第3話
はてさて――魔法少女の一人、三城里奈の捕縛には成功した。
変身に必要なステッキはすでに押収済み。この状態で自力脱出は、まず不可能だろう。
「お疲れ様ですねぇ、軍服ちゃん♪」
ハンドルを握りながら、卓は軽く笑う。
「まさか、たかが魔法少女一人にあれだけ手こずるとは。ボスも聞いて呆れるんじゃないですかぁ?」
運転、監視、そして煽り。一人で器用にこなしている。
対して夏美は、窓の外をじっと見ていた。
「……氷、嫌いなの」
ぼそりと呟く。
先ほどまでの勢いは消え失せていた。
卓はちらりと視線を向けるが、すぐに興味を失ったように前へ戻す。
(反応ないとつまらないなぁ)
小さくため息。
今度は、後部座席の里奈へ視線を向ける。
彼女は、強い目で卓を睨んでいた。
(あ、こっちは元気そう)
「里奈ちゃん、何歳?」
「うるさい」
「魔法少女の中でどんな立場だったの?」
「うるさい」
「政府のこと、信じてないんでしょ?」
「うるさい」
「これから君はね――」
「いいから黙って!」
ぴしゃりと遮られる。
どうやら会話する気は一切ないらしい。
「……話しかけてあげてるのに」
軽く肩をすくめる卓。
「あんた馬鹿?」
横から、冷たい声。
「敵に絡まれてまともに答えるやつなんていないわよ」
「……軍服ちゃんまで」
「その呼び方やめてって言ってるでしょ」
道中、敵襲はなかった。
そのまま本部へ帰還する。
車を降り、桐生の元へ向かう途中。
「里奈ちゃん、ちゃんと見ててくださいよ?」
卓は軽く振り返る。
「ボスに怒られるの、嫌なんで」
「安心しなさい」
夏美は淡々と言う。
「私はあんたと違って軽率じゃない。自分の意思で監視する」
(怖いなぁ)
卓は心の中だけで呟いた。
扉の前。
ノックをする間もなく、扉が開く。
「ただいま戻りましたー」
「魔法少女を連れて参りました」
二人の声に、桐生は短く頷いた。
「……よくやった」
その一言だけ。
だが次の瞬間、桐生の視線が里奈に向く。
空気が変わった。
言葉にできない圧。
里奈の肩が震える。
本能で理解したのだ。
(……この人は、違う)
格が。
存在が。
「そいつは花蓮の元へ連れて行け」
淡々とした命令。
「情報を吐かせるなら、あいつが一番早い」
一瞬の沈黙。
「「……かしこまりました」」
二人は同時に答えた。
桐生の判断は的確だった。里奈の目に残る意思を見て、“普通のやり方では折れない”と見抜いたのだ。
廊下を歩く。
「……嫌だなぁ」
卓がぼそりと呟く。
「花嫁ちゃん、苦手なんですよねぇ」
「知らないわよ」
夏美は即答する。
「あんたが勝手に苦手意識持ってるだけでしょ。あの人はただ花嫁衣装が好きなだけの一般人よ」
「一般人があんなことします?」
「……黙って」
卓は苦笑する。
以前、“ちゃん付け”しただけで殺されかけた。それ以来、その呼び方は封印している。
(リッチを殺しかけるって何なんだろうなぁ)
思い出すだけで背筋が冷える。
隣で、里奈は完全に沈黙していた。
この組織は異常だ。
人ではないものが、当たり前のように存在している。
(……ここは、まずい)
逃げ場はない。
それだけは、はっきり分かってしまった。
やがて、尋問室へ到着する。
白い。
やけに清潔な空間。
それが逆に、不気味だった。
卓も夏美も、奥の廊下には決して視線を向けない。
そこに何があるか、知っているから。
足音。
ゆっくりと、奥から現れる影。
純白のウェディングドレス。
場違いなほど美しい女。
桃乃木花蓮。
「あらぁ……」
柔らかな声。
「新しい子、連れてきてくれたのね?」
嬉しそうに微笑む。
その目は、笑っていない。
「えぇ。この子よ」
夏美が里奈を軽く押す。
「情報の抽出が最優先よ」
「分かってるわぁ」
花蓮はくすくすと笑う。
「その後は……自由でいいのよね?」
「……好きにして」
その会話を、卓は少し離れた位置で聞いていた。
(関わりたくないなぁ)
里奈の方を見る。
完全に怯えている。
(まぁ、頑張って)
心にもない応援を送る。
そのまま立ち去ろうとした――
「卓くん」
ぴたり、と足が止まる。
「……お久しぶりねぇ」
振り返る。
花蓮が、こちらを見ていた。
「どうして逃げようとするの?」
「い、いえ……そんなことは……」
声が震える。
「もしかして、前のこと?」
にこり、と笑う。
「あの時はごめんなさいね。わたしも大人げなかったわ」
「ほ、本当ですか……?」
「えぇ」
一歩、近づく。
「次やったら、ちゃんと殺すから」
「すみません」
即答だった。
花蓮は満足そうに頷くと、興味を失ったように視線を外す。
そして、ゆっくりと里奈を見る。
獲物を見る目だった。
「この子は任せて」
静かな声。
「すぐに、全部吐かせてあげる」
卓と夏美は無言で頷く。
それ以上、ここにいる理由はない。
二人はその場を後にした。
その夜。
地下の奥深くで。




