第百三十六話
「応答せよ、先行部隊は直ちにベースキャンプに帰還せよ。繰り返す……」
「ダメそうか?」
「ええ、全く反応がありません。もう30分は経ちますよ」
その言葉を聞いて部隊の隊長を務める男の顔が険しくなる。
音信不通になって30分。そもそもベースキャンプ設営の間、襲われないように付近の警戒と探索を指示しただけで設営時間を見計らって帰還しててもおかしく無い。だが既に設営開始から現在まで1時間以上が経とうとしている。
「機器の故障でしょうか?」
「いや、それは無い」
もし機器の故障で時間になってもこちらからの通信が無い、もしくは受信出来なければそれこそベースキャンプに帰還してるはずだ。
そもそも道中で故障するような事態は起きてないし、事前に動作確認も行っている。
現在位置はレベル2の川からほど近い森の中。川の流れは緩やかで音が遮られる事は無い。通信出来ない状況、つまり何らかの魔獣や魔物と戦闘中であったとしても、些細な音や振動を逃すとは思えない。
第一レベル2程度の魔獣に遅れを取る奴らでも無い。残る可能性としては……
「レベル3のエリアに知らず知らずのうちに侵入…… いや、それこそ有り得ないな。犠牲者が出たにしても誰かは戻ってきてるはず。となると」
「と、となると?」
男の不安が隊員にも伝わったのか声色が若干震えている。慣れた異世界と言っても何が起こるか分からない、全てが理外の世界で絶対という言葉ほど信用できない物はない。
不測の事態。
ここで対応を間違えると犠牲者が増えるばかりか全滅もありうる。かと言って時間をかけてはいられない。
だが男は数秒考えた後に隊員に指示を出す。
「俺が先行部隊を捜索する。1時間経って俺が戻らなければ、直ちにこのベースキャンプを放棄、強行軍で門まで帰還すること」
男はそれだけ言うと直ぐに準備を始める。
「だ、大丈夫なんですか」
「……わからない」
何か気の利いた事の1つでも言えれば良かったのだが、今起きてる事態に対しそんな余裕はこの男は持ち合わせていなかった。準備を終え緊張で乱れた呼吸を1回の深呼吸で整え男は森へと消える。
そして、程なくして通信が入る。
『に、げろ…… 今すぐそこからっ!?』
一瞬の沈黙。得体の知れない何かが自分たちの直ぐ傍まで来ている事実に気付くのに数秒掛かってしまった。
「隊長から何か入りました?」
通信機の音を聞いてやって来たのだろう、呑気なもんだが声を掛けられなければもうしばらく立ち竦んでいただろう。
「いそげ……」
「え? どうかしたんですか」
「急いで門まで戻るぞ! 全速力で!!」
目の前に居なくても他の者に伝わる声量で怒鳴るように声を荒げる。困惑する隊員を一喝し有無を言わさず急がせ、隊長の指示通り強行軍でその日の夜に門まで帰還した。
この迅速な退却のおかげで部隊には幸い犠牲者は出なかった。




