第21話
事を終えた卓と夏美は、そろって部屋の外へ出た。
外の様子をまったく見ていなかったせいで時間の感覚は狂っていたが、どうやら朝を迎えていたらしい。
「昨日はずいぶん元気だったわねぇ。」
廊下の壁にもたれかかっていた花蓮が、にやりと笑って二人を見つめる。
「本当にやめてください……」
「……恥ずかしい。」
卓と夏美は声を揃えて抗議した。
そんな反応が面白いのか、花蓮は肩を震わせながら笑う。しかし、その笑顔はふと陰りを帯びる。
「あの人とも……ずっと、こうしていたかった。」
その言葉の意味を二人は聞かなかった。
何か事情があるのだろうと察し、それ以上踏み込むことはしない。
気まずい沈黙を破るように、卓が口を開いた。
「それで……今日はどういうご用件なんですか?」
「あっ、そうだったわ。」
花蓮は大げさに口元へ手を当てる。
「二人があまりにも羨ましくて、本題を忘れていたわ。」
そう言って姿勢を正す。
「昨日、魔法少女ちゃんたちには話したんだけど……今回は北陸攻略の件よ。
ボスから聞いているわよね? 近畿攻略を中止した理由。」
「……政府の意表を突くためですよね。」
卓はすぐに答えた。
「政府は大阪を中心に近畿へ兵力を集中させています。その分、北陸や東海の守りは手薄。そこを先に押さえる、と。」
「その通り。」
花蓮は満足そうに頷く。
「担当も昨日決めたわ。
あなたたち二人には、石川・富山・新潟を任せる。新潟は予定外だったけれど、勢いのまま制圧してしまいましょう。
任務が終わったら、その土地で暮らすもよし、九州や海外へ行くもよし。好きにしなさい。
あ、挙式のときはちゃんと挨拶に行くからねぇ。」
「ちょ、花蓮さんっ! そんなこと言わないでぇ!」
夏美が顔を真っ赤にして叫ぶ。
花蓮は満足そうに笑うと、そのまま軽い足取りで去っていった。
真っ赤になっている夏美が妙に可愛らしく見えて、卓は自然と表情を緩める。
以前なら気づかなかった感情だった。
(少しは、人間らしくなれたのかな。)
そんなことを思っていると、
「……何ニヤニヤしてるのよ。」
振り返った夏美に軽く叩かれた。
「理不尽ですよねぇ。」
苦笑しながら卓はそっと彼女を抱き寄せる。
「もう……。」
夏美は抵抗することなく身を預けた。
巻き付いてくる尻尾が、彼女の気持ちを何より雄弁に物語っていた。
__
それから一時間後。
組織全体が行動を開始した。
部隊は日本海側と太平洋側の二手に分かれ、それぞれ目的地へ向かう。
兵庫や和歌山沿岸を通過するときは、卓の透過能力を使って政府軍の目をかいくぐった。
美香からの情報によれば、但馬・淡路周辺では政府軍と、桐生が九州・中国・四国で蜂起させた反政府勢力が激しく衝突しており、戦線は膠着状態にあるという。
あと二か月ほどは持ちこたえられそうだ。
だが、それ以上長引けば、西日本を政府に奪還される危険が高まる。
急ぐ必要があることに変わりはなかった。
一方、東海・北陸方面は静まり返っていた。
防革隊の配備数も少なく、上陸は驚くほど容易だった。
花蓮率いる部隊は、わずか二日で三重・愛知・岐阜を制圧。
さらに静岡県熱海市周辺や長野県境にまで攻勢をかけ、大きな戦果を挙げていた。
卓と夏美は、まず福井へ上陸する。
若狭方面は美香・由梨・里奈の担当であるため、二人は北へ進路を取った。
「新潟を制圧したら、あそこに家を建てる。」
歩きながら夏美がぽつりと呟く。
「私は寒い土地のほうが好きなの。暑いのも我慢できないほどじゃないけど、疲れるし。」
あまりに唐突な話題だった。
卓は返事に困る。
「……何黙ってるのよ。」
「急にそんな話をされたら、誰だって困りますよ。」
「うるさい。」
「相変わらず毒舌ですねぇ。」
夏美はぷいと黙り込み、機嫌の悪さを表すように尻尾を卓の手首へ巻き付けた。
正直邪魔だったが、「邪魔」と言えば泣きそうな気がして、卓は黙って受け入れる。
