第24話
戦闘の火蓋が切って落とされた。
桐生は、花蓮や魔法少女たち、そして集結した民を巧みに動かしていく。
防革隊の拠点が存在しない地域はもちろんのこと、複数の拠点を同時に攻撃。敵に防衛戦力を集中させる暇を与えないための、徹底した同時攻撃だった。
豊中、高槻、泉佐野、花園、枚方。
大阪各地への一斉攻撃が始まった。
花蓮は魔法少女五人をそれぞれの戦場へ向かわせ、自らは桐生とともに民を率いる。各地への攻撃を支援しながら、防革隊の拠点を次々と攻略し、同時に拠点の存在しない地域の制圧も進めていった。
_豊中
豊中へ向かったのは、五千人の民と美香だった。
美香は、これまで抑えていた力を存分に振るった。
秩序を作り上げられるのは桐生だけ。
政府には、それができない。
何しろ、今の政府こそが秩序を乱しているのだから。
ならば、容赦する必要などない。
「業火終焉」
美香がそう唱えた瞬間、目の前は瞬く間に炎に包まれた。
あまりにも強大な炎魔法に、クローンや兵士たちは対抗する術を持たない。対人外兵器すら十分に使用される前に無力化され、敵陣は次々と崩れていった。
それでも、何度か美香が対人外兵器の脅威に晒される場面はあった。
だが、そのたびに民が動いた。
後方からの支援、奇襲、敵の注意を引く陽動。
五千人の民は、それぞれの役割を果たしながら美香を守り続けた。
だからこそ、美香は危機を恐れることなく前進できた。
犠牲者は九十人前後。
制圧までに要した時間は、二時間にも満たなかった。
_高槻
高槻へ向かったのも、豊中と同じく五千人の民。
そして、その先頭に立ったのは里奈だった。
こちらは、ただ力任せに暴れる戦い方ではない。
里奈の戦い方は、別の意味で恐ろしかった。
「……氷渦」
その一言とともに、兵士もクローンも兵器も、周囲に存在するものが次々と凍りついていく。
そして、動きを封じた敵へ向けて、氷龍砲を放つ。
一切の容赦はない。
里奈は、平和には犠牲が伴うという考えを変えるつもりはない。
ただ、その犠牲を生む対象が、民から政府へと変わっただけだった。
「平和には多少の犠牲がいる。でも……その対象は民じゃない」
ぽつりと呟いた言葉は、戦場の喧騒にかき消された。
犠牲者は百人ほど。
制圧までに要した時間は、三時間弱だった。
_泉佐野
泉佐野にも、五千人の民と絵梨花が向かった。
「桐生様に、花蓮様に従うことこそ、正しい正義。その執行を妨げる者は、何人たりとも許してはならない」
それをまるで呪文のように繰り返しながら、絵梨花は戦場を駆ける。
かつての彼女は、姉に従うことこそがすべてだと考えていた。
しかし今は違う。
自分自身の正義感を確立し、自分で考え、自分で判断し、自分で行動するようになった。
その変化は、彼女の魔法をさらに強力なものへと変えていた。
絵梨花は、自らの戦い方に合わせて作り上げた雷槍や雷弾といった初級魔法を組み合わせ、それらを無詠唱で次々と放っていく。
クローンや兵士たちがその攻撃に適応し始めれば、今度は雷鎖や雷爆を叩き込む。
敵が立て直す隙を一切与えず、次々と戦力を削っていった。
制圧までには四時間。
他の地点と比べれば長い戦いとなった。
しかし――犠牲者は、一人も出なかった。
_花園
花園へ向かったのも、五千人の民。
そして、そこを率いるのはさくらだった。
美香、里奈、絵梨花とは、少し異なる戦い方をする。
さくらは、決して戦場の最前線に大きく出ることはない。
それでも、彼女の戦場には絶対的な一つの方針があった。
――犠牲者を出さない。
かつてのさくらは、皆を救うことこそが自分の役目だと思っていた。
誰も傷つけず、誰かを守るために自分は裏方に徹する。
それだけに徹すること、自分の使命だと。
しかし、今は違う。
民を絶対的に守るだけではない。
もし、自分の力だけでは守り切れないのなら――
「自分が敵を殲滅する」
それが、今のさくらの答えだった。
「草華滅界!」
広範囲に及ぶ強力な魔法を放ち、敵だけを確実に排除する。
さらに草壁や草鎖を巧みに操り、民を攻撃から守り抜いていく。
制圧までには、こちらも四時間ほどを要した。
さくらは戦いが終わる頃には疲れ切っていた。
それでも――犠牲者は、ゼロだった。
