第23話
大阪への侵攻を開始する。
そう決めた桐生だったが、その前に片付けておかなければならないことがあった。
政府が放棄した、関東・東北・北海道である。
桐生は花蓮へ電話をかけた。
「花蓮。お前も知っての通り、政府は東日本一帯を放棄した。そこに住む民への統治と、諸外国への警戒を任せる」
あまりにも一方的な通達だった。
当然、花蓮は抗議する。
「急に言われても困りますぅ。ようやく長野か岐阜か分かりませんけど、ゆっくり休息できる場所を見つけたところなんですよぉ。糸魚川での大規模な戦闘で、こっちもみんな満身創痍なんです。それを十分な休みもなく……」
「分かった。分かったから喚くな」
「喚いてませんよぉ」
「ともかく、一週間でまとめ上げろ。民の中から戦闘可能な者を集め、こちらへ連れてこい」
「一週間……」
「それから、卓は放置だ」
「あら、いいんですの?」
花蓮の口調が突然変わった。
「……一週間もくださるなら、なんとかしますわ」
「急に金持ちの女みたいな喋り方をするな」
「もう。そんな言い方、偏見が過ぎますわよ」
「知らん」
桐生は小さくため息をつき、電話を切った。
そして、頭の中で現在の戦況を整理する。
東日本は花蓮らに任せる。
その間に、自分は近畿を片付ける。
三重はすでに花蓮らによって陥落している。和歌山や滋賀の一部も、すでにこちらの支配下だ。
残るのは、奈良、兵庫、大阪、京都、滋賀南部、和歌山北部。
これらを制圧すれば、近畿全域の支配が完成する。
もっとも、それだけを考えていればいいわけではない。
沖縄周辺の情勢、北方四島周辺の諸外国の動向。
政府が崩壊した後、日本という国そのものをどう維持するのか。
考えなければならないことは山ほどある。
現時点で、桐生が扇動した反政府勢力は、三重全域、明石以西、草津以北、御坊以南で活発に活動している。
しかし、戦況は思わしくない。
このままでは、せっかく手に入れた土地を政府に奪還される可能性すらある。
それでも、桐生には一つだけ大きな成果があった。
夏美の犠牲と卓の奮闘によって、東日本の防革隊は壊滅した。
政府の戦力は、大幅に削がれている。
問題は二つ。
三河が突然、総理の座に就いたこと。
そして、魔法少女のクローンが大量生産されていること。
糸魚川で、夏美と卓を苦しめた存在。
それが魔法少女のクローンだった。
夏美や卓は花蓮ほどの実力こそない。
それでも、二人とも決して弱くはなかった。
その二人を追い詰め、夏美を死に至らしめた敵が、魔法少女のクローンと対人外兵器を大量に保有している。
もし大阪に、糸魚川の五倍以上の戦力が集められているのなら。
こちらの勝ち目は、大幅に減る。
それだけが、桐生の懸念だった。
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「総理。どうなさるおつもりですか」
大阪城地下。
三河と、数名の護衛が向かい合っていた。
「東日本を放棄したことで、反乱民が一気に増大しています。魔法少女のクローンも、やはり複製体。戦闘能力こそ高いものの、精度には問題があります。精神面での統制も、この近畿圏内ではほぼ機能していません」
報告を受けた三河は、しばらく黙っていた。
やがて、重々しく口を開く。
「……致し方あるまい。最悪の場合、大阪さえ維持できれば問題はない」
「しかし、大阪だけの支配では、日本全域の安寧など到底……」
「そうだ」
護衛の言葉を遮るように、三河は答えた。
「大阪だけでは、日本全体を維持することなどできん」
「ならば、どうなさるおつもりで?」
三河はしばらく考えた後、静かに言った。
「簡単な話だ。
大阪で、我らの宿敵である桐生を捕らえる。
そして我が政府の傀儡とする。」
「そんなこと、到底不可能ですよ、総理」
護衛の1人は冷静に返した。
「不可能とは限らん」
三河の目には、強い意志が宿っていた。
「確かに、多大な犠牲はこちらにも出るだろう。だが、それを成し遂げるのが防革隊の使命だ」
「希望的観測すぎるのでは?」
「そのために、人外にも通用する兵器と魔法少女のクローンを大量に製造しているのだ」
そして、三河は続ける。
