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江の島7wars  作者: 浅野エミイ


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2/7

二、副担任・岩屋天(いわや・そら)

 次の日、朝学校に行くと、隼真が待っていた。

「おい、昨日お前、またスマホ置いて釣りに行っただろ?」

 挨拶もそこそこに、詰め寄られる。そう言えば、あの後は脳内のキャパシティがオーバーしてしまい、スマホも見ることなく寝てしまったのだ。

「悪ぃ、なんか用事でもあったの?」

「用事ってか、学校から連絡。メッセージ入ってただろ?」

 ようやくスマホを取り出し、確認する。内容はこうだ。

『最近、海辺にたむろする生徒がいます。夜遅くに外出するのは条例違反です』

「はぁ、このメッセ見てたら、俺、海辺には行かなかったな……」

昨日の悪夢を思い出す。一晩眠ったら、あれが本当に現実にあったことかどうかもわからなくなってしまった。猫を食べるヤンキーに、一ノ瀬と呼ばれるリーダー。一ノ瀬の取り出した謎の刀に、助けに入ってくれたと思われるメガネの男。……あいつも長い布から刀を取り出していたな。こんなの、ラノベの世界だけの話にしてくれと、声を大にして言いたかった。それか、まだ夢ならあり得る。そう思ったが、朝起きて、釣り竿を確認したところ、珠は変わらずついていた。首筋の痕も見ると、しっかり文字が残っている。あれは夢じゃなかったんだ。おかげで今日も首に絆創膏を貼って登校だ。

「お前、昨日もまた夜釣りに行ったんだな?」

「……まあね」

 隼真が大きくため息をつく。

「大丈夫だったのか? ヤンキーに絡まれたりしなかったか?」

「……べ、別に何もなかったよ」

「嘘だろ」

 うっ、さすが隼真。幼なじみなだけはある。目ざとく学ランの襟首を引っ張ると、俺の首筋の絆創膏を見つける。

「これ、なんだ? もしかして……」

 ヤバい。この絆創膏が何か説明しろと言われたら、うまく説明する自信がない。そもそも、昨日起こったことを全部説明したところで、隼真が信じるかどうかもわからない。『とうとう気が狂ったか』と笑われるのがオチだ。笑われるだけならいいが、文字に関しては説明がどうしてもつかない。入れ墨だと思われても困る。

 俺がどう説明しようかとぐるぐる頭を回転させていると、隼真は勝手に解答を出してくれた。

「ま、まさか、キスマークとか!」

「……は?」

「昨日海辺に行ったのも、女と密会してたとか?」

「え、えっと」

「くそっ! お前に先を越されるとは思わなかったっ……! うち、男子校だし、女子との出会いなんて皆無じゃん。お前も恋愛話なんてしないから、てっきりオレと一緒で相手なんていないと思ってたのに……」

「あー……」

 うまく誤魔化せそうではあるけど、かなり誤解されている。彼女なんていないし、さすがにそんな嘘は隼真につけない。嘘だとバレたときが怖い。絶対バカにされて、笑われる。

 ともかく別の嘘で乗り越えよう頭を捻っていると担任が入って来た。ぼちぼちと生徒たちは席に着く。ともかくナイスタイミング。そう思ったのは一瞬だった。俺は担任と一緒に入って来た、メガネの男にびっくりする。

「あー、みんな。彼は教育実習生の岩屋先生だ。これからしばらくの間、うちのクラスの副担任として過ごしてもらう」

 副担任? 思わずイスごと転げそうになる。メガネにベストの男・岩屋は、俺を見つけると、ふふんといった感じでニヤリと笑う。どういうことなんだ。昨日のことだって、夢だと思いたいのに、副担任だなんて……。

 岩屋は担任の代わりに教壇に立つと、挨拶をする。

岩屋天(いわやそら)です。みんなと年齢も近いし、色々相談に乗れることもあると思う。気兼ねなく話しかけて欲しい。よろしく」

 教育実習生ってことは、大学生だよな。堂々とした挨拶や、見た目で、もう少し上にも感じられるけど……。その大学生が、昨日の謎のヤンキー集団を倒し、俺の傷を治した張本人だ。こいつは何者だ? 大体、本当に人間なのか?