_枚方
枚方へ向かったのは、六千人の民。
他の地域より千人多い。
そして、その中心にいたのは由梨だった。
なぜ、ここだけ民の数を増やしたのか。
理由は一つ。
桐生の杞憂を晴らすためだった。
五人の魔法少女の中で、最も政府による洗脳が深かったのは由梨だった。
花蓮の徹底した管理と指導によって、こちら側へ引き込むことには成功した。
しかし、それでも桐生には不安が残っていた。
――いつ、再び政府側へ戻るか分からない。
だからこそ、由梨の戦場には通常より多くの民を配置した。
だが、その心配は杞憂に終わる。
由梨は、すでに桐生の掲げる正義に強く惹かれていた。
表情にはほとんど出さない。
それでも、彼女の中では確かな変化が起きていた。
もともと由梨は、政府の洗脳の中に存在する矛盾に気づき始めていた。
そして花蓮との出会いによって、その疑念は確信へと変わった。
「あなたたち。私は、政府の正義を信じてきた」
由梨は静かに敵陣を見据える。
「だけど……よく考えれば、それは間違っていた」
一歩、前へ出る。
「あなたたちは結局、砂上の楼閣に過ぎない正義を語っていただけ。民を欺き、私たち魔法少女を利用して、最後には政府の人間だけが有利になるように仕向けている」
そして、僅かに目を細める。
「……防革隊の人たちも、利用されているに過ぎないのだろうけど」
一瞬の間。
「それでも、桐生様と花蓮様の正義を邪魔立てするなら――許さない」
由梨は静かに手を掲げた。
「襲風星墜」
次の瞬間、猛烈な風と魔力が戦場を駆け抜ける。
政府軍も、クローンも、兵器も。
そのすべてが一気に薙ぎ払われた。
魔法少女五人の中で、最も強いのは美香でも里奈でもない。
――由梨だ。
彼女の前では、敵の戦力など無に等しかった。
結果、制圧までに要した時間は二時間弱。
犠牲者は、こちらもゼロだった。
____
かつて大阪駅が存在していた場所は、今や廃墟同然となっていた。
原因は、新憲法に記された一つの条文。
「民は、生まれた地においてのみ、死ぬまで政府に労役すべし」
この条文によって、民の自由な移動は禁止された。
それに伴い、鉄道、自動車、飛行機、船舶といった交通手段は、すべて民間の手から取り上げられた。
交通機関は政府、あるいは防革隊の管轄となり、一般の民が利用することはなくなった。
そして、駅もまた必要とされなくなった。
かつて多くの人々が行き交った大阪駅も、例外ではない。
しかし今、この場所は集結地点としては都合がよかった。
新幹線を除き、鉄道網はほぼすべて撤廃されている。
政府がわざわざ、旧鉄道駅へ足を運ぶ理由などない。
だからこそ、ここならば大規模な集結も悟られにくい。
戦闘による犠牲者を差し引いても、まだ十一万人を超える民が残っている。
その民と、五人の魔法少女。
そして、桐生と花蓮。
彼らは一堂に会した。
桐生が全員を見渡す。
「皆、ここまで拠点の破壊に尽力してくれて感謝する」
そして、これからの作戦を告げる。
「さて、これからの動きだが――半日後。日付が変わった深夜、ここを出立し、大阪城へ攻め込む」
ざわめいていた民の間に、緊張が走る。
「そのため、総員、戦闘準備を済ませておけ」
それぞれが休息を取り、負傷者は治療を受ける。
そして、可能な限り万全の状態を整えた。
やがて、出発の時が来る。
時刻は午前三時。
この時間帯は、大阪城の警備が最も手薄になる。
そして桐生、花蓮、魔法少女たちにとっても、最も活動しやすい時間だった。
さらに、この日は新月。
地上は暗闇に包まれている。
魔法少女や桐生たちにとっては好都合だが、一般の民にとっては活動しづらい環境でもある。
そこで、民の大半には諜報や兵糧の運搬など、裏方の任務を担当させる。
一部の民には、後方支援や援護射撃を任せる。
計画は整った。
あとは、動くだけ。
政府を打ち倒し、新たな平和を勝ち取るために。
__
大阪城地下・新首相官邸
「総理。どうやら、あの組織が動き始めたようです」
護衛の一人が、三河へ報告する。
「諜報などを民に任せていたようですが、その一味を捕らえました。ただ……なかなか口を開きません」
三河は、しばし考える。
そして、淡々と告げた。
