第18話
魔法少女三人を侍らせ、花蓮は満足げに微笑んでいた。
卓は二度聞き返した。しかし花蓮は、二度とも同じ答えを返す。
「好みの女の子は手に入れたもの。だから私はもう帰らせてもらうわ。だって、私は高知の攻略を任された。それだけでも十分なのに、徳島と香川まで支配したのよ? むしろ感謝してほしいくらい。……それに、由梨ちゃんは好みじゃないし。」
理由になっているようで、どこか怪しい理由だった。
結局、花蓮は卓の反対を押し切り、そのまま帰還してしまった。
「……頑張ってくださいね。」
「ごめんなさい。ご主人様のご意向に従うのが、私の役目ですので。」
「一人で何ができるのかしら。……私は花蓮様とお姉ちゃんの方が大事だから、ついていかないよ。」
美香の応援。さくらの申し訳なさそうな声。絵梨花の意地悪な言葉。
三者三様の反応を受けながら、卓は不安と憤りを抱えたまま、単身山口へ向かった。
そこに広がっていたのは、四国とは比べ物にならない凄惨な戦場だった。
里奈は全身傷だらけ。それ以上に、防革隊の死体が山のように積み上がっている。戦場の中央では、由梨が桐生に食らいついていた。
さすが現役の魔法少女にして、政府側最大戦力の女。
卓では、おそらく桐生に指一本触れられないだろう。
かつて卓が圧倒した相手が由梨だった。しかし今ここに卓が立っていたなら、瞬殺される未来しか見えなかった。
たかが一人の魔法少女に実力を追い抜かれる。悔しいが、それが現実だった。
里奈は一人で五千人を相手にしていたらしく、疲労困憊している。
その時、桐生からモールス信号が届いた。
――里奈を連れ、前線を退け。花蓮と同じく基地へ帰還せよ。由梨は俺がやる。
おそらく、本気を出すのだ。
桐生の本気は危険極まりない。広範囲を、敵味方問わず消し飛ばす。
王級どころか神級を扱う男。その全力は、もはや災害だった。
卓は急いで里奈へ駆け寄る。
「里奈さん、早く撤退しますよ。」
「……なんで?」
「巻き込まれます。仲間や花蓮さんに会いたいなら、急いで退却です。」
卓は里奈を背負い、全速力で飛び立った。
里奈は足を負傷しているらしく、自力での高速移動は難しい。
結果として、卓は彼女を背中に括り付けたまま飛行することになった。
見た目は最悪だった。
背後で里奈が何か文句を言っていたが、聞いている余裕はない。
豊後水道を斜めに突っ切った、その瞬間。
轟音。
そして爆風。
桐生は初手から神級魔法を放ったらしい。
あの気配から察するに、おそらく闇神級魔法――《闇神滅》。
ただでさえ使い手の少ない闇魔法。その神級。
ここまで爆風が届くということは、現地にいたなら卓は即死していただろう。
由梨がどうなったかは、わからない。
ともかく、卓は里奈の恨みがましい視線を無視しながら基地へ帰還した。
__
基地へ戻る。
卓は里奈を背中から下ろした。
「……最悪な気分。花蓮様に言いつけてやる。」
「すみません、本当にやめてください。許して?」
里奈はぷいと顔を背けた。
なんとか機嫌を取らねば――そう思った矢先。
「あらあら、二人とも遅かったわねぇ。」
聞き慣れた甘ったるい声。
花蓮だった。
「ボスから“二人を迎えに行っておいて”って頼まれたのだけれど。一体どうしたのかしらぁ?」
嫌な予感しかしない。
案の定、里奈は誇張たっぷりに事情を説明した。
その結果。
問答無用で光王級魔法《聖光星墜》が卓へ直撃した。
死ぬかと思った。
「じゃ、帰りましょうか。みんな待ってるわ。」
「はい……!」
里奈は素直に花蓮についていく。その足取りは軽い。
卓が足元で白目を剥いて倒れているというのに。
__
しばらくして。
卓は頬をぺちぺち叩かれて目を覚ました。
「……ずっと待ってたのに。“遅いなぁ”って広場に来たら、アンタ何してるのよ。」
夏美だった。
「花蓮さんが、“自分のもの”に不利益を与えられたら容赦しないって知ってるくせに。」
「どこから見てたんですか。」
むすっとした顔で見下ろしてくる夏美を見返す。
「最初から。」
「なら分かってるでしょ。僕は怪我して動けない里奈さんを背負って飛んでたんですよ。しかも、ボスの本気から急いで逃げなきゃいけなかったし。」
「……だからって、あの縛り方はない。魔法少女が怒るのも当然よ。丸太みたいに男の背中に括り付けられてたら、そりゃ怒る。」
夏美はため息をついた。
「……まぁ、問答無用で吹っ飛ばされてるのは同情してあげる。私、優しいから。」
「最後の一言いります?」
「アンタが悪い。」
相変わらず素直じゃない。
そう思っていると、卓はふと気づいた。
「耳、赤いですよ?」
「マジで成仏させるぞ、こら。」
「こっわ……」
卓は黙ろうとした。
だが、その直後。
「……生きて帰ってきてくれただけで、嬉しい。」
確かにそう聞こえた。
「なんて言いました? 軍服ちゃん♪」
