第132話:もう1つの山へ
外に出ると、刑務所周辺も騒ぎになっていた。兵士や警備員は労働者たちが捕まえていくのでバリケードもなく、離れた位置からメディアのカメラが向けられている。空にもヘリがいて、リポートもしているようだ。
「じゃあ中野君、また後で」
「おう! あの2人のこと、頼んだぜ」
「大統領のことは、頼んだよ」
「任せろ!」
今更カメラなどに臆す訳もなく、飛び立った。ヘリも無理に近づこうとはしないようだ。見下ろすと、やはりまだ便乗していない人もいるようで、ただただ事態を観察する野次馬も多くいた。遠くからでも、不安そうにしているのが分かる。あの顔を歓喜に満ちたものに変えるのが、俺たちの役目だ。
適当な所で降りて、また宿屋に侵入して回復。今度は、南に向かって飛び立った。左前方に山が見える。一旦ブラッキで回復するとして、とりあえず状況を聞いてみるか。
<そっちの調子はどう?>
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大村君やスノーウィーンで助けた人たちと別れ、葵と2人でブラッキ北東の山に向かって移動を始めた。
「まずは全速力でブラッキに行って、そこで回復してから山に行こう」
「うん」
「絶対、止めようね」
「うん」
強く頷いた葵を杖に乗せて、ブラッキを目指して飛び立った。葵にMPを回復してもらいつつ、飛び続ける。東の空には、きれいな朝焼けが見えた。
さっきは、みっともない姿をみせてしまった。どうしても、手の震えが止まらなかった。ビルを壊す。口で言うのは簡単だし、魔法を使えば作業自体も簡単。だけど、いざ自分がそれを実行するとなって、怖くなった。
大村君なら、1人でもできたと思う。私が頼んだから一緒にさせてもらったのに、あの有り様。失望、させちゃったかな。今から向かう山の方は先に行くよう任せてもらったけど、後から大村君も来る。“最後まで一緒に”なんて言ったから来てくれるのかも知れないけど、きっと、自分が行かなきゃダメだって思ってるんだろうな。実際、“僕も行こうと思う”と聞いて、ホッとした。このままじゃ、ダメなのに。
大村君の手は、思ったよりも小さかった。あの時は、驚いて、嬉しくて、でも一番の印象は、こんな小さな手でここまでのことができるんだと言うこと。私の手の震えを止めた。心の震えも止めた。ビルを壊した。そしてこれから、一国を相手に勝負を挑む。
今までも大村君の手を握ったことはある。小さくて、可愛い手だと思った。さっきは、大村君の方から、私の手を握ってくれた。それでも、小さな小さな手だった。その小さな手に、色んなものが懸かっている。今回だけじゃない。グリンタウンでも、スターリー神殿でもそうだった。昨日の夜に聞いた話でも、そうだった。大村君1人の小さな手に、色んなものが集中する。
だから私は、その負荷を少しでも請け負いたい。それどころか大村君に余計な心配までさせるなんて、もってのほか。最初から目標にしていたことだ、彼に頼らずに済むようになる。でもそれは今朝、とりあえずの目標に格下げされた。
最終的な目標は、大村君にとっての切り札になること。彼はまだ、自分自身を最後の切り札にしている。その切り札に、私はなりたい。
2人のMPが半分を切ったところで降りた。道を進むと門の兵士に見られるから、森に降りて進むことにした。ブラッキはもうすぐそこ。急ぎ足で進み、撒けなかったモンスターだけは退治しつつ、ブラッキに到着。柵を越えて中に入り、魔法使いの装備を解く。
「さすがにここはまだ、乱闘とかにはなってないみたいね。ニュースが流れてるのか騒がしいけど」
「うん。・・・でも、手配書は貼ってあるね」
「う゛・・・しかも懸賞金上がってるし。回復はマンガ喫茶にしよっか」
「そうだね」
一瞬、ここでも騒ぎを起こそうかと思ったけど、やめておいた。大村君なら、どうしただろう?
