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江の島7wars  作者: 浅野エミイ


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3/7

三、VSクレイジーヤンキー

 一ノ瀬と二前と戦ったあと、家に帰るとすでに夜の十一時を回っていた。それでも怒られなかったのは、岩屋のおかげだ。

 岩屋は俺と隼真に、放課後復習をさせると言って、母ちゃんたちを説得した。それでもさすがに十一時はまずいかと思ったが、岩屋の一見真面目そうな風貌で、母ちゃんたちをうまく丸め込むことができた。母ちゃんも親父も、『こんな真面目な先生なら、お前を預けても平気だ』とかなんとか。実際こいつ……岩屋が俺たちにやらせていることは、命がけの五頭龍退治だなんて、口が裂けても言えない。しかも自分が恵比寿様の生まれ変わりだなんてこともな。そして、隼真が布袋様……。岩屋と出会う前は、普通の男子高校生だったのに、今じゃ七福神だ。普通あり得ないよな。

 ともかく明日も学校だ。そのあとも多分また、五頭龍探しというか、戦闘があるんだろうなぁ……。そう考えると気分が重い。そもそも、俺はただの釣り好きな高校生なんだ。戦闘なんて体育会系なことはできないのに。

「はぁ、やだやだ」

 それでも明日はやってくる。初夏の風は心地いい。俺は気分を変えるため、窓を開けたまま、床についた。


「おはよーっす! なんだよ、元気ねぇな」

「お前が元気すぎるんだよ」

 昇降口には、靴を脱いでいた隼真がいた。

 よくもまぁ、命の危険があるのに、朝から元気でいられるよな。隼真が楽観的なのは昔からの付き合いだから知っているけど、あまりにものんきすぎる。

「お前、いいのか? 七福神の生まれ変わりだとか言われて」

「いや、むしろすごくね? しかも五頭龍はオレたちが戦わないと封印できないとか! オレはやる気に満ち溢れてるぜ!」

「死んでもいいのか?」

「こっちだって宝具があるだろ? なんかあっても岩屋先生がなんとかしてくれんじゃね?」

 俺はつい頭を抱えた。諸悪の根源がその岩屋だ。岩屋が女に生まれてきてくれれば、万事丸く解決していたはずなのに……。なのになんで、男に生まれてきたかなぁ?

 ブツブツ言っててもしょうがない。俺は、靴を脱ぐと下駄箱にしまおうとした。

「ん? なんだ、これ」

 上履きの上に置かれた、ピンクの封筒。俺はそれを手に取ると、差出人の名前を探す。しかし、どこにも書いていない。

「おい! まさかそれって、ラブレター? 嘘だろっ!」

「俺だって嘘だと思いたいわっ! ここ、男子校だぞ! そんなもん入ってるわけないだろ!」

「でもそれ、どう見てもラブレターだぞ。ピンクの封筒にハートのシール……」

「と、ともかく中を見てみないとなんとも言えないだろ。……開けるぞ」

 恐る恐る封を開け、中の手紙を出す。

『果たし状 新海航太、瀧隼真へ 今夜八時、片瀬江ノ島に近い砂浜で待つ 八幡俐駆瑛』

「……は、果たし状? マジかよ! なんてセンスのない……い、いや、それはともかく、八幡って……」

「何者だ? 下の名前の読み方もわからない」

「はぁ……お前、いつも本当にボーッとしてるよな」

 呆れ口調で言う隼真に、俺は思わず反論する。

「ボーッとはしてない!」

「周りの噂とか、全然知らないじゃないか。普段、何考えてるんだ?」

「え、釣りのこと」

「だ~か~ら~、ボーッとしてるって言ってるんだ! 八幡って言ったら、二年の先輩で、『クレイジーヤンキー』って呼ばれてる、有名人だぞ?」

「く、クレイジーヤンキー?」

「そう。耳だけじゃなくて、唇とかにもピアス開けてて、見た目からしてヤバげな人だよ。シュッとしててイケメンではあるんだけど、病的に見えるっていうかさ。ちなみに、下の名前は『りくえい』って読むらしい」