「それで、まずはどこへ向かうんです?」
「もちろん、防革隊の支部を潰して北陸を制圧する。それと――」
夏美は当然のように続ける。
「私たちの新居探し。」
「……後半が本音ですよね?」
「当然でしょ!」
胸を張る夏美。
「早く家を見つけて、そのあと子ど――」
「ストップ!」
卓は慌てて両手で制した。
「それ以上はこんな場所で話す内容じゃありません!」
卓は福井上陸時に花蓮から渡された資料へ目を落とす。
今回の目標は、
・福井・加賀温泉・氷見・糸魚川
この四か所の防革隊支部を制圧すること。
それが終われば自由行動だ。
夏美はもう、その"自由"の先ばかり考えている。
「まずは任務ですよ、夏美。」
「……なっ、名前……。」
夏美がその場で固まる。
耳も尻尾もぴんと立った。
(そんなに驚くことかな。)
卓が不思議そうな顔をすると、
思い切り踵を踏み抜かれた。
「んぎゃあっ!」
「乙女の心を踏みにじるからでしょ!」
「乙女? 誰のことです?」
もう一度踏まれた。
卓は足を押さえ、その場をごろごろ転がる。
本来ならリッチである卓が痛みを感じることはない。
だが、一度深く霊力を交えた者同士は互いの力が影響し合い、こうした痛覚まで共有されることがあるらしい。
「……ひどいです。」
「急に名前で呼ばれたら、びっくりするに決まってるじゃない。」
「でも、昨日は返事してくれましたよ。」
「本気で殺すわよ?」
そんな他愛ない言い合いを続けながら、二人は福井市中心部へ向かった。
そこから先は早かった。
卓が状況を見て指示を出し、夏美が前線を突破する。
必要に応じて役割を入れ替えながら、着実に制圧を進めていく。
「終わりました?」
「終わったわよ! さあ、すぐ加賀へ行くわ!」
「まだ終わってません。」
卓は苦笑する。
「民間人の避難誘導や後処理があります。」
夏美は潤んだ瞳で上目遣いを向けてきた。
「そんな顔をしても駄目です。」
「じゃあ全部終わったら、また付き合ってくれる?」
「もちろん。」
「温泉デートして、そのあと海の見える客室で――」
卓は慌てて彼女の口を塞いだ。
それから二時間。
福井一帯の制圧と住民の保護、混乱の収拾まで終えることができた。
感謝する者もいれば敵意を向ける者もいる。
様々な感情を一度に受け止めるのは簡単ではなかったが、それでも任務は無事完了した。
加賀温泉へ向かう直前、同行を希望する者も現れた。
しかし夏美が「二人きりがいい」とでも言いたげな視線を送ってきたため、卓は丁寧に断ることにした。
夕暮れ。
二人は次の目的地、加賀温泉へ到着する。
制圧は夜。
夜こそ、二人が最も力を発揮できる時間だった。
リッチと妖狐。
その組み合わせは、夜の戦場では圧倒的だった。
敵は混乱と恐怖の中で自滅していき、戦いは短時間で決着する。
その後、夏美に連れられて温泉街跡へ向かった。
浴衣姿の彼女はどこか照れくさそうに笑い、卓を誘う。
翌朝。
互いに少し身体の節々へ疲れを残しながら、ロビーだった場所のソファで目を覚ます。
それからも幾つもの戦いを重ねながら、二人は着実に北陸全域の支配を進めていった。
氷見では防革隊が最初から降伏し、無血開城。
予定地点以外でも次々と勝利を収め、支配地域はさらに広がる。
最後の目標は糸魚川。
西日本と東日本の電力網を結ぶ重要拠点であり、双方の送電を支える要衝である。
静岡方面にも同様の施設は存在するため、ここ一つを落としただけで政府が即座に機能不全へ陥るわけではない。
それでも予備系統を断つ意味は大きい。
政府と防革隊をじわじわと追い詰める一手となる。
「絶対勝つわよ。」
夏美が拳を握る。
「勝って、お家を見つけて……。」
「はいはい、分かってますから。」
卓は苦笑しながら頷く。
富山全域の制圧を終えた二人は、最後の目標――糸魚川へ向けて歩みを進めた。




