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第76話 〜深雪side〜 普通の女の子みたいに

 白いワンピースを選んだのは、少しでもやわらかく見えたかったからです。


 鏡の前で何度も裾を整えながら、私は自分の白さを見ていました。

 

 髪も、肌も、睫毛も。

 まるで色を置き忘れてきたみたいな身体。


 けれど今日だけは、この白が誰かを怖がらせるものであってほしくなかった。


 てつとの家の玄関に立った瞬間から、胸の奥がずっと小さく震えていました。


 ダイニングテーブルに通される。


 お父さんとお母さんの向かいではなく、なぜか「特別な席」みたいな場所に座らされてしまって、余計に緊張しました。

 みんな優しい顔をしているのに、誰もが少しだけ硬い。

 たぶん私も同じ顔をしていたと思います。


 だから私は、焼いてきたクッキーを差し出しながら、先に笑うことにしました。


 「アルビノですもんね」


 そう言ってしまえば、相手は困る。

 わかっている。

 でも、先に冗談にしてしまわないと、「かわいそうなもの」として扱われる空気が怖かった。


 お父さんは慌てて目を逸らして、弟くんが吹き出した。

 その瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩む。


 よかった、と思った。


 てつとのお母さんは、私を「フランスのお人形さんみたい」と言ってくれた。

 その笑顔があまりに自然で、胸がじんわり熱くなる。


 ああ、この家にはちゃんと温度があるんだ。


 そう思った。


 お父さんがお酒を勧めてくれたときも嬉しかった。

 私はずっと、人の輪の「外側」に立つことに慣れていたから。

 

 珍しいものとして見られることには慣れていても、普通に迎え入れられることには、まだ慣れていなかった。


 だから。


 「血流がわかる人体模型みたいになっちゃうから」


 なんてまた冗談を言ってしまった。


 本当は、少し怖かっただけだ。

 変に思われたくなかった。

 気味悪がられたくなかった。

 てつとの大切な人たちに、「あの子で大丈夫なのか」と思われたくなかった。


 でもお父さんは笑ってくれました。


 「アルビノジョークだね」


 その言葉に、胸の奥の硬いものが少し溶けました。


 食事が終わって、てつとの部屋へ向かう。

 階段を上がる背中に、お父さんが大きく手を振ってくれた。


 ああ。私、今ちゃんと歓迎されてる。


 部屋に入った瞬間、糸が切れたみたいに身体から力が抜けた。


 私は後ろからてつとに抱きつきました。

 抱きついた途端、ようやく呼吸ができた気がしました。


 緊張していた。

 本当は、ずっと。


 てつとの匂いを吸い込む。

 安心する。

 泣きそうになる。


 正面から抱きしめ返されたとき、胸の奥に溜まっていた不安が、少しずつほどけていきました。


 あたたかい。


 こんなふうに誰かに抱きしめられることが、自分の人生にあるなんて知りませんでした。


 震えが止まらない私を、てつとは何も急かさず待ってくれました。

 その優しさが、余計に泣きたくなる。


 お母さんが飲み物とケーキを持ってきてくれたあと、私はまた息を大きく吐きました。


 嫌われたくなかった。


 その言葉を口にした瞬間、自分が思っていた以上に怯えていたことに気づく。


 「こんなだから」


 何度、自分に向かって使ってきたかわからない言葉でした。


 白い髪。

 光に弱い目。

 人と違う肌。


 誰かに受け入れてもらうたび、私は心のどこかで「今回は大丈夫だった」と確認してしまう。


 てつとは、そんな私の髪を静かに撫でてくれた。


 ゆっくり。

 本当に、ゆっくり。


 その手が優しくて、胸が痛かった。


 「父は喜んでたと思うよ」


 その言葉に、ようやく身体の力が抜けた。


 私は彼の胸に顔を埋める。


 この人の声を聞いていると、自分が普通の女の子になれた気がする。


 それからは、いつも通りだった。


 ケーキを食べて、クッキーをつまんで、公園で話すみたいにくだらないことを話す。

 その時間が愛しくて、窓の外が暗くなっていくのが少し寂しかった。


 ふと、てつとが何度もギターを気にしていることに気づく。


 何か言いたいんだろうな、と思った。

 でも私は、あえて触れなかった。


 たぶん彼は、勇気を出そうとしている。


 静かな時間でした。


 何も話さなくても苦しくない沈黙。

 でも今日は、その沈黙の中に、小さな鼓動みたいなものが混ざっていました。


 やがて、てつとが短く息を吐く。


 そしてギターに手を伸ばした。


 私はその横顔を見る。

 少しだけ緊張していて、でも真っ直ぐで。


 愛しい、と思った。


 夕暮れの残り香みたいな薄暗い部屋の中で、てつとは言いました。


 「あのさ……。歌ってほしい歌があるんだ」

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