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江の島7wars  作者: 浅野エミイ


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1/7

一、夜釣りは大変危険です?

 夢の島と謳われている、江の島。ここに住む俺、新海航太しんかい・こうたは今日ものんびりと釣りをしていた。

高校生で釣りが趣味なんて、幼なじみの瀧隼真たき・しゅんまからは『じじくさい』なんて言われているが、魚が竿にかかった瞬間の興奮なんて最高だ。

 ただ、ここ数日不気味な事件が多発している。江ノ島の猫たちが消えているらしい。あんなにたくさんいたのに、どうしたんだろう。親父や母ちゃんは、念のためお前も気をつけろなんていうけど、何に気をつけろっていうんだ。ターゲットになっているのは猫。ま、猟奇的な殺人鬼なんかは手ごろな動物から手をかけるっていうし、怖いと言えば怖いのかもしれないが。しかし、『気をつけろ』の意味は別の意味かもわからない。こんなことを言うのは不謹慎だけど……俺は釣りが趣味だ。海にもよく行く。そこで『猫の死体を発見しないかどうか』が心配なのかもな。

 不気味というか、様子がおかしいのはうちのばあちゃんもだ。

『海が濁っている。地面がその濁った水を吸い、崩れ落ちる。五頭龍が暴れ出す前兆が起こっておるの』

 迷信か何かわからないけど、ばあちゃんは最近こんなことをずっと言っている。かあちゃんたちは心配しているが、意識はしっかりしている。問題なのは、話している内容。江ノ島の五頭龍の伝説は有名だ。

 五頭龍は、昔この辺りに出没した悪い龍だった。山を崩したり、海を荒らしたり好き放題していた。それを収めてもらうために、村人たちは女や子どもを生贄にしていたらしい。生贄を出しても、五頭龍は暴れるのを止めない。この惨状を見た天女は、五頭龍を止めに天界から降りてくる。彼女に一目ぼれをした五頭龍は結婚を迫るが、天女は首を縦に振らない。今までの悪行を見てきたからだ。天女のために改心した五頭龍は、それから村を守るために尽力する。その姿を見た天女は、ようやく結婚してもよいとうなずき、ふたりは守り神になった……というのが大体の伝説の内容だ。

でも、今更五頭龍なんて現実味のない架空の生き物が暴れ出すわけがない。この話はただの伝説なんだから。

「でも、確かに海が濁ってる気はするな」

 今日釣れた魚も、あまり活きがよくないような気がする。海もドス黒く見える。まるで廃油みたいな色だ。

 空を見上げると、暗雲。もしかしたら本当にばあちゃんの言うことは当たっているのか?

五頭龍が暴れ出す前兆、とか。

「……なんてね」

 俺は釣った魚が入ったバケツを持つと、家に向かった。


「お帰り、隼ちゃん来てるわよ」

 家に帰って魚を母ちゃんに渡すと、俺は自室へと行く。そこには隼真がいて、マンガを読みながらくつろいでいた。

「お前、他人の家でゴロゴロしすぎ」

「いいじゃん。小さい頃からの仲なんだし」

 隼真は、ずっと俺とこの江ノ島で暮してきた島民のひとりだ。江ノ島はそんなに大きい島ではない。だから、ここに住んでいた子どもたちは、全員よく遊んだ仲間だ。だが、隼真は特別。私立で東京方面の高校に行ってしまったやつが多い中、俺たちだけは今もこの江ノ島にいる。島を愛しているひとりなのだ。

「お前は今日も釣り、行って来たのか?」

「まあね。あんまり釣れなかったけど」

「よくもまぁ、飽きないね。釣りってだるくないか? ずっと待ってるだけじゃん?」

「お前は釣りのよさがわからないんだなぁ」

 わざとため息をつくと、さっきまで使っていた釣り竿の手入れを始める。海釣りしていたので、塩分が竿やリールにつきっぱなしだと錆びてしまうのだ。

そんな俺を無視して、隼真はごそごそとリュックサックの中を漁る。そんな俺は、隼真に

つっこんでしまった。

「お前、ずっとそのリュックサック使ってるよね。小学校のときからじゃない?」

「ああ、気に入ってるんだよ。ってか、使い勝手もいいんだぜ? デザインも好きだしな」

 隼真の青のリュックは、普通のものと違い、四角い形になっている。表面は青い海の色で、背中側がベージュ。話によると、小さい頃に、隼真のばあちゃんが誕生日プレゼントだと横浜の店でわざわざデザインして作ってもらった一点ものらしい。防水加工もしてあり、汚れても丸洗いできる便利な優れものだ。