「ふーん……」

「しかし、なんでオレたちがそんな人に果たし状なんてもらわなきゃいけないんだ?」

「隼真は何か、思い当たる節ないの?」

「ねぇよ! お前はどうなんだ? 航太」

「あるわけないじゃん! 俺は平々凡々と暮らしてたんだよ? ……つい最近まで」

 最近は七福神の生まれ変わりとか言われて、ごたごたに巻き込まれてはいるけど、高校で問題を起こしたことはない。目立ったことすらない、その他大勢の地味な生徒だ。

 この八幡って先輩に目をつけられるとしたら、お調子者の隼真のほうだと思うんだけど

……どうやら隼真も覚えがないようだし、これは完璧に何かの間違いだと思う。

「なあ、隼真。今から八幡先輩の教室に行ってみようよ」

「はっ? お前、何考えてるんだよ。自殺行為だぞ!」

「いや、そうじゃなくて。多分この先輩、何か勘違いしてるんだよ。きっと俺たちじゃなくて、他の人間と揉め事を起こしてるんじゃないかな。だから、その誤解を解きに行く」

「……まぁ、そうだな。冷静に考えたら、この先輩に恨みをかった覚えもないし。もしかしたらお前の言う通り、勘違いなのかもしれない」

「だったら行こうよ。先輩のクラスは二年何組なの?」

 俺たちはピンクの封筒に入った果たし状を持ったまま、二年A組へと向かった。


「す、すみませ~ん……八幡先輩はいらっしゃいますか?」

 廊下に一番近くに座ってた先輩に声をかけると、ガタッとイスから落ちそうになる。

「き、君たち……八幡さんに何か用なの? 悪いことは言わないから、関わらないほうがいいよ。クラスのみんなもビビってるくらいのワルだから」

「でも、それじゃ困るんですよ。八幡先輩に勘違いされて、果たし状なんてもらっちゃったんです」

 俺がそう言うと、クラスがざわめく。俺と隼真は一気に注目の的だ。

「こいつらが、あの……」

「八幡の仲間をやったとかいう? 一年が?」

「え、えっと」

「何か変な風に話、伝わってねぇか?」

 隼真が俺に耳打ちする。クラスの声を聞くと、どうやら俺たちが八幡先輩の仲間をボコボコにしたことになっていて、八幡先輩はその復讐に燃えているらしい。だが、それは大きな誤解だ! 俺たちはいたって真面目な一年生。そんな大それたケンカなんてしたことがない。

「と、ともかく八幡先輩は……」

 クラスでそれっぽい人を探すが、ピアスだらけの男子生徒なんてどこにもいない。きょろきょろしていると、最初に声をかけた先輩が、居場所を教えてくれた。

「多分八幡さんは、一限目サボると思うよ。出席日数が足りないから、朝のホームルームには戻ってくるけど……今は屋上じゃないかな。でも、悪いことは言わない。多分君ら、半殺しにされるよ。実際病院送りにされた他校の生徒もいるから……」

「あ、ありがとうございました」

 お礼をいうと、俺と隼真は廊下の端に寄った。

「ど、どうするよ! 完全にアウトな人に目ぇつけられてんじゃん! まさに呼び名の通り、クレイジーヤンキーじゃんか!」

「お、俺だってどうすればいいかわかんないよ! とりあえず行くしかないだろ、屋上に」

 俺たちはビビりながら、屋上へと歩く。とりあえず、面倒事はさっさと片付けてしまおう。

ゆっくり、ゆっくりと音を立てないように階段を上る。屋上へつながる階段が、めちゃくちゃ長く感じたのはそれだけ恐怖を感じていたからだろうか。

普段は施錠されているはずの扉が開いていたのは、先客がいる証拠だ。俺たちはそっとそこから屋上をのぞく。

そこには、ごろっと寝転がっている細身の男がいた。耳にはいくつものピアス。もちろん軟骨や唇にも。あれが八幡俐駆瑛先輩だ。

「いたぞ」

「知ってるよ」

「行けよ!」

「なんで俺が!」

「お前の下駄箱に入ってたんだろ? だったらお前が行くべきだっ!」

「隼真の名前もあっただろ! これはふたりに宛てられたものなんだから、ふたりで行くんだっ!」

「マジかよ……くそ」

 俺は隼真の腕を引っ張ると、おずおずと屋上へ足を踏み入れる。八幡先輩の近くまでおどおどしながら歩くと、寝ていた先輩は目を開けた。

「ん……キミたちは……」

「あ、あの! 俺たちに宛てられた果たし状のことなんですが!」

 言った。俺はバシッと切り込む。だが、八幡先輩は眠そうにごろんと横に体制を変えただけだ。

「そこに書いてある通り。今夜八時に片瀬江ノ島駅に近い砂浜ね」

「い、いやいやいや! なんでオレたちが先輩と戦わなきゃいけないんですか! クラスにいた二年生たちは、オレたちが八幡先輩の仲間をボコったとか噂してましたけど……」

「完全に誤解ですからね! 俺たち、そんなことできませんよ! ケンカなんてしたことないし、先輩の仲間だったら俺たちをけちょんけちょんにするくらい余裕でしょ!」

「……うるさい。今、眠いの。とりあえず、今夜八時」

 俺と隼真は思わずふたりそろってため息をついた。『復讐に燃えている』と聞いたけど、それよりも先輩は眠そうというか、無気力といった感じだ。これ以上話をしても、今は何も答えてくれそうもない。

