第66話 ~深雪side~ 世界は永遠じゃない
それでも、夜になると私は何度も立ち止まりました。
電気を消した部屋の中で、視界の端が少しずつ欠けていく感覚に耳を澄ませながら、ふと考えてしまうのです。
もし、まりちゃんが生きていたら。
もし、あの日、あと五分でも引き止めていたら。
そんな「もし」を並べたところで何も変わらないとわかっているのに、心は簡単には前へ進んでくれませんでした。
大学受験の勉強をしている最中も、点字の凹凸を指でなぞっているときも、コンビニで「ありがとうございました」と頭を下げているときも、不意に涙が落ちそうになる瞬間がありました。
ある冬の夕方、アルバイトを終えた私は、バックヤードで廃棄予定のおにぎりを袋へ詰めていました。
店長が静かに言いました。
「最近、頑張りすぎじゃない?」
私は曖昧に笑いました。
すると他のコンビニでは断られたこんな私を採用してくれた店長は、レジ横のホットコーヒーをひとつ差し出して、
「無理に元気にならなくていいんだよ」
と言いました。
その言葉に、私は少しだけ救われました。
店長は「先天性無毛症」で、頭髪や眉毛、まつげがありません。
人は、大きな言葉で立ち直るわけではないのかもしれません。
寒い日に渡された温かい缶コーヒーとか、帰り道に見えるコンビニの灯りとか、そういう小さなもので、どうにか壊れずに明日へ繋がっていく。
帰り道、私は白く曇る夜空を見上げました。
視界は以前より少し狭くなっていました。
街灯の光も、前よりぼやけて見えました。
でも、不思議と怖さだけではありませんでした。
私は知ってしまったからです。
世界は、永遠には続かない。
人も、時間も、景色も、突然失われてしまう。
だからこそ、今日見た夕焼けも、誰かの笑い声も、手の温度も、きっと大切なのだと。
スマホの待ち受けには、まりちゃんと撮った写真が残っていました。
少しピンぼけしたその笑顔に向かって、私は小さく呟きました。
「私、ちゃんと生きてるよ」
風が静かに頬を撫でました。
まるで遠くから、
「うん」
と返事をされたような気がしました。