 不審な目で岩屋を見つめていると、彼は俺の名前を呼んだ。

「新海航太くん」

「は、はい」

「ホームルームが終ったら、ちょっといいかな?」

「え……」

「すぐ終わるから」

 みんなの前で呼び出しを食らったら、行かないわけにはいかない。担任がクラスを出ると、隼真が飛んできた。

「おい、いきなり副担に呼び出しって、一体お前、何したんだよ」

「た、多分だけど、昨日の海釣りのこと……かな」

「ああ、それで注意ってことか? まー、それなら仕方ないわな。絞られて来い!」

 隼真に背中を思い切りたたかれると、俺は廊下へと向かう。

くっそ……。隼真のやつ、何も知らないから。この副担・岩屋は人間じゃないかもしれないんだぞ? じゃあなんだ、って聞かれたら、『何か』はわからない。宇宙人かもしれないし、また他の、新たな生命体とか……。ともかく危ないやつなんだ。

「失礼します……」

恐る恐る、職員室の岩屋を訪れる。岩屋はメガネをくいっとあげると、また人の悪そうな顔で笑った。

「お前、昨日の夜、何が起こったかわかってないよな」

「わかるわけないじゃん! いや、ないじゃないですか。一般常識じゃ考えられないことですよ」

「放課後、一度帰って私服に着替えたら、宝具の釣り竿を持って海辺に来い。初めから説明してやる」

「いえ、結構です。俺、変なことには巻き込まれたくないんで」

「もう完全に巻き込まれてるぞ。それにひとりだと命が危ない。一緒に戦える仲間がいたほうがいいと思わねぇか?」

「…………」

 悔しいが、岩屋のいうことも一理ある。俺は仕方なく、放課後この腹黒そうな副担・岩屋と会う約束をした。


 季節は五月半ば。まだ夕日の落ちる気配はない。

海の波の音を聞きながら浜辺の前の階段に座って待っていると、俺の上に黒い影が落ちた。

「待たせたな」

「いえ……別にそれはいいんですけど」

 岩屋は買って来た缶コーヒーを一本俺に渡す。ありがたくタダでもらうと、隣に岩屋も座る。

「……お前、五頭龍の伝説は知ってるか?」

「そりゃ、まあ。鎌倉市っていうか、江ノ島に住んでますから」

「じゃあ話は早いな。単刀直入に言う。五頭龍が復活した」

「……は?」

 単刀直入に言う、と宣言したからって、あまりにも唐突過ぎて、意味がわからない。五頭龍の話は伝説だ。要するに、昔の人の作った不思議物語というか。ともかく非現実な世界の話。その五頭龍が復活? あり得ない。もし、それでも本当だと言ったとしても、あの話にはちゃんとオチがついている。

「五頭龍が復活したことが万が一、億が一本当だとしても、伝説では天女に惚れて、行いを改めてめでたしめでたしになったはずでしょ」

「問題はそこだ」

 岩屋はメガネのフレームを押さえる。ガラスの反射で、一瞬表情がわからなくなる。

「……もし、天女に五頭龍が惚れなかったら?」

「そんなこと、あるんですか?」

 つい笑うと、岩屋は額の血管を浮き出させながら、俺の襟首をつかむ。

「あるんだよ。天女が『男』に生まれちまったら、惚れるも何もねぇだろうが」

「て、天女が……男?」

「ああ、しかも最悪なことに、その天女様が俺だ」

「……はぁぁぁっ?」

 俺の襟から手を離すと、岩屋は頭をがしがしかいた。

「今、この辺りは伝説と同じ状態になっている。悪い五頭龍が復活し、江ノ島の猫を食ってる。今は猫だけだが、昨日みたいに人間を食らう可能性もある。それを止めるのが俺の役目だが……今のところ、五頭龍が俺に惚れる可能性はゼロだ」

「まあ、わかります。岩屋先生、口も悪いし、腹黒そうだし……」

「なんか言ったか?」

「い、いえっ! で、でも、岩屋先生に惚れなかったら、五頭龍は……」

「それで、ちょっくら調べたんだよ。そしたら、ひとつだけ俺に惚れさせなくても龍の力を押さえる方法があった」

「どんな方法なんですか?」

 先ほど手を離してもらったばかりだというのに、岩屋はまた俺の襟を引っ張る。昨日、ヤンキーにえぐられ、岩屋に治してもらった――治してもらったと言い方がまだ納得いかないが――そこに貼っていた絆創膏をぺりっと剥される。