「どうする?」

「出直すか……」

 俺たちは仕方なく、屋上を出て、自分たちのクラスへと戻った。

「恵比寿天に布袋尊ね……」


「なぁ、岩屋先生に一応報告しておくか?」

 教室に帰ると、俺は隼真に相談した。

「いや、今回のことは別に五頭龍とは関係ないんじゃね?」

「だけどさ、一応夜間の外出になるじゃん? それに先輩ともし戦うことになったら、最悪俺たちも停学とかになっちゃうよ。一応法律でもあるんでしょ? 『決闘罪』とかって」

「あー……それもそうだな。今夜も見回りに行くかもしれないし」

 朝会った八幡先輩は、『仲間がやられて復讐に燃えている』どころか、眠そう、だるそう、面倒くさそうの三つの『そう』がそろった無気力人間に見えた。あの人が、本当に俺たちに決闘を申し込んできたのか、なんだかそれすら信じられなくなってくる。

 だけど、二年A組の生徒たちは、みんな八幡先輩に『さん』をつけて怯えていたし、他校の生徒とのケンカの噂もある。

「そうだ、どうせ岩屋先生に言うならさ、八幡先輩のこと、探ってもらおうよ」

「ナイスアイディアだな、航太。ボーッとしてるだけじゃねえって、やっとわかったわ」

「だから、俺だって色々考えてるんだよ。ただ、いつも考え事の途中で釣りの方向へずれちゃうだけで……」

「それがダメだっつってんだろ」

 隼真は俺の頭をバシッと叩く。ともかく俺たちは、昼飯を済ませてから、職員室へと向かうことにした。


「……めんどくせぇな」

「それが教師の言う事ですか?」

「ってか、まだ教育実習生な」

 俺と隼真が岩屋に八幡先輩のことを頼みに行くと、開口一番これだった。

「俺は今、めんどくせぇプリントの作成だの、課題の採点だの担任から頼まれて忙しいんだよ。それに加えて五頭龍の捜索だ。大変だっつーの。ガキのケンカの観戦に行く暇なんかねぇよ」

「ケンカはともかく……五頭龍の捜索なんてできるのか?」

隼真がたずねると、岩屋はピンク色のビー玉みたいなものを取り出した。『三』と漢数字が浮かび上がり、仄かに光っているようにも見えるが、これは窓から入ってくる光の屈折のせいなのか? 不思議に思っていると、岩屋が説明してくれた。

「近くに五頭龍がいると、これが光る。数字は五頭龍の何番目のやつがいるかを教えてくれてるんだ。『三』だから、三番目の龍がこの付近にいるってこった。もしかしたら学校にいるかもしれねぇ」

「学校に五頭龍が?」

「じゃあ、やばくね? 校内で戦闘になったら……」

「それは多分平気だ。龍は夜行性だからな。昼はゴロゴロしてんだろーな。くそ、敵ながらうらやましいぜ。俺はこうやってクソ学生のためのクソ資料をシコシコ作ってるっつーのに」

 クソって……。本当にこの教育実習生兼天女は、信じられないくらい口が悪いな。これが担任にバレたらまずいし、正直女でもここまで口が悪かったら、五頭龍も惚れたりしないだろうな……。この岩屋は性格に難あり、だ。

「用って、それだけか?」

「まぁ……ただ、今夜は八幡先輩と会うので、見回りに行けないのと、夜に外出するので……」

「わーったよ。親御さんには誤魔化しておくけど、八幡の用が終わったら、合流しろよ? 俺だけでも戦えなくはねぇけど、まだ一ノ瀬と二前も捕えてねぇからな」

「『捕えてない』って……オレの爆弾で吹き飛んだんじゃねぇのか?」

「吹き飛ばしたけど、珠を回収してねぇ」

「珠……って、あの刀に変わるヤツ?」

「ああ、あれが龍の本体と言っても過言じゃない。龍を倒すと、あの珠に封印される。だが、俺たちはあの珠を回収してねぇだろ? 珠がある限り、何度でも龍は人間の姿に戻れる」