・・・ダメダメ、また彼に頼ろうとしてる。もし彼がここにいて“暴れちゃおうか”って言っても、ちゃんと理屈をつけて反論できるようにならなきゃダメなんだ。今はまだ、できないけど。
マンガ喫茶を探して歩いていると、
「俺たちも行くぞおおおぉぉ!!」
「「「おおーーーっ!!」」」
突然、誰かが叫んで、それに大勢の人が応えた。まさか。
「「「ワーーーーーーッ!!」」」
遠くから、叫び声と共に振動が伝わってくる。やがて、北門を目がけて走る軍団が現れた。それに便乗するように、周りの人たちも混ざって行く。気付いた兵士が止めようとするも、意味なし。彼らが目指すのは、北門のさらにずっと北、首都ビジナ。騒ぎが大きくなって中継とかも入り、現状に不満を持つ人たちが走り出したのだろう。もう、止められない。
「早く、山の方に行こっか」
「うん」
マンガ喫茶を探すのはもう面倒。場所が分かってる宿屋に行って、頼んでみよう。ダメだと言われても、勝手に部屋まで進んで回復する。完全に不法侵入なのに、もう感覚が麻痺してきている。
<山の工場は、ブラッキからちょうど45°北東に3キロ進んだ辺りにあるって囚人に聞いた。近づけば工場みたいなのが見えるらしいよ>
大村君からメッセージだ。
<分かった、ありがとう。今ブラッキにいるから、これから向かうね。ついさっきブラッキでも大騒ぎになって、大勢の人がビジナに向かって行ったよ>
一応、今見たことを伝えておいた。
「葵、メッセージ見たよね。急ごう!」
「うん!」
宿屋に到着。装備も、しっかりと身に着けて。
「いらっしゃ・・・あなたたち、まさか!」
「回復させてもらいに来ました。いいですか?」
「・・・本当に、手配犯の子たちのようね。この騒ぎ、きっと悪いのは国の方ね。こんな所でも良ければ自由に使って」
「あ、ありがとうございます!」
2人でお礼を言って、部屋に通してもらった。回復後、すぐに出発。
「気を付けてね」
「はい!」
外に出て、北に向かって走る住民に混ざってブラッキを出た。久しぶりに、柵じゃなくて門を通った。兵士はいなかったけど。
目標は、45°北東。マップを確認しながら、モンスターを撒いたり退治したりしながら山に向かって急いだ。
そして、山の麓に到着。3キロの距離、走ったり歩いたりモンスターと戦ったり・・・、急いだから結構疲れた。
「はぁ・・・はぁ。ここ、だよね」
「はぁ・・・。多分」
遠くから見ると木々に覆われていたけど、一部改造されていて工場のようになっていた。長方形に開いた穴に、そこに向かう石の坂道、2人の見張り。
「どうやって入ろっか」
「うーん・・・」
ビジナやブラッキの騒ぎが耳に入ってるのか、見張りは妙にピリピリしているように見える。中がどうなってるか分からない状態で2人だけで正面突破はできない。街の人を連れてくれば良かったとも思ったけど、もう遅い。自分たちで、何とかしよう。
「他に、出入口って無いのかな」
葵がそう聞いてきた。
「そうね、探してみましょう」
時計回りに半周回ってみたけど、特に何もなし。だからこそ見張りもなく、簡単に山に足を踏み入れることができた。
「このまま残り半周回って、入り口のそばに行こう」
「うん」
人間が管理しているからか、モンスターは一切出なかった。0.8周ほど回った辺りで、
「葵、あれ」
「あっ・・・排水溝かな」
「多分そうだと思うけど・・・」
2人で顔を見合わせ、頷き合った。
鉄格子で塞がれているから見張りは見当たらないけど、周りを気にしながら少しずつ近づいて、到着。横向きの丸い石のトンネルから水が流れ出ている。方角はちょうど南、海へ向かっているのかも知れない。
「千尋ちゃん、これ」
幸運なことに鉄格子が一部欠けていて、小柄な人なら何とか通れそうな幅が空いている。さすがに女子高生が侵入してくるなんて思ってないのだろう。
まずは私から、石の壁を背にして、
「う゛・・・」
「大丈夫?」
途切れている鉄の棒がお腹を擦って痛いけど、こんなの我慢。この中にいる人たちは、もっと痛い思いをしている。葵は私よりウエストが細いのか、特に痛がる様子もなく通り抜けた。
「あたしのHP回復はいいわ。進みましょ」
「うん」
入ってすぐ右への直角カーブ、その先は真っ暗だけど私には魔法がある。光属性の魔法で淡く照らし、特に何もなかったのでそのまま進み続けた。大村君にもこの入り口を教えようとした瞬間、
<そっちの調子はどう?>
とメッセージが来た。
<たったいま工場の中に入ったよ。正面の入口は見張りがいるから、真南を向いてる排水溝からがいいと思う。私たちは微妙な隙間から入ったけど、壁が石だから大村君は余裕だと思うよ>
<分かった、ありがとう。こっちもいま刑務所の方が終わったから、そっちに行くよ>
<うん、先に調べてるね>
当然のごとく、この工場のマップも表示された。この排水溝は1階の設定。私たちが歩いた道が、大村君の道標になる。
たまに横から水が流れ込んでくるけど、さすがにこれは通れない。しばらく進んでいると、上に向かう梯子が見つかった。見上げると、マンホールのように開けられそうな蓋があった。この上は、何だろう。