「『恵』か。お前は恵比寿天の転生した姿だったってことか。だったら宝具が釣り竿なのもよくわかる」

「恵比寿天って、七福神のですか? 転生って……」

「五頭龍が復活するとともに、天女と七福神も転生するんだよ。五頭龍を封印する、もうひとつの手段。それが七福神の力で封印することだ」

「はぁ」

「お前、さっきから『はぁ』しか言ってねぇな」

「だ、だって、話が突飛すぎてついて行けないんですよ!」

 五頭龍の伝説のくだりが実際起こっているのは理解したくないが理解したことにする。そうじゃないと、昨日猫を食べたり、俺に食いついたりしないだろう。あのヤンキーたちが龍だったから、人や動物を食っていたんだ。伝説では天女により改心するはずの五頭龍だが、その肝心の天女が、こんなに口の悪い男だった。だから改心させることができない。

 そこで七福神が代わりに封印しなきゃいけないってことなんだろうけど……七福神のメンバーである恵比寿様が俺?

「俺が恵比寿様だって証拠は……」

「わかってんだろ? ひとつはそこの入れ墨。七福神が転生した先は、俺の力か、同じ七福神の力を流し込むことによって覚醒する。昨日を思い出せ。お前の傷を治した後、釣り竿にも恵比寿の力が宿った。その証拠に、黄色の宝珠がリール部分についてるだろ?」

 目の前に証拠があっちゃ、否定もできない。だからといって、突然自分が恵比寿様の生まれ変わりだとしても、どうすればいいのか全く分からない。

「あの、俺は何をすればいいんですか?」

 できることなら、今まで通りのんびり毎日釣りして、ゴロゴロして過ごしたいんだけど、さすがにそういうわけにはいかなさそうだよな。『七福神が封印する』っていうんだから。

「まずは残りの七福神を探さないとだな」

「ヒントはあるんですか?」

「ない」

 缶コーヒーを口にしたまま、岩屋はぼそっと言い捨てる。

そんな、ヒントも何もなかったら、見つけようがないじゃないか! そう叫びたかったが、岩屋の手前口にできなかった。この教育実習生、学校では普通にしているが、相当口が悪いし、手も速そうだからな。

「ただ、七福神は自然に集まってくるはずだ。前世の仲間だからな。あとは俺が片っ端から気を流し込んで、覚醒させるしかない」

「地道な作業ですね」

「それともうひとつ」

「まだ何かあるんですか?」

 俺が不満げにたずねると、岩屋は時計を見た。

「これから夜の江ノ島を警備する。お前も一緒だ」

「え? 警備って?」

「そんなの決まってるだろ? 今、五頭龍は野放しの状態だ。猫を食ってるくらいだったらまだマシだった。でも、昨日の一件で、俺……天女がいることと、七福神のひとりが覚醒したことがバレた。これから昨日逃げた一ノ瀬以外の龍が、俺たちを倒しに来るだろうな」

「って! のんびりしてる場合じゃないですか!」

「だから、やられる前にやるしかねーだろ。そのための警備だ」

「マジかよ……」

 俺は思わず顔を伏せる。自分が恵比寿様の生まれ変わりっていうのも意味不明だし、よくわからずに命まで狙われるなんて最悪だ!

「龍は夜、活動が活発になる。だからそれを狙って……」

「俺、警備は行きませんよ! 家にこもりますから!」

「あのなぁ……お前、バカか?」

「は?」

「家に籠って、家族が襲われたらどーすんだ。それを回避するための警備でもあるんだからな」

「あ……」

 そうか。自分の命が狙われてたら、必然的に家族もターゲットにされるってことだよな。

 俺自身がなんで恵比寿様の転生先になったのかはわからない。でも、そうなってしまったら仕方がない。

「わかりましたよ、やります」

「じゃ、夕飯食ったら再度集合な。弁天橋の前のベンチで」

 こうして俺は、『五頭龍退治』というわけのわからないことに巻き込まれていった。もう逃げ場はない。逃げようとすればするほど、泥沼にはまっていくと自分で感づいていたからだ。