「それはともかくだ。この課題、終わったか?」

 隼真が取り出したのは、数学のプリントだった。

「そう言えば、そんなのもあったな。その課題っていつまでだっけ?」

「お前……本当に釣りのことしか考えてないのな」

 呆れる隼真に、俺はムッとした。

「それはお前、釣りの深さをよく知っていないからだなぁ!」

「はいはい、いいから、課題をやるぞ!」

 俺ってそんなに釣りバカか……?

 隼真の言っていることを少し気にしながら、俺は課題に取り組み始めた。


――翌日。

 学校が終わると、隼真と先に宿題をしてから、ひとりで夜の海釣りへと行くことにした。釣り道具とバケツを持つと、とりあえず浜辺に出る。今夜はどの辺に行こうか。

 うーんと背伸びをすると、ごそっと音がした。なんだろうと思い振り向くと、弁天橋のライトに照らされている人影が見える。ひとりじゃない。数人だ。これはヤバいかもしれない。

たまに海辺にヤンキーがいるのだ。

 変なことに巻き込まれたくはない。俺はそっと逃げようとする。その瞬間、まずいものが見えた。――何か食っている。毛深いあれは……猫だ。ギャーという断末魔のようなものも聞こえる。

ヤンキーが猫を食ってるって、一体どういうことなんだよ! ともかく尋常じゃないことくらいはわかる。

俺はなりふり構わずダッシュした。しかし、砂浜に足を取られて、思うように走れない。そのうち思い切りこけた。

「おいっ! そこのガキを捕まえろ!」

 リーダー格のいかにも番長といったガタイのいい学ランの男が、手下に命令する。これはヤバい。

 あっという間に後ろから来た数人のヤンキーにのしかかられ、俺は動きを封じられる。まずいな。何をされるかわからない。ここのところ猫を見かけないと思ったら、こいつらが食ってたんだ……。しかも生で。こいつらは普通の人間なのか? まるで、鬼の所業だ。

 リーダー格の男は俺に近づくと、しゃがんでじっと顔を見つめる。

「……で、何を見た?」

 何をって……。言えるわけがない。バカ正直に言ったら、殺される可能性だってある。相手は生きたままの猫を食ってたんだから。こいつらは集団サイコパスだ。

 俺が目を伏せて首を振ると、男はくすっと笑った。

「嘘つくなよ。見たんだろ? 俺たちの食事風景を」

「……何のことかわからない」

「とぼけんなって。別にお前をボコったりするつもりはねぇ。ただ……」

 男の声は、頭の中にダイレクトに響く。


『久しぶりに人の肉を食べられるチャンスだなぁと思ってな』


 その声を聞いた俺は、思わず顔を上げた。男はにこにこ笑っている。……人の肉を食べる、

だって? こいつはただのヤンキーじゃない。何が……何が起こってるんだ!

「さ、お前ら。今日は猫じゃねぇ。ごちそうだぞ! ちなみに他の『四人』には内緒な?」

「おうっ!」

 ヤンキーたちは嬉しそうに声をあげる。他の四人って……まさかこのリーダー格みたいなのが、他に四人もいるのか? だとしたら、大ピンチじゃないか! 猫だけじゃなく、人間も食べる得体も知れないヤンキー。俺はこいつらに食べられちまうのか? そんなの嫌だ! 俺はまだ生きていたい!

