第134話:鉄じゃない心
牢屋の中の人を人質にとられ、迂闊に手が出せなくなった。
「ところで、我が社のロボットは見たか?」
何だ? 時間稼ぎか?
「見たさ。アカデミアでも、スノーウィーンでも。ここで作っているようだな」
「いいものだろう? 何の文句も言わずに働いてくれて、給料も不要。私の、最高傑作だ」
「だったら尚のこと、人に過重労働をさせる必要はないだろう。事務でも何でも、人手不足の部署は山ほどあるはずだ」
「まあそう言うな。せっかくここまでご足労頂いたんだ。披露ついでに、お前たちの目的を断たせてもらう」
「何?」
グレイブが牢屋の鉄格子に手を当て、
「永久鉄鋼」
その直後、鉄格子はまるで溶かされたようにドロドロと落ち始め、牢屋内の床に広がっていった。
「ひっ!」
「何だこれは!」
足元に鉄が流れ込んできた人たちから悲鳴を上げ始めた。
「うわぁぁぁっ!」
「来るな、来るなっ!!」
ドロドロになった鉄格子は、瞬く間に牢屋内に広がった。そして、
「かっ、体が・・・!」
「待て、待ってくれ・・・!」
ピキピキ、ピキピキと、足から順に、鉄格子と同じような錆び付いた鉄の色に変わり始めた。
「うわあああぁぁぁぁぁ!!」
「た、助けてくれええぇぇぇぇぇぇ!!」
変わっているのは、色だけでは、ない・・・。
「ま・・・!」
目の前で起こっている事態を把握して「待て」と叫ぼうとした頃には、もう遅かった。
牢屋の中にいた人たちは全員、鉄の塊に変えられてしまった。
「ま、さか・・・!」
こんなことが、起こり得るのか・・・。
「うそ、でしょ・・・!?」
見ていることしか、できなかった。
目の前にある鉄の塊は、工場のコンベアーの流れのスタート地点に並んでいるものと同じに見える。間違いなく、あれがロボットになるんだ。
「そんな・・・そんな・・・!」
高松さんが絶望に満ちた表情で、なおかつどこにも焦点が合ってないような目で、震えている。目の前の人たちを救うことができなかった。更には、アカデミアで壊したロボットは、元々は人だった。鉄に変えられた時点で絶命していたかも知れないが、それでも、これは、辛い。
特に高松さんは、ストレス発散と言わんばかりに喜々として壊していた。本人もそれを思い出して、この反応を見せているのだろう。頼む、気をしっかり持ってくれ。俺自身も、少し気分が悪くなってきたが。
ガクッ。
高松さんがその場で崩れ落ちて、両膝と両手を地面についた。相変わらず焦点の合ってないような目で、元々は人だった鉄の塊たちを見ている。
「あ・・・、ああ・・・・・・!」
「高松さん! 気をしっかり持つんだ!!」
この場で崩れられては困る。捕えられていた人たちを助けることはできなかったが、せめて、グレイブ・スチーラーを倒してこの工場も壊滅させねばならない。
「き…」
「どうして!!?」
「貴様」と言おうとした言葉は、花巻さんの声に遮られた。見ると、ひと筋の涙を流し、怒りと憎しみに満ちた横顔があった。まるで、親の仇でも睨んでいるかのような目だ。
「どうして、こんなことができるの・・・? どうして・・・!?」
花巻さんが、1歩、また1歩と前に出た。
「花巻さん! 落ち着いて!!」
俺が花巻さんを手を掴んで止めた。
「驚くにはまだ早いぞ」
今度は、何だ・・・!