「つーことは、また一ノ瀬と二前とも戦わなくちゃいけないってことかよ!」

「瀧、お前公民は苦手なくせに、こういうことはすぐ理解できるのな」

「余計なこというなよ……でも、オレの爆弾があれば、余裕じゃね? 一気にボーン! と吹き飛ばせば……」

「はぁ、やっぱ前言撤回。お前はバカだ」

「なっ!」

「言っただろ。お前ら七福神の力は目覚めたばっかりなんだ。だから龍の影を倒すので精一杯だって。この間の爆発でも、多分龍たちは無傷だ」

「そんな……」

 言い負かされた隼真は、しゅんとしてうなだれる。

俺は岩屋に聞いてみた。

「でも七福神の力なんて、どうやって鍛えればいいかわかんないですよ」

 俺が口ごもると、岩屋はニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「そうだ。八幡とケンカするんだろ? ケンカすりゃ、少しは強くなるんじゃねぇの? 七福神の力は、精神力だからな」

「精神力と言っても、ケンカって!」

 教育実習生がそんなこと勧めていいのかよ! そう思った俺はつい反論する。

「先生、世の中には『決闘罪』っていう法律があって……」

「お前な、俺は法学部なんだよ。そーいうマイナーな法律も知ってるに決まってるだろ。甘く見るんじゃねぇ。だからここはあえて『目をつぶってやる』って言ってんだぞ?」

 そういうことか。岩屋に八幡先輩のことを言っても無駄だ。岩屋は俺たちの精神力を強くさせるため、わざとケンカさせようとしている。はぁ……本当にとんでもない教育実習生だな。

「サツに捕まったら助けてやる」

「え、オレたち、警察のお世話になるの?」

 ぽかんとしている隼真の肩を叩くと、俺はため息とともに言葉を吐いた。

「隼真、もう諦めよう。諦めて、八幡先輩にはケンカにならないように、うまく口で説得するしかない」

「それじゃ、七福神の力を強くすることができないじゃん」

 さっきまで八幡先輩を怖がっていた隼真だが、意見を変える。

「だから、ケンカしたら問題になるだろ?」

「この際それは、仕方ないことだろ! 七福神として強くなることのほうが重要だ!」

隼真のやつ、ケンカは嫌だけど、『自分が七福神のメンバーで、正義の味方』っていうことは気に入ってるんだな。だから、七福神の力を強くするためなら、八幡先輩も怖くなくなるってことか。こいつもこいつで単純っていうか。それは昔からだからよく知っていたけど。

「もう、わかったよ……降参だ」

「話はついたな。じゃ、俺はお前らのための仕事に戻るから」

 岩屋はのそのそと職員室へと戻っていく。

 こうなったら、俺がどうにかしなきゃいけないってことだよな。八幡先輩は見た目かなりヤバいし、危ない噂もあるけど、幸いなことにさっき話した感じだと、のんきな印象の人だった。こちらが何とか言いくるめることもできるかもしれない。

 ここまで来たら、頑張るしかない。俺は午後の授業そっちのけで、夜の作戦を考える。

まずは浜辺で八幡先輩と待ち合わせる。多分、ひとりで来るだろう。『仲間がやられた』って噂もあったことだし。そこで俺が気を立てないように、先輩の誤解を解く。ここで問題なのが隼真だ。ケンカ上等だろうから、こいつをうまく諫めないと。とりあえず隼真を黙らせて、できるだけニコニコして話せばわかってくれるはず。

 そうだ。手ぶらだと気を悪くするかもしれないから、うちの名物・たこせんを持っていこう。海辺で一緒にたこせんでも食べれば、きっと和解できる。どうせなら、干物も持っていくか? 干物……どうせなら旬の魚がいいな。今だとイサキとかかな。イサキだったら、少し船を出して、あそこのポイントでよく釣れる……。

 ……と、作戦を考えていたはずの俺も、例のごとく釣りのことへと思考が移り、無駄な時間を過ごしてしまった。


 そして夜の七時半。隼真は俺の家に来た。いつも通り、遊びに来たんだと母ちゃんたちは思っている。今夜も岩屋に勉強を見てもらいに行くと言ったら、『あんまり迷惑をかけるんじゃないよ』と言われたが、迷惑をかけられているのは間違いなく俺だ。

 店からたこせんを三枚くすねると、俺は隼真とともに宝具を持って家を出た。

「なんでたこせん持ってるんだ?」

「八幡先輩と食べるんだよ」

「はぁ? お前、ケンカ相手と何するつもりだよ!」

「そのケンカをしないためだよ」

「何言ってんだよ! そしたら七福神の力が強まらないだろ!」

 隼真は予想通りの態度を示す。

「……確かに、七福神の力を強めるには、精神力っつーかケンカして場数を踏むことが大事なのかもしれない。だけどな! ケンカして、警察に捕まったら、俺たちは補導だぞ? わかってるの?」

