第130話:人工自然災害
午前3時、起床。マンガ喫茶を後にして外へ。昼と比べればかなり人は減っているが、それなりにいる。酔っ払いや若者だけじゃ無さそうだ。さすがは万人多忙都市と言ったところか。閉まるビルが多いのに、どこで仕事をしているのやら。明かりが点いているマンションの部屋もそれなりにあり、家で仕事をしている人も多そうだ。
だがそれも、今日までだ。生活のために日々耐え忍んでいるところ悪いが、雪山で奴隷のように働かされ、あなたたちよも酷い仕打ちを受けている人を救うためだ。もちろん、あなたたちの生活も良い方向になる見込みもあるし、逆にこのまま放置すれば1年後にはあなたたちも雪山送りになるかも知れないのだ。実際に昨日、50人もやって来た。どこかで、止めなければならない。
“万人多忙都市”が幸いして、この時間に外を歩いていても目立たない。日常を送る人々を見送りながらメタリックカンパニーへ向かう。でもさすがに3人いて無言は妙か。みんなして真顔だし。
それにしても昨日は、何であんな話をしたかな。何かしなければ寝れそうになかったし、魔が差したということにしよう。2人があの話を聞いて、どう思ってるのかは知らない。今のところ、特に変わった様子はない。
まあ別に、あの程度、ありふれたような話で、トラウマ級の事件だった訳でもない。だが、ありふれた話だからこそ、似たようなことが何度もあり、その積み重ねで人間不信になったというだけだ。強いて言うなら、中学の3年間、毎日がトラウマだった。
さて今は、この国を何とかしなければならない。俺とは比べ物にならない程のトラウマ級の日々を過ごしている人が、5万では済まないレベルで居る。
「外歩いてる人、多いね」
高松さんが、何のことはないことを言った。沈黙を破りたかったのだろう。
「・・・そうだね。スーツ着てる人も結構いるし」
「電気ついてる部屋も多いよ」
「仕事、なのかな」
花巻さんも口を開いた。こんな時間にも仕事をしている人たちを、心配しているような口調だ。
「じゃないの? 家に帰って、家事とか子供の世話が落ち着いたらまた仕事。家で仕事ができるってのも楽じゃないね」
デスクワークだけなら家でもできるから、仕事を理由に遅く帰ることはできない。家でも仕事ができるという便利が、人々の多忙を生んでいる。
「どうにか、なるかな」
「きっちり建て直せば、1人1人の仕事量が減るはずだから」
「・・・うん」
高松さんが、不安を隠す様子もなく答えた。
「そのためにも、一部の人間の懐を潤すためだけに働かされてる人たちを解放しないとね。昨日で雪山の労働者、次は理不尽に刑務所に入れられた人たち、そしてメタリックの社員。それだけでも、分母がかなり増えるから」
「・・・でも、その後は? 自信が、ないよ・・・。みんなの暮らしをメチャクチャにするだけに、なっちゃわないかな・・・?」
「その時は、」
“僕が土下座でも何でもする”と言おうとして、やめた。
「一緒に罵声を浴びよう」
高松さんがゆっくりと俺の方に顔を向け、怯えと驚愕が混ざった表情で大きく瞬きを繰り返した。そして正面を向き直しながら、目を閉じて、軽く拳を握って胸に当て、
「うん」
と優しく呟いた。
「大丈夫。そうはならないよ」
「一応聞くけど、根拠は・・・?」
「予感」
「・・・そればっかり」
一応、多くの人は不満を抱えている状態だから誰かが暴れ出せば便乗するだろうという見解があるが、面倒なので言わなかった。もちろん高松さんは、それも把握した上で「そればっかり」と言ったのだろう。
「・・・2人とも、頑張ってね」
沈黙になりかけた時、花巻さんからエールが送られた。
「もし罵声を浴びることになったら、ごめん。花巻さんにも一緒に浴びてもらうから。あと中野くんにも」
「うん。仲間外れは、嫌だよ。みんなでしたことなんだから、みんなで罰を受けようね」
「その代わり、ヒーローになる時も一緒だ」
「自信があるの?」
「50%」
「何よそれ」
