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救国の王子〜可憐で最強な聖女と引きこもり竜の求婚物語〜  作者: 冬野 狸


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4 筋肉魔法とは…?

ちょっと短めです

 誰もが想像もしなかった話が飛び出して謁見の間にいる皆が言葉を失っていた、そんなとき。

 玉座からは離れた場所にある通用扉の外がにわかに騒がしくなった。

 従者や下級官吏が出入りするためのその扉は、緊急時でも原則として静かに開閉されるはずのものだ。室外とはいえそこで騒ぐとは何事か、と皆の意識がそちらに向けられた。


 バターンと音高く通用口の扉が開き、目隠しの(とばり)を大きく揺らして転がり込んできたのは神官服を着た青年だった。床に倒れ込むその背中には、いい感じに枯れてなお清廉さを漂わせる老人の姿があった。何事があったのか今はぐったりとして憔悴しきっているが、神官長だ。

 二人は勢いのまま吸い込まれるように床に倒れ込んでしまった。うつ伏せのまま荒い息を繰り返す神官の青年と、その背中で動かない神官長。ただ事ではない。一瞬、謁見の間にいる人々は動きを止めた。

 いや、聖女バネッサは動いた。


「神官長様! あと神官様! どうしたんですか、死にそうじゃないですか!」


 彼女はその大きな体躯で目にも留まらないほど素早く動いた。寸前までゆったりと横座りしていたとは思えない速さで立ち上がり、数十歩を駆け抜けて神官長を抱き起こす。


 ダリウスはその姿を見て、ほうと小さく息を漏らした。


(弱った者に逸早く救いの手を差し伸べるあの姿は、まさしく聖女だ! どんなに見た目が厳つ……いや、頑健そうであまり聖女らしくなくとも、彼女の心根は慈愛に満ちた聖女なのだ……!)


 せバネッサを幸せにする。ダリウスはそう誓っていた。

 その誓いは本人を目の前にしても変わることはなかったけど、実は少し、彼の自信は揺らいでいた。彼女の見た目に度肝を抜かれ、竜殺しの衝撃からも立ち直れず、さすがに動揺していたのだ。予想外にもほどがあったので。

 

 だけど、彼女はやはり聖女だ。彼女とならば、共に並んで同じ道を歩めるに違いない。彼女の歩速が自分よりも速かったのならば、それに追いつけるように努力しよう。

 彼は怖気づく弱腰の自分を蹴り飛ばした。改めて決意の拳を握るダリウス。


 そんな彼と、続けざまの出来事に動揺する他の皆が見守る中、バネッサの逞しい腕に支えられた神官長がカッと目を見開いた。


「へ、陛下に一大事をお知らせ……って、なんじゃ!? その声……おぬしまさかバネッサか!? なぜそんな、なぜこの場で頑強鉄人武装魔法なんぞを使っておるのだゲホゲホゴホ…!」

「あー、無理しないでくださいよ、息が苦しいんでしょ? ちゃんと呼吸をして。吸うもん吸って吐くもん吐かなきゃ人間まともに喋れやしないんだから。ゆっくり、ゆっくりー。吸ってー、吐いてー」

 

 子供をあやすように優しく声をかけながら、バネッサは手早く回復の魔法を使った。春の日を思い出させるような新緑色の光が神官長の体を包み込んでいる。

 それが消えるやいなや神官長はガバッと音をたててバネッサの両肩を掴んだ。彼女が逞しすぎるので巨木にとまるセミのようになっているが、この場でそれを指摘する者は誰もいない。


「おっ、おぬしが! 場違いに頑強鉄人武装魔法など使っていなければこんなに大声は出さずにすんだのじゃ!」


 一大事そっちのけで神官長が突っ込みを入れている。怒声を受けたバネッサはしれっとした顔で肩をすくめた。


「だって、神官長様が用意してくれたこの服、裾が長すぎて歩くたんびに転びそうになっちゃうんですよ。筋肉魔法で大きくなれば脛くらいの丈になるし歩きやすいかな?って思って。王様の前で転んじゃったらマズいでしょ? 大正解でした。とっても動きやすいです! 一度も転びませんでしたよ!」


 晴れやかな笑顔で得意げに言い放ったバネッサに、神官長が脱力してズルズルと座り込み、ガックリと項垂れた。ちなみに彼が座った場所は倒れ伏した神官の背中の上。彼はまだバネッサに回復魔法をかけてもらっていなかったので、床の上で休息中だった。いい加減降りてあげてと指摘する者はおらず、神官長も違和感を覚える心の余裕もない様子。

 神官長の口からは呆れたような声がこぼれ出した。


「そんな理由で神殿秘儀の頑強鉄人武装魔法を使う者がいるとは……国王陛下並びに国の重鎮の皆様の御前で姿を偽るとは不敬であろうが」

「えっ?! 筋肉魔法って不敬なんですか?! 不敬って失礼ってことだよね?! 転ぶより不敬なの?! そんなつもり全然なかったです! ごめんなさい!」

「筋肉魔法とはなんじゃ! 正式名称を呼びなさい!」


 あわあわし始めたバネッサの身体から白い光が放たれた。皆がその眩しさに閉じた眼を再び開いて目にしたのは、小柄で華奢な聖女バネッサの姿。

 武人めいた体躯はどこへやら。彼女の亜麻色の髪は白い顔を縁取り、ふんわりと薄い肩に流れ。緑色の大きな目と細い鼻梁、花弁のような唇は薄紅に色付き。それらが小さな卵型の輪郭のなかにバランス良く配置されていて、愛らしく優しげで、親しみやすさも感じさせる。それは聞き及んでいたとおりのバネッサの姿だった。

