第135話:百万の愛で敵を討つ
工場で行われていた非道に花巻さんが激怒、それでも愛属性では攻撃できなかったところに、愛の魔法を司る女神・ラーヴァが現れ、敵を討つと宣言した。俺たちは巨大化したラーヴァの肩の上におり、グレイブは空中で動きを封じられている。
【魔法は、人々の暮らしを豊かにする為に与えた。ビジネスに使うのも結構。だが、一部の人間が弱者を苦しめて私腹を肥やす為のものではない】
おそらく、それぞれの属性に創造主がいるのだろう。彼らが連携を取っているかは分からない。
【世の中には、様々な力がある。文明開化のさなかで一部の人間に力が偏るのは、やむを得ん。最も哀れなのは武力で、最も愚かなのは権力だ。これらは同じ人間に集まることが多い上に、容易に人を苦しめることができる】
武力の存在は哀しく、権力の存在は愚かしい。ラーヴァ指摘は正しいと思った。人間は、やはり碌でもない生き物だ。
【生活基盤たる土地に価値を与え、そこで暮らすものから国家運営のためと銘打って金銭を搾取するなど、よく考えたものだ。このような姑息な手段を考え付くのは、お前たち人間しかいないぞ】
全くだ。せっかく得た知能をそんなこと使うとは。これなら野生動物の方が遥かに清い心を持っていると言えるな。自分が生きるために多種族の命を奪っている点は、人間も同じ。
【我が愛の魔法は、生命の心身を癒すものだ。だが、慈しみでは救えぬものがある。愛では守れぬものがある。故に、愚かで哀れな者を止める力を用意した】
ラーヴァは自身の胸の前で両手を合わせ、少し開いた。そこに大きな魔法陣が発生。見たことのない模様だ。パーフェクトリバイブでも、ギビングソウルでもない。さらに上のレベルで習得するものか、あるいは・・・。少なくとも、攻撃魔法であることは間違いないだろう。
【貴様はこれまで、どれほどの人を苦しめた】
ラーヴァがグレイブに問いかけるも、グレイブは束縛から逃れようともがき続けるだけだ。距離があるせいか、グレイブの声は聞こえない。
魔法陣の中心辺りに、小さな淡い桃色の光が現れた。小さな、小さな光だ。続いて、もう1個、2個、3個。更に10個20個30個と、瞬く間に増えていった。もう100個は超えた。まだまだ増え続ける。同時に、宙に縛られているグレイブが少しずつ離れ始めた。ラーヴァが動かしているのだろう。
【これは、攻撃対象が苦しめてきた命の数だけ光が灯る。今もなお苦しみ続ける者、苦しみの果てに命を落とした者、耐えきれず自ら命を絶った者、全てだ】
まさか、そんな技があるとは。大勢を苦しめることで私腹を肥やす、権力者相手には打ってつけだ。
【・・・1000、・・・2000、・・・まだまだ増えるぞ】
やがて、小さな光が集まって1つの大きな球体のようになった。1つ1つは小さな光。だが、あの光の数だけ、苦しめられた人がいる。苦しみ続けている人がいる。
【1万、・・・2万、・・・止まらないな】
小さな桃色の光が集まった球体が、まだまだ大きくなっていく。ラーヴァの両手は、間もなく肩幅に達しようとしている。ラーヴァ自身が巨大であるために、この球体も巨大なものとなっている。
まだまだ光は増え続け、球体は全体的に大きくなりながらも、それを成す1つ1つの光も少しずつ中心に動き、密度が高くなってきている。グレイブは随分と遠くに押しやられていた。これから、この光を浴びることになるだろう。
【10万、・・・20万、・・・30万、・・・・・・】
まだまだ、まだまだ止まらない。
【・・・70万、・・・80万、・・・90万、・・・・・・】
そして、
【100万】
ラーヴァの両手が、肩幅の2倍ほどの位置で止まった。もう、球体の奥の方にいるグレイブの姿は見えない。
【実際にここまでの数になったことは、かつてないぞ】
