第百四十八話 雲行き
「で? なんであんなガキ雇ったんだ?」
「ウォルターの指示よ」
「なんつうか、アイツも食えねぇ奴だな。裏でコソコソと色々やってよぉ」
「そうね。ま、何にせよ言われた事はやったんだから、後は向こうで何かするでしょ。アタシらは取り敢えず……ハァ、調査をするだけよ」
「ハッハッハ! 嫌そうだな」
くだらない会話をしつつも彼らに油断は無い。いつでも件の存在が現れてもいいように一定に張り詰められた緊張を保ちなが荒野を進む。
ウォルターは何やら考えがあってサラに色々と指示を出しているがその真意までは、サラや他のメンバーも分かっていない。
それについて深く調べたい気もあるが異世界に足を踏み入れた瞬間その考えは瞬く間に消えた。
・・・
綾瀬は外部要員として彼らの探索や調査の手伝いとして雇われたが、これと言ってやる事も無く取り敢えず周囲を警戒してるだけだった。
機器の操作は勿論、見方なども分かる訳でもないので、言ってしまえば完全にお荷物状態。加えて半ば無理やり調査に付いてきたこともあり、岡田からの印象と言うか自分に対する態度からも憤りが見て取れる。
気にしないようにしたいが、そういうモノ程逆に気になってしまう。
今回は軽く周辺を見て回るだけなので、そこまで深いエリアまで行くことは無いのでサラたちの後ろを岡田たち調査チームのメンバーと追従し周囲を観察している。
時折止まって写真を撮ったり、魔獣の痕跡を見つけては何やら話したりと忙しそうで、更にその表情は何処か曇っている。
やはり何か良く無いことが起きているらしい、岡田の表情を横から見ていた綾瀬だが、見ているとだんだん不安が募り始める。
サラたちも一歩一歩進むごとに口数も減り、真剣な表情をしている。
すると、岩の影から一匹の魔獣が姿を表す。
最初はアレかと思ったが、どうやら違うみたいだ。
ぱっと見は熊。だが体格が通常の倍近くあり2足で立っているのもありかなりデカく、それに伴い爪も太く鋭い。
筋肉で隆起した体から発せられる厳つい咆哮に思わず立ち竦んでしまう。
「『仁王』……どうしてこんな場所に……」
調査チームの誰かがそう呟く。
現在の場所は門からそこまで遠く無いレベル2エリア。背の低い草木が生えてはいるが見晴らしのいい荒野のど真ん中。
にも拘らずこの巨体の接近に誰も気づくことが出来なかった。
気配を消す特徴とこの絶望的な体躯。その特徴に一致する魔獣は1匹しか居ない。本来レベル4のエリアに生息し、これまで数多くの調査員を葬った魔獣。
人類が築き上げた常識が覆されている光景に岡田や綾瀬らは絶句して動かないでいる。
「おいおい、なんでこんな場所にいんだ?」
でかいスキンヘッドの外人、レックスがそう言い放つと肩から腕、そして手のひらに雷のようなエフェクトが迸り、次の瞬間目を開けてられないほどの閃光と耳を塞ぐほどの轟音が鳴り響いた。
キーンという耳鳴りが未だ鳴り止まぬ中何とか目を開けた綾瀬はその光景に思わず驚きで目を見開く。
向こう側がくっきり見える風穴が仁王の胴体に穿たれていて、程なくして地面に倒れ伏し完全に動かなくなった。
「チッ、いきなりぶっ放すなよ、うるせぇな」
「そうですよ!」
何やら呑気なやり取りをしているが綾瀬はただ呆然とその光景を見るしかなかった。
だがこんな時にも冷静に状況を整理する者がいた。
岡田は魔獣の死体を調べたり、それをチームの一員と話すと直ぐにサラの元へ向かった。
どうやら1発目から『当たり』を引いてしまったらしい。
その緊張が全体に広がり、岡田はサラと一言二言話した後、その日は門まで急いで引き返すことになった。




