第129話:メタリックカンパニーをぶっ壊せ
<壊すって、その・・・ビルを?>
これからやろうとしていることを伝えると、高松さんが恐る恐るといった感じで確認してきた。
<そうだよ。本社はオフィスビルしかないし、形だけの働き方改革のおかげで9時には全員追い出されて閉まるから大丈夫だよ>
<そりゃケガ人は出ないようにするんだろうけど・・・>
<ま、僕1人でもできるから、嫌なら見てるだけでいいよ。日の出までどっかに逃げて隠れることになるけど>
<そっか・・・>
それからしばらく反応がなかったので、オレンジジュースを一口飲んで、紙コップをキーボード横の狭いスペースに戻すと、
<それ、あたしもやる>
そのメッセージと同時に、真剣な眼差しを向けてきた。本当に俺1人でも構わないのだが、
<“次は最後まで一緒に”って、言ったじゃない>
スターリー神殿で合流した時、悔しそうにする高松さんに向けて俺が言った言葉だ。高松さんは尚も、俺から目を離さない。何を言っても無駄なような気がした。
<分かった。一緒にやろう。属性そろうの風しかないから、竜巻だね>
<うん>
俺1人に任せて自分は見てるだけ、というのは嫌だろうな。その気持ちは凄く分かる。こんな大事な仕事を人任せになんて、したくない。責任が重いのを人に頼っておいて便乗するだけなんて、耐えられない。
<多分すぐ騒ぎになっちゃうから、日が出るちょっと前ぐらいがいいね。それまでここでゆっくり過ごそう。明日は朝早くから、ずっと戦うことになるから>
<うん>
ここでやりとりが終わる。花巻さんは黙ったままだが、メッセージは見れるようにしてるから大丈夫だろう。多分花巻さんも見てるだけというのは耐えられないだろうが、手段がないものはどうしようもない。
それからは、他愛もないことを話して過ごした。
適当にマンガを取って読んだ。
併設のビリヤードで遊んだ。
よく分からん洋風映画を見た。
自販機のたこ焼きを食べた。
これから大企業の本社ビルを壊して、刑務所に殴り込んで、政府にもケンカ売ろうというのに、何をしているんだか。とっても楽しかった。
アラーム機能は音量設定できない上にプレイヤー以外にも聞こえるので、部屋に備え付けのアラームをセットして仮眠をとることにした。念じたら、回復した。宿泊施設としてカウントされているようだ。
「ねえ」
「ん?」
「眠れない」
「ネットがあるんだから子守唄でも聞けば?」
「歌ってよ」
「やだ」
「けち」
「そうだね」
「最低」
「そうだね」
「大村君が自分でも否定するような悪口が見つかんない」
「そうだね」
「んもう・・・」
「僕ぐらいのダメ人間にもなれば、大抵の悪口は否定できないからね」
「じゃあどうして、酷い目に遭ってる人たちを助けようって思うの?」
「見てられないから」
「ダメ人間なのに?」
「・・・・・・」
返事に詰まり、思わず目を逸らした先で花巻さんと目が合った。
「大村君が本当は優しい人だって、分かってるからね」
「・・・早く寝ないと、疲れが明日に残っちゃうよ」
顔を高松さんの方に戻すと、まだ真っ直ぐと俺を見ていた。俺が目を逸らしても、ずっと見ていたようだ。
「早く寝て欲しいなら、子守唄」
上目使いはやめてくれ。
「頑張って寝て。僕は優しくないからそこまで面倒見きれないよ。僕はどっちかと言うと、子守唄を歌ってもらう側になりたい」
「クラゲに歌が聞けるの」
「そういうクラゲになる」
「人間でいて」
「1億円を手に入れるまではね」
「今は人間なら、子守唄、早く」
「それで高松さんは眠れるの?」
「ムリ」
「じゃあどうすればいいの」
「分かんない。考えてよ」
いっそのこと何か頼んでくれ。でも子守唄を断ったばっかりだし、無理か。実際、断りたくなるようなのしか頼まれる気がしない。そして俺はほぼ確実に断る。
俺はその場で仰向けに寝っころがって目を閉じた。
「あっ。・・・もう」
