第百六十八話
コワイ……イヤダ、シニタクナイ!!!
魔物というただの現象に近い存在から知性や理性、感情を手にし生物に近づいた所為で本来何となくそう感じるぐらいだった筈が、今の自分の気持ちを言語化出来るほど鮮明に恐怖を感じていた。
心臓は無いはずなのに激しく胸を内から叩かれる。その止めどない恐怖が一歩、また一歩と近づいてくるたびに湧き出て、そして溢れ、その場に立ち尽くすことも出来なくなった。
この場から逃げたい、この恐怖からなんとしても解放されたい。その考えで思考が頭を埋め尽くした時、ある物が目に映る。
その場に蹲り、悶える、何か。前にも見た気がする。そいつに触れようとした瞬間アレの存在を感じて、手出し出来ず情けなくその場から逃げ出す事になった原因。あの時はただそれだけで、その強さと呼ぶにも烏滸がましい矮小な存在だったはずだが、今は違う。
何故だかその身からはマナが溢れ続け、この場に居る誰よりもその輝きが増していた。
それを見た刹那、魔物の中に渦巻いていた恐怖を払拭したいという願望がある考えを過らせた。既にあの槍は手中に収め取り込んでいる最中。しかしアレとの差はそんな事では埋まらない。
だが、目の前のマナが溢れ出し続けているこいつを取り込み、溶かし、我が物としたら……
そこからは一瞬の出来事だった。
生きたいと願い、恐怖を消したいと願い、魔物は賭けに出た。倒れ込むマナの塊を取り込み、溶かすための時間を稼ぐため門に向かう。
本能だけでなく、何か別の自分とは関係ない何かからの警告のようなものがそこに行くなと発している気がするが、魔物はそれらを全て振り払った。
・・・
(なんだよ……何なんだよ、コイツは!?)
サラは今でもあの時の事を鮮明に思い出せる。初めてイレギュラーと出会い、絶望し、恐怖したあの時のことを。だが、コレとの出会いはそれがあまりにも可愛く見えるほどだ。
化け物。それ以外にコレを表現する言葉が見つからない。
今日だけで一体何年分の寿命を縮ませられたか皆目見当もつかない。足が震えるとか、動機が激しくなるとかそんなちゃちな事は起きない。寧ろ既に心臓の動きは止まっているのでは心配になるくらい静かだ。
(あたし、息、してるよな?)
「……ぁ……あぁ」
体の機能が完全に停止してたのか、息を吐くのもやっとだ。
すると、背後でドサッと何かが倒れる音がする。言うことが効かない体を必死に動かし音のする方を見ると何人かがこの空気に耐えれず地面に倒れている。
サラは内心羨ましいとすら思う。
出来る事なら自分も気を失って、もうどうにでもなれと諦めたい。だが悲しい事に自分の意識は未だ健在だ。
『ダイジョウブ、デスカ?』
再び頭の奥、意識の奥底から声が響く。最初はあまりの出来事に聞き取ることが出来なかったが今回はちゃんと聞こえた。
(大丈夫? 大丈夫って……何が、言いたいんだ?)
目の前の存在がまさか今倒れた人間の心配をしてるなんて夢にも思わないのでサラはその言葉の意味が分からなかった。
他の人も概ね似たような反応で、化け物もそれを見て多分だが困った様子を見せていた。
(何なんだよ! もう!!)
声に出さない不満を心で叫ぶ事しか出来なかった。