「隼真、だからなんでうちにいるんだよ」

 家に帰ると例の如く隼真がくつろいでいる。今日はダイニングでテレビを見ていた。

「暇だったから」

「そんな理由で……」

「まぁいいじゃない。隼ちゃんの家は共働きでしょ? 寂しいのよねぇ?」

 母ちゃんがそういうと、うんうんと隼真はうなずく。ホントかよ。

「隼ちゃん、今日は親御さん、出張なんでしょ? 泊まっていきなさいよ」

「え、いいんですか? やった!」

「隼真よ、そんなに我が家は居心地いいか?」

「そりゃあね。お客さん扱いしてもらえるから」

 図々しいにもほどがある。いくら幼なじみだからと言っても、ここまで家に居つくとは。

それに困ったこともある。今夜の見回りの件だ。『夜釣りに行く』と言っても、隼真はついてきそうだ。こうなったらしょうがない。こっそり出かけるしかない。

夕飯の餃子を食べて、出かける準備をする。隼真がダイニングで母ちゃんと話している隙をついて、釣り竿を持ち、靴を履く。しかし簡単にバレてしまった。

「お前、また釣りか? ……にしては、竿しか持ってねえみたいだけど」

「ちょ、ちょっとな」

「なんだよ。オレとお前の仲だろ? オレも連れていけ」

「それはダメだ。危ないよ」

「危ないってなんだよ。オレのことなめてない? お前が夜道を歩いて平気なら、オレだって平気に決まってんだろ!」

 はぁ、面倒なことになってしまったな。どんなに置いて行こうとしても無理っぽい。

「あ~……もうわかったよ。ついてきたかったら勝手にしろ。ただ、死んでも知らないからな!」

「死ぬわけないっつーの」

 俺が立ち上がると、隼真もいつものリュックを肩にかけ、スニーカーを履く。こうして俺たちは、岩屋と待ち合わせした弁天橋の前のベンチへと向かった。


「おい、お前。なんで金魚のフンがついてきてんだ? あ?」

 ヤバい。岩屋のやつ、めっちゃ機嫌が悪い。

「岩屋……先生?」

 学校の時とは態度が違いすぎて、隼真も驚く。岩屋はというと、ベンチに座り、タバコを吸いながら俺たちを待っていた。連れて来た隼真を見るなり俺をにらみつける。俺はただ、首を左右に振るしかない。隼真が来たのは俺のせいじゃない。

 ふーっと大きく煙を吐き出すと、携帯灰皿にタバコをしまう。

「来ちまったんならしょうがねぇけど、死んでも知らねぇからな」

「……さっきから航太も岩屋先生も、なんで『死ぬ』なんて言うんですか? っていうか、ふたりは何のためにここに集まったんだよ。まさか、キスマークの相手って……」

「んなわけないだろっ!」

「俺たちは、江ノ島の辺りに集まっているヤンキーをシメにきたんだよ」

「シメにって……本気?」

 岩屋先生がバシッと言うと、隼真は聞き返す。そりゃ信じられないだろう。俺たちはふたり。隼真を入れて三人。それがたむろしているヤンキーをシメるだなんてな。

 実際、俺自身もヤンキー……五頭龍の仲間を倒す自信がない。それでも、もう巻き込まれてしまったんだからしょうがない。五頭龍を野放しにしておいて、島の人たちが食われても困る。それに、その前に、まず自分の命が狙われるだろう。なんせ俺は、五頭龍を封印できる七福神の生まれ変わりのひとり・恵比寿天なんだから……と、ここまで自分語りしても、イマイチ実感はわかないが。