横になってはみたが、このまますんなり眠れるとは思えない。高松さんがこのまま俺を放置しないだろうし、彼女の気を済まさないまま自分は1人で寝てしまえるほど、俺も良い性格をしていない。さて、どうしようか。
と考えたところで、フゥッと、思い付いた。
「・・・子守唄はやめとくけど、昔話をしようか」
「え? ・・・やった。昔話だって、葵。何の話かな」
「楽しみだね」
残念ながら、楽しめるようなものではない。このタイミングでするような話でもない。それでもなぜか、その方向に俺の意識は動いている。
「電気消して」
「はーい」
目を閉じてるから見えないが、高松さんが立ち上がったようだ。不意に、毛布が掛けられた。
「そのままだと風邪ひいちゃうよ」
「どうも」
電気が消えた感覚がして、ガサゴソと音がした。2人とも横になったのだろう。始めるか。小さな子どもには聞かせられない昔話を。
「昔々あるところに、1人の少年がいました」
「・・・少年なの?」
「いいじゃん何でも」
「まあいいけど」
「少年は、自転車に乗るのが大好き。今日も、元気よく学校に向かいます」
「え、学校・・・?」
もう、何の昔話だか分かっただろう。
「勉強が嫌いな人は多いけど、この少年はその反対。今日もまた、今までは知らなかった新しいことを学べると意気揚々。授業中に寝ている人の気が知れません」
ああ、やっぱり、大事な勝負を前にして話すようなものじゃないな。だけどもう、後には退けない。
「けれど少年には悩みの種がありました。委員会のお仕事です。適当に枠が余っていた図書委員会に入った少年。クラスで、男の子と女の子が3人ずついました」
2人は黙ったまま、俺の話を聞いている。暗くて見えないし、呼吸の音は寝息のようにも聞こえるのだが、“あなたの話を聞いている”というオーラがひしひしと伝わってくる。
「図書委員会のお仕事は、1週間のうちにお昼休みと放課後に1回ずつ、男女1人ずつが図書室に行くことです。男女3人ずついますから、単純計算すると1人当たり3週間のうちに2回、図書室でのお仕事があります」
まだまだ、俺は話し続ける。
「もうひとつ、クラスで男女1人ずつの代表は、月に1回の委員会に出なければなりません」
ここまで話して、枕元に置いていたお茶を一口飲んだ。
「ですが、少年のクラスには少し問題がありました。他の男の子のうちの1人は、体が弱くて放課後はあまり残れません。もう1人はご両親の帰りが遅い日は小さな弟たちの世話をしなければならず、やはり放課後は残れません」
ここからが、俺という人間を形成した部分になる。
「少年は聞きました、3週間に一度ぐらいは放課後に残れないのかと」
「病弱な子は言いました、3日に1回は気分が悪くなって病院に行ってて、それが急にくることもあるから無理だと」
「弟の世話をする子は言いました、両親は2人とも急に“今日は遅くなる”っていうから無理だと」
「仕方がないので、放課後は毎週少年が、お昼休みは他の2人が交互にやることになりました。月に1度の委員会も放課後なので、もちろんこのクラスの男子代表は少年です」
「やはり不公平感を感じた少年。2ヶ月ほど経ったある日、クラスの委員会で集まった時に聞きました、本当に放課後は残れないのかと」
「病弱な子は言いました、無理だと。体が強い君には分からないと」
「弟の世話をする子は言いました、無理だと。いつも親がご飯を作る君には分からないと」
「まだまだ納得できない少年。さらに1ヶ月ほど経ったある日、自分が放課後の当番の日に風邪を引いてしまい、学校を休みました」
記憶の限りでは、小学4年以降、忌引以外で学校を休んだのはこの一度きりだ。
「次の日、クラスの図書委員全員が職員室に呼び出されました。昨日は、男の子が誰も放課後できなかったので、急きょ女の子がもう1人行ってくれたようです。女の子は誰も悪くないので解放されました。きっと、男の子たちがちゃんと先生の所に行くかチェックしに来たのでしょう」
