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最終話

桐生は、初手から王級闇魔法を放った。


「冥神滅」


周囲にはまだ民がいる。

そのため、桐生はほんの僅かに威力を抑えた。

それでも、まともに受ければ民など一瞬で死んでしまうような威力だった。


「全員、退避しろ!」


民が一斉にその場から離れていく。

桐生は、それを確認するよりも早く魔法を発動した。

さっさと決着をつけるために。


「闇壁」


次の瞬間。

桐生自身が放ったはずの攻撃が、別の方向から跳ね返ってきた。


「……何?」


桐生が目を見開く。

三河が展開したのは、光壁。

しかし、それは単なる防御用の光魔法ではなかった。


桐生の魔法を受け止め、その性質を利用して、そっくりそのまま反射したのだ。

三河は、桐生と初めて対峙したあの日から、ひたすらに己を鍛え続けていた。

時には、綺麗とは言えない手段にも手を染めた。


利用できるものは、何でも利用した。

人脈も、権力も、情報も、政治そのものさえも。

そうして一人の政治家から高官へ。


そして、ついには総理大臣へと上り詰めた。


魔法については、生まれつきの才能もあった。

だが、三河は決して慢心しなかった。


これまで何人も見てきたからだ。

才能に驕り、慢心し、最後には地位も命も失った者たちを。


だからこそ、三河は常に自分を鍛え続けた。


「あなたの魔法も、その戦い方も……あなたにとっては瞬きほどの僅かな時間で分析済みですよ」


三河は淡々と告げる。


「私の思考と、兵士たちの実力があまりにも乖離していた。そのせいで被害が拡大し、結果としてあなたを調子づかせてしまった」


三河の表情から笑みが消える。


「これは私の失態です。……洞爺さんまで、無駄に殺めてしまった」


次の瞬間。

三河が魔法を放った。


炎鎖。

本来なら中級魔法に過ぎない。


しかし、それだけでは終わらない。

炎鎖に氷鎖を絡ませ、異なる属性の魔力を同時に叩き込む。


さらに雷槍を風弾に絡め、速度と威力を増幅。

大規模な魔法を一切使わず、複数の魔法を組み合わせながら、桐生の動きを巧みに封じていく。


桐生にとって、それは非常に厄介な戦い方だった。


強大な魔法で一気に決着をつけようとしても、その隙を狙って三河が細かな攻撃を繰り返してくる。

桐生は何とか耐えようとする。


だが、三河は執拗に追撃を続けた。

いつしか、桐生は防戦一方になっていた。


三河は、そんな桐生を見て心の中で確信する。


――計画通り。


この数十年間。

三河は、桐生の戦い方を研究し続けてきた。


彼の魔法。


彼の癖。


攻撃の間合い。


そして――性格。


そこで三河が見抜いたのは、桐生が意外にも短気だということだった。


桐生は、強大な魔法を一つ放ち、それによって戦いそのものを終わらせる。

相手に攻撃する時間を与えない。

反撃する時間も与えない。


それが桐生の戦い方だった。


ならば――

自分自身が強くなればいい。


桐生の魔法に耐えられるだけの力を身につける。

そして、桐生が最も嫌うであろう、細かな攻撃を絶え間なく浴びせる。


その中から、致命的な一撃を狙う。

それが三河の答えだった。


「貴様……卑怯な技を……」


桐生が吐き捨てる。


「何を言うのです」


三河は笑った。


「勝つために、卑怯も何もない」


そして、桐生をまっすぐ見据える。


「私は、あなたを倒したい。あなたさえ倒せば、あなたの組織は瓦解するでしょう?」


一拍。


「別に、相打ちでも構わないのです。政府を残すためならば」


「黙れ」


「困ったらすぐに『黙れ』と言うのは、やめていただけませんか。それは逃げと同じですよ」


「逃げてはいない」


「嘘です」


三河は即座に言い返した。


「あなたは、対話から逃げている」


「嘘で塗り固められた政府の人間に、傾ける耳などない」


二人の間に、対話など成立するはずもなかった。

再び、魔法がぶつかる。