高松さんからツッコミが入った。
「50%という数字は、高いと思うんだけど。サイコロ振って奇数が出たらヒーローになれるんだったら、振るよね」
「偶数が出たら吊し上げられるんなら、振らないわよ」
そう言った高松さんが花巻さんにイタズラっぽい表情で目配せをしたと思ったら、2人して2~3歩前に出て、そろって振り返って俺を指差してきた。
「「大村君の仲間じゃない限り」」
「ぷっ。あっははははははっ。さすがは僕の仲間だ、よく分かっていらっしゃる」
「・・・分かりたくなんて、なかったわ」
「それは、私も、かな」
「残念だったね。1/1000以下の確率が当たってこのゲームに挑戦して、さらに何分の1か知らないけど僕と同じチームになるなんて」
「ううん、残念なんかじゃないわ。こんな人が世の中にいるんだなって、知ることができたから。それに、何千分の1かで出会えたんだから、50%なんて余裕よ」
「その根拠は?」
「あると思う?」
「あるでしょ、僕じゃあるまいし」
「ないわよ、大村君の仲間なんだから」
「なるほど」
「納得しないで」
そんな押し問答を繰り返しているうちに、メタリックカンパニー本社ビルが近づいてきた。
「・・・着いたね。準備はいい?」
ついに到着。この時間は警備員さえいない。
「・・・・・・もうちょっと、待って」
高松さんはそう返事をしたあと、深呼吸を2回。さっきの会話で気が緩んできていたが、少しずつ、再び緊張感が戻ってくる。
「とりあえず、横に回ろうか」
「「うん」」
正面だと、門からビルまでの距離がある。横に回れば柵のすぐそばにビルがある。柵を越えようとして警報でも鳴ると面倒だ。周囲に人がいないかも確認しながら横に回り込んだ。さすがに人っ子1人いないとまではいかないが、俺たちが注目を浴びることはない。立ち止まり、目の前のビルを見上げた。
「竜巻を起こして、これを瓦礫に山にしよう。僕が土属性も使って周りには影響が出ないようにする」
「・・・うん」
高松さんが、強張った表情で、少し上ずった声で答えた。風を起こしている真っ最中を見られる訳にはいかないが、柵から少し離れた位置に隠れられそうな植物があるのは知っていた。3人でその陰に入り、腰を下ろし、杖を出して手に持った。ローブや帽子は出さなくても、杖さえあれば魔法は使える。
「さあ、やるよ」
「うん」
左側に高松さんがいるので、左手に杖を持って前に向けた。高松さんもそれに続き、杖が2本横並びになる。だが、高松さんが持つ方の杖が明らかに震えていた。
「ごめん」
高松さんは手を引っ込め、スーーーー、ハーーーーー、と大きく深呼吸をした。
「待つよ。落ち着いたら言って」
「ありがと」
俺も一旦手を引っ込めて、高松さんが呼吸を整えるのを待った。数分後、
「もう、大丈夫」
「なら、やろうか」
今度は2人合わせて杖を前に向けた。高松さんが持つ杖は、まだ小刻みに震えていた。
「だい、丈夫、だから・・・!」
必死に何かをこらえているような目で、睨むように前を見ていた。あまり良い状態ではない。
柄ではないのだが、仕方ない。少しでも成功率を上げるためだ。
俺は杖を右手に持ち替え、空いた左手を前に伸ばし、震えている杖を高松さんの手ごとつかんだ。さらにそこに俺自身の右手も寄せて、2本の杖を固定した。
必然的に、高松さんの顔が近くにくる。俺の方が若干前に出ているが、驚いた様子でこちらを見ているのが分かる。それでも俺は、ただひたすら前を見続けた。
「“せーの”でいくよ」
右腕を俺の両腕に挟まれている高松さんは、少しだけ身を寄せてきた。
「・・・うん」
高松さんの顔が動き、前を向いたのが分かった。もう手が震えていないことは、見なくても分かる。
「せーの」
「「ダブルサイクロン」」
目の前のビルで、竜巻が発生した。何十階まであるか分からないビルを覆う、大きな、大きな竜巻だ。2つあるはずだが、重なっていて1つにしか見えない。ビルの壁が、剥がれていく。竜巻の中に、瓦礫が増えていく。外に出た破片は、その場で真下に落として飛んでいかないようにした。