「警察に捕まっても、岩屋先生が来てくれるだろ。平気だって」

「いくら平気でも、学校から見たらマイナス評価だろ! お前は将来のこと……例えば大学進学とファンタジーな世界の五頭龍討伐、どちらに重きを置くんだ?」

「五頭龍討伐に決まってるだろ! こんなロマンのあることなんて、そうそう体験できないからな!」

「お前に聞いた俺がバカだった……」

 隼真は昔から変わっていない。将来のことより、今の楽しみ。なんというか、刹那的なんだよな。そういうところが不安で、目が離せない。ずっとこいつと腐れ縁だったけど、それは俺が隼真を心配しすぎているからなのかもしれない。

そんなことを考えながら、弁天橋を渡って片瀬江ノ島駅から一番近い砂浜で、八幡先輩を待つ。

五月の連休も終わり、本格的な夏にはまだ早いこの季節。浜辺に人はほとんどいない。いるとしたら、犬の散歩をしているおじいちゃんとかだ。男子高生の団体さんの姿が見えないことから、やっぱり八幡先輩はひとりで来ると確信を得る。これなら話し合いで結論を出すこともできそうだ。

「八時だ」

 隼真が腕時計を見て確認する。そのとき、ジャリっと砂を踏む音が聞こえた。階段のほうを向くと、八幡先輩が立っていた。

「……遅れた?」

「い、いえ」

「……じゃあ……やろうか!」

「え? う、うわあっ!」

 八幡先輩は階段から飛んだと思ったら、飛び蹴りを隼真に繰り出す。朝見たのんきでやる気のなさそうな無気力人間とは大違い。

見事ヒットした隼真は、砂浜に倒れた。

「ひ、卑怯ですよ! いきなりすぎっ!」

「ケンカに卑怯も何もないと思うんだけど……」

 無表情で隼真に近づくと、思い切り腹を踏みつける。

「ぐ、ぐわっ!」

「隼真!」

 ヤバい。『クレイジーヤンキー』と呼ばれているだけある。俺は持っていたたこせんを階段に置くと、とりあえず拳を握る。

「え、僕と素手で勝負するの……?」

「だ、だって、先輩も素手じゃないですか!」

「そんな甘い考えだと……キミ、瞬殺しちゃうよ?」

「がはっ!」

 先輩の拳が、俺の頬にめり込む。口の中が切れた。血の味がする。それでも踏ん張り、何とか立ったままで体勢を整える。

「……面白いね。僕相手に素手なんて……。ふたりがかりでもきついんじゃないかな」

「がっ!」

 腹を押さえながら、先輩の背後を狙った隼真だが、どうやら気づかれていたようだ。裏拳をあごに食らうと、またよろけて倒れる。

「多分、ふたりがかりでも五分……いや、三分で片付いちゃうな。いいんだよ? 宝具を使っても」

「宝具……? ま、まさか八幡先輩も、龍のひとりなんじゃ……」

「げ、げほっ、う、嘘だろ!」

 砂だらけの隼真が目を見開く。

「やられた仲間を紹介してあげる……。一ノ瀬と二前だよ」

 先輩は二つの珠を投げつける。それは空中でだんだん人型になり、見覚えのある顔が目に映る。

「もう! 三ヶ岳! 投げつけるなんて扱いが乱暴すぎっ! ボクは繊細なんだからね?」

「ったく、珠の中はやっぱ狭くてきついな」

「み、三ヶ岳……?」

 俺が復唱すると、八幡先輩はふと口角を数ミリ動かした。

「うん。僕は五頭龍のひとり、三ヶ岳。八幡俐駆瑛は借りている身体の名前だよ」

「そ、そんな……」

 驚くと、八幡先輩もとい三ヶ岳は俺と倒れている隼真を見る。

「……これで三対二……いや、三対一……かな」

「七福神は恵比寿と布袋のふたりだし、今日はあの厄介な天女もいない♪」

「俺は二回もやられたからな。倍……いや、十倍にして返してやるよ!」

「く、くそっ! オレはまだやれるっ! これでも食らえっ!」

 隼真は咄嗟にリュックの中から爆弾を取り出し、龍たちに投げつける。浜の砂が大きく跳ね、柱ができる。しかし、砂埃の中からは無傷の龍たちが現れる。

「まだまだ威力、弱いね。これじゃボクらには勝てないよ~?」

「さっさと刀の錆にしてやる。ありがたく思えよ?」

 俺も素早く釣り竿を手に取るが、爆破の衝撃で尻もちをついていて、竿をうまく振れない。

「くそっ、どうすれば……」

 今日は頼みの綱の岩屋もいない。俺たちふたりで龍たちに勝てるのか? 圧倒的な力の差を感じた俺は、尻をついたまま後ずさる。どうすれば逆転できる? こうなったら……。

「あ、あの! 龍のみなさん! 今日は戦いに来たんじゃないんです!」

「……は?」

 三ヶ岳が不審な表情を見せる。俺は竿で階段に置いた、たこせんを釣ると、三人に向けて投げる。

「こ、これ! たこせんです! こんなものしかなかったけど……今日、八幡先輩に呼び出されたとき、ケンカする気なんて毛頭なくて。だから、このたこせんを渡して帰ろうと思って……それに俺は、七福神として戦うより、平穏な学生生活を送りたいんです!」