「何にも言ってない! てか、その呼び方ほんとやめて!」
夏美は尻尾で卓の首を締め上げた。
効果は抜群だった。
「ちょ、死ぬ。本当にそれダメ。」
「あっ、ごめん。でもアンタが悪いんでしょ。……私の恋心、弄ぶんだから。」
「?」
「なんでもない! とにかく、早く着替えてきなさいよ。もうすぐボスが帰ってくるわ。」
確かに卓は、しばらく野ざらしにされていたせいで酷い有様だった。
それにしても、桐生の帰還が早い。
つまり勝ったのだろう。
夏美はすでに立ち去っていた。
顔を両手で覆いながら悶絶していたように見えたが、きっと気のせいだ。
__
卓はすぐに着替えを済ませた。
広間へ向かうと、夏美が白い目で見てくる。
「……本当にちゃんと体綺麗にしたの?」
「リッチはちょっと体を弄れば元に戻るんです。」
「“ちょっと”って何よ。」
「知りません。」
「自分の身体くらい把握しなさいよ。」
「夏美ちゃんのことしか興味ないですね。」
「なっ……!? アンタってやつはぁ!」
照れ隠しの一撃。
卓は頭から壁へ突き刺さった。
「……手加減。」
「アンタがドキドキさせるからでしょ、ばか!!」
そんな騒ぎをしていると、花蓮もやってきた。
「いよいよ、魔法少女ちゃんたちがみんな私のものに。」
上機嫌な花蓮。
しかし、すでに彼女に可愛がられている四人の反応は様々だった。
「私はライバルが増えるから嫌です。」
里奈が珍しく頬を膨らませる。
「花蓮様の隣は私で十分です。」
対抗するように美香が言う。
「それは私の場所ですよぉ?」
「姉様に張り合うな!」
さくらと絵梨花まで参戦し、空気は一気に騒がしくなった。
「こらこら。喧嘩するなら、今夜呼ばないわよ?」
「「「「ごめんなさい!」」」」
見事な統率だった。
軍隊か何かだろうか。
……というか、“呼ぶ”って何だ。
考えない方がよさそうだった。
四人が静かになった頃。
桐生が帰還した。
ぐったりと意識を失った由梨を、荷物のように地面へ放り投げる。
その瞬間。
花蓮が目にも止まらぬ速さで由梨を抱き上げ、別室へ消えた。
「ずるい!」
四人も慌てて追いかけていく。
何が“ずるい”のか、卓には理解できなかった。
結果として、その場には卓と夏美だけが残された。
「お疲れ様です。」
「ご苦労様でした。」
二人が声をかけると、桐生は静かに頷く。
「お前らもよくやった。感謝する。」
そして続けた。
「……魔法少女は五人とも捕縛した。四国と山口の防革隊も今回の戦闘で壊滅。我らの支配範囲はさらに広
がる。今頃、広島や島根でも、俺によって“目覚めた”国民が暴動を起こしている頃だろう。」
桐生は一度息をつく。
「……花蓮が戻ったら続きを話す。とりあえず二人は休憩しておけ。」
「「はい。」」
卓と夏美は、一度それぞれの部屋へ戻ることになった。
廊下を歩きながら、卓がぽつりと呟く。
「これからどうなるんですかねぇ。」
「さぁ。私たちはボスの意向に従うだけ。花蓮さんは知らないけど。」
「あの人は自由ですからねぇ。……まぁ、どうにでもなるでしょ。」
「アンタ、ほんと楽観的よね。」
「それを言うなら、夏美ちゃんだって乙女というか、素直じゃないというか……」
「それ以上言うな。マジで成仏させるぞ。」
二人はそれぞれ部屋へ戻った。
卓が部屋に入った直後。
隣室――夏美の部屋から、“ドスッ”という鈍い音が響く。
まるでぬいぐるみか何かを殴っているような音だった。
……深入りはやめておこう。
本当に祓われかねない。
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しばらくして、再び桐生に呼び出された。
卓は目を疑う。
あれほど政府に心酔していた由梨が、今では花蓮にべったりだった。
他の四人が嫉妬するほどに。
「花蓮さん、どうやったんです? 由梨さん、政府に心酔してたはずでは。」
「そこをちょっといじっただけよ。」
花蓮は涼しい顔で答える。
「政府に洗脳教育されてたから、記憶を元に戻してあげたの。そのあと、少しだけ色々してあげたら堕ちちゃった。もちろん、心は壊してないわよ?」
「壊さないのは当然でしょ。……花蓮さん、たまに怖いんですけど。」
「女性にそんなこと言うなんて酷い男ねぇ。夏美ちゃんが、なんでこんな男にゾッコンなのかしら。」
「……ふぇ? 夏美ちゃんが何ですって?」
卓は固まった。
あまりにも突然の暴露だった。
花蓮は呆れたように肩を竦める。
「あんな態度取っておいて、“自分は恋愛対象じゃない”って思ってたの? ……あなた、本当に鈍感ね。あの子にとっては悪魔みたいな男よ。」
「花蓮さんが言うことじゃ……」
「だまらっしゃい。」
即座に切り捨てられる。
「……あとで、たっぷりお話ししてあげるわ。」
卓は青ざめた。
これから始まる会議より、その後に待っている“お話”の方が遥かに怖かった。