 寸前までの(いわお)のような体躯とは、あまりにもかけ離れていた。


 謁見の間に各々の驚愕の声が満ちた。

 ダリウスも思わず「ハァァッ?!」と声を上げるほど驚いたし、母のいる方向からは勢いよく扇を広げる音が聞こえた。動揺している。皆が。あの母ですら動揺を隠せない。


「こら、馬鹿者! いきなり頑強鉄人武装魔法を解いたら皆様が驚くだろうが!」

「だって筋肉魔法のまんまじゃ失敬なんでしょ? こっちはそんなこと知らなかったし、そんなつもりもなかったんだから魔法解くしかないじゃないですか」


 叱責する神官長と言い訳するバネッサの声が錯綜する中、背中に神官長を乗せたままの神官が床に肘を付くようにしてわずかに身を起こした。

 彼は「おそれながら」と前置きして二人を諌める。


「バネッサ様の件は後ほどにして……神官長様、今は火急の時です。まずは国王陛下にご報告をすべきではないかと……」


 その指摘に神官長は再びカッと目を見開いた。

 彼は一大事だと言って駆け込んできたことを思い出したらしい。神官長は寸の間バツの悪そうな表情を浮かべたが、すぐに威厳のある聖職者の長の顔になった。


「国王陛下、御前で大変失礼いたしました。先ほど霊山の麓より、竜が飛び立ったとの報告がございました。王都方面へと向かっているとの由にございます」


 爆弾発言だ。

 それは、主に聖女バネッサの諸々の事柄で驚き疲れていた一同の、さらに度肝を抜いてくれた。

 一瞬だけシンとした謁見の間は、直後に騒然となった。


「皆のもの静まれ! 騎士団長、まずは王都の防御を固め、必要とあらば迎撃せよ!」


 その喧騒の中でも国王の声はよく響く。

 拝命を受けた騎士団長が短く返事をして略式の礼を取り退出した。

 さらに国王は宰相と言葉を交わして各部署に非常事態への対応を指示し始めたのだけど、バネッサがそれを止めた。


「ちょっと待ってください! 竜が霊山を出たんなら、それは私に用事があるからだと思います! 皆さんに何かすることはないと思うんです! 迎撃は無しにして私に話をさせてください!」

「なんと……! い、いや、そなたがそう言うならそうかもしれんが。だがしかし、万が一ということもある。警戒は必要だ」

「あー……、ね? あのー……、何もするつもりがなくても、こっちから攻撃しちゃったら、当然反撃してくると思いますし? 竜は強いですから……あいつ一丁前に火とか吹きやがります……いや、吹きますし? 普通の騎士様では……その、ね? 私に任せてもらえれば、と思うんです。はい」


 バネッサは言いづらそうに、言葉を濁しながら主張した。霊山を単独踏破して竜と拳で語り合える彼女は、一応、騎士団に対して気を使ったらしい。

 

(並の騎士では相手にならない、ということか。率直な物言いをする聖女にしては、だいぶ婉曲な言い方をしたな。たしかに、普通の人間がいくら束になっても火を吐く竜には敵わないだろうな……)


 それはそうだろう。竜と対等に闘える人間など、そうそういないのだ。

 その、そうそういない存在が自分の生涯の伴侶になるのか、とダリウスが遠い目をしかけてやめた。今はそんな場合ではない。周囲はバタバタと動いている。


 国王はバネッサに「本当に大丈夫なのだな」と念を押し、彼女がしっかりと首肯するのを確認してから迎撃命令を取り消した。とりあえず防御を固めつつ静観する構えだ。

 バネッサは「任せてください!」と言い放って駆け出し、その後を神官に背負われた神官長が猛然と追っていく。神官は自力で回復したようだ。若さとは素晴らしい。


 ダリウスも彼らに続こうと父に視線で問うと、なんと自分も行きたいのだと父が目顔で語っていた。通じ合うのは親子だから。肉親ゆえの以心伝心である。


 竜が王都上空に現れるなど、王国の歴史書にもない珍事中の珍事だ。

 ともすれば誰も経験したことのない規模の災禍になりうる可能性は捨てられないけれど、しかしここにいても竜がこちらに殺意を持っていれば、被害は恐らく免れられないのだ。早いか遅いかの違いしかない。

 

 それに、きっとそんなことにはならないだろうという妙な確信がダリウスにはあった。

 バネッサが語った竜には人に対する害意は感じられなかった。そして、たとえ竜がこちらを害そうとしても彼女が竜を止めてくれるだろう。文字どおりに、力尽くで。

 

「父上、私は聖女バネッサの言葉と力を信じます!」


 目と目で親子の会話をしたのち、ダリウスは父に力強く宣言した。父も息子の張りのある声に頷きを返す。視界の端で母がギョッと目を剥いたのが見えたが、ダリウスは気にせずに踵を返して走り出した。


 背後では「えっ?! 陛下までご乱心ですか?!」とか「あなた! 野次馬根性もほどほどになさいませ!」などと声が入り乱れているから父も玉座から腰を上げたのだろう。


「マリウスはここに残って万が一に備えよ!」

「ずるいですよ父上! 私だって竜を見てみたい!」

「何を言ってるのよマリウス! 形くらいは建前を整えなさい!!」


 一悶着起きているようだが、ダリウスは気にせずにバネッサたちの後を追った。


 




バネッサはお祖父ちゃん子(いらん情報)


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