「ところで、宝具は持ってきたか?」

「はい、宝具っていうか、武器はこれでいいんですよね」

 俺が持ってきた釣り竿を見せると、岩屋はうなずく。

「先生の宝具って何なんですか? 昨日は布みたいなものを刀にしてましたけど」

「天女の宝具って言ったら、羽衣に決まってるだろ。羽衣は、主に攻撃を防ぐバリアとしての役割だが、敵の武器を真似ることができる」

「へぇ……」

「なあ、さっきから『ほーぐ』がどうとか天女とか、一体何の話をしてるんだ?」

「……おい、新海。お前どうして瀧なんか連れてきやがった」

「勝手についてきちゃったんですよ」

「ちゃんと説明しろよ、航太! お前たち、何する気なんだ?」

 俺は頭をかくと、簡単に説明する。

 五頭龍が復活したこと、岩屋が天女だったせいで、封印できず人間に害を及ぼしかねないこと。そして、天女の力がなくても封印できる方法が七福神の力を使うといことだ。

「それでその、恵比寿天が、航太なのか?」

「どうやらそうらしい」

 絆創膏を取ると、首筋に刻まれた文字を見せる。

「前はこんなところに、入れ墨なんてなかっただろ。釣り竿のリール部分にだって……」

「本当だ。まだ信じらんねぇけど……嘘ではなさそうだな」

「お前ら、いいか。昨日出てきた龍……見た目はヤンキーのリーダー格だったのは、一ノ瀬という名前だ。五頭龍は本来、五つの頭を持つ龍だが、今は五人の人間の姿でいる。昨日逃げたリーダー格の一ノ瀬も、五頭龍の頭のひとつだ。他のヤンキーは龍の影、下僕ってところだな」

「一ノ瀬たちは、なんで人間に化けてるんですか? 餌探しとか?」

 俺が聞くと、岩屋は首を振った。

「江ノ島の周りを調査しているんだろう。敵……天女の俺や七福神がいないか、探してたんだ。そして、見つけ次第抹殺しようとしていたんだろうな」

 その言葉を聞いて、ぞくりとする。俺がもし、恵比寿様の生まれ変わりだと自分でも気づかなかったら……。なにもわからず殺されていたのかもしれない。

「怖ぇな、五頭龍って。お前や岩屋先生は、そんなやつらを相手に戦うのか?」

「俺だって嫌だよ! でも、何もしなくても殺されるんだから、抵抗するだけしたほうがマシだ」

「オレ、危なくなったら逃げるからな」

「それが賢明だな」

 岩屋は時計を見ると、ベンチからようやく立ち上がる。

「そろそろ時間もいい頃だ。今日は裏手の坂道を散策してみるか。あの辺にも猫は出る。もし龍たちがまた猫を食いに来るなら、そこを押さえてぶっ叩く」

 俺たちは暗い裏の坂道のほうへと歩いて行く。本当に今日も龍は出るのだろうか。出たらまた、戦わなくちゃいけないのか? 俺は汗ばんだ手ををジーパンで拭いながら、岩屋のあとを追う。その後ろは隼真だ。隼真もビクビクしながら、周りを警戒しつつゆっくり歩く。 ――最悪、隼真だけは助けないといけないな。こいつは本当についてきただけだし、俺みたいに宝具も持っていない。七福神の生まれ変わりでもないから。

 岩屋、俺、隼真の順で歩いていると、バイクのライトが光っているのに気づく。ここの坂道は、島の住人がバイクや自転車置き場にしているところだ。そこには学ラン姿のヤンキーがたむろしていた。岩屋の言う通り、また猫を……。

