第22話
卓は、呆然と立ち尽くしていた。
腕の中で、夏美の身体が少しずつ冷たくなっていく。
その現実を、ただ受け入れられずにいた。
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北方領土を巡り、かつて隣国との軍事衝突が多発した過去。
そのため、北海道を中心とする防革隊は、本土防衛よりも北方への備えを優先するだろう。
花蓮たちは、そう考えていた。
しかし――読みが甘かった。
三河がどこまで先を読んでいたのかは分からない。
ただ一つ確かなのは、糸魚川へ送り込まれた防革隊が、こちらを確実に殺すという強い意志を持っていたことだった。
静岡の発電所を制圧した花蓮たちは、そこで初めて違和感に気づいた。
敵が、いない。
歯応えがないどころか、そもそも防革隊そのものがほとんど配置されていなかった。
「……おかしいわね」
里奈と由梨は、ほぼ同時に気づいた。
政府の作戦だ。
彼らは、すでに関東を捨てていた。
関東を囮に使い、花蓮たちを誘導する。
最初から可能な限りこちらの戦力を東へ分散させ、距離を引き離すつもりだったのだ。
そして――その先に待っていたのが、糸魚川だった。
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戦闘は激しかった。
花蓮たちからの増援はない。
相手の戦力は、近畿に配置されていたものとほぼ変わらない。
そんな敵を、卓と夏美の二人だけで相手にする。
勝てるはずがなかった。
「……あれ……? 私……うまく……」
夏美が、膝から崩れ落ちた。
彼女はすでに十度、蘇っていた。
それでも立ち上がり、敵を倒し続けた。
しかし、今回の敵はあまりにも多かった。
近畿戦の倍近い数の対人外兵器。
そして、魔法少女のクローン。
さらに、それらを支える大量の兵士。
それほどまでに強力な戦力だった。
夏美の意識が途切れる。
卓と夏美の二人で、クローンの八割、兵士の半数を撃破した。
それでも、百に迫る対人外兵器を前にしては、勝ち目がなかった。
完敗だった。
ようやく花蓮たちが増援に駆けつけた頃には、夏美はすでに意識を失っていた。
花蓮と魔法少女四人の力によって、残存する対人外兵器と防革隊は殲滅された。
しかし、彼女たちもまた満身創痍だった。
しばらく前線には立てないだろう。
そして――こんな時に限って、桐生はいない。
卓は、ただ立ち尽くしていた。
「……夏美?」
声が震える。
「ねぇ……死んだりしないですよね?
僕と一緒で……また蘇れますよね……?」
「卓くん」
花蓮が、静かに声をかけた。
「……あのね、卓くん。
妖狐とリッチは、違うのよ」
卓は、夏美を抱いたまま動かない。
「妖狐には、蘇生できる回数に限度がある。
妖狐は寿命では死なない。
けれど、殺された場合、その魂はしばらくこの世に留まるの。
残された家族を守ためにね。
その魂を身代わりとして利用することで蘇ることができる。
……夏美ちゃんが蘇ったのは、十回。
つまり、使える魂が十人分だったのでしょうね」
花蓮は一度言葉を切った。
「それに対して、君のようなリッチは――理論上、何度でも蘇ることができる」
卓は、ほとんど話を聞いていなかった。
それでも、震える声を絞り出す。
「で、でも……前回は蘇って……。
それに……魂が浮遊するなら……」
「あぁ……それはね」
花蓮は、淡々と続けた。
「魂は確かに浮遊する。
けれど、その魂は、自分自身の蘇生に使うこともできるのよ」
卓は理解した。
理解してしまった。
だからこそ――理解したくなかった。
「……じゃあ、どうして……」
なぜ夏美は、自分に言わなかったのか。
「多分、心配をかけたくなかったんじゃない?」
花蓮は卓を見る。
「君のことだから、夏美ちゃんに蘇れる回数の限界があると知ったら、無茶するでしょう?」
卓は何も言わない。
「それに、リッチだって何度でも蘇れるとはいえ、生きている者と深く霊力を交わした場合、相手の属性に影響されることがある。
……君だって、完全に無傷では済まなくなる可能性があるのよ」
つまり――自分のせいだ。
彼女とは距離を取るべきだった。
生き残るためには、人間らしい感情など知るべきではなかった。
そうすれば、こんなことにはならなかった。
卓は何も言わず、冷たくなった夏美を抱きしめ続けていた。
花蓮も黙っていた。
魔法少女たちは、無言でクローンや対人外兵器の残骸を片付けていた。
誰も、言葉を発しなかった。
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どれほどの時間が経ったのか、卓には分からなかった。
片付けを終えた花蓮たちは、長野へ向かうことになった。
北海道・東北の防革隊は壊滅。
関東の防革隊も、すでに大阪へ集結している。
政府は、残された近畿を守り、さらに桐生たちがまだ侵攻していない北海道・東北を維持するため、死に物狂いで戦力を集めていた。
三河の誤算は、おそらく花蓮たちの移動速度だった。
静岡から糸魚川まで、一気に駆け抜けられるとは想定していなかったのだろう。
花蓮たちは、大阪を攻める前に長野で休息を取ることを決めた。
そして卓には、約束通り――自由が与えられた。
「卓くん。もう、あなたは好きにしていいわ」
その言葉を聞いても、卓は何も感じなかった。
ただ、ゆっくりと動き出した。