「男は少し骨ばってるから、女のほうがよかったけどなぁ」

「わがまま言うなよ。人間ってだけでもありがたいんだから。なぁ、一ノ瀬さん」

「まあな。じゃあ、最初のひとくち目は俺から行くぞ」

 一ノ瀬と呼ばれたリーダー格が、俺の首筋をかじる。

「ぐっ……!」

 噛まれると、肉をえぐられる。血が滴り、白いTシャツが赤に染まっていく。痛いなんてものじゃない。痛すぎて、感覚がなくなる。声も出ない。

「なかなかうまいじゃねぇか。男のくせに、普通の女よりうまく感じるぞ。なんだろうな?」

 俺の肉を咀嚼しながら、流れ出る血を舐める。

 俺はこのままこいつらに食べられて死ぬんだ。なんでこんな死に方をしなきゃいけないんだ? そんなに俺、悪い人間だったんだろうか。いや、俺は単なる釣り好きな男子高校生だ。これはまさに不運としかいいようがない。……はぁ、最悪だ。せめて死ぬなら、痛めつけられながら死ぬんじゃなくて、一気に心臓を貫いて、苦しまずに殺してほしいんだけど。 この鬼だかなんだかわからないやつらには、無理なお願いかもな。

 次第に意識が遠くなっていく。そのときだった。

「お前ら、五頭龍のひとりだな?」

「誰だ!」

 一ノ瀬が声を張り上げる。声のしたほうを視線だけで追うと、そこにはメガネをかけ、ベストを着た二十代くらいの男がいた。

「誰でもいいだろ。ともかくそのガキを離せ」

「嫌だ。こいつは今夜のディナーなんでね。見られちゃしょうがない。おっさんも食卓に乗ってもらおうか」

「はっ、断る。誰がお前らのメシになんてなるかよ。五頭龍の一番下っ端の一ノ瀬くん」

「し、下っ端だと! くそっ、全員あいつを捕まえろ! 捕まえたやつに一番好きな場所を食わせてやる!」

 首をえぐられた俺を置くと、一ノ瀬は他のヤンキーたちとともに、男を取り囲む。ヤンキーたちはナイフやバットを持っている。こんな相手にひとりで立ち向かえるわけがない。

「……けい……さつ……」

 俺はスマホを取り出そうとするが、こんなときに限って家に置いてきている。釣りの間に邪魔がはいると嫌だからって……最悪だ。

 このままじゃ、あのメガネの男もやられてしまう。くそっ、どうすりゃいいんだよ!

 俺は浜辺に横たわったまま、男と一ノ瀬の戦いを見ることしかできない。

 一ノ瀬が手を空にかざすと、光る珠が出てきた。

「お前が何者かは知らねぇけど、本気で行くぞ!」

 光る珠は形を変え、刀に変わる。……嘘だろ。こんなの夢だ。きっと大きなケガをしているから見える幻覚なんだ。

「刀だったらこっちも刀で勝負ってことにするか」

 同じように男も空に手をかざす。すると、こちらは長い布のようなものが出てくる。それを左右に振ると、一ノ瀬とまったく同じ刀に変わった。

「その羽衣、お前、まさか……」

「ボーッとしてんなら、こっちから行くぜ?」

 メガネの男はインテリ風な感じだったが、一ノ瀬の部下を簡単に切り捨てていく。

俺は思わず目をつぶった。あり得ないことが目の前で起こっているのは間違いない。だが、メガネの男は刀を振り回しているんだ。こいつも危ない人間かもしれない。いくら敵が現れたからって人殺しだ。まぁ……そしたら俺だって殺されそうに、いや、食われそうになっていた人間だから、助けてはもらっているのかもしれないけど。それでももしかしたら、この戦いが終わったら、目撃者として殺されてしまうのかも。どっちにしろデッド・オア・アライブどころじゃなく、デッド・オア・デッド。俺の命はここまでだ。