“実際に”と言ったのは、100万の数字に何か意味があるのだろうか。それにしても、100万人。ロボットに変えられた人、鉱山で奴隷のように働かされてきた人、工場やオフィスの人も含めた、今もメタリックカンパニーやその下請けで働いている全ての人だろう。
【死をもって償え】
驚いた。まさか、愛の魔法を司る女神からその発言が出るとは思わなかった。
【ミリオン・ラブ】
ラーヴァが両手を前に突き出すと、光の球体が前方に進んで行った。ラーヴァの肩の高さにいる俺たちには、グレイブの姿が見えない。それから10秒もしないうちに、
「がああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああああ!!!」
遠くから、グレイブの悲鳴が聞こえてきた。俺たちはただ、前方に向かって行く光の球体を見続けた。グレイブの悲鳴は、すぐに聞こえなくなった。
やがて、巨大な光の球体も、ゆっくりと、霧散するように、姿を消していった。グレイブの姿も、完全に消えていた。
ラーヴァは手を下ろし、
【まだ、だな】
そう呟いた。
【まだ救えていない命が、残っている】
確かにまだ、終わりじゃない。これからビジナに戻ってファシスを討ち取らなければならない。当然、ヨヅ総隊長を始めとするエコノミアの軍隊を敵に回すことになる。ラーヴァは、そこまでついて来るつもりか・・・?
【鉄に変えられた人間は、生きている】
な、に・・・!?
心臓を強く打たれたような衝撃が走った。さっき鉄の塊に変えられた人も、ロボットまで加工された人もか・・・!? 生きているのは良いことなのだが、だとすると、俺は、俺たちは、アカデミアで・・・。
高松さんの方を見ると、尋常じゃない反応をしていた。呼吸は荒く、またしてもどこにも焦点が合ってないような目になった。エコノミア国軍の援軍が着いてからは余裕もあり、高松さんもストレス発散と言わんばかりに喜々としてロボットを壊していた。
今までは、鉄に変えられた時点で死んでいたと思うことができた。どのみち助からなかったと思うことができた。だが、違った。まだ繋がっていた命を、ロボットごと壊してしまった。
【褒美だ、受け取れ。死者の蘇生はできないが、命さえ繋がっていれば、救える】
戸惑う俺たちを余所に、ラーヴァは左手を天にかざしながら空を見上げた。
【プリマヴェーラ】
空から、光が降ってきた。今度は、淡い水色だ。粉雪のように、ひらひらと舞い落ちながら降っている。目に見える範囲は確実で、恐らく、世界中で降っている。ロボットに変えられた命が、元の姿に戻るんだ。
嬉しいことが起きているはずなのに、素直に喜べない。俺たちが壊してしまったロボットは、もう・・・。
【降りるぞ】
巨大化していたラーヴァの体が縮み始め、高度が下がっていった。やがてラーヴァの肩から体が浮き、淡い水色の光の雪と共にゆっくりと地面に向かって降下していく。
そして、着地。
【これはもう、不要だな】
水色の光が降りしきる中、ラーヴァは目の前の工場に手を向けた。
【ふん】
工場が消え、普通の山になった。
そして、鉄に変えられていたであろう人々が、ポンポンと突然目の前に現れた。
「え、え・・・?」
「俺、生きてるのか・・・?」
「確か、体が鉄になって・・・」
「一体、何が起きてるんだ・・・?」
人々は困惑した様子で、自分の体を見回したりキョロキョロと周囲を窺ったりしている。
【花巻、葵】
声を掛けられた花巻さんがラーヴァを見た。
【先ほどのは、見事だった】
”先ほどの”とは、恐らくはラーヴァが現れる直前の出来事だろう。当の花巻さんが何のことだか分かっていないような顔をしているが、ラーヴァは構わず続けた。
【お主のその、人を想う心を、失うでないぞ】
さっき花巻さんの身に起きたのは何だったのか、聞くために口を開こうとしたが、