夏美を優しく抱き上げる。
そして、新津へ向かった。
新潟もまた、関東と同じように政府から事実上放棄された地域だった。
邪魔をする者はいない。
卓は、綺麗なまま残されていた一軒家へ降り立った。
海が見える、小さな家。
夏美が望んでいた場所だった。
卓は、しばらく彼女を手放せなかった。
それでも、やがて地面を掘った。
夏美を土に埋め、即席の墓を作る。
何度も蘇って、自分を助けてくれた彼女。
最後には、自分のために残された蘇生の機会まで使い果たしてしまった彼女。
卓は、墓の前から動けなかった。
そして――
彼は、永遠にひとりぼっちの寂しい生活を送った。
これ以降、彼がどんな生き方をしたのかは、誰も知り得ない。
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場面は変わり、大阪へ移設された首相官邸。
かつて大阪城だったその地は、今や巨大な要塞と化していた。
「真田の抜け穴」と伝えられていた地下通路すら避難路として整備され、ここだけは何としても奪わせないという政府の執念が感じられる。
その官邸地下。
「三河くん!! 一体どういうことだ!」
洞爺が怒鳴った。
「大丈夫だと、以前言ったのは何だったのだ!」
これまで総理として、ずっと三河に従ってきた。
しかし、さすがに今回の結果は看過できなかった。
特に、三河の奥の手だった北海道・東北の防革隊が壊滅したこと。
妖狐一体を倒したに過ぎず、リッチや敵側へ寝返った魔法少女たちには、ほとんど損害を与えられていない。
それが、洞爺の堪忍袋の緒を切った。
「総理、どうか落ち着いてください。まだ――」
「まだも何もない!」
洞爺は机を叩いた。
「君はいつも同じことを言うではないか!」
そして、ついに言い放つ。
「もうよい!
君はクビだ。
今すぐここから出ていってくれたまえ!」
洞爺は椅子に深く背を預けた。
しかし、三河は動かなかった。
やがて、冷たい声で告げる。
「……誰が、この国をここまで大きくしましたか?」
洞爺が顔を上げる。
「誰のおかげで、この国は強くなったのです?」
三河の声には、怒りよりも失望が滲んでいた。
「……総理も、あの文官どもと同じなのですね。
失望しましたよ」
指を鳴らす。
次の瞬間――
総理の護衛だったはずの黒服たちが、一斉に銃を構えた。
銃声が響く。
洞爺の命は、あまりにもあっけなく消えた。
三河は倒れた総理を一瞥する。
「ロシアから北方四島を武力で取り返し、中国には台湾やインドと連携して対抗し、他にも多くの成果を上げてきたのは私だ。
この国が強く、豊かになったのは、紛れもなく私がいたからだ。
それを……あっけなくクビにする?」
三河は冷たく笑った。
「許容できるものではない」
黒服たちに死体の処分を命じる。
そして、そのまま次の行動へ移った。
わずか半日後。
政府から発表が行われた。
――本日より、内閣総理大臣を三河氏に変更する。
発表は、それだけだった。
選挙や公約について声を上げるマスコミも、すでにほとんど存在しない。
反対の声をわざわざ上げる者は、彼の近くにはいなかった。
しかしながら、すでに解放された九州・四国・中国・中部。
そして、政府に放棄されたことで事実上解放された関東。
各地では大規模な軍事蜂起が発生していた。
それに対して、三河は一言だけ告げた。
「やれるものなら、やってみろ」
そして続ける。
「そもそも、無傷で近畿まで攻め込めるのならな」
近畿には、全国から集められた防革隊の精鋭がいる。
警察などの下位組織も集結している。
さらに現在進行形で、対人外兵器と魔法少女クローンが生産されている。
負けるはずがない。
いや――負けてはならない。
感情を排することで築かれた、平和な日本を維持するために。
三河は、そう信じていた。
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「そうか。
……今まで、よく働いてくれた。
ゆっくり休め」
卓からの連絡を聞いていたのは、姫路城内の防革隊を、軍事蜂起した民衆とともに殲滅した桐生だった。
九州を単身離れた桐生は、決して表舞台には姿を現さなかった。
民衆を扇動しながら、着々と近畿への侵攻を進めていた。
卓は、夏美が死んだこと。
そして今回の戦いを最後に、組織を抜けること。
必要最低限のことだけを報告した。
一時、まったく連絡が取れなくなっていた桐生と、突然こうして連絡が繋がったことについて、卓は何の疑問も抱かなかった。
いや――
夏美の死によって、本来の明瞭な意識を失っていたのかもしれない。
だからこそ、余計なことは何も話さず、電話を切った。
桐生はヴァンパイアだ。
意図的に姿を消し、連絡網から外れることなど容易い。
そして今回、姫路城攻略に姿を現したのは――
近畿攻略のための、最後の下準備が終わったからだった。
桐生は姫路城天守閣から、大阪方面を見つめる。
「……三河という小童も。
防革隊も。
仮初めの平和も――」
赤い瞳が、夜の大阪を捉える。
「何もかも、正しい正義で終わらせる」
その呟きは、眼下から響く民衆の勝鬨にかき消された。
こうして――
政府。
民衆。
そして桐生たち。
政府と、協力体制にある民衆と桐生たちが、互いの正義を掲げて激突する。
最初で最後の――
史上最悪の戦いが、始まろうとしていた。




