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第百八話 記憶

 何の変哲もない暖かいような肌寒いような春の季節、空はこれから起こる()()()事にに関心が無いように雲が気長に流れ晴れ晴れとしていた午後。


 いつもと変わらない日常、変わらない風景。だが、今日を境に同じ明日は永遠に訪れる事は無かった。


 今でも()()()()()()()()()


 あの日あの時、起きた光景を。



 ・・・



「走れ!」


 足元に広がる異常事態にその声を聞いても頭が正常に働かない。どうすればいいか、何をするべきか、何処に向かえばいいか? 声を荒げたり叫んだりも出来ず、ただ動悸が早くなり周りを伺いそれを真似しようするだけ。


 勿論こんな事態に遭遇した事がある訳ではないが、経験豊富な教官がこの場に居てくれた事に改めてラッキーだったなと思う。



「これは、何が起こって……」


 生徒の1人が理解出来ない状況を理解する為咄嗟に口を開くが、教官は生徒が言い切る前に先程よりも必死な声で叫ぶ。



「いいから走れ!!」


 教官が何か言い切る前に背中がグッと押される。



「え?」


「ボサッとすんな! 行くぞ!!」


 突然の出来事に突拍子のない声を上げてしまうが、後ろから聞こえる聞き慣れた声に従い体が動き出す。


 前を行くそいつに釣られるように僕も走り出す。


 人生であんなに必死になって走ったのはアレが初めてだ。


 無我夢中で走っていたらいつの間にか足元の闇を抜け出していた。走っている時は気が付かなかったが、教官含め周りにいる皆んながここまで駆け込めたらしい。


 マナを使って常人より優れた身体能力がある筈なのに息も絶え絶えだ。


 良かった、助かった。そう思った時だった。



「走れ!!!」


 あいつが叫んでいた。


 まだ此処は無事じゃないのかと思い、辺りを見回しても目の前の光景以外特に異常は無い。


 どうしたかと聞こうとすると、あいつは必死な様子で走って来た方向に叫んでいた。


 見ると今はよく知る人物の姉崎さんと、その友人の百瀬さんがまだ取り残されていた。


 ヤバい


 それしか頭に過らない。


 この時、助けに行くとかどうとかの前に、その後に起きる光景を想像して、頭の中にはその3文字しか浮かばなかった。


 どうすれば、何をすれば、という考えにすら行きつかない唯の傍観者にこの時の僕はなっていた。


 百瀬さんは下半身に力が入らないのか姉崎さんに肩を貸してもらって、2人で懸命に走ってもう10数メートルの所まで来た時だった。


 百瀬さんの足が急にもつれ2人は転倒してしまう。



 一瞬の出来事



 ほんの数秒の出来事だったが、致命的な出来事だった。


 足下の闇の膨張が止まり、その口を開き始める。


 もうどうすることも出来ない。誰もがそう思った。


 あいつは走り出していた。



「ダメだ!」


 咄嗟の出来事に普段出さない声量で必死にあいつを止めた。


 そんな僕の声を無視してあいつは2人の元に向かい百瀬さんを姉崎さんと2人で抱え懸命にこちらに向かっていた。



「────急げ!!」


 この場面を何度思い返しても、あいつの名前は思い出すことが出来ない。


 そして


『門』は完全に開かれた。



 僕は髪の先でも何でもいいから掴もうと必死に手を伸ばした。


 だけど



「飛べ!!!」


 あいつがそう叫びながら2人を投げ……



 暗い底に落ちていった。


 門は数秒で消失し、僕が伸ばした手は虚しく虚空を撫でるだけで何も掴めず、僕は人知れず涙を零していた。


 力が入らない。


 ただ下を向いて既に門が消え去った地面を見つめるだけ。


 皆、呆気に取られたと言うか、ショックで誰も喋らない。助けられた2人の浅い呼吸が聞こえるだけ。



「取、り敢えず…… 避難、しよう。まだ何が起こるかわからない」


 教官がそう言って、僕らに移動するよう促す。だけどあまりの出来事にそんな言葉も耳に入らず、僕はぼーっとしていた。


 一部の生徒も直ぐには動けそうに無い、教官も仕方ないと思いつつも声を上げ皆を誘導する。



 そんな時だった。



 唐突に何の音や気配も無く突然、身の毛の弥立つ恐ろしい感覚が全身を駆け巡った。


 吐き気、めまい、冷や汗、震え、ありとあらゆる体の異常が現れ、そして本能とかそういうモノによるものか頭の中に繰り返し同じ言葉が過った。



 逃げろ、逃げろ! 


 ここから今すぐ逃げろ!!!



 ここ最近異世界で2()()観測されている異常現象。マナによる巨大な衝撃波。


 それが来る予兆は決まって極めて激しい逃走衝動に駆られる。



 この先は誰も知らない。誰も、覚えてない。


 忘却の彼方に葬られた記憶。



 僕だけが知る真実

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