【それと、まだ精神が未熟なようだ。精進するといい】
俺が何か言うのを止めるかのようにラーヴァは話を続けた。正体不明の威圧感に押され、何も言うことができなかった。
「はい・・・」
花巻さんが、力のない返事をした。自分では手を下せなかった悔しさが、残っているのかも知れない。
【最も、お主が自身の精神をコントロールできたところで、愛属性による攻撃は不可能だ】
間接的に攻撃できるギビングソウルは、さっきのを見てしまった以上、花巻さんが使うことは絶対にないだろう。
【先ほど我が使ったのは、愛属性唯一の攻撃魔法。100万集えば他を含めても最大の威力となる。よもや、実際に100万集うことになろうとは思わなかったが】
やはり、最上級魔法か。創造主なのだから持っていても不思議ではない。
【これを人間の手に渡すつもりはない。だが、必要になった時は我を呼べ。力を貸すことを約束しよう。次は、自分の手で制裁を下すことができるよう精神を鍛えておけ。並の精神力で扱えるものではないぞ】
花巻さんはラーヴァを見据え、
「はい」
さっきよりは歯切れの良い返事をした。まだよく状況を理解していなさそうだが、仕方ない。
愛属性の最上級魔法、ミリオン・ラブは女神ラーヴァが持っている。花巻さんが力を必要とすることが条件となるが(花巻さんの性格的にこの条件を満たすのが難しそうだが)、貸してくれるらしい。愛の魔法と言うだけあって相手が誰かを苦しめていなければ効果を発揮しないが、それでも十分だろう。中野の魔人滅殺剣に続いて、強力な武器を手に入れた。
【では、さらばだ】
ラーヴァの姿が少しずつ薄くなっていき、やがてスゥッと消えた。
さて。心の中でそう呟きながら俺は鉄の人形から戻った人たちの方を向いた。状況が分かってきたのか、笑顔を見せている人が多い。生還を喜んでいるところ悪いが、
「みなさん」
話し掛けるとすぐに静かになり、視線がこっちに集中した。
「今、首都ビジナで反乱が起きています」
ここで再び、ざわつき始める。俺は声量を上げた。
「メタリックカンパニー本社ビルは既に倒壊、理不尽に刑務所に捕えられた人たちも解放され、残すはエコノミア政府を叩き潰すだけになりました。1人でも多い方が勝率が上がります。もちろん危険は伴いますが、それでも構わないという方は、どうか、協力してください」
まだ、戦いは終わっていない。グレイブがいなくなっても、エコノミア政府とメタリックカンパニーが力を持っていれば似たような悲劇は繰り返される。苦しむ人を100万で止めるためにも、倒さなければならない。
「わざわざ返事は聞きません。行かれる方は、真っ直ぐビジナに走ってください」
俺がそう言いながら杖をビジナの方角に向けると、
「ぬぅぅぉぉぉおおおおおおお!!」
1人の男が雄叫びを上げた。
「こんな腐った社会! ブッ潰してやるうううぅぅぅぅぅぅ!!!」
男の叫びが終わると一旦静まり返ったが、すぐに別の男が便乗した。
「俺だって! いきなり異動を言い渡されてブチギレて辞めたら刑務所送り、出られたと思ったらまた山に連行されてロボにされかけたんだ!! あいつら! フザけやがって!! タダじゃ済まさねぇ!!」
「おし行くか! 武器なんてその辺に転がってるだろ!」
「おう!」
2人の男が、走り出した。他の人たちはしばらく2人の背中を見ていたが、
「俺たちも続くぞ! 戦う勇気のある者はビジナに向かえぇ!!」
「「「おおーーーっ!!!」」」
先を行く2人を追いかける形で、他の面々も続いた。結局、誰1人としてこの場には残らず、俺たち3人だけになった。俺たちも、これ以上ここにいる意味はない。俺は杖を股に挟んで空を飛ぶ構えを取った。
「花巻さん乗って。僕らも行くよ」
次回:決戦の地へ(前編)