「うっ」

 ヤンキー集団……いや、龍の下僕たちは、食事に夢中だ。ショッキングな絵を見せられた隼真は、思わず口を押える。

「誰だ!」

 その声に気づいたひとりが、こちらへと来る。

 岩屋は俺にうなずくと、バッと前に出る。

「よう、一ノ瀬。昨日は情けなく尻尾巻いて逃げたが、まだここでのんきに飯を食ってるとはな。他の兄弟からは怒られなかったのか?」

 ヤンキーたちがざわつく。

「静かにしやがれ!」

 奥から出てきたのは、一ノ瀬だ。

「誰が情けなく尻尾巻いて逃げたって……?」

「お前以外に誰がいる?」

「クソ天女めっ! お前ら! こいつらが今日の獲物だ! 天女と恵比寿天を倒して、他の龍たちに目にもの見せてやる!」

「新海、釣り竿!」

「は、はいっ!」

 釣り竿を取り出すと、また首の文字が熱くなる。それとともに力が湧いてくる気もする。

「行くぞっ!」

 羽衣を手にした岩屋が声を上げると同時に、俺は釣り糸を振る。

「えいっ! 1ヒット! 2ヒット!」

「ぐえっ!」

「う、うわっ!」

 龍の下僕……雑魚ヤンキーは、簡単に釣り上げて倒すことができる。これは俺の腕というより、釣り竿の威力が強いのだろう。

「天女の兄ちゃんよぉ、お前の相手は俺だ」

 岩屋はまた一ノ瀬と向かい合っている。お互い、昨日と同じように刀を取り出すと、じりじりとにらみ合う。そのときだった。

「いっちゃ~ん! ここにもネズミさん、いたよぉ?」

「二前!」

「ちょっ、は、離せよっ!」

「隼真!」

 二前と呼ばれた一ノ瀬とはタイプの違う、甘い顔をしたヤンキーが隼真を捕獲している。

俺は隼真に向けて、釣針を投げる。隼真が釣れればこちらのもんだ。だが、隼真を羽交い絞めにしている二前は、俺の釣り針をパチンと指先で弾いた。

「なっ!」

「やっぱりね。恵比寿天はまだ覚醒したばっかりだから、あまり宝具の威力は強くない。ボクらの下僕は倒せるみたいだけど、ボクたち五頭龍にはまだ太刀打ちできないってことだよね」

 二前という男も、五頭龍のひとりなのか。二前の背後からは、彼の率いる下僕軍たちがいる。これは状況が芳しくない。上には一ノ瀬、下には二前。どうすれば……。岩屋を見るが、岩屋も一ノ瀬から目を逸らせないでいる。

「天女様よ、ここで降参したらどうだ? ガキふたりの命も大事だろ?」

「降参したら、江ノ島を乗っ取る気だろ。そうはいかねーよ。例えガキの命がなくなってもな」

「そういうことらしいぞ、二前」

「いいんだ? じゃ、いただきま~す!」

「なっ! 隼真!」

「ぐああっ!」

 隼真の腕をかじる、二前。昨日の俺と同じだ。

「隼真!」

 俺は釣り竿で敵をなぎ倒しながら、隼真のそばまで駆けていく。俺がここに連れてきたせいで、こんなことに!