「それに、万一の時は俺が出る。政府の維持は……適当に任せる」
護衛たちは、一瞬言葉を失った。
政府は、とっくに正常な機能を失っている。
政府高官でさえ、戦線でさまざまな任務に就かなければならない状況だ。
そんな中で、三河の想定はあまりにも楽観的に見えた。
だが、三河自身は違う。
自信がある。
なぜなら――
唯一、悠久を生きる桐生を傷つけたことがあるのは、自分だからだ。
その事実は、すでに記録として残されている。
__
一九七九年四月二十七日。
首相官邸前に、桐生と名乗る吸血鬼と思しき生命体が出現。
自衛隊、現防革隊、および警察との戦闘により、二十八名が魔法攻撃・吸血によって殉職。
当時、警視庁・総理大臣官邸警備隊所属であった三河氏が決死の覚悟で魔法攻撃を行い、攻撃に成功。
生命体はその場から遁走した。
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当時の三河は、桐生の魔法を耐え抜いた。
そして、上級魔法――炎龍砲を放ち、桐生に全治一か月の負傷を負わせた。
桐生にとって、それは忘れられない敗北だった。
だからこそ、三河を警戒している。
そして三河にとっても、桐生は意外なほど相性の良い相手だった。
一度成功を手にした人間は、その成功を簡単には手放さない。
三河はこの立場にまで成り上がる過程で、当時より遥かに強くなった。
だからこそ、その自信は揺るがなかった。
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一週間後。
花蓮らは、東日本全域の掌握を終えた。
そして、それを確認した桐生たちは和歌山・兵庫へ。
花蓮らは滋賀・奈良・京都へ。
近畿への大規模侵攻が始まった。
わずか二週間。
和歌山全域、滋賀全域、奈良全域を掌握。
さらに、京都と兵庫も大部分を支配下に置いた。
政府の管理区域は、京都南部、兵庫南東部、そして大阪全域のみとなった。
京都・兵庫の戦況も、桐生と花蓮らが加わったことで大きく改善している。
兵庫北部と京都北部を制圧したことで、両軍は福知山付近で合流した。
「ご苦労だったな」
桐生が花蓮へ声をかける。
「ほんとですよ、ばか」
花蓮は即座に返した。
「この落とし前、どう付けてもらおうかしら」
「……お前、キャラが変わってないか?」
「変わってませんけどぉ。ちょっと疲れただけですぅ」
「お前ら。こいつ、どうしたんだ」
桐生が魔法少女たちを見る。
「今に始まったことではないですよ」
美香が呆れたように答えた。
「こら、お姉ちゃん!そんなこと言わないの」
絵梨花が慌てて止める。
「事実でしょう」
「美香さんの言うことは事実ですけど」
里奈と由梨まで同意する。
「みんな、ありえないよ! お仕置きされちゃえばいいのに! ねぇ、さくら!」
「私は別に……」
さくらは困ったように答えた。
花蓮はそんなやり取りを気にも留めず、桐生へ延々と文句を言い続けている。
十分。
二十分。
そして三十分。
さすがの桐生も、とうとう疲れた。
「……本題に入っていいか?」
「……分かったわよ」
花蓮は渋々頷く。
「本当に世話のかかるボスなんだから」
世話がかかるのは、どう考えても自分のほうだ。
こうして、三十分遅れで会議が始まった。
報告を担当したのは里奈だった。
「まず、三点の情報を整理します」
里奈は資料を手に取る。
「一つ目。卓の離脱、および夏美の死亡。
二つ目。東日本・東海全域の掌握。
三つ目。防革隊の再編情報です」
「一、二は確認済みです。
問題は三つ目、防革隊の再編です。
京都周辺を通過した際に得た情報によれば、大阪・兵庫・京都に現在配置されている部隊は、すべて対人外兵器と魔法少女クローンを保有しています」
里奈は淡々と読み上げた。
「現在確認されている部隊は、五つ。
兵庫守護防革隊――兵力四千、クローン四十、対人外兵器八千。三宮・尼崎など三拠点。
京都守護防革隊――兵力四千、クローン四十、対人外兵器八千。京都・嵐山など三拠点。
北大阪守護防革隊――兵力六千、クローン六十、対人外兵器一万二千。梅田・大阪城など四拠点。