「少年は言いました、昨日は風邪を引いて休んでしまったと」
「病弱な子は言いました、昨日は病院に行っていたと、3日に1回は気分が悪くなって病院に行っていると、だから放課後はいつも少年に任せていたと」
「弟の世話をする子は言いました、昨日は小さな弟の面倒を見ていたと、両親が帰りが急に遅くなることがあって結局昨日もそうだったと、だから放課後はいつも少年に任せていたと」
ここで深呼吸をすることにした。フーーーッ、という自分の口から発した音が、部屋に響く。
「先生は言いました、なら悪いのはお前だと。少年を指差して」
「少年は口答えしました、昨日は風邪を引いてしまったから仕方ないのではないかと、病弱な子が放課後図書室に来れないのと同じなのではないかと」
「先生は言いました、風邪を引いたのが悪いのだと、2人は事情があって来れないのだからお前が来るのが当然だと、当番の日に風邪を引くのは責任感が無さすぎると」
「少年は頭にきました。そして言いました、だったらどうしてこの2人を同じ委員会に入れたのかと、そんなことをすれば残る1人に負担が掛かるのは分かるはずだと」
「先生は言いました、この2人は本が好きなんだと、ただでさえ恵まれない環境なのだからこれくらい大目に見ろと、助け合うのが人として当然のことだと、こんなことで怒るお前は心が狭いと」
「少年は叫びました、本が好きで、自分の意志で図書委員になったのなら、最低限の仕事をする責任があると。3人いるのに半分を僕に押し付けて、それで1日休んだだけで責められるのはおかしいと。人の助けがあるのを前提にするのは間違っていると。人に迷惑を掛けない努力はするべきだと」
「パン! ビンタをされました。職員室が静まり返ります」
「病弱な子は言いました、用事があると言って委員会に来なくてカラオケに行く人もいるのに、なぜ僕が委員会に行く必要があるのかと」
「少年は言いました、それは他の人の話だと、僕は帰り道に遊んだことはないと」
「弟の世話をする子は言いました、どうせお前はいつも卓球部でお気楽にピンポンやってるだけだろと、そんなのカラオケと一緒だろと」
「少年は言いました、部活を遊びと一緒にするなと、毎週水曜日に遅刻するから部活の人からも遊んでるんじゃないか怪しまれていると」
「先生は言いました、それは卓球部の連中の理解が足りないと、お前と同じで心が狭いと」
「少年は言いました、心が狭いのはお前たちだと、恵まれない環境にあることを利用して仕事をサボっていると、本当に僕に悪いと思っているなら一度くらいは放課後の仕事をしているはずだと、その意志がないという時点で病院に行くのも弟の世話をするのもカラオケで遊ぶのと一緒だと」
「パン! またビンタがきました」
「先生は言いました、お前に人としてあるべき心がないのは分かったと、でも毎週図書委員の仕事はしろと、今後一度でも休んだら毎日行ってもらうことになると」
「少年は口答えをやめました。意味がないことが分かったからです。理屈だけでは、風潮や多数派には勝てません。その後、少年は毎週欠かさず図書室に行きました。蜂に刺されて指が腫れた日も、風邪を引いたお母さんの代わりに買い物に行くことになった日も」
ここでまた、お茶を一口飲んで深呼吸。
「少年は心に誓いました。共有の仕事は全部自分で引き受ける覚悟で臨もうと、その時のために自分1人で解決する力を鍛えようと、一生食べていけるお金が手に入ったら社会の一員として生きるのをやめようと」
最後にもう一度、大きく深呼吸して、
「おしまい」
最後の「まい」のアクセントを強めに言って、昔話を締めくくった。当然のごとく、沈黙になる。
「・・・明日に備えて、もう寝よう」
「「うん・・・」」
その返事を最後に、誰も言葉を発することがないまま俺の意識は眠りに落ちた。
次回:人工自然災害