「ちっ」

 岩屋も一ノ瀬に背を向けて、隼真のほうへ走る。

 腕を噛まれた隼真は、傷口を必死に押さえている。

「あははっ☆キミ、男の子にしてはおいしいほうだよ~。だけど、ボクの食事を邪魔するつもりなのかな? 天女様と恵比寿天は」

「当たり前だっ! 隼真は俺の幼なじみなんだからな!」

「こっちは不本意だけどな。恵比寿天がこっちに来たら戦力ダウンだ。一ノ瀬! お前は後回しだ。先に二前を倒す!」

「何言ってんの。いっちゃんよりもボクのほうが強いんだよ? わっかんないかなぁ~?」

 そう言うと、にっこり笑う。だが、意外にもそんな二前を殴ったのが、坂の上にいたはずの一ノ瀬だった。わざわざ殴りに降りて来たようだ。

「なっ、いっちゃ~ん、何すんの!」

「俺はお前より強い!」

「えぇ? そうかなぁ~? それなら一度、ボクと戦ってみる? 五頭龍の状態だと、サシの勝負ってできなかったし、いい機会かもしれないね」

「ああ、そうだな」

 一ノ瀬はニヤリと笑い、二前に刀を向ける。……こっちにはチャンスだ。

「先生! 隼真の手当てを!」

「いや、それよりあいつらが戦っている間にふたりを仕留めたほうが……」

「先生っ!」

「ちっ、わかったよ」

 岩屋は隼真の腕に手をやると、光が溢れてくる。

「な、なんだ?」

「いっちゃんのバカ~……。ボクに突っかかってくるから、敵さんに隙を与えちゃったじゃん!」

「ふん、どうでもいい。傷が治ったところで、こいつら三人とも食っちまうことにはかわらないんだからな」

 光がおさまると、血だらけだった隼真の腕はきれいになった。隼真はそのこと自体に驚いていたが、俺と岩屋はもうひとつの事実に驚愕していた。

「先生、これって……」

「ああ、七福神の入れ墨だ。『布』……布袋尊だな」

「は? 布袋尊って?」

「お前も七福神のひとりってことだよ。『七福神は自然と集まる』……まさにその通りになってるな」

「で、でも、オレ、何すればいいんだ?」

「お前も新海の釣り竿みたいに、宝具を持っているはずだ」

「宝具って言われても……オレ、手ぶらですよ? 持ってるの、リュックくらいだし……」

「お、おい、隼真! そのリュック……ボタンなんてあったっけ? なんか画面もついてる」

「ボタン? あ、ファスナーの部分に、オレンジの珠も……」

「お前の宝具は、そのリュックってことだな」

「りゅ、リュックって! どうやってこれで戦うんだよ!」

 隼真の言う通りだ。リュックなんかで戦う? 相手の頭に袋をかぶせて、窒息させるとか? それ以外の方法が思いつかないが、もうひとつ気になるのがボタンだ。

 隼真はボタンをいくつか押してみる。すると、横の画面に数字が出た。

「1……? これで『決定ボタン』を押したらどうなるんだ?」

 ポチッと軽く押すと、もこっとリュックが膨らんだ。

「な?」

 驚く俺だが、隼真はリュックの中身を確認する。出てきたのはひとつの丸い……。

「ば、爆弾!」

「そうか、布袋尊の宝具は、リュック……爆弾生成機能つきってことか」

「このボタンで爆弾の個数や威力を調整できるってことか! なんか面白れぇことになってきたじゃん!」

 さっきまでビビっていたはずの隼真だが、今はノリノリだ。

「いっちゃん、なんかボクたちかなりヤバくない?」

「マジかよ……また七福神が覚醒するとは……」

 青ざめる龍ふたりを前に、隼真はわくわくしながら岩屋に声をかける。

「なあ、この爆弾、使ってみてもいいか?」

「物は試しだ。やってみろ」

 岩屋は刀にしていた羽衣で、俺たちの身を包む。バリアだ。

「行くぜ、龍たち! いっせーの、せっ!」

 爆弾のスイッチを押し、ふたりの方向へ投げつける隼真。

「げ」

「嘘だろ!」

 ふたりは一斉に坂道をダッシュする。が、爆弾もコロコロと下へと転がっていく。数秒後、ボンッ! と大きな爆発がした。

「やった……かな?」

「でも、一応ピンチは回避できたぜ?」

 ホクホク顔の隼真だけど、こんな大きな爆発なんか江ノ島で起こしたら、まずいんじゃ……。

 俺は自然と岩屋を見る。岩屋はタバコに火をつけると、ふうと煙を吐き出した。

「心配するな。あの爆弾は、民家や一般人にはまったく害はない。穴が開いても、翌日にはなくなっているはずだ。爆弾でも、神が作った宝具だからな。ただ、龍やその影にはダメージを与えるが」

「しかし、このリュックが武器になるとはなぁ。まるで四次元ポケットだ」

 不思議そうに見つめる隼真。

「爆弾しか出てこない、四次元ポケットな」

 俺がつっこむと、隼真は少し残念そうな顔をした。

「だけど、ちょっと不便になるな。普段使いできなくなる」

「お前、爆弾生成器を普段使いのリュックにするなよ。怖いって」

「いや、この珠を押せば普通のリュックに戻るはずだ」

 岩屋の言葉に、隼真はパッと笑顔になる。

「なんだ、普段でも使えるのか。それならよかった!」

 本当にこいつはお気楽だな……。七福神のひとりだってことがバレたら、これからは命を狙われる。それに、五頭龍はまだあと三人残っている。今日見た感じだと、一ノ瀬や二前は本当に雑魚っぽい。マヌケなところがあるっていうか。さっきの爆弾で倒せていればいいけど……。

「あ、ところで岩屋先生」

「なんだよ」

「七福神で五頭龍を封印しなくても、オレたちだけで全員倒しちゃえば、封印も何もしなくて済むんじゃないですか?」

 そうだ。わざわざ七福神を探すだなんてまどろっこしいことなんてしなくても、俺たちで倒してしまえばいいことだ。だが、岩屋は首を振った。

「残りの三人がどんな手を使ってくるかもわからねぇし、今の俺たち三人じゃ龍の影を蹴散らせる程度だ。航太の釣り竿、隼真のリュック……爆弾生成器じゃまだ太刀打ちできねえ。やっぱり仲間は必要だ。五頭龍を完璧に封印するか、倒すかしなければ……江ノ島は沈む」

――江ノ島が沈む。俺たちが生まれ育ってきたこの島がなくなる。それだけは阻止しなくては。それがこの島に暮らす、俺たちの使命なんだから。



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