「――虚無創世」


今度は、桐生が明らかに力を変えた。


「今すぐ消えろ。……やかましい」


神級魔法。

虚無創世。


この世の物理法則すら無視し、触れたものを無へと帰す、無属性魔法。

準基本属性の一つに分類されながら、その詳細はほとんど知られていない。


そして、その魔法体系に存在する術は、上級以上のものしかない。

ただ一つ。

徹底的に相手を消し去ることだけを目的とした、異質な魔法。


「……!」


三河は光壁を展開した。


だが――


明らかに先ほどまでとは違う。


桐生が、ギアを一段上げた。

光壁を破壊し、そのまま三河を吹き飛ばす。


三河の身体が宙を舞った。

だが、体勢を立て直す時間すら与えない。


桐生は追撃した。


「聖光星墜」


「冥闇滅界」


莫大な魔力を込めた魔法が、立て続けに放たれる。

三河は何とか防御を続ける。


しかし、確実に力を奪われていった。

やがて、三河の身体が地面へ落ちる。


それでも、立ち上がる。


桐生もまた、決して無傷ではなかった。

三河を一刻も早く倒し、この戦いを終わらせる。


その一心で、大規模魔法を連発した。

その代償は大きい。


桐生自身も、すでに限界へ近づいていた。


「……やはり、あなたは……」


三河は息を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。


「短気というより……愚かなようだ……」


それでも、その目から闘志は消えていない。


「……あれほどの大規模魔法を連発すれば……あなた自身も……体力の限界を迎える。それくらい……分かっていたはずなのに……」


「……」


桐生は答えない。

三河は、ふらつきながらも桐生の前へ立った。


「何があろうとも……政府だけは渡さない……」


声は弱々しい。

それでも、意思だけは明確だった。


「この国を統治できるのは……政府による感情コントロールがなされた社会だけなのだから……」


桐生は眉を顰めた。


「いい加減……」


至近距離。

桐生が魔法を放とうとした、その瞬間だった。


三河が手を動かす。


「光神滅」


至近距離から放たれれば、自分自身も巻き込まれる。

それは三河自身にも分かっていた。


だが――

とっくに覚悟はできていた。


「……言ったでしょう」


三河が、僅かに笑う。


「別に……相打ちでも……いいのだ……と」


この距離では、防御魔法を展開している時間すらない。

桐生の顔が、初めて悔しげに歪んだ。


その時だった。


「桐生さんに死なれては困る」


二人の間に、第三者の声が響いた。


「……それに、夏美の仇は取らせてもらう」


三河にとっても。

桐生にとっても。

完全に想定外だった。


そこに立っていたのは――卓だった。


「……すみません、桐生さん」


卓は静かに頭を下げる。


「美味しいところだけ、頂いてしまって」


そして、三河を見る。


「ですが……これだけは、やっておきたかった」


三河が振り返る。


その一瞬よりも早く。

卓の一撃が、三河を倒した。


魔法によって強化されていたとはいえ、すでに三河の身体は限界に達していた。

そして卓は――リッチだった。


その差を、埋めることはできなかった。


__



卓の存在に、最初に気づいたのは花蓮だった。


覚えのある匂い。

覚えのある気配。


鼻の利く花蓮は、影に潜むようにして大阪城へ侵入していた卓を、すぐに見つけていた。

卓は、花蓮の戦いを陰から支えていた。


大掛かりなことをしたわけではない。

魔法による、ほんの僅かな補助。


だが、それだけでも花蓮にとっては十分に助けになった。


「あら、意外ねぇ。もう復帰しないと思ってたけれどぉ」


「ずっとクヨクヨしていては、夏美に顔向けできません」


卓は静かに答えた。


「彼女は……こんな自分に惚れたんじゃないですから」


「そう」


花蓮は、少しだけ目を細めた。


「夏美ちゃんのためね」


そして、少し間を置く。