思ったよりも小さな音で、それでも豪快にビルを崩していきながら、風が回る。半分ぐらいは崩れただろうか。まだ1分ほどしか経ってないせいか、まだ騒ぎは起こってないようだ。日が昇るまで誰も気付かないかもという希望が頭をよぎりつつも、風と瓦礫をコントロールし続けた。たまに動く高松さんの手を感じながら。
瓦礫や風を少し調整しようとすると、どうしても手に力が入るようで、その度に高松さんの手が軽く縮こまる。緩めるとまた、高松さんも手の力を緩めるようで、指の関節が俺の手の平で動く。気が散るのだが、仕方ない。高松さんは、どんな気分で風を起こし続けているのだろうか。
やがて、ビルがほぼ完全に崩れ去り、瓦礫だけが舞い続けるようになった。
「“せーの”で止めよう」
「うん」
随分と、高松さんの声に元気が戻っていた。2人で声を合わせて、
「「せーの」」
少しずつ風を弱くし、宙にある瓦礫を積み上げていった。俺が土魔法を使えばすぐにできる作業なのだが、なんとなく気が引けて、2人で風を使って瓦礫を積み上げていった。そして、全ての瓦礫を下ろし切り、瓦礫の山だけが残った。正面の門の方を見ると、人が集まり出しているようだった。
風を止め、高松さんの手を離し、魔法使いの装備も外した。花巻さんはすぐに続いたが、高松さんは呼吸を整えるのに集中しており、気付いていない。集中したいところ悪いが、
「高松さん、高松さん」
「千尋ちゃん、大丈夫?」
俺は肩を叩きながら、花巻さんは体を揺すりながら呼びかけた。
「あっ。・・・ごめん」
高松さんも装備を外し、普通の恰好になった。何食わぬ顔で柵の近くまで出て、瓦礫の山を眺めながらメタリックカンパニー本社ビル跡地の周りをぐるっと回り、野次馬に溶け込んだ。万人多忙都市とは言え、エコノミアを代表する大手の本社ビル倒壊は足を止める程の事態だろう。
「なんだアレ? 人集まってね?」
「さあ? てかここデカいビルなかった? 取り壊し?」
意外と、特に気にも留めずに通り過ぎていく若者がチラホラいる。ここにあったのがメタリックカンパニー本社だったとは、そもそもメタリックカンパニーが何なのかさえ知らないのかも知れない。
それに紛れるように、俺たちもその場を去った。
現場からある程度離れ、落ち着いた。まず必要なのはMP回復だ。
「とりあえずさっきと別のマンガ喫茶で回復だね。そしたら北東の森に出て、みんなと合流しよう」
「「うん」」
「歩くしか、ないんだけど」
ここはビジナの中心部、端の方に行くには1時間はかかるだろう。
「しょうがないよ、行こ」
さすがにもう高松さんも落ち着いてきたようだ。この時間にマンガ喫茶に入って30分で出て行った事には店員も訝しげな目を向けてきたが、そのまま出て北東を目指し、柵を越えて森へ。
最悪は一旦飛んでから探すことも考えたが、山の労働者たちはすぐに見つかった。交替で見張りをして休んでいるようだ。
「お、結局来たのか。騒ぎの方、よろしく頼むよ」
「もう、仕掛けてきました。もしかしたら夜明け前から騒がしくなるかも知れませんが、その時はもう行っちゃいましょう」
「ああ、もう待ちきれなくてウズウズしてるところだ。・・・ところで、何を仕掛けて来たんだ?」
「メタリックカンパニーの本社ビルを壊してきました」
「な・・・なんと・・・大胆なことを」
「もう瓦礫の山になってて、人が集まり出してますよ」
「そうか・・・」
「すみません、お勤め先、壊しちゃって」
「構わんさ。むしろスッキリしたよ。だがもう、後には退けないな」
心の底からスッキリしたような顔をしているのを見て、安心した。
「ええ、やりましょう。ここまで騒ぎの声が聞こえるか、日が昇るかで突入ですね」
「ああ」
話し終えて、俺たちも休憩することにした。モンスターは労働者たちで分担して退治しているらしい。MPを使いたくないから助かる。さて、中野の状況はどうだろうか。