「……たこせん?」

「ほら、いつも列作ってるじゃん。江ノ島の名物だよ、三ヶ岳」

「まぁ、七福神を始末するのは、これを食ってからでもいいんじゃねぇか?」

 よかった……。完全に龍たちの興味はたこせんに向いている。針を外してたこせんを取ると、三人は一枚ずつわける。

 その隙に俺は隼真の身体を起こす。

「大丈夫? 隼真」

「まあな。しかし、たこせんがここで役に立つとは……。で、次の手は?」

「ない」

「ないって! ど、どうするんだよ! オレたちふたりで!」

「今のうちにこっそり逃げるしかないってことだよ」

 俺と隼真は腰をかがめ、龍たちのうしろをそっと進む。が、そのときだった。

「げぇっ!」

「うっ!」

「ぐ……な、なんだ、こりゃあ!」

「へっ?」

 たこせんを口にした龍たちは、一斉に口から吐き出す。げほげほとむせている龍もいる。何が起こったのか、俺にもわからない。

「恵比寿……何か仕込んだ?」

「し、仕込むも何も、普通のたこせんですよ!」

 ダメージを食らっている龍たちを見た、俺のほうが驚いているくらいだ。たこせんなんて、サイズが大きい普通の海鮮せんべいだぞ? しかも持ってきたのは、今日作られたものの残り。腐ってるわけもないし、古くもない。

「なんか……食べると首が絞められる感じがする」

「毒でも盛られたような……頭痛がひどい」

「まだ気持ちが悪い……腹が……」

「あ~、そりゃあ恵比寿の血筋が作った、歴史ある食い物だからなぁ。五頭龍にはちーっと厳しいかもしれねぇわ」

「岩屋先生!」

 砂浜の横のアスファルトに立っていたのは、岩屋だった。

「よかったぁ……助かったぁ~……」

 隼真が近寄ろうとしたところ、岩屋はズバッと切り捨てた。

「助かってねぇよ! お前ら、この隙に攻撃開始!」

「ま、マジっすか?」

「卑怯じゃん!」

「バーカ。先手必勝っつーだろ。先に手、出したもんの勝ちなんだよ! 行け!」

「くっ、岩屋先生、鬼過ぎるだろ……。仕方ない。行くよ、隼真!」

「わかってる!」

 俺と隼真は、苦しむ龍に攻撃を仕掛ける。

「よし、前よりパワーアップさせてみるか! 火薬十倍! いっくぜ~!」

 爆弾生成器のボタンを押すと、隼真のリュックが光る。俺も自分の釣り竿についている珠に手をかざす。すると釣り糸がシュルシュルと伸びていく。ある程度の長さになれば準備完了だ。いつでも釣れる。

