第百六十五話 始まり
姉崎の静止を振り切り綾瀬は駆け出す。レベル3に近いマナを吸収した肉体はグングンと加速して行き魔獣まで一気に距離を詰める。
魔獣に睨まれている者たちの大半は戦意を失い、辛うじて戦う意志を残している者も対する魔獣の圧倒的な存在感に押しつぶされ立っているのがやっとだ。
空中に浮遊していた魔獣が地面にその巨体の重さを感じさせずに降りる。
これから何が起きるのか、それによって自分たちはどうなってしまうのか。戦意を失ったも者も保っている者もその先の予想は一致していた。
魔獣の人一人簡単に飲み込めてしまう巨大で恐ろしい口腔の奥が発光し始める。徐々に輝きを増し破滅的な光が再び放たれようとしたその時。綾瀬が魔獣の横顔に走った勢いそのままに蹴りをお見舞いした。
ドンっという鈍い音はしたもののレベルの残酷なまでの差のせいで綾瀬の攻撃は虚しくも魔獣に僅かなダメージすら入れられなかった。しかし幸いにも岡田らから気を逸らすことには成功した。
魔獣が大して効いてはいないが攻撃をしてくる不届者をギロリと睨みつける。
自分に降り注ぐ純粋な殺意に綾瀬は気圧されそうになるが、グッと堪えそのまま門とは逆の方向に駆け出す。
ここに居る人達では魔獣に勝てないことは皆が理解していた。綾瀬もそれは百も承知だ。だったら魔獣を遠くまで誘導して、あとは自力で逃げる。それが綾瀬の思いついた作戦だった。
まあ、百歩譲って誘導は出来たとしても、その後の『自力』の部分が困難を超えた非常に難しい話なのだが。
綾瀬が猛スピードで走るのを魔獣はしばらく眺めると、唐突に口元から光弾を綾瀬に向かって何の前触れもなく発射する。
「ヨケロ!」
「え?」
綾瀬の居たあたりが爆発を起こし煙を巻き上げる。
その光景に皆、唖然とするしかなかった。声が出なかった。何が起きたのか理解……したくなかった。
あまりに一瞬で流れた一連の光景に感情を変化させる余裕すら無かった。
魔獣が顔を正面に戻し、足元の小粒共を見据え再び口元が光始める。だが。
またもや、今度は後頭部に何かパラパラとした鬱陶しく、衝撃とも呼べない振動がして、振り返ると先程吹き飛ばしたはずの小粒が居た。
綾瀬は辛うじて爆発から逃れていた。逃れたと言っても直撃を免れただけで、爆発の衝撃や巻き上げられた石や破片によって体はズタボロだ。
左手は完全に使い物にならずダランとしている。それでも幸い残った右手で足元の石を持ち魔獣に投擲して気を引いたのだ。そのおかげで岡田らは再び命を繋いだ。
魔獣もいくら矮小な存在だからと、蠅のように集られては目障りだと感じ綾瀬を真っ先に始末することに決める。
魔獣が完全に気を逸らしたのを確認すると岡田はその機を逃さなかった。
唖然とする人たちに静かに指示を出し門を抜けて避難する。正直思うことはあった。だが岡田は決断した。
綾瀬も遠目にそれを確認すると、なんだか笑えてきた。
やる事があるとかいっちょ前に吐かしておきながら、結局何も出来ず仲間を危険にさらして道半ばで死ぬのかと。
でもなんだか、何ていうか……スッキリしたものを感じていた。
尊敬するあいつと同じように自分を犠牲にしてでも何かを助ける。死ぬのは嫌だけど、何となーく良い気がする。
そんな諦めにも似た感情が湧き出て綾瀬を包み込んだ時、ソレが現れた。
いつの間にか視界の端にソレが映り込み瞬きする間に消え、気づくと目の間に居た魔獣は消え去っていた。
助かったなどという呑気な感想は出てこない。もっと確実に死を予感させる存在が目の前に現れ……
嗤っていた。