<中野くん、今どんな感じ?>
身動きが取れる状態ならいいが。
<牢屋に入れられたが縛られたりとかはねぇ。いつでも行けるぜ! これぐらいならブッ壊せそうだ>
それは良かった。
<じゃあ合図出すからお願い。できれば他の囚人たちも出して刑務所中で騒ぎを起こして>
<任せろ! 同じ牢屋にも10人いるし、隣も上も牢屋さ。なんか理不尽に捕まった人多いみたいだぜ? 山から逃げ出しただけとか>
そうか、やはり何かありそうだな。民間企業の重労働から逃げただけで刑務所行きになるとは。
<あとそうだ。ブラッキの北東にも山があるらしくてな、そこに連れてかれて外に出れた人はいねぇらしい>
なんだって・・・? それは、スノーウィーン以上にまずそうだ。刑務所の次は、ブラッキ北東の山だな。ん、いや・・・。
<分かった、ありがとう。まずは刑務所のみんなを助けよう>
<おう!>
「中野君、大丈夫みたいね」
「だね。もしかしたら凶悪犯罪者も脱獄するかもしれないけど、野放しにされてる超凶悪犯を捕まえるためだから、やるよ」
「大村君だけじゃなくて、私たちもやるんだからね」
高松さんの精神状態も、だいぶ回復してきたようだ。だからという訳ではないが、
「それなんだけど、高松さんたちは先にブラッキの北東の山に行ってもらっていいかな」
「え・・・?」
「こっちは多分、これだけ人がいれば大丈夫。ブラッキ北東の山でもスノーウィーンみたいなことになってるなら、助けなきゃ。先に行って、どんな状況か見て欲しい。何なら捕まってる人たちを解放してもらってもいい。刑務所の方が片付いたら僕も行こうとは思うけど」
「・・・・・・」
高松さんは、目を閉じて考える。俺が山に行って高松さんが刑務所でもいいし、3人で山に向かってもいい。それは高松さんも分かっているはずだ。
だが、俺はできれば囚人たちの解放を見届けてからにしたい。いざという時に労働者たちを人質にされたくないからブラッキ北東の山も解放しなければならないのは確かだ。だが同時に、刑務所の解放も勝利への必須条件だ。必須条件だと思うものは、全てこの目で確かめたい。もしもの時に加勢することができるように、現地にいたい。ブラッキ北東の山は、これから攻め入る刑務所の後に向かっても遅くはない。
「千尋ちゃん・・・」
花巻さんが、心配するように高松さんを見つめる。さっきの今だ、高松さん本人も不安を拭いきれないだろう。
高松さんが顔を上げ、決意に満ちた表情で俺を見た。
「分かったわ。行こう、葵」
「・・・うん!」
「それじゃあ、頼んだよ。できるだけ早く追いつくから」
「「うん」」
高松さんたちが南の方に移動を始めた。あとは、日の出を待つのみ。
次の交替の時間が訪れたようで、次の見張り係が起こされる。本当はここでまた寝る班があったらしいが、寝る気が失せたそうだ。指揮の高まりを感じ取ったのか、休みを取っていた労働者たちが次々と目を覚まし、人が集まっていく。スノーウィーンを出発した時からほとんど減っていない。捕まらないどころか、見つかりさえしなかったようだ。
東の空が、明るくなってきた。全員でビジナの街に向かって移動を始めた。
「僕が合図を出したら、一斉に刑務所までダッシュしてください。後は自由に暴れてもらっていいです」
「うし」
「燃えてきたああぁぁ~~」
「腕が鳴るぜ」
ビジナ外周の柵に到着。まずは俺が登って中の様子を見た。心なしか、普段の朝よりも慌ただしく人が往来しているような気がする。号外新聞のようなものをバラ撒いている人もいる。
その1枚が飛んで来た。瓦礫の山の写真があり、“エコノミア本社ビル倒壊、手配中の魔法使いの仕業か”という大きな見出しになっていた。もう既に、混乱は始まっているようだ。だがこれから、さらなる混乱が巻き起こる。数時間後にまた、号外新聞が発行されることになるだろう。
後ろを振り返り、革命軍メンバーを見下ろした。
「さあ皆さん、革命の準備はいいですか?」
次回:首都大混乱