「わ、何かヤバくない? ボクら」

「……うぇ」

「吐いてる場合じゃねぇよ、三ヶ岳! 武器、武器!」

 一ノ瀬と二前は急いで珠を刀に変える。そして、それを手にしようとする。今だ。

「えいっ!」

 俺は釣り糸を投げた。龍に向かってではない。刀に向けてだ。釣り糸は見事に二本の刀を絡める。俺は急いではリールを巻いた。これで2ヒットだ。

「くそ! なってこった!」

「刀がなければ素手で来るつもり? こっちは宝具を持っている人間が三人いるんだ!」

 俺は目論見がうまく行ったことで、気が大きくなり三人を挑発する。

「十倍爆弾もお待ちかねだぜ?」

 隼真も形勢逆転したことで、調子に乗っている。だけど、岩屋だけは冷静だった。

「まだ油断できない」

「え? 何でですか?」

 隼真がきょとんとした顔で聞くと、岩屋は三ヶ岳を指さした。

「あいつだけ、武器を出してねぇ。嫌な予感がする」

「ぴーんぽーん。さすが先生だね。僕の武器は、これなんだ」

 三ヶ岳が手をかざすと、珠ではなく他の何かが現れる。これは……。

「な、なに、宝棒だと? なんで五頭龍が宝具を……!」

「宝棒? なんですか、それ」

「瀧って言ったっけ。これはね、毘沙門天の持つ宝具なんだ。……意味、わかる?」

「え……」

「隼真、しっかりしろ! 毘沙門天は七福神のひとりだろ!」

 俺は焦れて大声を出す。

「それはわかってるけど、なんで五頭龍のひとりが毘沙門天の宝具を持ってるんだ?」

「……五頭龍と毘沙門天が同一人物なんだろ」

「えっ……」

 タバコに火をつけながら答えた岩屋の言葉に、俺たちは振り返る。

「正確には、毘沙門天の身体を乗っ取ってるっていうのが正しいかな。さあ、これで勝負しようか。一ノ瀬、二前もまだ行けるよね?」

「嫌だけど、行くしかないでしょ?」

「例え素手だろうが俺は負けねぇよ!」

「さーて、俺の出番のようだな」

 岩屋は砂浜に立つと、羽衣を取り出して、また横に振った。

「へぇ……七福神の宝具も同じように模倣できるんだね、それ」

「天女の力、なめんなよ? あと、新海と瀧! お前らには雑魚ふたりくれてやるから、経験値稼げよ!」

「むっかぁ~……! ボクが雑魚?」

「それは俺も心外だっ! 二前と同レベルだとか……」

「なにそれ、一ノ瀬! ボクだって同じだよっ!」

「でも、こうやって言い争いする前に……」

「七福神を倒すっ!」

 一ノ瀬と二前は俺たちのほうをキッと見つめる。これはやるしかない。

「行け、隼真! 十倍爆弾!」

「OK! 食らえっ!」

 ボンッ! ボンッ! と今までにないほどの爆破で、地面に穴が開く。俺はその穴を避けつつ、爆風にうまく釣り糸を乗せ、敵を釣ろうとする。砂埃で何も見えない中の釣りは、まるで嵐の中で魚群を釣り上げ続けるくらいの重労働だ。

「かかったか?」

「まだだ! 爆弾、今度は二十倍で頼む!」

「に……? 本気か? この海岸、吹っ飛ぶぞ!」

「大丈夫だろ、お前の爆弾に害はないって岩屋先生が言ってたし! 次の日には何もなかったかのようになってるよ!」

「くそっ! わかったよ、行くぞ! 二十倍だ!」

「うわあぁっ!」

 よし、かかったな。爆風でこちらに近づいた。

「ここだっ!」

 釣り竿が重くなる。これはヒットだ。思い切りリールを巻くと、竿がしなる。

「隼真、威力を減らして、二倍だ! これで釣り上げる!」

「了解! とりゃあっ!」

 ボウンッ! と砂埃が上がると同時に、人が降ってくる。俺が釣り上げたのは一ノ瀬だった。

「よしっ! 一ノ瀬捕獲っ!」

 気を失った一ノ瀬は、そのまま珠に戻る。

「くっ、マジで~? どうしよ」

 一ノ瀬捕獲劇を見た二前は焦り出し、逃げようとする。

「ぜってー逃がさねぇよ!」

「うわあっ!」

 二前の逃げようとする場所に、先手を打って爆弾を投げつける隼真。次第に二前は追い込まれていく。背後には先ほど開けた穴。前方には釣り師の俺と爆弾魔・隼真。

「うっそ~ん」

「やるか、隼真」

「おうよ、航太」

隼真が爆弾を投げると同時に、俺は竿を振る。爆破と同時に獲物を釣り上げて、一丁上がりだ。二前もまた、一ノ瀬と同じように珠に戻った。

「よっしゃあっ!」

 俺たちは思わずふたりで手をパチンと合わせた。

「……ふん、どうやら雑魚はガキふたりにやられたようだぞ?」

「でも、七福神相手で、アンタ、勝てるの?」

「俺を誰だと思っている?」

 三ヶ岳と戦っている岩屋を見ると、高くジャンプしていた。持っている宝棒の先を、三ヶ岳に向けて落ちる。

 しかし、三ヶ岳も負けてはいない。ひらりと避けるとカチンと宝棒同士を合わせる。

「天女様……だっけ」

「五頭龍はな、天女様には絶対勝てねーんだよ」

 お互い、相手を突いては避けの繰り返し。まるでアクション映画だ。三ヶ岳は元の姿の八幡先輩が細身なせいか、ひらひらと簡単に岩屋の攻撃を避ける。だが、岩屋も負けてはいない。力で言ったら、岩屋のほうが強そうだ。

 カチン、カチンと金属音が聞こえていた中、ガッ、と音が止まった。どうやら膠着状態に入ったらしい。

「……いい加減、観念したらどうだ? もう、お前の仲間はつかまってるんだぞ?」

「そう言われてもね。こっちだって七福神のひとりが人質なんだから。アンタ、僕を倒せないでしょ? だって、毘沙門天だもんね」

「ちっ、仕方ねぇ。おい、瀧!」

「は、はい!」

「……二十倍の爆弾、こっちに投げろ!」

「え!」

 俺たちは驚いた。自分に爆弾を投げろって……。隼真の爆弾は人に害を与えないって聞いたけど、万が一のことがあるだろう。それなのに、何を考えてるんだ。このバカ教育実習生は!