しばらく目をつぶっていると、男の声が聞こえた。

「おい、クソガキ。平気か?」

「……アンタも……あの一ノ瀬ってやつの仲間か?」

「バカいうんじゃねぇよ。ともかく治療だな」

 メガネの男は俺が噛まれた首筋を手で覆う。こんなことしても止血にはならないのに、なんだかあたたかい。しばらく手を当てられていたら、痛みが引いてきた。

「これで平気だな」

「え……え? ま、マジかよ」

 首筋を触ってみると、えぐられたところが元通りに戻っている。血も止まっているし、傷らしい感触もない。

「どういうことだ?」

「ま、俺の力のひとつってところだな」

「アンタの力……? じょ、冗談じゃない! 俺は帰るっ!」

 俺は立ち上がると、持ってきた釣り道具を手にする。

 もうこんなわけのわからないことにはかかわり合いたくない。なんだよ、あの猫を食うヤンキーといい、何もないところから出てきた刀といい、謎の治癒力といい!

だが、ヤンキーたちは、いまだに俺たちを囲んでいる。

「それにしてもお前が……な。お手並み拝見と行くか」

「はっ?」

メガネの男は俺と背中合わせに立つ。これってまさか、俺も戦う流れ?

「ちょ、ちょっと待てよ! 俺、ケンカなんてできないし、武器だって……」

「宝具は手に持ってんだろ」

「え……宝具?」

 手にしているのは愛用している釣り竿だ。ただ、いつもと違う。どういう理屈かわからないけど、光っている。先ほどえぐられた首筋が、痛みとは違う、ジンジンとした熱を持つ。

「まさか……」

「ああ、そのまさかだ。行くぞ!」

「えぇっ!」

 男は刀を持って、敵陣に突っ込んでいく。男の相手をしていない、残り半数は俺に向かって来る。

 ――仕方ない、やるしかない。

「え、ええいっ!」

 俺が釣り竿を投げると、勝手に針が敵のヤンキーの背中に引っかかる。

「ヒット! って、マジで?」

 敵を釣り上げると、針は簡単に外れ、次の敵をつるし上げる。まさに爆釣状態だ。

何が起こってるのかはわからないが、俺の釣り竿が武器として活躍している。魚を釣ることしか普通はできないのに……。

俺とメガネの男のふたりで、大体のヤンキーは倒した。倒した敵は、砂浜の砂と混じってさらさらと消えていく。

「くっ……あいつらに報告だ!」

 取り巻きのいなくなった一ノ瀬は、煙玉のようなものを投げつけて消えた。

「くそっ! 一体何なんだよっ……。もうわけわかんねー!」

 ヤンキーは消えたが、素性不明なメガネと一緒にいたくない。この場所にとどまっていたら、また謎の敵が現れるかもしれない。だったらさっさと逃げるべし!

今度は転ばないように慎重に足を運びながら、素早く砂浜を抜ける。

「……ふうん、あのクソガキがねぇ」


 猛ダッシュで家に帰り、荷物を部屋に置くと、俺は家族にバレないように洗面所へ向かった。身体が砂だらけというのもあったが、何より自分のケガが本当に治っているのか確かめたかったのだ。

 母ちゃんや親父にケガしたままで会ったら、きっと大騒ぎになる。俺は今日の悪夢を早々に忘れたかったのだ。洗面所の鏡には、赤く染まったTシャツを着た俺が映る。でも、首筋にケガはない。

「よかった……って、ん?」

 ケガは確かになかった。だが、その代わりに変なものが首筋にある。

「この黒いの、何だ? 文字に見えなくもないけど……」

 そのまま裸になると、Tシャツを漂白剤につけてから風呂場に入る。首をごしごし洗っても、もう何の痛みも感じない。ただ、文字らしきものは消えない。まるで入れ墨みたいに体の内側に刻み込まれてしまったようだ。

「『恵』……か? なんで消えないんだろう。これ、まずいぞ。見方によっちゃ入れ墨だからな。親父や学校にバレたら……」

 俺は砂だらけの身体や髪を洗い、風呂から出ると、こっそりと絆創膏を首筋の文字のところに貼る。

 そして、さっき光っていた愛用の釣り竿を確認する。リールのところに黄色い珠がついている。これはなんだ?

「あー、もう最悪だ……」

 俺は考えるのを放棄して、ベッドへともぐりこんだ。


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