「このままでは何もできないからな。だが完成品を持ってくるのも面倒だ、これで我慢してくれ」
そう言ってグレイブは、さっきまで人だった鉄の塊を近づけ、その形を人間に近い二足歩行のものに変えた。更にそこに手をかざし、魔法陣を発生させた。あの魔法陣は、
「ギビングソウル」
鉄の人形に光が灯り、やがて消えた。
「貴様・・・」
ギビングソウルを受けた物は自発的に動くこともできるが、基本的には術者に従う。教え込めば単純作業ぐらいできるだろう。「購入者の言うことを聞け」と指令を出せば、それ以上のMP消費もないはずだ。
「おはよう、可愛い可愛い我が子よ。こっちへおいで」
グレイブが鉄の人形をガラスの方に連れて行き、工場を見せた。
「あれを見るといい」
グレイブはリモコンのような物を取り出し、スイッチを押した。工場のラインを流れている鉄の塊が1つ、コンベアーから押し出されて別のコンベアーに落ちた。その先で90°の直角カーブがあり、さらにその先に・・・、
「やめろぉぉ!!」
プレス機のような機械があった。
「もはや俺にも止められん」
やがてその鉄の塊がプレス機に到着し、
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
花巻さんが叫びながら屈みこんだ直後、一瞬で粉々になった。それを、目の前にいる鉄の人形はじっと見ていた。
グレイブはその肩に手を当て、
「さあ、君はこっちだ。その中でじっとしているんだ」
人型の鉄の塊はそれに従い、鉄格子の無くなった牢屋の中に入り、体育座りをした。心なしか、少し震えているように見える。
「・・・どこまでクズになれば気が済むんだ」
「クズなどではない。全ては会社の利益のため、豊かな国の経済のためだ。より人件費を削減するためには、これが合理的だろう? それとも、クズというのはコイツらのことか?」
「あんたねえっ!!」
高松さんの声だった。膝をついたままではあるが、焦点はしっかりとグレイブに定まっている。良かった、気を持ち直したようだ。
「許せ、少しでも能力のある人間を生かすためだ。こいつらは元々受刑者。もちろん罪の重い者から優先している」
「だからって、こんなことが許される訳がないだろう。社会を担っているAIロボットの正体が、こんなものだったとはな」
「“こんなもの”とは、言ってくれるものだな。競合他社に分解されても問題ないよう、駆動部も電気回路もしっかり組み上げている」
「人を鉄に変えた上に肝心のAIプログラムが無いのだろうが」
「何を言う。これでもしっかりとAIは搭載されている」
「何がだ。人工的に知能を与えたとでも言いたいのか」
「AIが人工知能だとは言っていない。そのまま、愛属性の魔法を使ったからエーアイなのだ」
愛。アイ。AI。
「ふざけるなぁ!!!」
「ふざけないで!!!」
気付いた頃には、俺は床を拳で殴りつけていた。痛みは、感じない。
「競争に勝つには、コストを減らすしかない。心を鉄にしてでも合理的判断をする必要があるのだよ」
まだそんな冗談が出るのか。信じられん。
「鉄なんかじゃ、ない・・・!!」
今度は、花巻さんの声だった。既に立ち上がっており、涙をポタポタと地面に落としながらも、その目はしっかりとグレイブに向いている。
「鉄の心なら、こんな酷いことはできない!! あなたは、悪魔よ!!!」
叫び終えた花巻さんは、「はぁ、はぁ、」と呼吸を整えている。まさか、あの花巻さんが、これ程までに感情を剥き出しにするとは。これまで見たことがない姿には驚いたが、事実、人をここまで怒らせる程のことを、目の前の人間はしている。
「・・・葵、私たちに任せて」
高松さんの一人称が、“私”になった。
「タダで済むとは、思ってないだろうな」
高松さんと2人で杖を構えた。敵は、勝てないことを悟り人質を捨てた。俺たちは、誰も助けられなかった。できるのは、これ以上犠牲を増やさないことだけだ。
「許せない・・・!」
花巻さんが杖を頭上に振りかぶる。声を掛ける間もなく、
「う゛う゛っ!!」
その杖を振り下ろした。当然のことながら、ダメージは与えられない。
「はははっ、愛属性か。敵に塩を送ってどうする。貴様、愛属性しか使えぬようだな。愚かな判断をしたものだ」
「葵、ここは私たちが」
高松さんが制止しようとするも、
「う゛う゛っ!! う゛う゛っ!! う゛う゛っ!!!」
花巻さんは止まらない。回復魔法だけが、空しく何度も敵に当たる。杖を振るのをやめた後は下を向いていたが、ゆっくり顔を上げ始めた。その目には、ピンピンしている敵の姿が映っているはずだ。
カラン、
と、花巻さんが杖を手放した。
「どうして・・・」
その場で崩れ、両膝と両手を床についた。
「どうして・・・!?」
さぞ、悔しいだろう。今度は手足を床についたまま顔だけを前に向けた。両方の目から流れる涙は、頬を伝い、顎から一滴ずつ床に落ちていく。
「どうして、あなたは・・・!」
その後また下を向いて、
「どうして、私は・・・っ!!」
涙を、ボロボロと落とす。
「葵・・・」
かける言葉が、無い。憎い相手が目の前にいて、制裁を下す手段がないというのは、とても耐えられるものではないだろう。
「どうして・・・! どうして・・・・・・!!」
そして、膝をついたまま両手の拳を頭上に運び、それを振り下ろした。
「どうしてよ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っっっっっ!!!!」
次の瞬間、うずくまる花巻さんの周囲に強風が吹き荒れ、淡い光の渦が巻き起こった。
「う・・・!」
「んっ・・・!」
「ぬお・・・!」
立っている3人は強風に煽られたが、腕を盾にして、片足を半歩下げて持ち堪えた。強風と共に渦を巻く無数の光は、ガラスも、石の壁さえもすり抜けながら花巻さんを中心に回っている。
一瞬にして、痛みや疲労が消し飛んだ。それこそまるで、魔法でも掛けられたように、身も心も洗われた気分がした。強くて、優しい光だ。
「何、これ・・・?」
高松さんも自分の手や体を見回している。メニュー画面を開くと、HP・MPとも完全回復していた。光の渦の中心にいる花巻さんもほぼ完全回復。これほどのことをしておきながら、MPが3秒に1ぐらいのペースでしか減っていない。彼女の身に、一体何が起きているんだ・・・?