「なら殺せ」
護衛の表情が僅かに強張る。
「使えぬ者をいつまでも捕らえておけば、怪しい行動を取るかもしれない。そもそも、わざと捕まった可能性もある」
「……分かりました」
護衛が頭を下げる。
「して、いかがしますか?」
「……俺も出て戦う」
三河は立ち上がった。
「相手は皆殺しだ。この日本国を汚す者は、何人たりとも許してはならない」
三河は理解している。
相手の首魁が桐生であることを。
かつて、当時の総理の命を脅かした男。
そして、自らが一度は打ち破った因縁の相手。
慢心はしない。
しかし、怯えることもない。
三河は、自ら桐生と対峙することを決めた。
__
先手を取ったのは、美香率いる先鋒隊だった。
炎魔法と武器を巧みに組み合わせ、正門を破壊。
周囲の兵士を一気に退けていく。
しかし、政府側の対応も早かった。
美香の炎魔法と最も相性の悪い――里奈のクローンを投入してきたのだ。
政府も、最後の砦を易々と明け渡すつもりはない。
美香に続いて絵梨花、里奈、由梨、さくらが戦場へ入ると、政府はそれぞれの魔法少女に対して、相性の悪いクローンをぶつけてきた。
案の定、五人はそれぞれ苦戦を強いられる。
花蓮は一刻も早く五人の救援に向かいたかった。
しかし、その前に立ちはだかったのは――三河の護衛四人。
花蓮は四人と臨戦態勢に入り、戦場全体が膠着状態へと陥っていく。
一方、桐生は戦闘可能な民を巧みに動かし、防革隊の足止め、罠の設置、攻撃、さらには対人外兵器への破壊工作まで行わせていた。
だが、それでも決定打には至らない。
戦況は徐々に煮詰まり始めていた。
そして――
先に事態を動かしたのは、政府側だった。
防革隊や兵器への破壊工作を続けていた桐生が、ふと顔を上げる。
そこにいたのは――
三河だった。
三河の当初の予定では、防革隊によって魔法少女たちを戦闘不能に追い込み、その後に桐生を叩くつもりだった。
だが、想定外の事態が起きている。
魔法少女たちは、桐生の血によって以前とは比較にならないほど強化されていた。
予想以上の粘りを見せ、防革隊を相手に戦い続けている。
さらに花蓮も、三河が誇る四人の護衛と互角に渡り合っていた。
膠着状態を、三河は何よりも嫌う。
だからこそ――自ら戦場へ出て、無理やり戦いを終わらせることにしたのだった。
その選択は、国の指導者として見れば間違いだと言われるかもしれない。
しかし、もはや政府は名ばかりの存在と化している。
かつての民主的な政治体制は、とっくに崩壊していた。
ならば、三河に失うものなどない。
ここで自分が死ぬのなら、それもまた運命。
彼は、そう考えていた。
だが――政府を残すことだけは、決して諦めるわけにはいかない。
自分が死ぬとしても、その前に敵対者を一人残らず排除する。
そして、どれほど手段を選ばずとも、政府だけは残す。
なぜなら、政府による支配体制が存在しなければ、日本国を維持することなどできないと、三河は信じているからだ。
感情を取り戻した民が、かつての政治を再び行えばどうなるか。
そこには必ず分断が生まれ、対立が生まれ、争いが生まれる。
そして、再び暴力によって支配される世界へ戻ってしまう。
それだけは、断じて許されない。
政府によって民の感情を制御する世界。
それこそが、平和を実現する唯一の方法だと三河は信じていた。
徹底した活動によって、中国やアメリカといった現代の列強国では、完全なコントロール社会が実現している。
ならば、日本もそれに続けばいい。
国力を高め、政府による統制を維持する。
それこそが、三河の考える「正しい正義」だった。
そして、三河は桐生を見据えた。
「四十年ぶりかな、桐生とやら」
桐生は目を細める。
「お前は……三河だったか? 一度、俺に傷を負わせただけで調子に乗りおって」
三河は不敵に笑った。
対する桐生の表情には、明らかな苛立ちが浮かんでいる。
「思い出話はいらん」
「おやおや。感傷に浸る暇もないとは……短気な人ですね」
「黙れ」
桐生は一切の躊躇なく、三河の言葉を切り捨てる。
そして――
先制攻撃を放った。
轟音とともに周囲へ噴煙が巻き上がる。
四十年ぶりとなる二人の因縁の対決が、ついに始まった。