「で、でも……」

「早くしろっ!」

 困っている隼真だが、俺は岩屋の真剣な顔を目にして言った。

「隼真、大丈夫だよ。あの腹黒い岩屋先生が簡単にやられるわけがない。……二十倍だ」

「お、おう」

 隼真はリュックで爆弾を作ると、取り出してすぐに合図した。

「行くぞ、岩屋先生!」

 ドカン! と大きな音が辺りに響く。まだ耳の中で反響しているというのに、周りに住んでいる人たちはまったく気づいていない様子だ。窓を開けて確認する人すらいない。

 ゆっくりと浜辺を見る。岩屋と三ヶ岳のいたところには大きな穴。だけど、その砂の中からごそごそと何かが動いている。

「ちくしょう、この羽衣は洗濯だな」

「岩屋先生!」

 俺と隼真は、岩屋の近くまで走る。ところどころ穴が開いているので、気をつけながら。

羽衣の下には、岩屋と気絶した三ヶ岳がいた。

「……大丈夫ですか?」

 たずねると、岩屋はふん、と鼻息荒く返事をした。

「平気に決まってんだろ。この羽衣はかなり丈夫なバリアになる。このおかげで、毘沙門天の生まれ変わりも取り返せた」

「え? どういうことだ?」

 岩屋は穴から這い出ると、俺たちふたりに三ヶ岳……いや、気絶した八幡先輩を引き上げるように命令する。

 岩屋が説明するには、三ヶ岳を自爆するように思わせて逃がし、八幡先輩の身体を取り返したとのことだった。

「三ヶ岳は逃がしちまったが、一ノ瀬と二前の珠はこっちのものだ。それに毘沙門天も見つかった。ま、上出来だろ」

「だけど、八幡先輩……大丈夫なんですか? ずっと気絶したままですよ?」

 俺が確認すると、なんとか呼吸はしているし、脈もある。ただ、意識がない状態だ。これではまずい。

「身体を乗っ取られていたからな……これは七福神の『招福』が必要かもしれねぇ」

「しょうふく?」

 隼真が首を傾げると、岩屋はあっさり言った。

「人工呼吸だ」

「じ、人工呼吸って、まさか……七福神の俺らどっちかがしないといけないってことですか!」

「まぁ、そういうことだな。七福神の気を吹き込まねぇと」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! オレ、嫌だぞ! こんなピアスだらけの野郎とキスなんて!」

「俺だって嫌だ! ファーストキスだぞ!」

「ふ、ファーストキスだったら、オレもだって!」

「……これだから童貞は……」

「先生やってくださいよ!」

 俺と隼真の声がハモる。が、簡単に却下されてしまう。

「俺は天女だけど、七福神じゃねぇからな。お前らどっちかじゃねぇと」

「くっそー! じゃあ、じゃんけんしかないのか?」

「こ、こんな最悪なじゃんけんなんて……うっ」

「……はぁ、キスのひとつふたつでうっせーなぁ」

 俺たちが涙ぐんでると、岩屋が頭をがしっとつかむ。そして、俺と隼真の顔を押しつけた。

「んぐっ!」

「うっ!」

 ……う……う、うそだろ……!

「な、な、なっ!」

「うわああああっ!」

「これでもう、どっちもファーストキスは済んだんだ。さっさとじゃんけんしろ」

 ひ、ひどすぎる。前々からSっ気はあると思ってたけど、なんで俺と隼真をキスさせたんだ! いくらどっちも八幡先輩にキスしたがらなかったとはいえ、こんなのってない……。

「ほら、じゃんけん」

 俺たちは泣きながらじゃんけんをする。結局負けた俺が、八幡先輩にキスすることになり、口から七福神の気を送り込む。しばらくすると、彼は静かに覚めた。

「……ん、僕なんで浜辺で寝てるの?」

「さ、さぁ……」

「ケンカでも、されていたんじゃないでしょうか……」

笑いを堪える岩屋。俺と隼真は先輩から目を逸らす。『あなたの身体が乗っ取られてました』とも、『気を取り戻すために、男がキスしました』とも言えない。

 不思議そうな顔をしている先輩は、ただ首をかしげるだけ。

「ファーストキスが隼真、セカンドキスが八幡先輩って……ううっ……最悪だあああっ!」

その夜俺は、ベッドの中で泣きまくった。


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