第五十七話
何かが…… 来た。
我が領域に、何者かが無礼にも土足で踏み込んできたか。
より深い闇の中で巨大な何かが蠢く。観音のように幾つもある腕のうち正面で組まれた腕を数千年ぶりに崩し、大きく息を吐きそれが闇に溶けていく。
周囲は暗く何も見えないが明らかに蠢く何かにとってかなり手狭なようだ。
領域の主人は自分の領域内だと言うのにこの場所が忌々しくて仕方が無い。自分の領域と言っても不本意にここに押し込められ仕方なく自分のマナで空間を満たしたに過ぎないからだ。
解いた腕で身を前に寄せながら異形の大口を開き、その口からひどく低音な身の毛がよだつ咆哮を上げる。
その声は広大な領域全体に満遍なく広がっていき、それに呼応するように闇の中から無数の影が動き出し始める。
皆一様に頭が無く首から下の体しかなく、この闇に囚われる全ての存在が主の忠実な手足だ。
彼らも最初からこうだった訳では無い。皆この領域の主に頭を捥がれ支配されている哀れな存在だ。支配から逃れるには頭を取り戻さなくてはならないが、その意志を持つことすらできない。
今はただこの領域に生意気にも侵入してきた愚か者の頭を主に捧げるだけに動いているに過ぎない。
そんな忠実な手足共が動き出した時だ、主の咆哮にやり返すようにもう一つの咆哮が放たれた。
領域の端から放たれたはず、にもかかわらずその声の主がさも目の前に現れたかのような錯覚に陥り行進が止まる。
それ以上足を踏み出すことができないからだ。
頭を奪われてから感情などのおよそ生物が持ち得ているもの全てを奪われ、代わりに与えられたのは永遠に近い命という名の隷属。そんな生きる屍に成ってから久しく忘れていた感情が内から溢れ出す。
恐怖
領域の主は其の咆哮を聞いた時…… 思わず歓喜していた。
自分と同等の存在。この領域を抜け出すのに、まだあと数千年は掛かると思っていたが同等の存在が現れたのだ。そいつを殺し喰らえば自分はさらなる力を手に入れここから抜け出すことができる。
何千年も生きてきてこれ程、嬉しい事は無い。生憎こちらはここから動き出すことができないが、待っていれば奴の方から現れるだろう。
そう思うとこんなに待ち遠しい事は他には無い。
愉シミダ。
・・・
気持ち悪い唸り声が響いてきたから思わず吠え返しちまったが、大丈夫か? 変なのが寄ってこなきゃいいんだけど。
俺の咆哮の爆心地に居た生首の少女が睨み何かを訴えてくる。
す、すまんて。
一応蓋は閉めてたんだが駄目だったみたいだ。軽い謝罪をしつつ俺と少女は先に進む。