「……顔向けできないからっていうのが、本音?」


花蓮には分かっていた。

卓がここへ来た本当の理由。


それは、復讐でもある。

しかし、それ以上は追及しなかった。


「まあ、いいわ」


花蓮は笑う。


「夏美ちゃんのために、ここへ来たんでしょう? 元凶は桐生くんと戦ってるところ。気配を探る限り……あまり芳しくなさそうね」


「花蓮さんは大丈夫ですか?」


「えぇ。ちょっと服が破けて、腕が外れただけだもん」


花蓮は平然としている。


「大丈夫よ。私には、あの子たちがいるから」


どう見ても、完全に大丈夫とは思えなかった。

だが、本人がそう言うのだ。


これ以上聞けば面倒なことになる。

卓はそう判断し、桐生の元へ向かったのであった。


__


三河が倒れた後、桐生と卓は向かい合っていた。


「……なぜ、ここにいる?」


桐生が問う。

卓は答えた。


「桐生さんによる平和の達成と、僕個人の復讐ですよ」


「……来た理由を聞いているんじゃない」


桐生の視線が卓へ向く。


「なぜ、ここにいる?」


そして、僅かに目を細めた。


「……あの時のお前は……」


三河の身体が、ゆっくりと崩れていく。

やがて、魔力強化の代償によって、その身体すら残らず消えていった。


政府を残すため。

感情を制御することで平和を維持するため。


その信念に人生を捧げた三河の最期は、卓という想定外の存在によって、あまりにもあっけなく訪れた。

卓は、しばらく三河のいた場所を見つめていた。


そして、ゆっくりと顔を上げる。


「確かに僕は、夏美を失って…生きる意味を失っていました」


静かな声だった。


「何をするでもなく、毎日を無駄に過ごしていた」


卓は一度、言葉を切る。


「でも、桐生さんたちの話は、僕のところにも届いていました。

毎日、桐生さんたちがどう戦っているのかを聞いているうちに…僕は思ったんです。

このままでいいのだろうか、と。」


卓の手が、胸元へ伸びる。

そこには、小さなネックレスがあった。


夏美の遺骨を加工して作った、骨のネックレス。


「彼女はこんな自分を求めているのだろうか、と」


卓はそれを、そっと握る。


「だから考えるより先に、ここへ来ていました」


桐生は、そのネックレスに気づいた。

しばらく黙った後、口を開く。


「……ずっと、そばにいてやるんじゃなかったのか……と聞こうと思ったが……」


桐生は卓を見る。


「無駄だったようだな」


「当たり前です」


卓は即答した。


「彼女と、一生添い遂げると約束したんですから」


桐生は、それ以上何も言わなかった。

やがて、卓が桐生を見る。


「……体力が限界のようですね。少し眠っていてください。」


卓は穏やかに告げる。


「桐生さんにも、休息は必要です。後始末は、僕がします」


桐生は、僅かに頷いた。

そして、そのまま意識を手放した。


__



三河が倒れたことで、防革隊は降伏した。


クローンの生産は停止。

対人外兵器の製造も停止。


そして、政府は解体された。


卓は桐生の名のもとに新たな国家の設立を進め、有識者たちを集めて会合を重ねた。

かつて存在した民主主義国家を、再びこの国に取り戻すために。


五人の魔法少女は、それぞれ官僚として国家運営に携わるようになった。

花蓮もまた、国家の中枢へ入った。

そして桐生は、国家の元首となった。


卓は国内だけに留まらず、諸外国との関係構築にも尽力した。


その期間――わずか一週間。

何でも屋として培ってきた卓の能力は、ここでも遺憾なく発揮された。


桐生が眠り続けている間、卓はほとんど休むことなく働き続けた。

普通の人間ならば、とっくに倒れていてもおかしくないほどの仕事量。


それでも卓は倒れなかった。

新たな国を作るための下準備を、一人でほとんどやり遂げてしまった。


そして、一週間後。


桐生が目を覚ました。


民も。

花蓮たちも。

皆が安堵した。


だが、桐生が最初に探したのは、その誰でもなかった。


「卓はどこにいる」