「ちょっと上がってみるね」
梯子の上まで上がり、耳をそば立ててみた。特に何も聞こえない。結構大きな隙間がある。そこに目を近づけてみたけど、見えたのは石の壁と天井だけ。ふと思いついて隙間に指を入れ、中指の先だけで床の部分を触ってみた。
「よし」
目論見通り、マップの2階部分が表示された。点しかないけど、できることは何だってしよう。100やったうちの、1でも役に立てば大収穫だから。
梯子を下りて、
「なんか怖いし、もうちょっと進んでみよっか」
「そうだね」
その後も何度か、梯子を見つけては登って隙間から覗いたあと指を入れるのを繰り返した。いかにも工場のような機械が見えてそれが動いている音が聞こえたり、石の壁しか見えなかったり。
この排水溝は、四角の渦を描くように回りながら中心に向かっている。そして、
「行き止まり、だね」
「うん」
2周半したところでド真ん中に来た。どこかの梯子から、上に上がるしかない。大村君がいれば大きな穴を開けて周囲を確かめることもできるけど、ここで彼を待つという選択肢は、ない。
2階のマップを見る。8個の点と、そのうちの1つの点のそばに壁がL字で表示されている。でもあそこは、広い工場スペースだ。迂闊に出られない。行くなら、石の壁しかなくて物音のしなかった場所。
中心に近い方がいいか、それとも外周の方か。悩んでも仕方がないので、ここから一番近い所に行くことにした。
移動して梯子を上がり、風で蓋を押し上げてみた。特に誰かの声は聞こえない。ゆっくり閉めて、最後少しだけ蓋を浮かせた状態のところで風を止めて、ゴオン、と音を鳴らした。それでも特に騒がしくなる様子はない。もう一度風で蓋を押し上げて、目まで上に出した。石の床、石の壁、石の天井。後ろを見ると、同じく石に囲まれた通路の先に木製のドア。小さな部屋のようだ。
一旦顔を引っ込めて蓋を閉め、下にいる葵を見た。私の表情から全てを理解したらしい。頷き合い、葵が登ってくるのを待った。そして、まずは私、続いて葵が上に出た。
<そっちのドアしか、ないね>
<うん>
今度は、大村君も見れるようにメッセージ。
<排水溝は四角い渦になってる。あたしたちはちょうど2周したところから上がったよ>
<分かった。とりあえず行ってみる。先に調べてて>
信用してくれているのか、私たちが捕まっても何とかなると思っているのか。
ドアに近づき、耳をそば立てる。足音や声は聞こえない。ドアを強めに叩いてドンと鳴らしてみた。それでも特に反応なし。
<ちょっと離れてて>
<うん>
もしもの時のために、葵だけでも逃げられるように。
ドアノブに手をかける。ギイィィッと音を立てながらドアが開く。その先では、ガラスの向こうに工場が広がっていた。中に人はおらず、機械だけが動いて鉄の塊みたいなのを加工しているようだ。同じ高さだと分かりづらい。上の階から見れば全体が見渡せそうだけど、それよりも今は人探し。なぜか工場の中には1人もいないみたいだけど、連れて来られた人たちがどこかにいるはず。
いま私が向いている正面―――ガラスの壁とその先に工場が見える―――は、北。右は、ガラスと石の壁に挟まれた通路。突き当たり、東側の壁は石。左も同じような通路だけど、その先の西側の壁はガラス。多分、あの西側のガラスの向こうにも工場がある。そして左右とも、通路は突き当たりで南側に直角に曲がっているようだ。
<葵、出て来ていいわよ>
<うん>
5秒もしないうちに葵は出て来た。
<何・・・これ・・・?>
<分かんない。今あたしたち北向いてるから、北側と西側は広い工場になってるみたいね。南西がさっきの出入口のはずだから、反対の右に行ってみよう>
<うん>
右に進み、突き当たりでは角に張り付いて一瞬だけ先を見て、誰もいないことを確認してガラスを背にして曲がった。それからまた少し進むと、広めの空間に出て階段が見つかった。
<行こう>
<うん>
階段を上がり、3階へ。北側にガラス、2階と同じように通路があってガラスの所で左に曲がれるようだ。葵と頷きあって歩き出し、工場を見渡しつつ左に曲がると、
「えっ」
曲がった先は通路ではなく広い空間で、牢屋があった。中には、たくさんの人。
「なんだ?」
「誰か来たぞ」
「魔法使いみたいだが」
「もしかして助けか?」
「んな訳ねぇだろ、俺たちゃもう助からねぇ」
牢屋の中がガヤガヤし始めた。ニュースなんて見れないから外の状況も知らないのは無理もない。
「しーーーーっ」
私は指を口に当て、息声で静かにするように伝えた。牢屋の中の人たちは、すぐに静かになってくれた。改めて見渡すと、右は一面ガラス張りでその先に工場、正面もある程度進んだ先にガラス張りで多分その奥も工場、左は牢屋に入れられた人たち。後は、この工場を動かす中枢と指揮官が見当たらないけど、この人たちを助け出せればノルマ達成だ。牢屋の方に近づこうとすると、
ウィーーーーーン、
と音がして、天井が丸くくり抜かれて降りて来た。その上に人を乗せて。
「どうやら、ネズミさんのお出ましのようだな」
次回:グレイブ・スチーラー現る