東大阪守護防革隊――兵力五千、クローン五十、対人外兵器一万。枚方・八尾など四拠点。
南大阪守護防革隊――兵力五千、クローン五十、対人外兵器一万。鳳・泉佐野など四拠点。
ちなみに、糸魚川に出現した部隊は、兵力三千、クローン十、対人外兵器六千。北海道・北東北方面の部隊だったと推測されます」
里奈は一度、資料を閉じた。
「そう考えると、兵庫や京都に配置されている部隊は、糸魚川の部隊を上回っています。迂闊に正面から動くのは危険です」
「政府への反乱民の数は?」
「そちらは私が」
由梨が交代した。
「西日本――九州沖縄隊、一万二千。
中国四国隊、一万四千。
東日本――中部隊、三万。
関東隊、三万。
東北北海道隊、一万四千。
そして近畿では、すでに支配下に置いた滋賀・三重・奈良・和歌山から、近畿隊一万八千を確保しています」
由梨は続ける。
「拳銃や機関銃、手榴弾などの簡易的な武器を保有しているほか、諜報や伝達に役立つ人員も数多くいます」
「以上か?」
「はい」
桐生は少しだけ険しい顔をした。
人数だけで見れば、こちらが圧倒的に有利だ。
しかし、相手は防革隊。
そして魔法少女クローン。
対人外兵器以外にも、多数の危険兵器を保有している。
水素爆弾、ゾンビウイルス、超大型魔道砲、大規模攻撃魔法陣。
そして、防革隊は一人一人が選抜された兵士だ。
頭脳も、肉体も、戦闘能力も高い。
単純な戦力比較なら、こちらは劣っている。
平和を得るためには、ある程度の犠牲は必要だ。
だが、その犠牲を最小限に抑えることもまた、桐生の責任だった。
「相手は、魔法と技術を融合させた形で抵抗してくるはずだ」
桐生は静かに言った。
「かつて大国どもと争った時も、資源も技術も乏しい中で、狂気じみた強行作戦を繰り返した兵隊どもだ」
そして、全員を見回す。
「気を引き締めろ」
「了解」
魔法少女五人が声を揃えた。
すると花蓮が、ふと口を開く。
「で、どうやって大阪城の連中を倒すの?」
桐生は黙る。
「あなたに手負いの傷を負わせた子が、今の政府のボスなんでしょう?」
「そのことを言うな」
桐生の声が低くなる。
「次に言えば、お前でも殺す」
「あら、そんなに慌てなくてもいいじゃない。私は作戦を聞いているだけよ?」
嫌な記憶を掘り返された桐生は、わずかに苛立った。
しかし、小さく息を吐いて感情を抑える。
こんなところで怒りに任せるなど、愚かにもほどがある。
自分はボスなのだ。
「……慌ててなどいない」
桐生は気を取り直し、作戦を説明する。
「まず兵庫では、俺と反乱民で三宮・尼崎・西宮の三拠点を潰す」
「花蓮は、里奈、由梨、美香、絵梨花、さくらを連れて京都の三拠点を潰せ」
「京都、長岡京、嵐山ね」
花蓮が呟く。
「防革隊も、また妙なところに拠点を作ったものね」
ようやく花蓮の機嫌も収まった。
「大阪には、兵庫・京都全域を確保した上で向かう」
桐生は続けた。
「だが、できる限り早く片をつけるぞ。先手を取られて戦力を再編されれば、こちらが不利になる」
花蓮と魔法少女たちは頷いた。
そして、その場を後にする。
これで、政府を壊滅させるための下準備は整った。
__
政府の抵抗は、凄まじかった。
兵庫、京都。
どちらも徹底抗戦の構えを見せた。
特に激しかったのは、尼崎と長岡京。
どちらも大阪に最も近い拠点である。
絶対に譲らないという、政府側の執念が感じられた。
桐生自身は無傷だった。
だが、反乱民には大きな被害が出た。
兵庫攻略のために桐生が扇動した民は三万二千。
そのうち、およそ九千が死亡。
残った者も多数が負傷し、現在活動可能なのはわずか五千ほどだった。
「そっちはどうだ」
桐生は花蓮へ連絡を取った。
「こちらはクローンや大規模兵器による攻撃で、かなり苦戦した。兵庫の制圧自体は成功したが、被害が大きい」
「ええ。こっちも大変だったわ」
花蓮の声が返ってくる。
「民への被害は最小限。まだ一万人ほどは動けるけれど……」
「何か問題が起きたか?」
「さくらちゃんが負傷したの」
桐生は眉をひそめる。
「魔法少女というのは難儀なものでね。五人全員が万全でなければ、本来の力を発揮できないみたい」
「治癒魔法は?」
「相手がクローンだったのよ」