花蓮が答える。


「えっとぉ……隣の部屋にいるはずよ」


少し歯切れが悪い。


「さっき、桐生さんが目覚めたら自分も行くって言ってたけど……」


花蓮は、確かに卓の気配を感じていた。

しかし、その気配が妙に揺らいでいる。


まるで、そこにいるようで、いない。

そんな違和感があった。


言われるよりも先に、由梨と美香が隣室へ向かった。


だが――

そこに卓はいなかった。


残されていたのは、椅子に掛けられた卓のコート。

そして、机の上に置かれた一枚のメモだけだった。


「……この国を作り上げるのは桐生さんだから、僕の出る幕はない……?」


美香が首を傾げる。


「何を書いてるのかしら」


由梨は静かに答えた。


「彼は、そういう人だったでしょう。

のらりくらりと彷徨って、好きなように生きるだけの」


「……確かに」


二人は顔を見合わせ、小さく息を吐いた。

そして、そのメモを持って桐生のもとへ戻った。


「……なるほど」


桐生はメモと、椅子に掛けられたコートを見る。


「自分の上着を置くことで、気配を攪乱していたのか」


花蓮は首を傾げる。


「……でも、どうして?」


しばらく沈黙が続いた。

やがて桐生は、すべてを理解したように目を伏せる。


「…………馬鹿者が」


それ以上、理由を誰かに話すことはなかった。

桐生は立ち上がる。


「あいつは、もう戻ってこない」


花蓮たちが驚いたように桐生を見る。


「卓の捜索はしない」


そして、前を向く。


「これからの国づくりを始める」


全員が、静かに頷いた。

卓がどこへ向かったのか。

それを知る者は、誰もいなかった。


こうして――

日本国は、新たな時代へと移行していく。


妖と人が争った時代。

政府による支配の時代。


そして、魔法と科学が入り乱れた長い戦乱。

そのすべてを越えて。

新たな国が、歩み始めた。


__



そして、時は流れた。

後世に残された歴史書には、こう記されている。



――およそ五十年前。


日本国民は、政府による一方的な支配に苦しめられていた。

人々から自由を奪い、感情さえも管理しようとした政府。

その支配に対抗するため、突如として現れた黒の組織。


彼らは、国を滅ぼすために現れたのではなかった。

国を救うために現れた。


彼らは魔法少女たちを、そして民を政府の支配から解放した。

そして、日本国を再び民主国家へと導いた。


彼らの中に――

一人として、人間はいなかった。

かつて「妖」と呼ばれ、人々から恐れられていた存在たち。


吸血鬼。

リッチ。

妖狐。

人狼。


そして、魔法を操る者たち。

彼らはかつて、恐怖の象徴だった。


だが、長い戦乱の果てに、人々は彼らを別の名で呼ぶようになった。


――救世主。


彼らは、世界を救った英雄として後世に語り継がれた。

そして今もなお。


人と妖。

日本と周辺諸国。

異なる種族と異なる思想。

その間にある数多の違いを越えながら、彼らは平和のために歩み続けている。


ただ一人。


あの戦いの後、どこへともなく姿を消したリッチを除いて。


彼の行方を知る者は、誰もいない。


ただ――

古い記録の片隅には、こんな一文だけが残されている。


『彼は、誰かのために戦い、誰かのために国を作り、そして最後には、自分自身の道を歩むために去った』


それが真実なのか。

それとも、後世の人々が作り上げた物語なのか。

確かめる術は、もうない。


ただ一つ確かなことがある。

彼らが残した国は、今もここにある。


人間も。

妖も。

かつて敵だった者たちも。


同じ空の下で生きている。


そして今日も、日本のどこかで――


一人のリッチが、気ままに歩いているのかもしれない。


誰にも知られることなく。

誰にも縛られることなく。

かつて愛した者との約束を、胸に抱きながら。








――完。


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