「何だ、これは・・・。あの娘に、これほどの力が・・・?」
グレイブも驚きを隠せないようだ。俺たち3人はしばらくの間、光の渦の中心でうずくまる花巻さんを見ていることしかできなかった。
花巻さんが、ゆっくりと立ち上がった。光も風も止む様子はない。怒りに満ちたその目から溢れる涙は、床に落ちることなく宙を舞い、きらめいている。
ゆっくりと、手を胸の前に運び、肩幅に開いた。さらに、
「う゛う゛っ!!」
その手を前に突き出すと同時に、渦を成す光の一部が猛烈な勢いでグレイブに向かい、直撃。しかし、ノーダメージ。グレイブは特に反応を示さない。
「あ゛・・・・・・う゛・・・・・・」
花巻さんは再びその場で崩れ落ち、膝をついた。手を膝の上に乗せ、体を震わせながら項垂れている。光の渦は、まだ回り続けている。
「どうして・・・」
どうすることもできずに、震える声で嘆く花巻さんをずっと見ていた。結局のところは、愛属性。攻撃は、できないのか。さっきの今で、ギビングソウルを使えるはずもない。自分たちで仕留めるべく高松さんの方を見ると、
【その愛、我が引き継ごう】
遠くから語り掛けられているような声がした。
「・・・今度は、何・・・?」
当然ながら、高松さんや花巻さんの声ではなさそうだ。辺りを見回しても、ここにいる4人以外の姿は見えない。
やがて、光の渦が収束し始めた。少しずつ、少しずつ、花巻さんのもとに寄っていく。ある程度小さくなると、渦の中心が移動し始めた。花巻さんの数歩前の地点に集まり、1つの大きな淡い光となった。
今度はそれが少しずつ、光を強くしながら姿を変えていく。そして、とある形を形成したところで落ち着いた。その姿は、見た目通りの、女神。実体があるか分からない光の姿であるが、2本の足、スラリとした胴体に腕、慈愛に満ちた瞳に、美しく光る長い髪。見る者の目を奪わせるような、女神の姿がそこにあった。
【我は、愛の魔法を司る者、ラーヴァ】
突如として現れた女神は、ラーヴァと名乗った。姿を見せてもなお、その声は遠くから語り掛けられているように聞こえた。
ラーヴァは、体を震わせながら俯いている花巻さんを、同情するように見下ろしている。違和感を感じたのか、花巻さんが顔を上げた。怒りを宿しながらも、不思議なものを見るような目をしている。涙は、まだ止まっていない。
【悔しいか、少女よ】
「・・・・・・っ・・・?」
花巻さんは話し掛けられたが、訳が分からないと言った様子で、大した返事ができないでいる。
【悔しいかと、聞いている】
花巻さんはしばらく反応を示さなかったが、
コク、
と、無言のまま首を縦に振った。
【力を、貸そう】
「え・・・?」
力を、貸すだと・・・?
【愛の魔法のみを持つ者が、その愛ゆえに力を欲した時、我が力を貸す】
そう言ってラーヴァは俺たちに背を向けた。
【だが今のお主の精神状態では、少々無理がある。我が直々に手を下そう。実のところ、そうしたいと思っていた】
後姿だけでも分かる。この女神もまた、怒りに満ちている。
【グレイブ・スチーラー】
「っ・・・!」
グレイブが警戒する様子を見せる。
【珍しき、金属を扱う魔法のみならず、我が愛の魔法までもをこのようなことに使うとは、許してはおけぬ】
ラーヴァが左手を横に振ったと思ったら、景色が一瞬にして屋外のものとなった。
視界の半分は青い空、そして下の方に、山。遠くに街も見える。かなり高い位置にいるようだ。あの山は、さっきまで中にいたはずの山だ。感覚的にはウォーターランドで乗った観覧車よりも高い。150mはあるだろうか。
自分が光の上に立っていることに気付いた。左にも光があるのを感じて顔を向けると、ラーヴァの横顔があった。巨大化したラーヴァの、肩に乗っているようだ。
「え・・・? なに・・・これ・・・?」
右を見ると、辺りを見回している高松さんと、膝をついたままの花巻さんがいた。涙は止まったようだが、頬には涙の跡が残っている。2人とも、何が起こったのか分からないような表情だ。自分では見えないが俺も似たようなものだろう。
「分からない。外に出て、さっきの女神が巨大化した肩に乗ってるみたいだけど・・・」
そのラーヴァの数十メートル前方、胸の高さの辺りにグレイブの姿があった。もがいているようだが、空中で縛られているかのようにその場を動けないでいる。
ラーヴァがこちらを見た。
【すまぬな。お主らも怒り心頭だったと思うが、あの男には、我が制裁を下す】
首を縦に振って返事をすると、ラーヴァは再び前を向いた。
【覚悟はよいな】
次回:百万の愛で敵を討つ