花蓮は答えた。
「意思を持たない人形だけれど、実力だけならオリジナルに匹敵する。そのクローンが数十体。私にとっては敵じゃなくても、数の多さが厄介なのよ」
そして、少し声を落とす。
「しかも大阪では、現在進行形でクローンが製造されている」
「……なるほど」
「相手は同じ魔法を使うクローンよ。治癒魔法を予測して、強固な妨害魔法を施している。だから、今は自然回復を待つしかないわ」
桐生は考える。
確かに尼崎でも、対人外兵器と魔法少女クローンは厄介だった。
自分にとって、クローンそのものは脅威ではない。
しかし、十体単位で連携されれば、さすがに煩わしい。
そこへ対人外兵器まで混ぜられる。
桐生ほどの存在ですら、攻撃を避けるために後退を強いられた。
結果、兵庫攻略には予定より三日も余計にかかった。
花蓮らを先に京都へ向かわせていたのは正解だった。
もし同時刻に侵攻を開始していれば、大阪侵攻の予定は一週間以上ずれ込んでいた可能性すらある。
だが、ここで問題が生じた。
魔法少女一人の離脱。
五人揃わなければ、大きく戦力が落ちる。
ここで強引に攻めれば、民も、魔法少女も、最悪の場合は自分たちさえ敗北する。
この戦いに、後はない。
政府も同じだ。
だからこそ、桐生らには負けが許されない。
ここで足踏みすれば、政府はさらに強固な防衛網を大阪に築くだろう。
そうなれば、桐生たちでさえ手を出せなくなる可能性がある。
桐生は、一つの可能性を思い浮かべた。
――卓を呼ぶ。
魔法少女の代わりとして、卓なら十分な戦力になり得る。
だが。
卓は、すでに組織を離れた。
そして夏美を失ってからの彼は、以前の姿からは想像もつかないほど消耗している。
そんな卓を連れてきたところで、果たして戦力になるのか。
桐生は、その案を頭の中から消した。
そして、自ら京都へ飛んだ。
__
京都。
旧京都駅。
そこには、花蓮と魔法少女たちがいた。
京都での戦闘によって負傷した反乱民も、ここで休息を取っている。
桐生は、そこで一つの危険な賭けに出ることを決めた。
自分の血を、魔法少女たちに与える。
ヴァンパイアの血には、身体能力を強化し、傷を癒やす力がある。
桐生の血ならば、彼女たちの負傷を回復させることもできるだろう。
だが、問題が一つある。
――誰もが、その血に適応できるわけではない。
適応できなければ、命を失う可能性すらある。
失敗すれば、魔法少女五人を同時に失う。
そして何より。
花蓮は、この五人を誰よりも大切にしている。
もし五人を失えば、花蓮自身が暴走する可能性もある。
桐生はしばらく黙っていた。
やがて、絵梨花が口を開いた。
「政府は憎い。だから、私にできることをさせてください」
続いて、美香。
「お姉ちゃんと、いつまでも一緒にいたい」
里奈は静かに言う。
「私は、今度こそ後悔したくない」
由梨も続いた。
「政府は絶対に潰す」
最後に、さくら。
「私は……平和を知りたい」
五人とも、それぞれに覚悟を決めていた。
花蓮は、桐生を見る。
「私はいいわよ?」
そして、いつもの笑みを浮かべた。
「失敗したら、暴れるけどね」
「……それが困るんだ」
桐生は小さく呟いた。
しばらく考えた後、ようやく頷く。
「……分かった。
政府を潰すぞ」
決断は下された。
桐生たちは京都タワーへ移動した。
そして――実行する。
結果は。
成功だった。
さすが魔法少女というべきか。
あるいは、政府による教育と改造の成果というべきか。
五人は、桐生の血に適応した。
魔法少女たちは、不死身の存在へと変わった。
桐生の血は特殊だった。
ヴァンパイアでありながら、太陽の下でも活動できる。
首を刎ねられた程度では死なず、肉体を大きく損壊されても、核さえ残っていれば再生できる。
その力を受け継いだ五人もまた、常識外れの生命力を手に入れた。
――恐るべき戦闘能力を持つ、五人の魔法少女。
これで、足踏みする理由はなくなった。
回復した魔法少女たちによって、負傷していた反乱民も次々と戦線へ復帰していく。
戦力は整った。
準備は終わった。
残る敵は、大阪だけ。
桐生は大阪の方角を見つめる。
いよいよ。
日本の命運を決める戦いが始まる。




