手に作動し腕を作ったと思ったら戦利品の両刃剣を掴み全力で門に向かって投擲した。
マナを帯び全力で投擲された両刃剣は高速で回転しながら特徴的な歪んだ音を響かせ閉まりかけの出口に迫る。
・・・
リルの母は1人寂しく門を見つめる。だが、後悔は無い。
本来なら夫と連れ去られた娘を諦め長女と数人の使用人たちと一緒に生きる道もあった。しかしリルの母は希望を捨てず夫の手紙を信じて、意識と術式をペンダントに封じてこの地に留まり続けた。
闇が全てを包み込み封じた力が徐々に失い意識も薄れゆく。如何にかつての国で金甌無欠の魔女と謳われた英雄でもその力は無限ではなかった。最早自分の存在を維持することだけしかできず、意識は深い眠りにつき、ただ朽ち果てるのを待つだけだった。
それから時間だけが永遠に流れた。何年経ったのか、いや何十何百何千何万、現世ではかつての国の面影すら消え幾多の文明が興り滅んだ。
そんな時だった、地獄に満ちたどす黒い闇が払い除けられたのだ。それと同時に眠りについた意識がふと覚醒した。
もしやかつて邪神を現世で撃退した勇者が長い時を掛けこれを成し得たのかとも思ったが、違った。感じたのは勇者とは似ても似つかない黒い力。覆っていた闇が黒く感じなくなるほどの存在だ。
時が経ち新たな邪神が生まれたのかと絶望したが、母の人生で一番驚くべきことが起きる。
その絶望の存在が失われた娘を連れて現れたのだ。娘の姿を哀れに思うも生きていてくれたことに涙が零れた。
娘の入った宝箱に施された術と、かの者に追従する異界武器を見るに、やはり夫は道半ばで力尽きてしまったらしい。そして勇者がその後を継ぎ、娘を助け出してくれたのが分かる。
だが、娘をここに連れて来ることは叶わず、秘匿の術式を込めた箱に娘を隠すので精一杯だったようだ。
勇者はかつて死ぬ寸前のところを我が家に助けられその恩に応えるため奮闘してくれていた。特に娘達とは仲が良く、夫が娘達の花嫁姿を想像して号泣して勇者を困らせたくらいだ。
私たちの期待に応え勇者は戦い、遂に誰もなし得なかった邪神撃退という偉業を成したが、邪神の秘術により街一帯はそのまま邪神と共に引き摺り込まれてしまった。追撃を恐れた邪神は勇者だけを現世に残して。
彼に助けは乞えない、それに彼はもう十分働いてくれた。私たちも邪神には敵わなかったがかつて英雄と呼ばれた者たちの端くれ自分達だけで切り抜けると意気込むも結果は見ての通り。まさか勇者が現世からこの世界に来ていたとは、勇者は私たちに恩があるからと奮闘していたが感謝したいのはこちらの方だ。
もし勇者がこの世界に来てくれなければ今頃娘は永遠の悪夢の中に囚われ死ぬこともできずに苦しみ続けていた事だろう。
そして……
存在が薄れていく中、空中の魔法陣を改めて見つめる。
ありがとう、名も無き優しい怪物さん。あなたがここまで娘を連れて来てくれたおかげで役目を無事果たせました。
魔法陣が完全に消え去り、リルの母も徐々に消え始める。
願わくば、誰かが邪神を……
瞬間、空中に亀裂が走る。薄氷のように亀裂は徐々に大きく広がり、やがて一番亀裂の激しい中心部が砕け散る。何かが音を立てて割れながら空間を裂いて現れたのは……
・・・
危なかった~、間一髪だよ全く。
マニアタマニアタ。
一か八かで門を抉じ開けることに成功し事なきを得た俺だったが、ふと辺りを見回すとリルの母親がおり、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で俺を見ている。
あ、どうもっす。
ドモ。




